一時の休息
俺たちは一度サキを連れて師匠の家に戻った。
3日後、いや、2日後にはアーク商会は取引を終えて撤退をする予定だ。
それまでにユキの洗脳を解き、姉のエリカを倒し、アーク商会を崩壊させなければならない。
決戦は明日。
だが、サキの身体はぼろぼろだし、一日で癒えるとも限らない。
俺たちも明日に備え、今日という今日は師匠の家で一日を何もせずに過ごすことになったのだった。
「じゃーん! 今日は奮発して色々作ってみたわ!」
昼食から師匠の気合いの入った豪勢な料理が並べられる。
師匠は面倒という理由だけで普段料理をしない。
師匠の手料理、久しぶりだ。
「もぐもぐ……。ガサツな鬼教官とばかり思ってましたが、これはおいしいですね……!」
マキナは何度もつまみ食いを繰り返しては師匠に手を叩かれ、なんだか親子みたいで微笑ましい。
俺もそろそろいただくとするか。
俺が着席して手を合わせると、となりのペネロペが俺の後に続く。
料理は健康に気を使った緑黄色野菜が中心で、牛肉のローストなど手の込んだものもある。
味は……どれも美味だ。
「リコお姉ちゃんの料理、おいしいね」
ペネロペの笑顔に釣られて、俺も笑顔になる。
明日アーク商会に決戦を挑むのだが、如何せん彼女に本当のことを話してない。
ハニツ村の今、アーク商会が仇であること。
本当は話すべきなのだろう。
彼女にも彼女の戦う理由が必要なのだ、俺に続くだけならば、それこそただの奴隷に過ぎない。
「全く、ハルは余計なことをごちゃごちゃ考え過ぎにゃんね。それにしてもこんな料理もできて美人な人と知り合いだったなんて、隅に置けないにゃん」
俺はサキには師匠の存在を意図的に隠していた。
サキはちょっとでもサキが気に入っている人間が誰かと関わった話をするとすぐに機嫌が悪くなるからだ。
無論俺とて例外ではなく、昔の宿屋で知り合った娘との微笑ましいエピソードを話した時もめちゃくちゃ怒ってた。
「お前なぁ。今は世話になってる身なんだからもう少し弁えろよ?」
サキはバツが悪くなったので、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
でもちゃっかり飯は食べている。
「まあいいじゃない、あのハルにも素敵な友達ができたってことなんだし。まあ私が正妻だから、安心して見てられるわけだけど」
どことなく得意気な師匠。
「ええ、掃除に洗濯、料理に皿洗い。何をするにしても運命共同って話もしましたしね」
「げっ」
みるみる顔色が青ざめていく師匠。
それほどに家事をしたくないのか。
閑話休題、そろそろペネロペのことを話さなれけばなるまい。
「なあ、ペネロペ……」
俺はペネロペの目を見て話すと決めた。
「ん……なに? あるじさま」
彼女を傷つけるのが恐ろしい。
だが、これはペネロペにとって大事なことなのだ。
俺は覚悟を決めて、彼女に告げる。
「これは、ペネロペにとっての最大の邪悪の話だ────」
俺は包み隠さず、全てを話した。
ペネロペの村のこと、冷凍睡眠のこと、そして記憶のこと。
俺が全てを告げた時、ペネロペはどんな表情をするのか分からなかった。
それがとても怖かった。
だが、ペネロペの表情は俺の想定したどれとも違うものだった。
「うん、何となくだけど分かってた。もうあそこには戻れないんだろうなって、分かってたから。だから泣かないで」
彼女は微笑んでいた。
笑みのままに、彼女は俺を抱きしめた。
「ペネロペ、怒らないのか。悔しくないのか。泣かないのか」
「そりゃ怒ったし、悔しいし、泣きたくもなったよ。でもね、あるじさまが私のことでこんなに悩んでくれて、一生懸命頑張ってくれたから、今は嬉しいの。ねえあるじさま、いまのあるじさまのスキルなら記憶を戻せる?」
ペネロペの問いにはイエスだ。
俺は既に一度サキの記憶を戻すことに成功しているし、今の俺ならできるだろう。
それにしても、ペネロペは強いな。
もっと傷つくだろうと思っていた。
俺は商人だから、嘘は大体見抜くことが出来る。
彼女は嘘偽りなく俺に感謝している、だから記憶を戻してしまうのは躊躇うものがあった。
「ああ、できる。でもいいのか。失ったものは帰ってこないのに、幸せだった記憶だけはしっかり戻ってくるんだぞ」
「そんなことないよ。忘れたい過去はあっても、忘れていい過去なんて何一つないと思うの。辛くても、それは私だけの宝物なんだから」
澄んだ碧の瞳はどこまでも真っ直ぐ見据える。
「ペネロペちゃんは強いにゃんね」
「そりゃまあ、私の自慢のおねえちゃんですから」
ペネロペの意志は、サキとマキナの心も動かしたようだ。
「ああ、分かった。覚悟ができたら教えてくれ」
「はい、もうできた」
彼女の覚悟はもうとっくにできていた。
本当は、俺ができていなかったのだ。
「……やるぞ」
俺はペネロペの両方のこめかみに手を当て、スキルを発動する。
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