笠岡美登利の事情
翌日、車を笠岡家に走らせながら、香川は福山鞆旗に電話し、HR後美術室に入ってきた部員の名前を確認した。学校に問い合わせると、3人とも出席しているという。
ちなみに笠岡美登利と福山は事件のショックを理由に欠席している。
三原亜里沙が美人顔だとすると、笠岡は可愛い系だった。正反対ではあるが、ふたりとも幸せいっぱいには見えないところが似ていると、香川は感じた。
応接間で紅茶を出されたが、母親も美登利も手をつけようとはしない。ふたりの緊張を解こうとしてか、媛が銀のシュガーポットから角砂糖をひとつ取り出し自分のカップに滑らせた。
「亡くなられた三原さんとは親友だったそうだね」
香川が口火を切る。
「はい……」
「例えば、どんなふうに仲が良かったのか話してくれるか?」
美登利は答えにくい質問に俯く。
「聞き方が悪いよね。三原さんの彼氏が誰か知ってる?」
媛が女子会のノリのように助け舟を出した。
「福山君です」
「ふたりはよく一緒に帰ってた?」
「はい。帰りは大抵。私は帰宅部なので。朝は亜里沙と登校してましたが」
「そう。勉強よくできるんだってね。特待生だって聞いたわ」
「勉強ができるからってわけじゃ……」
母親が訂正しようとして、美登利は目線で制した。
それを見て取った香川は、刑事の勘というか動物的な直感で、この娘は見た目ほどか弱くないと感じた。一種、寒気のように。
「もしかして、三原さんのように身体のトラブルを抱えているの?」
媛は同性だからか、女の恐ろしさには疎いのかもしれない。
「いえ、身体は元気です。たまに頑張りすぎていっぱいいっぱいになっちゃうこともありますけど」
美登利は可愛らしく返答する。
「お医者さんになりたいのかな?」
「いえ、私は文系のほうが向いてるみたいです」
「そっか、医科大付属でもお医者さんになるわけじゃないか……」
媛は雑談の様相を崩さないように努力している。何が出てくるかわからない、福山がこの娘と話せと言った意味がわからないで来ているから、間口は広いほうがいいという判断だろう。
香川はいつも魅せられている後輩を頼もしく思った。
「三原さんとは同じクラスよね?」
「はい」
「彼女は英語の勉強はしないの?」
美登利の顔にさっと翳りが過ったのを香川は見逃さない。
「……学校の方針らしいです」
「学校の?」
「医科大の、ほうの……」
脳神経外科のモルモットのような陰鬱なイメージを感じていた香川は、言葉を選んで目の前の女子高生に問いかけた。
「特待生だからってことか?」
「え? えっと、そういうことに、なるのかなあ。でも本人は勉強したがっていて、私は少しずつ教えてました」
「あなたが、三原さんに英語を?」
媛が驚く。
驚くこともないだろうにと香川は思った。
「ノートでも見せてあげてたの?」
「あ、いえ、実は……、亜里沙用のノートを簡単に作って授業の後に渡していました」
「あ、あの美術室の机にあったノートかな? じゃ、あの日も?」
媛の質問に美登利はまた目を伏せる。が、言葉を紡いだ。
「あの日……、水曜日は英語が6時間目だから、HRの間にその日の分をノートに書き足して、美術室にいる亜里沙に渡すのがいつものことでしたから……」
「美術室に……自分から行ったんだ?」
「え? はい。福山君が話したんじゃないんですか? 美術室の前で、出てきた彼とすれ違いましたけど?」
香川は自分の膝がソファの前でびくんと動いた気がした。
――この娘は、福山が自分を告発したと思って先手を打って話しているのか?
「その英語のノート、面倒だと思ったことはない? ノート見せるなら他の人でもできたでしょうに?」
「それは、一応、親友だから……」
「でも手間には変わりない」
香川がもう一歩押すと、美登利は
「自分の勉強になりますから、構わないんです。構わなかったのに……」
と、涙声になった。
話題を変えようと思った香川の脳内には、『医科大の陰謀』という陳腐で意味不明な単語が浮かび上がっていた。
「特待生って大変なんじゃないか? さっき成績がいいからじゃないと聞いたような気がするけど、それでも成績は落ちないほうがいいだろう?」
「いえ、あまり関係ないと思います」
美登利から出てきたのは思ったより明快な声だった。
「じゃ、特待生の条件とか、しなくちゃならないこと、とか他には?」
香川は努めて興味本位に訊いている体を装った。
「月に一度、大学のほうへ行って面談を受けます」
「それは三原さんも?」
「ええ、一緒に行ってました。亜里沙の絵が受賞したときは、ふたりで抱えて見せにいったり」
「君は、見せるものとか提出するものとかは?」
薄幸そうな女子高生は「そんなもの、ありません」と、初めてにっこり笑った。