戦う理由
俺は彼女の記憶の糸を辿る。
その記憶は衝撃的なものだった。
彼女の生い立ちがよく分かったし、それに彼女のことの発端となった人物が俺の姉だったなんて、誰が予想できただろうか。
ただ、彼女が復讐鬼となった事件を俺は垣間見たが、その後にあるはずの俺と共に旅をした時期の記憶の糸が複雑に絡まって読み解けなくなっている。
それを解いてやれるのが、俺の能力の強みだろう。
「はぁ……はぁ……。ハル……?」
糸が解けると同時に、サキはついに記憶を取り戻したようだ。
「おかえりサキ」
だが、彼女は未だに困惑状態にあるようだった。
「……そんな、嘘よ、思い出したくなかった。知りたくなかったのに……!」
それもそのはずだ。
この記憶を消すスキルは彼女の妹のもの。
それを受けていたということは、答えは一つ。
「お久しぶりですね、お姉ちゃん」
こつ、こつと鈍く鋭い足音が響く。
それはサキがずっと追い求めていた存在。
その少女は俺たちを愛するように、救うように、慈愛の目で俺たちを見つめていた。
「そんな、ユキ。ああ、どうして……そんなの嘘よ!」
サキは狼狽える。
もはや言葉で説明する必要もなく、状況証拠が指し示している。
「我々は企業です、お姉ちゃん。アーク商会会長として告げましょう。そのような蛮行に出ずとも、我々なら世界を変えられる。ですからどうか、今日のところはお引き取りを」
こんなもの、残酷過ぎるだろ。
彼女はずっとユキを奴隷から解放しようとしていたのだ。
そんなユキは、姉のサキを否定する。
俺はこの街を見てきた。
この街は、奴隷の地位が向上している。
もはや解放の必要すらなく。
「ユキ様、下がってくだされ」
ユキの周りには使いの者らしき剣士や魔術師が続々と集う。
彼らは金銭の取引ではなく、命を落とすかもしれない戦場においても怯むことはない。
ユキは相当に慕われる立場らしい。
「ありがとう、でもいいのよ。お姉ちゃん、彼らは奴隷です。しかし真実の愛により、彼らは私と共にある。これが新しい奴隷の在り方です」
「そんなまさか……じゃあ、私が今日殺してきた兵士たちも……」
「勿論我が商会の奴隷でした。お姉ちゃん、正義とは一体なんでしょう。混沌と秩序、そのどちらがより正しいのか、分かってくれますね? 私は秩序を以て世界を変える。では、お姉ちゃんは?」
「そんな、ユキ……ああああ!」
サキは発狂する。
壊れていくのが伝わる。
彼女の身体は限界だが、心はもっと終わってしまった。
「やめろ! もういいだろ!」
俺はサキが傷ついていくのを、これ以上看過できなかった。
怒鳴り声を上げる。
「……失礼ですが、貴方様は?」
凛とした視線が俺を捉える。
「俺のことはどうだっていい。だけれど、まあ、サキはお前のためにここまで走ってきたんだよ。そんなこと分かってやれ──」
「────黙りなさい。いいですか、我々は企業です。私のお姉ちゃんは、サキは我々の商品に傷をつけ、業務を妨害し、そして……先程家族を殺して来たのです。私は今、はた迷惑どころか殺意が芽生えるほどに苛立っていますが、その試練を乗り越え、姉を受け入れようとしているのです。邪魔をしないでくれませんか」
もはやユキへの反論の余地がない。
もう終わりだ。
サキはここで終わりなんだ。
彼女の物語は悲劇で幕を閉じる。
これ以上走ることは許されない。
「あら〜、面白くないことするのね、ユキ。私はどっちかっていうと混沌の方が好みなの。ね、今からあの子殺してもいいかしら?」
闇から現れたのは俺の姉、エリカだった。
「いいえ、それはなりません。彼女はいずれ我々の利益になるやもしれません。日を改め、そして交渉が決裂した時にお願いします」
「あ、あ……。ああ……」
サキは怯えた顔で塔から逃げ出す。
もはや覇気も何もかもを捨て去り、ただ現実から目を逸らすために逃げだした。
「ふ〜ん、そう。じゃああいつで遊ぼうかしら。ねえ、弟くん」
エリカは俺を弟と呼ぶ。
つまり変装も、ペネロペの吸血による若返りも、全部意味を成してないってことか。
「久しぶりですね……いや、久しぶりだな、姉さん」
だが、今は戦っている暇はない。
今はサキのことが心配で仕方ない。
あれほどの絶望をどう乗り越えればいいのか。
「ふ〜ん、面白くないわね、心ここに在らずって感じ。ではひとつだけ面白いお話をしてあげるわね。ハル、私たちの商品を返しなさい。盗品を持っているはずよ、貴方のお供から淫紋の反応があるのよ」
盗品と聞いてすぐに思いつかなかったのだが、その正体はありえない可能性を排除していけばたった一つのシンプルな答えに導かれる。
アーク商会は奴隷商だ、ならば彼女らが欲するのはただ一人。
「ペネロペのことか……」
ペネロペはオリバーという旅商人が販売していたが、そうなる経緯は知らなかった。
どういう経緯か、あのオリバーという男はアーク商会から奴隷を盗んだらしい。
「そう、ペネロペ。彼女はアーク商会のものよ。ハルが盗品を返すのなら、この場は見逃してあげてもいいわ。でもね〜、そうじゃないのなら。ふふ、言わなくてもわかるでしょ?」
確かに、ヤカシュでの生活は一定の水準が保証されている。
ペネロペの故郷ヤカシュは既に滅んでしまっている。
俺がれから先もペネロペと共にあるのなら、無いものを探す旅になるし、それに終わりなどない。
ありふれた幸せを噛み締めてもらうためには、故郷のことなど諦め、ここで暮らすのがいいのだろう。
だが俺は首を横に振る。
「いいや、ダメだ。彼女は故郷を心の奥底に残したまま一生後悔してしまう。それだけはダメなんだ」
俺の言葉を聞くと、ユキは満面の笑みを浮かべる。
「そんなもの、私のスキルで忘れてしまえばいいじゃないですか」
ああ、決まりだ、確信した。
「ああ、確かにその通りだよな。だが、得意の自戒はどうなんだ?」
俺は胸を張って彼女に返すと、突如困惑したような表情になる。
そう、サキの記憶の糸で見たユキは、スキルの使用に細心の注意を払っていた。
だが、今の彼女にはそれがない。
「自戒……ですか。あれ、どうして……いいえ、違う……」
瞳孔は収縮し、狼狽えるユキ。
「ユキ、しっかりなさい。ほら、私の目をよく見て」
「はい、はい。エリカ……」
エリカは指をユキの唇にあてがい、何か能力を発動している。
悔しいが、ここが引き際だろう。
俺は会話の最中に仕組んでおいたルーンと糸の仕掛けを発動し、一気に高速移動して逃げる。
「ハル、貴方余計なことをしてくれたわね〜。次はもっと強力なので、強硬手段で行かせてもらうわ」
「ああ、次が最後だろうから」
「ええ、次がね」
大丈夫、戦う理由をちゃんと見つけられた。
サキ、お前ももう大丈夫だ。
だからどうか、まだ終わらないでいてくれ。
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