いつかの記憶
今日は、妹のユキが珍しく友達のために能力を使うのだという。
「よしよし、これで大丈夫ですからね!」
ユキは生まれながらにして天性の才能を持ち合わせていた。
獣人種の、それも人狼は魔術に関する職を習得することは滅多にない。
だから妹は村の中でも大事に扱われ、友達も多かった。
「うん! ありがとうな、ユキ! 俺、ちゃんと謝ってくる!」
ユキのスキル『記憶操作』による精神の治療は非常に効果的だ。
目の前のユキの友達はスキルを受けると、我が家を飛び出していく。
「相変わらずすごいね、ユキは」
私がユキの頭を撫でると、にっこり笑う。
「いいえ、サキお姉ちゃんほどでもないですよ。私にはお姉ちゃんのような人を押し退ける強さがありません。それにこの能力はやたらめったら使っていいものでもありません。人にとって痛みも、苦しみも人間には大切な記憶なのですから」
ユキにもユキなりに考えがあるらしく、彼女は自分に課した自戒の範囲内の者にしか能力を使わない。
一つ、消したい記憶に心残りはないか。
一つ、前向きであるか。
一つ、それは誰も傷つかない、優しい嘘であるか。
事実、彼女は先日死んだ妻のことを忘れさせて欲しいという長老の願いを蹴った。
それほどに記憶を尊重している証なのだろう。
「おーい、今日から収穫だぞ〜。父さんを手伝ってくれ〜!」
父の声が畑から家へと届く。
「はーい。ユキ、行ってくるね」
「お姉ちゃん、私も……」
ユキは立ち上がろうとするが、よろよろと倒れ込んでしまう。
「スキルを使った後なんだから、ゆっくり休んでて」
「お姉ちゃん……」
私は妹を軽く抱きしめると、外へと向かう。
日光が降り注ぎ、小麦色の畑が辺り一面を覆う。
ここが私の故郷、人狼の故郷。
「おーいサキ、こっちだ〜!」
畑の中で手を振る父さんに、隣で鎌で作物を収穫する母さん。
私も畑仕事を手伝い始めると、父が私に話があるのだという。
「実はな、ユキを学校にいれてやろうかと思ってだな。あいつのスキルはきっと世のためにもなるだろうし、何より俺たちも出世できるかもしれないからな」
その話を聞いて、妬ましいという感情は全くなく、むしろ大好きな妹のことが誇らしかった。
「なるほど、では私もそろそろ外のお仕事も始めましょうか」
外のお仕事というのは、いわゆる傭兵や魔獣退治の仕事を指す。
私はスキルこそ開花していないが、戦闘能力は同年代よりも高い。
年頃になれば鑑定の義を行い、職業を診断すれば、もしかしたら私には戦闘職が見つかるのかもしれないらしい。
「父さん的には娘を危険なところに送るのは心が痛むが……。そうだな、もしお前の稼ぎが上手くいってお金に余裕ができたらお前も行ってみるか」
私の家計は裕福ではあるが、お金が無限にある訳ではない。
私はてっきり、私も働いた結果で妹だけが学校に行けるものだと思っていたので、思わず興奮してしまう。
いいのですかと何度か聞き直しても、いいよと二つ返事で帰ってくるだけだった。
私は思わず舞い上がっていた。
学校、どんな仲間が待ち受けているのだろうかと。
どんな世界が待っているのだろうかと。
だが、そんな幻想をぶち壊すかのように、世界から色が消えるように、日常は壊れる。
それは恐怖という文字が服を着て歩いているようだった。
「あら、こんにちは。お宅かしら〜、ユキちゃんって子のおウチは」
その女の左手には、先程ユキのスキルをかけてもらった少年が髪を引きずられていた。
女はくすくすと笑みを浮かべ続けている。
不気味で、気色悪くて、不吉だ。
「なんだお前、うちの村のガキに手を出すとはいい度胸してんなぁ! 人狼に戦いで勝とうってか!」
父は肥大化させた獣の碗部で女へ殴り掛かる。
無骨ではあるがこれは正当防衛だ、全身の骨が折れたとしても仕方あるまい。
父の碗部は簡単に家屋を破壊するほどの力を持つ。
だが、破壊されたのは父の碗部だった。
「あら、大胆ね〜」
「あがぁっ!」
腕が宙を舞う。
何が起こったのか、一瞬の出来事だったので理解するのに少し時間がかかってしまった。
「あぁ、貴方!」
母は驚き、怒りから女に立ち向かう。
「まあ、怖い怖い。ユキちゃんだけ殺せれば貴方達には用無しなんですよ〜、だから無駄な抵抗すると、無駄に死んじゃいますよ〜?」
女の背後から現れたのは、巨大な蜘蛛だった。
「嘘……!」
蜘蛛は母に糸を飛ばし、身動きを封じる。
それから、惨殺が始まった。
村は血の溜まり場となり、全てが深紅に塗り替えられ、ついに妹は女に捕えられる。
そして私は、何もしなかった。
何かしたら殺される、そうやって殺されていった同胞を見れば、明確な事実であった。
足が震えて動いてくれない。
女は蜘蛛を放ち、村人の一切を殺したままに妹の頭を握って我が家から現れる。
「……貴方は一体、私を殺してどうしようというのですか」
ユキは母と父の亡骸を見ると、女を睨みつけて怒りをぶつける。
「嫌ね〜、その目。貴方の能力は何かと困るのよ、そう気を悪くしないでちょうだいな。んじゃ、あとはサクッと……」
女は血塗れの蜘蛛に命じてユキを殺そうとする。
このままでは死んでしまう、そう思った時には既に、私は蜘蛛を殺していた。
殺した、殺せてしまった。
鎌で命の元を貫き、蜘蛛を絶命させたのだ。
私がもっと早く勇気を振り絞っていれば……!
いつの間にか握りしめていた鎌を、蜘蛛から引き抜く。
「へえ、面白いわね。寝転がって親と妹が殺されるところを眺める趣味の変わった子だと思ってたんだけど」
私を見ると、今度は私のそばにゆっくりと歩み寄る。
「くるな、くるな……!」
「あはは、いいえ行くわ。貴方面白いわね。ついでにお金になりそうだから妹ちゃんは活かしておいてあげる。いい? 私の名前はエリカ。金貨100000枚を稼いだら、アーク商会に来なさいな。そしたらこの妹ちゃんと金貨を交換してあげるわ」
そう言い放つと、女は私の顔を蹴飛ばす。
あまりにも無駄のない身のこなしに、反撃する隙がなかった。
「ごほっ……!」
口から血が吹き出す。
「私ね、お金が大好きなの。だから貴方とは信頼で取引してあげる。私は貴方のその殺しの技術を高く評価しているわ。いい? 我々は企業よ。せいぜい交渉のテーブルには魅力的な提案を用意してくれることを期待しているわよ」
意識が遠のく。
たった一度蹴られただけで、もはや勝ち目がないことは明白だった。
許さない。
今すぐでなくてもいい、必ず復讐しなければ。
エリカ、私はその名を魂に刻み込んだ。
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