追放
まもなく世界は滅亡する。
空を見上げ、破滅の赤龍が咆哮する様を見ればそんなこと、誰だって分かる。
アーリアス大陸最後の希望である勇者はとうに地に伏し、起き上がることはない。
誰もが絶望の淵で足を竦ませて、身体を凍らせて呟く。
「もうダメだ」
あの世界を喰らう破滅の龍にはあらゆるものが通用しない。
剣も、魔法も、奇跡でさえも。
誰かが立ち向かわなければ世界は終わる。
だが、一体誰が立ち向かうというのか。
「俺が征く」
一人の青年は空を駆ける。
龍にとってそれは蚊も同然である。
視界の隅で喚く羽虫に過ぎない。
だが、羽虫は羽虫。
龍はその五月蝿い害虫を駆除すべく、炎を口に溜め、吐き出そうとする。
────本当は、逆だった。
少年は龍に向けて手をかざすと、その動作に合わせて龍は硬直する。
いや、動かないのではない、動けないのだ。
なぜなら龍はすでに死んだから。
「うるさい蚊だな」
少年は辟易として地上に舞い降りる。
龍の居たところだけは翼に雲がかき消されていて、そこだけが見事に晴れ渡っている。
そのせいで少年には後光が射していて、神秘的な風情がその景色にはあった。
その様を人々はこう伝えていくのであった。
──救世の糸使い、と。
*
俺ことハルは現状にものすごくうんざりしていた。
どうしてこのようなくだらない事態になってしまったのか。
「此度は如何様にしてそのような無様な顛末を迎えたのか、余に言い聞かせよ」
上級王ネッズは厳しく叱責しつつも、俺たちの言い訳を聞いてくださるらしい。
それもそのはず、俺たち勇者パーティは今回取り返しのつかない大失態をしてしまった。
魔族との因縁に決着をつけるため、アーリアス全ての国を束ねる王の中の王、我らの上級王様が宣戦布告。
激化する戦乱の中、ついに最大戦力である勇者パーティが満を持して戦場に介入したのだった。
だが今回の結果は大敗北。
魔王四天王のさらにその幹部といういまいちぱっとしないオーガキングに負けて撤退、その後人間の帝国軍は大打撃を受けて今やその責任の押し付け合いで戦争どころではなくなってしまった。
さらに魔王からは相当量の賠償と我々にとって圧倒的に不利な休戦協定の打診を申し込まれ、これを飲む他ない帝国は魔王に首輪をつけられてしまったのだった。
その責任の押し付け合いの順番はとうとう半ば元凶である俺たち勇者パーティに回ってきたらしく、この俺たちを取り巻く雰囲気はまさに異端審問といった形相を呈していた。
「陛下。このような事態を招いてしまい、大変申し訳ございません」
俺はとりあえず謝っておいた方が罰が軽くなる、そんな気がして上級王へと初手で謝罪をする。
くそ、報酬が莫大だからといって危ない橋を渡るべきじゃなかったな。
勇者パーティに入れば一攫千金、そんな夢を抱いて20年以上はお世話になった商人ギルドにおさらばしてきたっていうのに、ああ、本当に情けない顛末だ。
「許すものか。このような失態を二度と繰り返すわけにもいかぬ故、余はパーティ再編をすべきだと考えておる。お前たち勇者パーティの中で誰が最も役に立たぬのか報せよ」
前言撤回だ。
これは異端審問の形相だと言ったが、異端審問そのものだ。
上級王は非常に不機嫌そうな顔で俺たちを眺める。
だが、実際のところ戦闘においては誰が弱いとかそういう話ではないのだ。
俺たちは明らかにコミュニケーション不足であり、問題点は人選ではない。
俺たちのパーティは『勇者』『散斥士』『大剣士』そして俺『糸使い』で構成されている。
ある日突然に戦争を終わらせるための少数精鋭部隊、通称『勇者パーティ』部員募集中の張り紙が国のいたるところに貼られ、参加希望者から上位3人+1人の勇者が選ばれた。
その選ばれし勇者パーティが俺たちで、最初はつけ焼き刃だと思っていたが、案の定シナジーは目を見張るものがあった。
セオリー破りのヒーラー無し構成は破格の火力を誇っており、その殲滅力を以ってすればどんな敵も一撃必殺なうえ、諜報能力に優れた散斥士である『サキ』がいる以上先制されることはない。
つまり、俺たちは足並みさえ揃えておけば無敵にも等しいのだ。
俺たちが前回のオーガキングとの戦いで敗れてしまったのは、勇者『バーンフリート』が人々を救う使命から焦り、前に出てしまったのが原因だ。
アラサーになった俺もあと10若ければそうしていただろうし、気持ちは分かる。
だから俺たちに必要なのは目の前よりもはるか遠くを見据える眼、すなわち対局感なのだ。
だが、すぐに人は変われない。
目の前に困っている人がいれば助ける、それは——
「糸だ」
突如、勇者バーンフリートの口から漏れたのは当人が切り捨てようとする名前だった。
「糸に決まっているだろそんなもの! アイツは救うべき弱いやつを見殺しにするクズ野郎だ! それに剣を握れるくせに前線で闘う度胸も力もない! クビにすべきはあの男だろ!」
俺を罵る勇者バーンフリートの手は震えていた。
そう、この男は怯えていたのだ。
前回の失敗の原因は確かに勇者バーンフリートにあった。
だから手頃な俺にその責任を押し付けようとしたのだろう。
そうじゃない、そうじゃないだろバーンフリート。
俺は彼の対応に酷く呆れ返ってしまった。
そうまでして勇者パーティにいたいのか、お前は。
「みっともないぜ、勇者様。俺の言ってる意味が分かるよな」
俺はそんな勇者が醜く感じ、自然と口が悪態をついた。
その時だった、俺の頭上に鉄塊が振り下ろされたのは。
「っらあああぁ!」
大剣使いのヴェルスの放った一撃はまるで大陸が降り注いだような理不尽さを感じる暴力の鉄槌だった。
くそ、どうして俺を狙う!
俺はこんなところで死にたくはなかったから、死に物狂いで横にドッジロールをしてその一撃を命からがらといった感じに避けきる。
ああ、咄嗟に避けたのが後ろでなくてよかった。
大剣士であるヴェルスの盾のように分厚い大剣は空間をも切り裂くのだ、もし後ろに避けていれば間違いなく切られていなくとも切られていた。
「理由を教えろよ、ヴェルス」
あまりの理不尽に、その理由を聞かねばなるまい。
「どうもこうもあるか、てめえには勇気がねえ。いつもへらへらしやがって、昼行灯が。それに商人は女子供を奴隷か玩具か何かだと思ってやがる。バーンフリートから聞いたぜ。てめえ、元々はサキと『商売の仲』だったそうじゃねえか。俺のサキに手を出そうなんて百年早え。だから俺がここで捌いてやろうってなぁ!」
大剣士ヴェルスは力を信仰する北国の出身であり、彼の民族は筋力のある者を尊び、逆にない者を蔑む風習がある。
だから理由としてはそれだと思っていたが、どうやら俺を狙う理由はサキにあるらしい。
勇者パーティの一人、散斥士のサキは人狼という亜人種だ。
大抵の亜人は奴隷として扱われていた歴史的背景があり、サキの種族である人狼も例に漏れない。
確かに彼女とは勇者パーティ以前の商人時代からの付き合いではあるが、それは俺が傭兵として彼女を雇っていたギブアンドテイクな関係であり、断じてやましい関係ではない。
だからヴェルスがバーンフリートから聞いたという話とはニュアンスに齟齬がある。
……なるほど、情報を整理すれば分かる事だったが、つまり勇者バーンフリートは俺を切り捨てる準備を既に整えていたということか。
大剣士のヴェルスは国土解放という大義名分を掲げてはいるが、あの男の原動力はサキに対する恋心であるように思える。
やたらサキに絡むし、なんとなくそんな気はしていたが。
バーンフリートがそのヴェルスの大義と私利私欲がごちゃまぜになった灰色の気持ちを利用して、今回の事件を引き起こしたのだろう。
「おらぁ! 死ねよ!」
ヴェルスは次に横に薙ぎ払う攻撃を繰り出す。
しゃがむ……? いいや無理だ、時間が足りない。
くそ、こればかりは避けようがない!
「それはちょっと違うんじゃないかにゃあ?」
ヴェルスの放つ斬撃の挙動はねじ曲がる。
水平から滑らかに上方向へ。
さらに、ヴェルスの喉元には光溢れる謁見の間においても限りなく暗く、視認不可の暗剣が突きつけられる。
このような人間離れした芸当をできるのは世界中でただ一人しかいない。
「サキ、助かるよ」
人狼のサキは俺が感謝の言葉を告げると、どうってことないにゃあと犬歯をきらりと見せつける。
その様にヴェルスは解せない表情を見せながら狼狽え、あとじさる。
「どうしてだサキ。その男は俺たち勇者パーティにとって汚点だ。行商、おしなべて運び屋なんてのは腐れ野郎しかいねえんだ。そんなことは分かるだろ!」
「その言い分はちょ〜っとだけ分かるにゃん。確かに亜人にとって商人とは奴隷商人のことを指す言葉だった事もあるくらいだからにゃあ。だからといって商人全員を悪人と決めつけるのはにゃんにゃん、にゃ」
場の緊張状態はまだ解けてはいない。
張り詰めた空気は呼吸を難しくし、かえって判断を鈍らせる。
俺もまた得物に手を伸ばそうとしたその時だった。
「止めよ、御前である」
上級王が手を上げると、どこからともなく謁見の間の柱の陰から城壁を破壊できるほどの威力を持つ大量のデミ・カルヴァリン砲が俺たちを囲む。
俺たち勇者パーティを止めるのに用いたのが勝ち目のない剣士ではなくカルヴァリン砲なのは理に適っているなと感心しつつ、とりあえず俺は両手を挙げて降参を示す。
それに続いてみな得物を床に起き、両手を挙げる。
「佳い。余は此度の件の結論を告げよう。糸、お前はすでに勇者パーティにおける問題の中心とも言える人物だ。よってお前は追放処分とする」
理不尽だ。
国のために戦わされて、追放処分なんてあんまりだ。
そうは思ったが、俺は元々商人。
顧客に足元を見られることにすっかり慣れきってしまった俺は、既に商売用の満面の笑顔を浮かべていた。
それに追放も二回目だ、もはや心に傷を追う理由にはなり得ない。
「そうですか、残念です。では此度の分の報酬をいただいて、撤収させていただきます」
そう、仕事には何事も報酬が必要なのだ。
報酬さえ貰えれば最悪後はなんでも良い。
「報酬か……佳い。受け取るが良い」
上級王ネッズの横に立つ兵士は皮袋を取り出すと、それを俺に渡す。
初めはおお金貨だと思ったが、いかんせん軽い。
咄嗟に袋の口を開けると、そこにはたったの11帝国小銀貨が入っているだけだった。
「たった……これだけ?」
勇者パーティ参加者には10000枚の金貨と家、そして給仕が配給されるはずだった。
だのにどうしてこの量なのだ。
「くどいわ。お前は戦犯である。その首が繋がっているのは、ひとえに余の恩寵によるものである。もう時期新たな後衛である回復魔法士がやってくる。ありがたくそれを受け取り、疾く失せるが佳い」
王の眼差しには敵意があった。
これ以上状況が悪くなる可能性もあり得る、納得いくわけがないが、撤退が最前の選択肢だろう。
俺は踵を返す。
二度とこの謁見の間に足を踏み入れることはないだろう。
王の目は冷たく、勇者は震え、大剣士は蔑み、そして散斥士は哀れんでいた。
お久しぶりの方はお久しぶりです
初めましての方は初めましての方は初めまして、なーまんぞうと申します。
さて、今回連載の始まった糸使いですが、本タイトルは趣味の割合を増やして少し内容濃いめです。
内容は濃いめですが、面白く書けたので応援してくださると嬉しいです。
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