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獣の衝動

 行商の旅というのは、退屈との戦いであるとどこかの誰かが唱えた。


 これは極めて馬鹿げた話のように聞こえるかもしれないが、俺ことハルの一個人的な意見としては全面的に肯定できるのだ。


 荷馬車に揺られ、売り物の中では比較的安価なものから適当に飲み物を選びとっては飲み続け、起きている間はひたすらあくびを繰り返すだけなのだが、気を弛めていいというわけではないのが行商の難しいところだ。


 領地に落ちたものは領主のものになるという横暴な政策により、交易路は基本的に馬車の不幸をお祈りするかのように悪路であり、無駄に道がくねっていて遠回りを強制させられる。


 無論馬車なのだから轍を踏み外すことは死を意味するのでショートカットなどは有り得ず、この敷かれた悪路の上を旅商人は重荷を背負って移動しなければなないうえ、注意を怠れば人生の終わりを迎えることだってある。


 しかしそう分かってはいても、退屈なものは退屈なのだ。


 結論として、適度に気を抜きつつ緊張感を保つことが、旅商人のもっとも重要なスキルである。


 だから話し相手のいない孤独な行商は難しい。


 だが、その点に関して俺は恵まれていると言えるだろう。


「あるじさま、何を読んでいるの?」


 俺の手元にある紙切れを見て、ペネロペは興味津々で呟く。


「ああ、これは俺が行商のルートを書き加えたごく普通の一般的な地図だよ。読むか?」


 荷馬車に揺られているためさぞ読みにくいだろうが、俺は鹿の皮や小麦粉を積んだ荷台に座る彼女に手渡す。


 後は道なりに行けば1週間ほどでヤカシュに辿り着く。


 荷馬車の移動速度は一日40キロメートルといったところだが、都市の近くには都市国家も多く点在しているし、なんとかキャンプしないで住むことだろう。


 街道はかなり安全だし、気をつけるのは狼と山賊、それに遭遇することは滅多にないオールアントくらいだ。


 俺の準備に抜かりはない。


「ご主人様、字が読めるんだね。すごいな……」


 ペネロペは俺の殴り書きが並ぶ地図を見て呟く。


「そんなことはないさ、俺は一応貴族の家庭で生まれたから、教養だったってだけだ。まあ男爵っていう一番肩身の狭い底辺貴族だったんだが」


「そんなものなのかなぁ」


「そんなものさ」


 ペネロペは文字とにらめっこを続け、次第に悟りを開いたらしく地図を足元に置く。


 諦めが早いのもペネロペの長所だろうな。


「ご主人様〜、そろそろ愛玩ホムンクルスを愛でたらどうなんです?」


 手網を引く俺の横に座り、寄りかかる銀髪の美少女ホムンクルスは頭を撫でて欲しそうにすりすりと俺の袖に頬擦りをする。


 機械だというのに、頬がもちっといていて柔らかい。


「マキナはくっつき過ぎだ。ホムンクルスはバッテリー切れとかにはならないのか? 永久機関とか積んであったりするのかな」


 いつも元気いっぱいといった彼女の姿を見て俺はふと思った疑問をつぶやく。


「やだなぁ、もう。そんなわけないじゃないですか。ただまぁ、減るのは第七次元方向のエネルギーなので、この時間軸においては無制限と言えるかもしれませんね!」


 第七次元とは驚いたな。


 その割に睡眠は必要だったり、一体何なのだろうか……。


 つまり真面目に考えるだけ無駄そうなので、俺はとりあえずマキナの頭を撫でる。


「…………」


 荷馬車の隅から視線を感じる。


 もちろんそれはペネロペのものであったが、それはどことなく恥ずかしいものを見るような、羨んでいるような……。


 いや、まさかな。


 だが、一か八かでやってみる価値はあるか。


「ペネロペ、ちょっとこっちに来てくれ。大事な用があるんだ」


「え、あ……はい。なに……?」


 顔を真っ赤にして視線が泳いでいる。


 そんなペネロペの頭を俺は撫でる。


「んん……」


 撫でる方の俺から思わず声が漏れる。


 一体どんなものを食べたらこれほどに艶やかな髪になるのだろうか。


 裕福な貴族でもこれほど綺麗な絹のような髪を持ち合わせているものはいない。


 これは将来とんでもない美人になるだろうな。


「ああ、あるじさま……」


 ペネロペの目がとろんとして、甘えているのが伝わる。


 彼女はきっとありふれた愛情が欲しかったのだ。


 絶対故郷に帰してやるからな、ペネロペ。



「……!?」


 俺が彼女の頭を撫でるのをやめると、右の肩と耳の辺りに生温かさと、鋭い牙の感触がじんわりと伝わる。


 視界がぐらつくほどのとてつもない淫気に当てられた俺はすぐに状況を理解する。


 ああ、見なくても分かる。


 ペネロペはサキュバスの悪魔憑きなのだ、俺と触れ合うことにより『食欲』が疼いてしまったのだろう。


「はぁ……はぁ……あるじさま……いい?」


「ああ……いや……」


 ここで彼女の『食事』を許可してしまえば、俺がどうなってしまうのか分からない。


 詩や書籍によれば骨抜きになってしまったり、廃人になってしまったり、眷属になってしまったり、むしろ何も影響がなかったり、超常の吸血種へと変貌したりと様々だ。


「……ほれへも(これでも)? あむっ……」


 ペネロペの舌が俺の耳を侵略していく。


 その音に、感触に理性の壁が破壊されていくのを感じる。


 悪魔は許可がなければ何事も侵すことはできない。


 だからペネロペは五感のひとつを強く刺激することによって俺の『食事』への許可を促す。


「マキナ……!」


 理性が残っているうちに、にこにこと微笑ましそうに俺たちを眺めているマキナに救援要請を送る。


「仕方ないですねぇ」


 やれやれと言った感じにマキナはペネロペの反対側、つまり左側に座って……あれ、なんかおかしくないか?


「んーん……」


 マキナはペネロペのように舌を窄めると、左手をがっしりと抱きしめて耳の穴へと舌をねじ込む。


 俺は左右から挟まれ、身動きひとつ取れないままにゆっくり確実に理性を溶かされていく。


 しかしなんかもう、ちょっとマキナの行動に酷く辟易としてしまったので、理性大回復。


「そうじゃないだろう!?」


 俺は勢いのままに彼女たちを引き剥がすと、開いて肘ほどの距離を空ける。


「な、どげんしたとです!?」


「なんだその口調は。おかげで目が覚めたよ、ありがとう」


「えへへ〜、それほどでも〜っ!」


 褒めてないっつーの。


 俺はマキナにそう告げると、今度はペネロペに向き合う。


「あるじさま……ごめんなさい」


 今にも泣き出しそうな暗い表情をしたペネロペ。


「いや、いいさ。それもきっとサキュバスとしての本能なんだろう」


 一説によれば、サキュバスの幼少期はそれこそ人間の子供と変わらない食生活をするが、成体になるにつれて人間の血液や精液、おしなべて体液を必要とするらしい。


 吸血衝動に駆られて牙をむき出していた育ち盛りのペネロペにとっての栄養は一般的な食事では足りなかったようで、それを察することができなかった俺に非がある。


「……あるじさま。少しだけ、少しだけ血を分けてくれない?」


 尻尾はしゅんと垂れ下がり、まるで子犬のようだなと思った。


 血は彼女にとって必須なのだ、分けたいのは山々なのだが、如何せん後に残るものが怖い。


「あのー、多分ご主人様のスキル『真理のひも』を使えば吸血による影響が分かるはずですよ。少なくとも11次元にアクセスできるはずですから」


 そうだ、俺はスキル『真理のひも』を使うことで、あらゆる概念を11次元から解釈することができる。


 これを使って彼女の牙による影響を予測することは可能だ。


「解き明かしてみたら、始まりはひもであった──」


 俺はすぐにスキルを発動、ペネロペの牙を調べていく。



 ──導き出された答えは無害そのものだった。


「ああ、大丈夫そうだ」


 俺はペネロペを手招きすると、首元に顔を置く。


「わぁ……。いただきます!」


 ペネロペは俺の身体を抱きしめるようにして、首元にちくりと少しだけ痛みが身体を流れると、どくどくと血液が抜かれていくのを感じる。


 一気に血を抜かれすぎたのか、今度は意識を持っていかれそうな感じに視界が霞む。


「……ペネロペ……ストップだ」


「んっ……。ごちそうさま。えへへ」



 キュポンと牙が抜けると、首元にはすっかり歯と唇の後がついていた。


 この首元を見られたら、きっと誰もが少女とやましい関係を持っていると解釈するだろう。


 だが、ペネロペが悪魔憑きだからとも説明はできない。


 今後この言い訳はどうするか。


「お粗末さま……」


 ペネロペは調子が出たようで、満足そうにお腹をさする。


 一方俺の方は今の一瞬で大分体力を持っていかれてしまった。


「マキナ、馬車は操縦できるか?」


「任せてください、見よう見まねですが、何せ神候補生ですので」


 俺は地図を見せて目的の都市国家の場所を指先でとんとんと伝えると、無気力に荷台の端で横になるのだった。

******

大事なお知らせ

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『面白いかも』

『ちょっと続き気になるな』

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