再始動
「ハル、本当にもう行くのにゃん? 一泊くらいなら流石に見逃してもらえると思うけど……」
俺の旅立ちに必要な積荷作業を手伝ってくれた勇者パーティの良心、散斥士のサキも昔とは随分変わったものだ。
昔のこいつと言えばもっと殺伐としていて、金さえ貰えればあとはなんでもいいと言った感じのぶっきらぼう、実力で周りを黙らせるスカしたケモ耳少女だったが、今となっては追放処分となった俺の見送りに来て、荷積みの慈善活動までしてくれる始末だ。
一体何が彼女をここまで変えたのだろうかと考えながらも、俺は彼女に頭を下げる。
「そうしたいのはやまやまだが、如何せん宿代は浮かせておきたい。ほら、ここセント・ノヴァリアの宿は一泊小銀貨2枚はくだらないだろ?」
俺の全財産は現在帝国小銀貨13枚。
職を失った今は一枚でも出費を防ぎたいところなのだ。
「それは……うん、仕方にゃい。仕方にゃいからこれを受け取るといいにゃ」
サキの手はするりと俺の手を握ると、その内側に数枚の小銀貨を忍び込ませる。
だが、俺はその小銀貨を受け取りたくはなかった。
「ああ、嬉しいよサキ」
だから俺はサキと抱擁を交わす。
「にゃ、にゃあっ!?」
驚いたような素っ頓狂な声が耳元から伝わる。
「こら……あまりじたばた動くんじゃない」
すまんなサキ。
その隙にすかさずサキのポケットに小銀貨をすり入れる。
「にゃーん……こんなのってないにゃあ」
サキは人狼だからか五感が鋭い。
だからポケットに入れられた小銀貨に気がつくまでに1秒とかからないはずだ。
強情なサキに小銀貨を返してやるには、バレないようにするというよりは鋭過ぎる五感を刺激して混乱させるのが最適解だ。
「守銭奴から金を受け取ったら絶対ろくなことが起こらないんでな。こっちから願い下げだよ」
タダより怖いものはない、と商会にいた頃はよく先輩から与太話込みで教訓を教えこまれたものだ。
もっとも、今回はそんな話ではないが。
サキはぺこりと頭を下げつつも耳を垂れさせ、ありえないにゃと呟く。
彼女の生まれは貧しい。
病弱な妹のために莫大な資金が必要なのだ。
思い返せば、そのために傭兵を始めた駆け出しの頃に俺が雇ったのが出会いだったかな。
だから昔の知るこいつは守銭奴で、殺伐としてて、常に無闇矢鱈と殺気を振り撒いていたのだろう。
まあ、考えたところで悪魔の証明か。
「なあ、もしもだよ。もしも全てのしがらみがなくなって、仕事も何もかもが片付いたら旅をしようぜ。春には草原で昼寝して、夏はまあ、日が長くなるから仕事で忙しくなるだろうなぁ。んで、秋だ。秋は日が長いし、葡萄で儲けられる。冬は船が出ないから陸路のチャンスだ」
僕はそんな彼女にほんのりとした好意を抱いていた。
狂いそうなほど過酷な出自から泥臭く足掻いていく生き様が、美しいと思えた。
だからギブアンドテイクではない、漠然とした趣味の領域でサキに触れてみたかったのだ。
「ぷっ……あは……あはは……!」
だが、サキは大爆笑。
一世一代のプロポーズにも酷く似た告白に対して、サキは笑いで返したのだ。
なんて失礼な。
「な、なんだよ。詩人じゃああるまいし、少しは妥協してくれよ」
俺の言葉を聞いて僕を真顔で数秒見つめるが、またもぷすりと笑い出す。
「だって、商売のことばかりなのにゃ。頭には商売のことしかないのかにゃ、このぽんこつは。でも悪くないのにゃあ。もしそんな日が来たら、ちょっとは考えてやってもいいのにゃん?」
とてつもない上から目線だった。
だが、こうして談笑できるのも今だからこそだ。
底なしに明るい彼女はなかなかどうして可愛らしい。
ああ、ずっとここに居たいなぁ。
「そろそろ行くよ。サキ、ありがとうな」
サキはピンと伸ばした手を振る。
馬車に揺られながらも、俺はその手に応えて手を振り返す。
切ないが、俺は決して振り向かない。
人生は馬車と同じだ。
前進はあれど、後退はないのだ。
さあ、進もう。
こうして、俺の行商の旅は始まる。
行商であればある程度のノウハウもあるし、知識も知恵もある。
いつかまたサキに逢えた時のためにも、自慢できるような知識をたくさん蓄えておかないとな。
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