香川高知 VS 笠岡美登利
自分がどんなバカな質問をしようと、媛が軌道修正するだろうと香川は腹を括った。
「大学の尼崎教授に会ってきたんだけどね、君の面談は一学期で終わりだって……」
「はい、やっとお役御免です」
「特待生じゃなくなるって嫌じゃないのかい?」
「面倒くさくなくていいですよ」
美登利の顔はサバサバしていた。
「でも学資の援助とかあったんじゃないか?」
「あ、うちは亜里沙のとこほど困ってません。父がある大学で教えていて、一人娘ですし。お金はあるに越したことはないですけど、高校続けて行きたい大学入るのには大丈夫そうです」
「そうか……。三原君みたいにいろいろテスト受けさされたの?」
「IQがちょっと良かったみたいなんです。パズルとか暗記テストとかしましたけど、結局、子供の頃はみんな神童ってヤツだったんじゃないかな」
媛が後を受けた。
「美術部員さんたちが洩れ聞いた三原さんの発言に、『美登利はきっと楽になれる、もうムリすることない』ってあったと聞いたのだけど?」
「そんなこと、言ってましたか? ムッとしてて気が動転してたから……。亜里沙はムリしてたのかもしれません。共感覚であること、特待生であること、結果を出すこと……」
「君は全く共感覚ではないのか? 三原君のような色字タイプではなくても、聴覚とか嗅覚とかいろいろな組み合わせがあるんだろう?」
「私は全然違います。普通ですから……」
香川の押しての質問に美登利は淋しげに答えた。
香川の頭に漠然とした事件の構図が浮かぶ。
特殊な感覚を持って世に認められた親友と一般人という図式なのか?
周囲の大人から期待されることもなくなって、彼氏を奪われたのをきっかけに、それが親友に対して爆発してしまった?
香川の耳に媛の声が聞こえてきた。
「ちょっと休憩にしましょうか? お茶淹れてきます。この部屋暑くない? 先輩、沈んでないで窓くらい開けてください」
窓は香川の背側にある。のらりと身体を向けようとしたら、座っていたパイプ椅子が床を擦ってひどい音をたてた。
机の向こうに座っていた美登利はすっと立ち上がり、「私が開けますから」と部屋を廻ってくる。香川はぼうっと女子高生の動きを眺めていた。
細い指が耳のような形をしたストッパーを外して、小さなガラス窓を横に引き開ける。その瞬間に、白いパーカーの袖がすっと肘側に落ちて、右手首内側が露わになった。
ぴくん。また香川の身体がひくつく。そこには掴まれたような内出血の跡があったからだ。
媛が戻るまで、香川は机に突っ伏して顔を隠し、何もないふうを装った。
「疲れた~。君もオレも、大事な時間費やして何してるのかな。三原君が戻ってくるわけでもないのに」
そう呟いてみると美登利は、
「亜里沙は何が起こったのかはっきりさせてほしいのかもしれません」と言った。
「君はどうなんだ?」
「私は……、今は何も考えられません。亜里沙がいなくなるなんて思ってなかった……」
「引きこもると親御さんが心配するってさっき、言ったよね? もしかして……、自殺念慮とかあるわけじゃ……?」
「自殺? ですか? ない……と思います。自殺ってかなり気持ちが昂って、大決心しないとできないものじゃないですか? 私は、ぼうっとしてる、まだなんだかわからない海に漂ってるみたいです……」
「そうか……。でも人死にってうつったりもするんだ。人が死ぬのを見ると自分もふらっと死んじゃう人も、いたりしてね……」
「じゃあ、福山君のほうが危ないんじゃ……?」
「そう……だね」
福山が第一発見者だということを美登利が知っていてもおかしくない。それはもう学校中に知れ渡っているだろう。
だが、もし、美術部員たちが帰った後で、三原亜里沙と笠岡美登利は口論を続け、取っ組み合いになったとしたら?
三原が笠岡の手首を抑えつけたとか、笠岡が無理やりアルファベットを見せようとしたから逃れようとして三原がもがき暴れた?
身長でいけば三原のほうがすらりと高い。
福山が将棋から戻ってくる前に、あの部屋でふたりっきりだったのは、この目の前の女子高生と被害者だ。
もしその時点で死んでしまって、笠岡がそれを隠そうとしているのだったら?