野獣は月に吠える
駆ける。
野を駆ける。
仮にも勇者パーティのサキと呼ばれていたが、今の私には微塵の関係もなく、もはや品行方正である必要はない。
だから、荒れ狂う獣のように駆ける。
「そこのお前! ここを通りたければ身体と金の両方を差し出せよ!」
目の前にある関所はすでに朽ち果てており、そこを盗賊がアジトにしているらしい。
ああ、邪魔だ。
私は複数いる男のうち一人の腹にナイフを突き立て、爪で顔を引っ掻く。
「ぎゃああ! 痛いぃ!」
男は激痛から地面を転がる。
「て、てめぇよくも! 人数差って言葉を知らねえのかァン!」
10人以上はいるだろう盗賊たちは群れて私へと攻撃を仕掛ける。
「鬱陶しいにゃん」
私は奴らの首元に傷をつけ、切り抜ける。
「はぁん、すばしっこいだけとはなぁ。お前は終わりだ!」
だが、盗賊どもは切られたことにすら気がついていないようだ。
「はぁ。もうお前たち、終わりなんだにゃん」
「な、何を言って……!?」
盗賊たちの首元からどくどくと血が流れ落ちる。
「いいにゃん? お前たちはこれから死ぬ。だけれど万が一、ここ数日間走りっぱなしで手足がぼろぼろな私にありったけの薬とその素材を用意してくれるのなら、止血してやってもいいのにゃん」
「ひぃぃ! な、何でもしますからぁ!」
男たちはあっさりと折れたのでやれやれと止血してやり、私をアジトへと招き入れた。
「にゃるほどにゃるほど。どれ、これちょっと貰うにゃん」
私はアジトに入るや否や、棚に置いてあった薬をかたっぱしから飲み干していく。
味は最悪、効果も薄い。
だが同時に驚きもした。
これら全ての薬は回復薬であり、毒薬もなく、そして何より市販のクオリティに到達していない。
つまりこの薬は盗みではなく彼らで調合したのだ。
「お前、なんでこんなゴミみたいなポーション作ったにゃん? 盗んだ方が早いのに」
私が問うと、盗賊は前に出る。
「けっ。ゴミで悪かったな。そりゃ頭の弟が目を覚まさねえから……」
だが、それを言おうとした男に山賊の頭らしき男が拳を振り下ろす。
「余計なことベラベラ喋ってんじゃねぇ! ……もういいだろ、お前。早く出てけよ」
確かに用はもう済んだ。
だが、そう気になる情報を引き出されたままではなんとなく気持ちが悪い。
「ふーん。こう見えて私、錬金術に明るいのにゃん。ちょっとその弟くんを見せるにゃん。見せないなら皆殺しだにゃん」
男たちは渋ったような顔をし、ひそひそと話し合った後に私を奥の部屋へと案内した。
そこには衝撃的な光景があった。
確かに衰弱した男の子がそこにはいた。
だが、それは一人ではなく、視界に入るだけで10人以上寝込んでいたのだ。
「……っ!」
その光景を見た私は全てを悟った。
「お前たち、どうしてこんなところで盗みなんてやってるんだにゃん?」
「生きるためさ、俺たちはスラムで育ち、そして国策で追放された。ここは俺たちが初めて手に入れた居場所なんだ。ま、お前にゃ関係ないがな」
よく見ると、彼らは全員まだ幼かった。
まるで幼少の頃の私そのものだった。
「げふっ! ごふっ!」
寝込む少年たちの一人が、吐血する。
もう内蔵が限界なのだろう。
「おい! 大丈夫か!」
「にいちゃん。僕はもう大丈夫だから、俺の友達に薬をあげて……」
骨に皮がついているようなやせ細った少年が呟く。
このような小さな少年が死に絶えるのは見たくないな。
「お前、錬金術用の調合テーブルに案内するのにゃん」
私がそう言うと、彼らの一人は顔を落としたまま微かな希望に縋るように私を錬金部屋へと案内した。
錬金部屋にはノーザンベリー、興味深い素材も置いてある。
「お前たち、これはどこで手に入れたにゃん?」
「それは関所を通りかかった商人から盗んだ。使い方も分からないから、放置してたんだが……」
ノーザンベリーは後だ。
とりあえず私は瘴気を払う効果と回復効果を持つポーションを作ると、それを先程の少年に飲ませる。
「もう大丈夫にゃん。この子はもう時期に外をはね回りたくて仕方なくなるはずにゃん」
ついでに他の子にも飲ませる。
すると、たちまち部屋に充満していた病の臭いがぴたりと止んだ。
「す、すげえ……。あんたのことを姐さんって呼ばせてくれ!」
頭である少年が私に問う。
「にゃはは、姐さんねえ。そんなことより、こいつを市場に持ってくといいのにゃん」
私はついでに調合した瓶詰めになっている麦粒のような固形薬を手渡す。
「これは?」
「これは発酵したノーザンベリーを使った精神向上薬にゃん。もちろん君たちが飲んだら死ぬから気をつけるといいにゃん」
彼らは揃いも揃って腑に落ちない顔をしていた。
「で、こんな代物を俺たちにどうしろって言うんだ」
「そいつを市場で売れば金貨1000枚は下らないにゃん。でもそのお金は生活に最低限の物資とお金の稼ぎ方を学ぶのに使うのにゃん。次会った時に相変わらずみすぼらしいままだったら、今度こそ殺すのにゃん」
これは自己満足の、義賊的行為にしか過ぎない。
だけれど彼らはまだ幼かった。
私はかつて同じような境遇だったため、若い芽を社会に摘ませることは許せなかった。
ただそれだけの話なのだ。
「ありがとう、ありがとう姐さん」
私は姐さんなんて呼ばれるようなことはしていない。
これは私のために行った独善。
お前たちのなんのためにもならないんだよ。
「にゃはは。じゃあこれで行くにゃん」
私はもう一つの瓶に詰められたノーザンベリーの薬を少量掌にふり、それをバリボリと噛み砕いて飲み干す。
「姐さん、それは……」
幼少の頃、この薬で金を稼いだ。
あの頃は大人が必死になって自分の心を誤魔化していたことに疑問を感じていたが、今ならよく分かる。
「にゃは……あははは……」
時期に日は暮れる。
もう何日も寝てはいないが、寝ている時間など私にはない。
私は野を駆ける。
私は獣だ。
奴隷商会に牙を突き刺す、もはや自分ですら制御不可能の猛獣である。
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