商人と抱擁
行商の一人旅に出てから2日と4時間。
日も落ちかけていた頃に、俺はとうとう目的地の人口や建造物の密集度的に小さな街とも村とも言い難いなんとも珍妙な要塞、オーンステッドに到達した。
随分日も長くなってきたなと思いつつも馬屋の主人に挨拶をしつつ、愛馬を停める。
ここは馬小屋が宿屋についていない宿屋なので、提携している馬屋に停めなければならない。
馬は仕事柄ころころ変えるので名前はつけないが、それでも愛着は湧くものだ。
俺は馬を撫でると、馬屋の主人に料金を支払う。
宿の確保という最も大きな目標を終えたので、これからは本業(に戻す予定)の時間と行こう。
まずはオーンステッドの商人ギルドハウスに向かう。
商品を守るためにやたら厳重な警備の門を潜り、石畳を上がると、そこには相変わらず若かりし栄光の毛量を諦めきれていないてっぺんが禿げ上がったギルド支部長が鎮座していた。
「おお! 久しいぞ我が息子ぉ! なんだ、勇者パーティはもう引退したのか? えぇと、救国の、救済の……なんだったか」
あまり掘り下げてくれるな、軽く黒歴史なんだそれは。
「救世の糸使い、ですよ」
だけれどまあ、オヤジさんには世話にもなったし、今後とも世話になるから俺はその恥ずかしい過去の通り名を引っ張り起こす。
俺の放った恥ずかしワードに対してあーそうだったそうだったといい加減な相槌を打つオヤジさん。
以前この地域に現れた災害級の魔獣、レッドウイングドラゴンの弱った個体に俺の攻撃がクリーンヒットして倒せてしまい、『救世の糸使い』とかいうやたらと壮大で恥ずかしい二つ名を賜ってしまったことを思い出す。
今思えば、あの日から俺の人生は行商ライフから綱渡り勇者パーティライフに切り替わったのだろう。
俺はもう誰がためにと大義を掲げた闘いからは身を引いて、そこそこの人生を送っていくと決めている。
できる限り、勇者パーティであったことからは遠ざかって生きていきたい。
だから『救世の糸使い』なんて重すぎる称号を名乗るのはこれで最後にしたいものだ。
「ところでオヤジさん、今日はアレを売りに来たんだが」
俺はギルドから見える俺の停めた馬小屋を指差す。
あつらえ向きにも段差の上にあるギルドハウスから見下ろした馬小屋には、俺の愛馬と荷台があり、荷台には華美な装飾など一切ない鎖帷子の実用的な鎧が並べてある。
この要塞では200年前に内乱が起こり、それが今もなお続いている。
シーパール家とムービワー家、二つの貴族が仲良く統治していたここオーンステッドは、この二つの家の内乱が未だに続いている。
誰もことの始まりを覚えてはいない無益な戦いだが、商人にとってこの内乱があるという事実は商売のタネにすらなってしまう。
つまり、無限に需要のあるここで武具を売れば間違いなく儲かるのだ。
「おお、助かるぞ我が息子! これで迷宮探索が捗るというものだ」
迷宮探索とはなんだ?
武具は戦争に使うんじゃあないのか。
「なあオヤジさん、内乱はいいのか?」
「なんだ、糸様ですら信じ込んでたのかい」
オヤジさんから聞いた話によると、なんと内乱は100年以上も昔に完結しており、架空の内乱騒ぎは俺たち行商人をおびき寄せる餌だったらしい。
内乱で経済を回してた都市が内乱をやめる訳にもいかず、そんなこんなで歴史的には200年の戦いが刻まれてしまったという。
その話を聞いた時、冷や汗が止まらなかった。
迷宮の話が無ければ俺は大損害だったわけなのだから。
これから行商で生計を立てなければならないのだ、この調子ではいつか足元を掬われるぞ。
……それにしても、帝都からオーンステッドまではそう離れてはいないにもかかわらず、よくここまで情報統制が行き届いていたもんだ。
この街の人間の商魂逞しさは見習うべきものがある。
俺はオヤジさんの情報提供に対して返せるものを探す。
何せタダより怖いものはないのだから、小銀貨をオヤジさんの手に握らせるが、肝心のオヤジさんはここは貸し一つだと言い放ち、それを胸元に突き返してくる。
「しかし困ったもんだ、迷宮を誰かが踏破しない限り際限なく魔物は湧いてきやがる。誰か腕のたつ冒険者がいればなぁ」
オヤジさんはちらりと俺の顔を見る。
つまり情報の代わりに俺に行けと、そういうことだろう。
だが俺は後衛のため、ソロ攻略には難がある。
小銀貨11枚以内で雇える前衛がいなければ、成立しえない挑戦だ。
はて、こんな都合のいいタイミングで前衛の人材は近辺に転がっているのだろうか。
この俺の考えをオヤジさんに伝え、前衛が見つかり次第引き受けさせていただくと告げると熱い抱擁をいただいた。
それから商会の適正価格で防具を買い取ってもらうと、返ってきた10枚ばかしの小銀貨を握りしめて酒場へと向かうのだった。
しかし、防具がほほプラマイゼロとはな。
現在の小銀貨は11枚、無駄な出費は避けたいところだな。
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