表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/44

奴隷と運命

 酒場には、それこそ出撃を今かと待ちわびる傭兵たちが鎧を着込み、背中には武器を背負って居座っていた。


 ははあ、こりゃどう見ても戦争中にしか見えないな。


 その中の一人、青白い肌をしたトカゲ男に俺は話しかける。


「失礼、あなたの持っている剣の鞘を買い取りたいのですが」


 無論、これは鞘がほしい訳では無い。


 迷宮攻略のために雇う傭兵へ投げかける『合言葉』だ。


 業界のものでない雇い主がやってきたら、命の保証は難しい。


 だから傭兵との取引には、この道に精通する証として合言葉を必要とするのだ。


「すまない、この鞘は妹の借り物なのだ」


 妹の借り物、は弟の借り物の言い間違いだろう。


 弟の借り物という合言葉が指し示す意味はただ一つ、いくら出せるかという意図だ。


 しかし妹とはな。


 おっかない言い間違いもあったものだ、少女に剣とはな。


「おっと失礼、ではその剣を小銀貨10枚で譲っていただけますかな?」


 俺の答えに対して男は怪訝な表情になる。


 10枚は安くはない金額だ、通常はダンジョン攻略程度の依頼であれば小銀貨5〜10枚が相場であり、小銀貨10枚もあればそれなりの帝都の宿屋に食事付きで10日間滞在できる。


 しかし、男はそれでは貴方に剣は譲れないと告げる。


「20枚でどうかな、旅商人」


 とてつもない額だ、傭兵にしては高すぎる。


 考えられる理由は二つある。


 一つ目のかんがえられる理由、この男がとりわけ優秀な戦士なのかもしれない。


 そう思って今回の話を一旦保留して俺は至る所の傭兵に声をかけるものの、答えは全て20枚以上であり、信用貸しは受け付けないという。


 つまりこの男が特別なわけではないと。


 しかし、20枚が最安値だとは思いもしなかった。


 ということは、考えたくない方の理由ということだ。


 どうやら今回のダンジョンはこれほどの数の傭兵を抱えていても攻略が難しいダンジョンだということらしい。


 ある程度予想はしていたが、そうであっては困る。


 なにせ俺の持つ小銀貨は11枚、20枚は到底支払えない。


 前者ならまだ何とかなる術はあったのだが……。


 俺は深くため息をついてオヤジさんの借りを返すことを諦め、酒場を後にしようとしたその時だった。


「世にも珍しい旅奴隷商のオリバーだ! 道を開けろ!」


 づかづかと酒場に入ってきた男は今にも壊れてしまいそうなほどに儚い印象を与える異形の角を生やした金髪の少女を首輪で引っ張りながら現れる。


 首輪の少女は、少女とは思えないような異様な色香を醸し出していた。


 なるほどな、悪魔憑きの類いか。



 それにしても胸糞悪いな、悪魔憑きとはいえ奴隷商とは。


 俺は商売が好きだ。


 だが、奴隷商は別だ。


 俺の知り合い、勇者パーティの獣人散斥士(スカーミッシャー)、サキには妹がいるが、彼女は奴隷だ。


 サキから奴隷になった人間の扱いの悪い方はよく聞いていたし、命を軽視した商売に俺はずっと疑問を抱いていた。


 奴隷というのは愛玩動物と同じなのだから、暴力を振るうものは詩人の詩の様に多くはないが、どの道命を軽視していることに代わりない。


 結論として、奴隷商はおしなべてクズである。


 そんなやつが視界に入るだけでむかむかする。


 辺りはざわつきだすが、その声を上回る馬鹿でかい声でオリバーと名乗る旅奴隷商人の男は続ける。


「こいつは世にも珍しい悪魔憑きで、『運命士(フェイター)』のジョブ持ちだ。ほら、特技を見せてみろっ!」


 少女の首輪に繋がるリードを強引に引っ張って合図を送ると、少女は一枚の羊皮紙にインクのついていない羽根ペンですらすらと絵を書くと、オリバーには見せずに俺たち観客に見せる。


 そこには、オリバーが少女の後頭部を掴み、机に叩きのめし、苦悶の表情を浮かべた少女の絵が描かれていた。


「さあ、この少女は予知能力がある。どんな未来かな……。多分こうだよなぁ!」


 オリバーは少女の後頭部を掴むと、そのまま机に少女の顔面を殴打する。


 あまりに惨たらしい仕打ちだ。


 それに、こんなものは予知とは言わない。


 事前に打ち合わせした出来レースに違いない。


 こんなことまでして奴隷を売り捌きたいのか、このクズは。


「こいつはサキュバスの悪魔憑きでなぁ。身体が丈夫で万年発情期だ。俺は試してないが、さぞ極上だろうなぁ。そら、100枚からだ。言え!」


 男は競りを始めさせる。


 誰がこのような男の私腹を肥やさせるものかと思っていたが、なんと現場の男たちは揃いも揃って競りに乗り出した。


「150枚!」


「180だ!」


「……250!」


 クズだ、俺は商人だから我慢できるが、商人でなければこの場でこいつの首を叩き落としていた。



「470か、他にはぁ? ……いいだろう、470……それでいいだろう」


 競りは終了し、一度場の興奮は収まる。


「良かったなぁ、晴れて新しいご主人様が見つかったぞ。二度とその卑しい顔を見なくて済むんだから、俺も清々するよ」


 オリバーは奴隷の少女に告げる。


「うん、ほんとうに。……これでもう二度と会うこともないから」


 少女は手に持っていた羊皮紙を翻す。


 そこには、情けない顔のまますっぱりと首を切り落とされたオリバーの絵が描かれていた。


「な、なんだよそれ……! おいおま」


 オリバーのセリフは途中で止まった。


 それもそのはずだ、既にその首は身体に付いていないのだから。


 俺が最初に話しかけた傭兵のトカゲ男が、オリバーの首を叩き落としたのだ。


 予言が的中している。


 オリバーは死んだのだ、予言は出来レースなんかではない、本物だ。



「クズが、死に晒せ。奴隷として死んでいった俺の妹の様にな」


 トカゲ男の一言を皮切りに悲鳴が響き、騒然とする。


「人殺しだ!」


「誰か衛兵を呼べ!」


「きゃー!」


 もはや収拾のつかなくなった現場は、返ってトカゲ男を自由にさせていた。


 その混乱に乗じて勇敢にもトカゲ男に切りかかろうとするものが飛び出す。


 だが、俺は奴隷の扱いに苛立っていた私情もあったので、その男の足を糸で掬って転倒させてトカゲ男を助ける。


「あぐっ!」


 うわあ、顔面から行ってしまったか。


 甲冑の重量で顔から転倒なんて、想像もしたくない。



「おい、あんた。そこのあんただ、旅商人」


 そんな中、件のトカゲ男は俺に声をかける。


「私に何か用ですか?」


 弱ったな、どうやら俺がこのトカゲ男を助けたことに気づかれてしまったらしい。


「白々しい態度は取らなくていい、やめてくれ。さて、本題に入ろう。俺は取り返しのつかないことをしてしまった。俺の妹は偶然にもそこのオリバーに売り飛ばされ、死んだ。妹とあの少女を重ねてしまったんだ。俺には分かる、お前も奴隷商が嫌いなんだな」


 表情に出てしまっていたか、商人としては失格だが、人として誇らしい。


「ああ、その通りだ。で、なんだよ」


「お前の旅にその少女を連れて行き、そして故郷に帰してやってくれ、この中で適役なのはお前しかいないからな、他のはダメだ、卑しすぎる」


 競りを始めたくらいなのだ、ここの男たちは奴隷を都合よく扱うことは想像に難しくない。


「お前はどうするんだ」


 俺が聞くと、仏頂面のトカゲ男はにぃっと初めて笑顔を見せた。


「罪を償うだけだ。来世ではよろしくな。ほら、騒がしい今がチャンスだぞ、さっさと行ってくれ」


 男はやけにあっさりとした、それでもってやり遂げたような顔をしていた。


 少女は顔をうつ伏せ、無表情のまま一枚の羊皮紙をトカゲ男に手渡す。


 そこには、小さな女の子のトカゲと、その子の家族らしい数人の人物が描かれた家での談話を切り取った一枚の絵があった。



「わたし、どうしたらいいかわからなくて。でも、きっとだいじょうぶ」


 少女は影を落としたままにっとトカゲ男に笑い返した。


「そうか……そうか」


 男は涙を流しながら、立ち尽くしていた。


「すまない、君の意志を尊重している時間は無さそうだ、一度ここを出よう」


 俺は首輪ではなく少女の手を取り、酒場を後にする。


 その姿を、トカゲ男は無言でただ見つめていた。

 

 悪魔憑きの少女か、妙なものを拾ってしまったな。

******

大事なお知らせ

******


『面白いかも』

『ちょっと続き気になるな』

と思われた方は、★★★★★を押してくださると幸いです。


私なーまんは読者の皆様の評価に一番達成感を感じますので、どうか★★★★★で応援いただけると励みになります!


広告の下に星の評価ボタンがあります、何卒よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ