福山鞆旗のアリバイと、殺人かどうか
署では課員が、福山が話してくれるだけの情報を時系列に記録していた。
監察医が出してくれた死亡推定時刻は午後4時半から6時半、救急車への通報が6時10分。6時過ぎには死んでしまっていたのだろう。
その間福山は将棋を打っていたはずだが、こっそり美術室に戻ってきて三原亜里沙に関係を迫った可能性もあり得ると、数少ない将棋部員にアリバイの確認もされている。
「部長はいつも通り絶好調で2人の部員が3局ずつ負かされた」と、負けた2人ともが異口同音に答えた。
席を立ってもいなければ、精神的な動揺があったとも思えない。帰りには彼女から絵がもらえると楽しみにしていたと言えそうだ。
取調室では、媛の3つの質問の答えが得られた。
「亜里沙の持病? もちろん知っていました。薬飲み忘れてないか注意するのは僕の役目でしたから」
「親友の笠岡さんなら僕の知らないことも知ってるだろうと思っただけです」
「青い下敷きは亜里沙の必需品です。学校ではサングラスかけたがらなかったので」
媛はもうひとつだけ質問を付け加えた。
「亜里沙さんはフランスの詩が好きだったの?」
「そうですね、結構読んでいました。オーディオブック、朗読を聞くようにしたほうがいいと何度も言ったんですが、視たほうが景色が浮かぶからと、僕の言うことなど聞きもしなくて……」
そこで初めて沈着冷静な勝負師は頭を抱えて机に伏せ、「亜里沙の馬鹿……」と呻いた。
取調室内に立っていた香川は福山の後ろ頭に言葉を振りかけた。
「君も三原さんは持病のせいで死んだと思っているんだな?」
顔を上げた高校生男子の目尻は赤らんでいて、しわがれた声を絞り出した。
「いいえ、これは殺人事件です……」
―◇―
福山を自宅に帰らせ、遺憾ながら捜査打ち切りの方向で課会が開かれた。
福山の発言も、恋人を失った感情的なものだろうと見做せる。
ただ媛は女性故か、着衣の乱れがどうしても気になるようで、
「誰がなぜ被害者に触れたのか明確にすべきです。犯罪性が全くないとは言えません」
と発言した。
課長は
「だが、第一発見者であり、髪の毛が付着していたという当の福山が肝心なところは黙秘している。言うには恥ずかしいが問題ではない行動、例えば死んだ彼女にキスでもしたんじゃないのか?」
「キスだけなら下着はズレません!」
媛の剣幕に香川は援護に回った。
「福山は『警察が殺人だと考えるならもっと話す』と言っています」
「その発言の意味がわからないよ。殺人だとして最初に疑われるのは福山本人だろう?」
とベテラン課員が言う。
「裏を返せば、こちらが殺人だと考えないならば、このまま、てんかん患者の突然死として処理されても彼氏として構わない、ということにならないか? 彼女が殺されたんならもっと、真犯人を捕まえてくれと熱弁してもいいくらいじゃないか」
課長の疑問もごもっともで、それが課の総意になりつつある。
香川はもう二つだけ提案することにした。
「お願いします、美術部員と笠岡美登利の事情聴取だけはさせてください。明日一日だけ待ってもらえれば。私と松山媛だけでいいですので」
課長はうーんと唸った後で、「もう一つヤマを抱えている。明日昼までに終わらせてくれ」と言い、捜査方針会議は解散した。