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かなり酷い内出血


 ここからが香川の、当初の訪問目的だ。

「ここまではいい。が、君が彼女に新しい下着をきちんと穿かせる前に、美術室に来た人間がいるんじゃないか? 救急隊員の前に」


「それはひっかけ問題ですか? それとも誰かの証言があったんですか?」

「どちらでもない。オレが確信してるだけ」

「それ、確信って言うんですか?」


 香川はそれには答えずに推論を続けた。

「君はかなりの剣幕で詰め寄ったはずだ。『亜里沙に何をした?!』と」

「彼女は驚いていた。『嘘!』と言って駆け寄ってこようとした。その表情に疑いを持った僕は、『亜里沙に触れるな!』と制した」


「彼女、何て言ってた?」

「言葉を失っていたのか、僕が逆上していたのか……。僕は『英語のノートに仕掛けでもしたのか?!』と叫んだと思います。彼女はそれでも近づいてこようとしたんで、手首を捕まえてほとんど宙づりにしたかと……」


「内出血してる。かなり、酷くね」

「でも死んだわけじゃない……」

 鞆旗の瞳がまた昏く翳る。


「気持ちはわかるが、君の口からそんな言葉は聞きたくないな。女の子に乱暴したことには変わりない」

「僕は聖人君子じゃない」


「一度は付き合ってたんだろう?」

 香川の率直な質問に、鞆旗はふるふると首を横に振った。


「いえ、僕は親切にしてるだけのつもりだった。いや、誤解はさせたのかもしれない。亜里沙に恋するまで、僕自身、付き合うということがわかってなかった。彼女は亜里沙としょっちゅう一緒にいたから、彼女の目の前で僕は亜里沙に惹かれ、落ちていった。それを見せてしまったのは悪かったと思う……」


「難しいよな。大人になっても恋は難しい」

 香川は意を決して彼女の名前を口にした。

「笠岡美登利と知り合ったきっかけは?」


「新入生歓迎の部活紹介コーナーで、僕は公開で将棋をしていた。部員がその時の棋譜を取っていたんですが、途中で分からなくなったといって。自分の記憶を足しても埋まらないところを彼女が書き足してくれた」

「棋譜って、先手6八銀とかってヤツか?」

「ええ、そうです。新入生ながら強い相手だったんで研究したくて」


「笠岡さんは、すごい記憶力なんだな」

「凄すぎます。それでたまに忘れたほうがいいことまで憶えていて苦しそうにしているから、話を聞いてそれは要る、そんなの要らないとか言ってあげてました。僕に要らないと言われたことは安心して捨てられるって言ってたかな。ただ、僕に依存気味でどんどん重たくなっていった」

「かもな」


「ゴールデンウイークにはもう、二人きりでは出かけないようにしていて、そこに笠岡が亜里沙を連れてきた。亜里沙が来るというと僕がデートに応じるという悪循環になっていたと思います」

「わかるよ、君の気持ちも、笠岡さんの想いもね」

 香川はやるせなさいっぱいで高校生の恋模様を思い巡らせた。


「ただ笠岡は、憶えるのはすごいけれど、自分の意見が出てこないんです。次に何がしたいのか迷ってばかり。僕にとっては亜里沙の好き嫌いのはっきりしたところ、ハンデに負けず、次はこれをやりたいって目を輝かせているところがとても魅力的で……」

「そういうことか……、3人とも、辛かったな」


 香川は一度言葉を切って、大切な質問をあまり重要ではないように発した。

「英語のノートの近くに、もう一冊本があったかと思うんだが?」

「本、ですか? そんなものありましたか? ノートのほうは見たんですが。それどころじゃなかったですからね……、笠岡が僕の手を振りほどいて逃げて行くとほとんど同時に、救急車が来たんで……」


 香川は細かく頷いた。すると鞆旗は、

「英語のノートの中に一面英語のページとかありましたか?」と訊いた。

 不可思議な質問だが、香川にもその質問の意図は分かってしまう。

「笠岡は悪意を持って亜里沙に発作を起こさせようとしたのか?」だ。


「いや、英語のノートはいつも通り、99パーセント日本語だった」

「そう、でしたか……」

 香川には、思いなしか鞆旗の肩が下がり、ホッとしたかのように見えた。


 それを見て香川は、あの不吉な名前のフランス詩集の話をしないで済むのならば、それもいいかと考えた。福山鞆旗はこれ以上傷つかないでいい。

 笠岡美登利が故意に本を見せたとしても、殺人罪にも問えない、傷害致死罪にさえ届かない。

 あれは三原亜里沙が借りた本で、自分でページを開いた可能性だって十分にある。

 鞆旗が存在を記憶していない本なのであれば、わざわざ言及する必要はない。これは殺人罪の捜査ではないのだから。


 香川は、事件のあった日の時系列に話を戻し面談を締めくくった。

「美術室に入って来た救急隊員たちは着衣の乱れを見てしまい、警察側に報告した、ってわけだ。ありがとう、話してくれて」


 福山家の広い玄関を出て、香川は星が瞬く空を見上げた。

 明日はもう次のヤマの仕事が配分される。この件は流さざるを得ない。


 でもひとつだけはっきりしていることがある。

 あの完璧そうな笠岡美登利がひとつ、嘘を吐いたことだ。

 笠岡は午後5時前には学校を出たと言っていた。美術室に戻ってきたことを意図的に隠している。


 大学図書館に行った媛のほうの首尾はどうだろう?


『悪の華、小散文詩集』という本はいったい誰の手で美術室のあの机に置かれたのか。

 あの本を借りたのは美登利で、本気で三原亜里沙に持病の発作を起こさせようとしたのか?


 悪の華とは、得体の知れない美登利のような女のイメージだろうか?

 それとも親友に面と向かって毒舌を浴びせる亜里沙の闇のほうか?


 車に乗り込み助手席に目をやると、香川は無性に媛に会いたくなった。


今日の更新はここまでになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一言で言ってまず面白いです! 小説内でてんかんを扱うことは難しいイメージがあるのですが(筒井康隆先生の「無人警察」の件がありましたので)、なるみさんが描くことで、わかりやすく、こんなこともあ…
[良い点] 感想が遅れましたが、本格的なミステリーの香りに酔わせていただいてます。 二人の少女のそれぞれの境遇、内面、性格、確執がいいですね。題材も色字共感覚、てんかん発作、フォトグラフィックメモリー…
[一言] ううむ、まだもう一波乱ありそうですね( ˘ω˘ )
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