新天地を目指して
俺は世界の真理に到達し、新たな糸の使い方を思いつく。
先程一瞬見えたひもの世界がこの世界の本当の姿なのだとしたら、糸で構築できないものがないのだと逆説的に証明される。
つまり、糸使いである俺はもしかしたら全知全能であり、何もかもを生み出すことができるのでは、と思い至ったのだ。
だからこうして宿屋の一室であらゆる生物を作ってみようと試行錯誤をしているのだが、いかんせん結果は芳しくないものだった。
まず、糸から生成できるものは、物質ならば椅子とテーブルサイズのものは作れるが、馬車のように複雑なからくりでは疲れるうえ、生成に1分ほどの時間を必要とする。
次に生物なのだが、これは成体の雌牛サイズがぎりぎりのラインで、ペネロペのような人体は不可能。
しかも生成した牛は生きているようには見えるが感情というか魂のようなものは見受けられず、糸により無理やり動かすことも出来るが、非常に疲れるため非効率だ。
具体的には、かばんを運ぶために剣の切っ先に乗せて持ち上げるような感覚で、これならば普通にかばんの取手を持った方が早い。
……これはあまりやりたくなかったのだが、バッタと蝶を舐めてみたところ、こちらはほぼ完全に再現出来た。
そしてバッタは蝶より大きかったが、バッタの方が負荷が小さいことを感じ取れた。
俺が生み出した生物とは糸を通じて意思疎通を取ることもでき、細かい動作も可能だ。
色々試してみた感じ、どうやら生成する生物のサイズには関係なく、魂のランクのようなものがあり、そのランクによって操作の難易度が変わるらしい。
俺がステータスを再確認すると、この生成スキルは独立し、新たなアクティブスキル、『超ひも構成』と表記されていた。
*
*|超ひも構成
レアリティ:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 熟練Lv.3
超ひもの単位から概念を構成する。これにより生物を生成し、戦闘や偵察などに用いることなどができる。無理をすれば規格外のものも生み出すこともできるが、魂がうまく再現できなかったりと不具合も発生する。このスキルはパッシブスキル『真理のひも』の熟練レベルに比例してより強力なものを正確に再現できるようになる。
*真理のひも
レアリティ:評価規格外 熟練Lv.1
解き明かしてみたら、世界はひもであった。この世界を構成する物質の本質を理解することが出来る。
*
マキナ曰く、俺がスキルを使い込むことでできることや作れるものも増えていくらしいが、現状では使い勝手が良いスキルとはお世辞にも言えないだろう。
だが、将来性はある。
理論上では俺がこれから目にする多くのものを学び、五感で知ればそれらを全て味方にすることができる。
これは非常に強力なスキルだ。
何せ前衛を生成することができれば、昨日のようなソロ攻略殺しのようなドワーフ・ティガーにも太刀打ちができるようになるし、後衛の真髄をいつでも発揮できるようになるからだ。
とはいえ今すぐは無理なので、やはり当分はマキナかペネロペ……は難しいか、とにかく誰かに前衛は任せることになるだろう。
一つの考証が終わり、ふうと一息つくと、ペネロペは俺の機嫌を伺うような上目遣いで俺の顔を覗き込んでいた。
「私、もういらない?」
なるほど、このスキルによって前衛を生成すれば既存の前衛を必要としなくなるから、自分の存在価値を危ぶんだわけか。
奴隷であった彼女にとってそれを死活問題のように感じるというのは、理に適ってはいる。
「大丈夫だよ、俺のこのスキルが実用のレベルに達するにはまだまだかかりそうだ。それにあのとかげ男との約束もある。ペネロペが前衛を務めなくとも、俺はペネロペを見捨てたりはしないさ」
「ん……」
だが、俺の言葉もペネロペにはいまいち届いてないようだった。
すぐに価値観を変えろというのは無理な話だ、これからゆっくり奴隷ではない一人の女性としての生き方を見つけていけばいいだけなのだから。
「私、優しいあるじさまのお役に立ちたい……。あるじさまの剣になりたいの。使えなくてもいい、二番目でもいい。ううん、二番目じゃなくて、百番目でも千番目でもいい。でも、あるじさまのために戦えるようになりたい」
どうやら俺はひどい勘違いをしていたらしい。
凛とした瞳はまっすぐ俺を捉え、彼女の意思で共に戦うことを望んでいる。
それならば少女であろうと俺はその気持ちを肯定する。
剣を取らせる。
こういう目をするやつは誰よりも強いのだ、心配なんて無用だろう。
「あのー、差し出がましいようですが、ペネロペさん……おねえちゃんのジョブは運命士。ドワーフのデータベースによりますと非常に珍しいもののようですが、非戦闘職。命には変えられませんよ?」
マキナの一言は的を射ていた。
「そう。それは分かってる……。職業って変えられないのかな」
ペネロペは悩んでいた。
ステータスという現実的な問題に向き合うのは、辛いものがある。
かつての俺が剣の道で心折れたように、彼女の心もまた金属疲労を起こしていた。
「大丈夫だ、それは何とかする。ここから北東に交易で栄える港街、商業都市ヤカシュがある。そこでは美味いものもたくさんあるし毎日お祭り騒ぎが……と、そんな話じゃなかったな。とにかく、そこの知り合いに人のジョブを下位のものなら何にでも変えられる天才を知ってるんだ」
同じような悩みを抱えていた俺には不要になったジョブチェンジ。
かつてはその噂を聞いて俺も馬車を走らせた時代があったなぁと思いつつ、話だけでもペネロペに伝えておく。
「うん、前衛なら何でもいい。私の職業を変えられるのならそれで」
彼女の本気度はよく伝わった。
だが、今回ヤカシュの話をしたのはもう一つ目的がある。
ヤカシュには大陸最大の商業都市の側面と同時に、世界最大の博物館兼図書館『叡智の滝つぼ』がある。
知識を媒体とする俺の新たなスキルに持ってこいの場所であるし、ペネロペの故郷を詳細に知ることも難しくないのではないのだろうか。
「おいしいたべもの……。おまつり」
どうやらペネロペはそっちの方面に興味を持ったらしいな。
ペネロペは自分の気持ちを切り替えるのが上手く、それが今日まで彼女の過酷な環境での生活を可能にしていたのだろう。
「いいですねー、商業都市ですか。そろそろあるじさまに有能なところを見せられそうでこのマキナ、ちょっとワクワクしてきました!」
元よりステータスの可視化なんて行っていたマキナなのだ、まるで今までが役に立ってないかのような口ぶりだが、謙虚すぎるな。
これは彼女の真髄に期待できる。
「時にこれは商人の間では使い古された言葉なんだが」
俺は商業都市ヤカシュに対してはやる気持ちを抱いていた。
「「「時は金なり」」」
三人の言葉が揃う。
それぞれの思いはヤカシュへと導かれる。
「なんだ、知ってたのか。てっきり業界用語かと思ってたよ」
「いい言葉。やりたいと思ったらすぐ行動」
「そうと決まれば行きますか」
俺たちはヤカシュを目指して、準備を始めるのだった。
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