真体降臨
今にも押し潰されてしまいそうな少女は、殺戮兵器の巨大な刃を弾き飛ばす。
「やった……!」
ペネロペは歓喜の声を漏らすが、喜ぶには少し早い。
「ペネロペ!」
ドワーフ・ティガーは剣こそ弾き飛ばされたが、次にその巨大な体躯でタックルを繰り出したのだ。
その一撃はペネロペに直撃し、壁へと激突する。
ああ、あの威力。
人間ではもはや助からない。
だが、ローブははだけてぐらりとペネロペは立ち上がる。
そうだ、彼女はサキュバスの悪魔憑きなのだ。
「あは、あはははは。いけないわ……」
彼女の背には巨大な羽が生え、角はより強固に、瞳を紅く滾らせて佇んでいた。
普段であれば悪魔憑きは教会に突き出すのが通例だが、これほどにも悪魔憑きがありがたいと思った事例は、後にも先にも、今回限りだろう。
俺もこうしてか弱い少女に守られっぱなしってのも救世の糸使いの名が廃るというものだ。
俺は彼女に歩み寄り、肩を貸す。
「ありがとう、ペネロペ。力を貸してくれるか?」
「……今更無粋よ」
心なしか態度も悪魔憑きのそれらしくなってきたな。
「そうこなくっちゃな。さあ、反撃開始と行こうか」
後衛こそ俺の本領だ。
こうなればもはや負ける気はしない。
攻撃と防御に回していた糸の全てを空間に張り巡らせる。
そうはさせまいとドワーフ・ティガーは俺たちに猛ダッシュで距離を詰め始めるが、それは予測済みだ。
「はは、すまんな」
その勢いは糸を伝い、全てがドワーフ・ティガーの足関節部へと返る。
やはり二人同時ならば、ドワーフ・ティガーにも付け入る隙が生まれる!
機械仕掛けの巨人は転倒まではいかなかったものの、関節部のパーツが崩壊し、腕部でバランスを取っている。
これでやつの攻撃は鈍るし、動かなくもなった。
間違いなくこいつの攻略難易度は段違いに下がっている。
「好機だ、ペネロペ!」
「ええ!」
俺の魔力糸でペネロペの身体を強化し、針の穴を通すような精密さでペネロペの四肢に括りつけた物理糸を使って攻撃を避けさせる。
刹那、ペネロペは跳躍して一気に胴体へと飛び込む。
彼女の動きは完全に俺を信頼しきっている、なら応えるだけだろう。
ドワーフ・ティガーはペネロペの飛び込み攻撃から身を守ろうと腕を動かすが、その力は糸を伝って自らの胴を真っ二つにし、ついでに腕を千切っていく。
「ペネロペ。胸部のさらに奥深く、背面近くにコアが埋まっている。そいつを押し出すんだ」
糸を通して剣を突き立てている感触が伝わる。
凄まじい力だ、流石は悪魔憑きといったところか。
だが、それでもあと少し力が足りていない。
仕方なし、信頼関係の薄い相手にこれは使いたくなかったが、このままではペネロペが危険だ。
彼女は俺を信頼して助けてくれた、なら俺も彼女を信頼すべきだろ!
「ペネロペ、少し痛むぞ!」
ペネロペの身体に巻き付く極小の糸を身体中への侵入口になるであろう穴という穴を探り、体内へと侵入する。
「ひゃあん!」
すまない、これが苦痛なのは分かっているが、どうか耐えてくれ……!
次の瞬間、俺はペネロペの靭帯を切断する。
人間の身体は主に三つの要素で構成されている。
まずは文字通り骨組みとなる骨、次にエネルギーを消費して任意に収縮できる筋肉。
そして最後に、筋肉のエネルギーを運動に仕上げる最も大事な身体のパーツ、靭帯だ。
しかし、靭帯というのは時に人間の限界を超えないようにするリミッターの側面がある。
俺はそのリミッターとして機能する部位を取り外し、人体に本来眠っている数百倍の力まで呼び覚まさせることができる。
それこそ糸使いの秘奥義の一つ、『|限界解除術式・真体降臨』!
無論、これは何度も綿密な調整を行うことで初めて使える大技だ。
無理やり行えば味わったこともないようなとんでもない激痛を感じるだろう。
痛覚は遮断する、それと同時に糸を介して彼女の身体に眠る魔力を呼び覚まし、魔力を暴走させたまま理性を保てるように糸を操作しなければならない。
難しい局面だが、俺に失敗は許されない。
慎重にかつ大胆に糸を操作する。
……よし、成功だ。
「体が軽い……。これなら!」
ペネロペの肉体は急激な魔力の覚醒により完全に異形の怪物の身体能力を得て、俺の術式を完全に自分のものにしているようだった。
「穿け! ペネロペ!」
「やあああ!」
敵個体は核となっていた魔石を砕かれ、完全に動きを止める。
勝った。
「やはり、俺は後衛に限るな……」
俺たちは、命からがらダンジョン攻略を果たしたのだった。
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