忘れし夢
「ハル。もう貴方はウチの子じゃないわ。だから好きに野垂れ死になさい」
俺はついに実家を追放された。
ごく普通の家庭環境に育った人ならば、悲しむだろう、嘆くだろう。
だが、俺にとってそれは吉報だった。
俺の家庭は代々悪魔崇拝で、悪魔より授かった美しい肉体は兄妹で交わり続け、その系譜を受け継いでいかなければならない。
それがおかしなことだと気づくまでに随分時間がかかりすぎたが、どうやら俺の信じていた邪悪なそれが危険なのは確かだったようだ。
俺は家を追放されたおかげで、この危険で最低で醜悪で気色悪い儀式から逃れることが出来て、安堵していた。
逃走は計画失敗に終わってしまったが、結果としては成功だろう。
姉の足で胸を地べたに押さえつけられ、俺は雨降る地面の泥水に顔をすする羽目になっているが、追放の喜びに比べれば些細なことだ。
「ええ姉上、いずれ地獄から這い上がって、貴方を……いえ、この家をぶっ壊してみせますとも」
この屈辱は良い。
いずれ復讐を成し遂げた時の達成感によく合うスパイスだ。
「あらあら〜。お可愛いこと。勝手になさい。ただし脱兎には罰を与えないとねぇ」
姉は不敵に微笑む。
その笑みがおぞましく、いつも背筋を凍らせる。
「姉上、何を……!」
「いやなに、お前は妹を犯した時も心はそこに在らず。お前は幼馴染のリリコとうつつを抜かしてばかりいたわね。だから彼女をお前の代わりにしようと思ってねぇ。ほら、最後に挨拶なさい?」
嘘だ、俺の逃走を事前に知っていて、先回りして幼馴染のリリコを捕らえたような口ぶりだが、この計画は俺以外知らなかったはず。
「嘘だ……嘘だ!」
「嘘なものですか」
彼女がパチンと指を鳴らすと、突如何も無かったはずの空間から幼馴染で親友で、ずっと片想いだったリリコが両手足をおぞましいピンク色の触手で縛られ、服もほとんどはだけた姿で現れる。
「そんな……リリコ……リリコ!」
俺は力の限り叫んだ。
産まれて初めての、喉がはち切れんばかりの絶叫。
それに応えるように、リリコはゆっくり目を開ける。
「ハル……いいのよ。私のことは忘れて、それで普通の家庭を持って、幸せに暮らして欲しいの。お別れがこんな形になっちゃったのはちょっと悲しいけど、元気でね」
彼女の声は本物だった。
リリコは俺のことなんてどうでもよかったのかもしれない。
だからちょっと悲しいで済むんだ。
大人になったら今までのことは全部忘れて、きっと別の人生を歩める。
今ならそう思えていたのだ、次の言葉を効くまでは。
「……ごめんハル、少し考えたけど、やっぱり我慢できないの。わがままだけれど、ハルを傷つけるけど、お願い」
俺は彼女の決心した顔に、声に耳を傾けなければならない。
俺は泥水を啜りながらも、彼女を感じられる全ての器官で感じ取る。
「……大好きよ。ずーっと大好き! だから、またいつかね!」
屈託のない笑顔が咲いた。
それは僕の片想いだった少女が見せた、最後の笑顔。
リリコはそのまま暗黒空間へと吸い込まれていき、ついに姿が見えなくなった。
瞬間、感情が爆発した。
「ああ────。あ……あああああああああああああああああ!」
全身の毛穴が開き、歯茎から出血するほど食いしばり、こめかみの血管は今にもはち切れそうな程に隆起しているのが伝わる。
「あは……あはは! うふふ。滑稽ね」
惨めな俺の姿を見て笑うのは姉。
その笑みを見て怒るのが俺。
「殺す……。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
俺は隠し持ったナイフを持って、一瞬の隙を見計らって胸元へと飛び込む。
「そうね、では折角ですし、お前が一番大事にしていたものを奪っておきましょう。その方が惨めで面白いわ。ええ、そうに決まっている」
辺り一面が白く輝く。
いや違う、俺の意識が漂白され、視認できなくなっているのだ。
漂白の中で、一つの大切なものが抜け落ちていく。
『リリコ』
俺にとって唯一の救いだった存在。
彼女を……俺は。
────あれ、リリコって、なんだっけ。
*
「やっと気が付きましたか」
マキナの一声で、意識ははっきりと目覚める。
何やら夢を見ていたようで、汗が額を濡らしていた。
「ああ、おはよう」
俺は馬車に揺られる。
一体どんな夢を見ていたのか、俺が知る術はない。
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