転向
「すまないみんな、今すぐにでもさっきの獣の女を探す必要があるんだ」
そうペネロペ、マキナ、師匠に言い残して捜索を初めてから、どれくらい経っただろう。
俺はヤカシュを駆けた。
ところどころで真新しい交戦の形跡を見かけるので、まだサキは追われ続けている。
俺は糸と全知能を以てサキの居場所を推理する。
「なるほど、ここから動いた形跡はない、つまり」
俺は水道橋の下を除く。
「……っ!」
突如目に見えないダガーが突き出される。
全く、俺が糸で検知してなかったら即死だった。
俺はダガーを持つ彼女の手を引き、そのまま馬乗りになって押し倒す。
「俺だ、ハルだよ」
サキは涙を流す。
全身は擦り切れて、目は虚ろで、ただ目に浮かぶそれを垂れ流していた。
「……もう終わりにゃん、何もかも。私の戦いは全部無駄だったにゃん。私は始めから必要なかったのにゃん……」
「いや、それはどうかな」
俺には彼女の戦いが無駄ではなかったという確固たる自信があった。
「……どういうことにゃん?」
「よく思い出してくれ、ユキのことを。彼女は自分の強力過ぎるスキルが他人の人生に与える大きさをいつも気にしていたとサキは言ってたな。だから自戒を厳しく守っていた。しかし今の彼女にはそれがなかったんだ。辛い過去は忘れてしまえばいいと言い切っていたぞ」
サキはそれを聞くと、目を丸くする。
「そんな。ユキは何があってもそんなことはしないのにゃん。私の妹は思慮深く、自分の持つ力の大きさをよく理解していたはずだにゃん。……それは確かにおかしいにゃん」
「ああそうさ、だがそれだけじゃない。最近理解したんだが、どうやら俺の糸のスキルの真髄は糸そのものではなく、世界の物質を最小のひもの単位から理解し、構成するものだった。これを見てくれ」
俺はサキの一点物のダガー、光を返さない『黒檀の刃』を複製してみせる。
「これは……確かに本物にゃん。つまり、ハルの系譜は何かを複製することに特化していて、姉のエリカはユキのクローンを作ってるって言いたいのかにゃん?」
「いや、まさかな。確かに極めればそういうことも出来るかもしれない。ただ、それは不可能に近く、その可能性は極めて低いだろう。その、もっと簡単に他人の心を支配する力を複製したんじゃないか?」
サキもどうやら答えに辿り着いたようだ。
「まさか、記憶を書き換える能力を……!」
「そうだ、エリカは俺を追放した時とサキの記憶で能力が違い過ぎる。俺の推測だが、エリカの能力は他人のスキルを複製か盗みとる能力だと、俺は目星をつけている」
そう、これが最も有り得る答え。
最悪のシナリオを描いた邪悪。
「そうにゃん、ユキが自戒を忘れるわけなんてにゃい。エリカのスキルでユキのスキルを複製して記憶を操作されて、いいように利用されているってことにゃんね」
「ああ、そういうことだ。そしてお前がこの街で大暴れている最中、俺は俺で色々調べさせてもらったが、興味深いことがいくつかあった」
第一に奴隷は価値が最も高い時まで冷凍睡眠させて管理している。
そして、奴隷たちは現状に満足はしているが、決まって過去の苦しい思い出がない。
俺の推理では、アーク商会は人口の少ない希少な人種の暮らす集落を襲撃し、価値のありそうな女子供を拉致、その他を皆殺しにした後記憶を奪って冷凍睡眠させている。
それを裏付けるように、アーク商会による襲撃の生き残りであるサキ、そしてペネロペのハニツ村が物語っている。
なんという邪悪。
だが、ここまで状況証拠が揃ってしまえば、もはや真実として受け入れる他ない。
「サキ、アーク商会はぶっ潰すべき邪悪だ。アレは奴隷の夢物語を謳ったクズだ。アーク商会は結局、企業だった。それだけの話なんだ」
「……だけれど、そうだとしても、しなくても、もう手遅れにゃん」
彼女は続ける。
仮にアーク商会がいくら邪悪であろうとも、過去の記憶を失っていようとも、妹はそこで確かに立派に戦っている。
商会を、この街を、全てを変えていく途中なのだ、今は邪悪であろうとも、後世には正義と伝えられるかもしれない。
それをどうして引きずり出そうというのか、と。
「確かにそうかもな。だけれどサキ、お前は姉なんだよ」
「……そんなこと、関係ないのにゃん」
「いや、大アリだ。いいか、確かに人の努力は誰にも馬鹿にはできない。してはいけない。だけれど人は時折努力の仕方を間違えることもある。それを咎めるのは俺じゃダメだ。家族だ、家族なんだよ。正しい道だろうとぶん殴ってでも連れ戻すのがお姉ちゃんの役目なんじゃないのか。理不尽でもいい、理解されなくてもいい。ただ家族だから。それをできるのはサキ、お前だけなんだ」
彼女はハッもしたような顔で目を丸くする。
それは暴力を以てして善意を押し付ける自由奔放な獣の如き笑顔だった。
「ああ、そうだったにゃん。考えすぎだったにゃんね。確かに、本当はもっとシンプルな問題だったにゃん」
俺にとっても、ペネロペにとっても、サキにとっても、そしてユキにとっても大切な復讐なのだ。
「俺はアーク商会をぶっ壊す。だが、その計画の最後の一ピースはお前なんだ。その理不尽なまでの力を、昔みたいにもう一度貸してくれないか」
「……それ、高くつくにゃんね」
「ああ」
俺たちは朝焼けに笑い合う。
決戦は近い。
もう俺もサキも、二度と迷わない。
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