与えるもの、奪うもの
俺は赤い塔のベランダから外を眺める。
街は燃え盛り、悲鳴が辺りを包み込む。
一体どれほどの規模の軍隊同士が戦えばこうなるのだろう。
俺が見てきた戦場のどれよりも苛烈な爆発がそこかしこから産まれる。
──俺は背後を振り返る。
そこには見たことのないおぞましい装置がいくつか並んでおり、装置の中には小さな子どもたちが液体の中で胎児のように眠っている。
考えたくもないことだが、どうやらアーク商会は奴隷をコールドスリープさせて管理している。
恐ろしいな。
俺は背後で地面に横たわって並ぶ番人達を一瞥する。
調べた甲斐はあった。
何はともあれ、この緊急事態を切り抜けるためにまずはみんなと合流する方が先だ。
「……ペネロペ、マキナ、師匠が無事だと良いんだが」
俺はベランダから身を投げる。
魔力糸で風のルーンを編み、物理糸で肉体を制御することでこの程度の高さはむしろ俺の移動の助けになる。
赤い塔の入口付近に師匠たちが溜まっているのを視認したので、その側へと降りる。
「みんな、無事だったか。それよりもこの状況は……」
空気はひんやりと冷たく、しかし爆炎で熱されている。
「バカ弟子、無事だったのね」
師匠は次にどの手を打つか悩んでいるらしく、指を顎の下において熟考している。
「あるじさま、さっき獣みたいな女の人が赤い塔に……」
獣みたいなか、ということは獣人族か。
「それ、詳しく聞かせてくれないか?」
聞くと、その女性はたった一人でこの街の自警団とアーク商会の連中を相手にしているらしい。
このヤカシュの惨状も、たった一人で起こされたとでもいうのか。
これほどの戦闘力に獣人、そしてアーク商会。
これらの点を線で結んで行くと、サキの顔が脳裏に浮かぶ。
いや、まさかな。
「……すまん、ちょっと見てくる」
俺は降りてくる時に使った糸を利用して、再度上空へと戻る。
「バカ弟子、戻りなさい」
「あるじさま……!」
「ちょっ、ご主人様!?」
みんなが心配してくれているのは嬉しいが、何か嫌な予感がしてならない。
「大丈夫、すぐ戻るよ。師匠、二人を頼む」
「世話の焼ける弟子ね。まあいいわ、さっさと戻ってくるのよ」
俺は塔へと戻る。
いや、もっと高くだ。
俺はさっきいた階よりもさらに上へと昇る。
そこから塔に侵入すると、辺り一面は不気味なまでに人影もなく静まり返っていた。
俺は糸をフロアに張り巡らせ、建物の構造を把握する。
このフロアにたどり着くには一つしかない階段を経由する必要があり、上を目指すにはここを必ず通らなければならない。
だから、俺と彼女が再開するのは必然だった。
「ハル、そこを退け」
サキはそう吠えるが、すでに全身はぼろぼろで、何が彼女をそれまでに突き動かしているのかは……いや、それは明白だ。
アーク商会、それは彼女の全てを奪った存在。
故郷を焼き、そして妹までもを奴隷に変えた恐ろしき組織のはずだった。
彼女の人生をかけた決戦の舞台が、この塔なのかもしれないと全てを悟る。
だからなんだ。
そんなことは関係ない。
彼女はもう既に死の間際に立っている。
ここを通してしまえば、間違いなく彼女は死んでしまうだろう。
俺は彼女に恋心を抱いていなかったと言えば嘘になる。
だからこそ、ここは通すわけにはいかない。
「サキ、それはできない相談だ」
もはやエゴでもなんでもいい。
もう、俺の人生で失うのはあいつと妹だけで充分過ぎるんだよ。
「ならハル、貴方もここで殺すよ」
既に立っているのもやっとであろうサキは得物のダガーを構える。
「ならばサキ、俺はお前を生かす」
俺もまた糸を展開する。
「今日のために私は全てを費やしてきた、貴方なら分かってくれると思ってたのにね」
「痛いほど分かるさ。だからもう言葉はいらない、だろ?」
瞬間、サキは視界から消える。
それは天賦の才とでも言うべき驚異的な身体能力から繰り出される敵の視覚の弱点への連続移動からなる技だ。
シャドウステップ、彼女はこの技をそう呼んでいた。
彼女自体も技も目視不能。
ならば、張り巡らせた糸のみを頼りに戦う他ない。
「そこか」
俺は暗闇の中から彼女の突きを繰り出した右手を掴む。
「流石は元勇者パーティなだけはあるね。だけど次は捕まらないよ」
彼女は俺を蹴り、その勢いで離脱するとまたも姿を消す。
だが、その逃げ道は既に予想したものだ。
逃げた先に土のルーン結界を展開しており、そこに足を突っ込んだサキは足が埋まり、身動きが取れなくなる。
さらにそこを中心に各所にあらかじめ仕掛けておいた氷、雷、炎、風のルーンを発動させる。
この技は彼女と共に旅をしていた時に使いすぎていたので、簡単に予測され通用しないと踏んでいた。
「く……んっ……」
だが、実際は効いているようだ。
彼女は足が埋まった状態で、思いっきり跳躍をして地面を破壊しながら離脱する。
やはり、何かがおかしい。
こんな簡単な技に彼女がかかるわけがない。
まるで俺との旅の思い出の全てを忘れ去ったようだ。
まさか……。
俺は与えられた情報を用いて推理をする。
だが、何度考えても彼女の記憶から俺が欠落しているようにしか思えない。
「そうだったな。語尾ににゃんをつけないから、てっきり精神が昔に戻っていたとか、心に余裕がないだとか、そういうことかと思っていたけれど、どうやら全く以て違うらしいな」
「な、何を言って……う、来るな。来るなぁ!」
突如、彼女はダガーをぶんぶんと力任せに振り回す。
幻覚の症状だ。
これは一刻も早く彼女に治療を施さないとまずい。
精神的に錯乱している今がチャンスだ。
俺は一気に彼女へと詰め寄る。
「スキル発動。『心理のひも』」
俺は彼女の記憶へのアクセスを試みる。
俺のスキルはこういう使い方もできる。
さあ、サキに何が起こっているのか、記憶を紐解いて見せてくれ。
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