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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
新世界
8/70

7 月の神話と裏事情

ご来訪、ブックマーク等ありがとうございます。


 肉体年齢、十二歳。

 朝から晩までみっちり詰まったARK(アーク)式カリキュラムにもすっかり身体が順応してしまい、前よりも余裕が出来てきた。

 余裕が出来ると、人はいろいろ考えるようになる。

 例えば、今ここにいる私ってつまり何者なんだろう、とか、そういうことをだ。


 私には東谷(とうや)瀬名(せな)として生まれ育った記憶がある。

 いくら〈東谷瀬名(オリジナル)〉とは別人であろうと、その記憶があるせいで、自分が東谷瀬名以外の何者にも思えない。

 まだ記憶には届かない己の手の小ささを目にしても、一度死んで生まれ変わり、前世の記憶がそのまま残っているような感覚しかなかった。もしくは、眠るように意識不明になり、目覚めたらクローン体に脳が移植されていた展開だろうか。

 そんな技術があったかは知らないが、ARK(アーク)氏いわく、密かに存在してはいたとのこと。ただし、肉体を乗り換える行為そのものが倫理的に問題視されたことと、行われた実験内容が到底表に出せるような代物ではなく、さらに拒絶反応や失敗のリスクが高かったため、広まる段階まではいかなかったそうだ。

 さぞかし、血も凍るおぞましい悪魔の実験が行われたのだろう。そういう話を聞いてしまえば、そんな裏技術が広まる前に、滅びて良かったのかもしれないとさえ思ってしまう。


 とにかく、〈東谷瀬名(オリジナル)〉は既に故人なので、今ここにいる私が唯一の東谷瀬名を名乗っても、実際何の支障もない。たとえ事実は異なるとしても、記憶を保持したまま生まれ変わった気分でいたところで、誰にも迷惑はかからないのだから。


 最初は子供の肉体に違和感があり、遺伝子操作うんぬんのくだりで多少びくついていたが、気付けばすっかり慣れていた。今では怯えるどころか、むしろ感動するばかりである。

 日々の訓練で何度か血マメができたのに、たった一日から二日ぐらい手を休めただけで自然に治り、気付けば血マメ自体ができなくなっていた。変化といえば、最近手の皮がわずかに厚くなった感じがするだけで、以前と大きく違っているようには見えない。

 ますます常人離れしてきてしまったが、回復が早く怪我をしにくくなったのなら良いことである。


 人間離れ? それがどうした。

 原因不明なら確かに不気味だったろう。しかしこれに関しては、ARK(アーク)博士の魔改造と最初から判明している。その上で痛くない、苦しくないのだ。素晴らしいではないか。


 長時間走り続けても息が切れなくなった。平気で後方宙返りができるようになった。

 無造作に投げたナイフが的の中央に刺さるようになった。これは楽しい。

 己の身体のバネと軽さと強靭さに感動し、お腹いっぱい食べながらも常に引き締まった腹部に感激する日々。

 スーツと矯正下着で外観体重を二、三キロ誤魔化していた隠れおばさん体型よさらば。運動神経が底辺をうろつき、加齢とともにじわじわ増えゆく贅肉に戦々恐々としていたあの切ない日々は、もはや遠い過去でしかないのだ……!


 ガッツポーズを決めた直後、ふと思った。


 ――最期の日、彼女はどうなったんだろう。


 私に残っている地球最後の記憶は、定期健康診断を受けたあの日まで。

 けれどオリジナルはその後も生きていたはずで、彼女がどのような日を送り、そして運命の日にどうなったのか、まるで知らない。


「ねえ、ARK(アーク)さん。せっかく大掛かりな船を用意してこんな所まで来といて、実は残された人々はみんなドームで生き延びてましたってオチはさすがにないよね?」

《それはありません》


 ARK(アーク)(スリー)はきっぱりクールに断言した。


《我々の離陸後、遅くとも地球時間で十年以内には滅びているでしょう》

「えっ、そんな早く!?」

《公表されていませんでしたが、ドーム自体の耐久力がもう限界に達していたのです。地下資源も枯渇寸前で、嵐のために剥がれた外壁の補修すらままならない状態でした。何より多くの国の主要人物がごっそり姿を消したのです。凄まじい混乱が発生したでしょうね》

「あー、それがあったか…」


 企業のトップやら政治家やら、影響の大きい人間が一度に大勢消えたのだ。社会が全然まわらなくなって、そりゃあパニックが起きただろう。

 自分達だけさっさと逃げやがったと判明した頃には、もう終焉は目と鼻の先。最低である。


《各国の足並みは揃っていませんでしたが、脱出時のタイミングだけは示し合わせていました。A国のトップが突然勝手にいなくなると、その後B国やC国などのトップが注目を浴びて逃げづらくなってしまいます。ですので、抜け駆けだけはしないよう密かに約定を結び、互いに監視し合っていたのですよ》

「お偉いさんて、そーゆーところだけは絶対手を抜かないよね!」

《一部人類は月や周辺のコロニーでしばらく生きていたかもしれませんが、こちらも長くは保たなかったでしょう。生き残りがいるとすれば、私のように冷凍睡眠(コールドスリープ)の乗客を積んだ他国の船が、遥か遠くの星に無事到着した可能性ですね。これも我々には結果など知りようがありませんし、あるいは何事もなければ、未だにどこかを航行しているのだろうと想像するのみです》

「ふーん……。宇宙空間に一時避難して、地球の環境が回復するまでその周辺を漂流している、ってのは?」

《入植可能な他惑星を発見するよりも、遥かに長い年月を要すると推測されました。何より置き去りにされた方々に発見されると、撃墜なり襲撃なりされてしまいますよ》

「あ、なるほど。そりゃ襲うわ。私も参加させろってなるわ」


 〈東谷瀬名(オリジナル)〉がどのような最期を迎えたのか、ARK(アーク)(スリー)にも知りようがないのだろう。

 たとえ知っていたとしても詳しく訊く気にはならなかったし、その必要もないと思った。

 私は私。今ここに生きている自分自身がすべてなのだから。





 背を倒したリクライニングチェアでゆったりくつろぎながら、円形の天井いっぱいに広がる星空を見上げた。

 降ってきそうな小さな瞬きの群れに、時折かすかに雲が差しかかっている。

 このリクライニングホールの場所は〈スフィア〉の半分から少し上にあり、最上階ではない。天上はガラス製ではなく、例のごとくリアルタイムの映像なのだ。

 それなりに充実したスケジュールをこなし、夕食をとり、入浴も終え、就寝前に夜空を眺めるこのひとときは、一日の中でバスタイムの次にお気に入りの時間だった。


「ところでARK(アーク)さん、不思議なんだけどさ」

《はい》

「私、宇宙ってもっと華やかで明るいもんだと思ってたんだよ。宗教画の空みたいに鮮やかな橙色の雲がかかってたり、深海のクラゲみたいに揺蕩ってたり、虹色の宝石みたいなのが渦巻いてたり……もっと星がびっしりあって、キラキラしてるもんだと思ってた。けど……」


 焼失する前の船内。スクリーンでずっと眺めていた宇宙空間は真っ暗で、虹色の宝石の渦なんてどこにも見えなかった。

 むしろこの星が目立っていたせいで、周囲の空間が余計に暗く見えたかもしれない。


《マスターがイメージしておられるのは、加工された映像のことですね》

「え、加工? ――まさか地球で見たやつ、全部ニセモノだったわけ?」

《いいえ、そうではなく。わかりやすく色付けをしている映像と言えばおわかりになりますか? 本来ならば肉眼で捉えられない光やガスなどを可視化させ、合成した映像なのですよ。マスターがお目覚めになった初日、船内のスクリーンに映していたのもそれです》

「マジで……?」


 言われて思い出した。あの迷惑野郎がこの世から退場した瞬間、背後に見えていたのは確かにそういう光景だった気がする。

 起きぬけにショックを受けたせいで、すぐに気分が悪くなって意識を失ったのだが、再び目覚めた時にはもう暗くなっていた。


《『毎日外が暗いのは気が滅入って嫌だ』と仰る皆様のご要望で、あのように表示しておりました》

「そ、そうだったんだ……へえー」


 そして文句をつける者が誰もいなくなったから、速攻で切り替えたわけだ。

 どうやらARK(アーク)氏は〝皆様〟とやらがあんまりお好きではなかったらしい。


 いけない。この話題は危険だ。

 さっさと別の話へ行ってしまわなければ。


「……不思議なもんだね。私の故郷はとっくに滅びてて、それをこの星の連中は全然知らずに生きてるなんて。ひょっとしたら私がドームにいた瞬間にも、どこか遠い宇宙の果てでは、別の人類が滅びたりしてたのかな」


 などと、柄にもなくしんみり呟いてみた。単なる話題転換のつもりだったけれど、口にしてみたら思った以上に感情がこもったかもしれない。

 

《可能性はありますね。たとえば、この星ですとか》

「何いってんの。今まさに人とかいっぱい住んでるじゃん?」

《そうですね。一日は二十四時間、暦もほぼ同じ。東西南北があり、太陽は東から昇り西へ沈む。人々の営みは奇跡のように我々の知るそれと違和感がありません。明らかに大きく異なる点があるとすれば〝月〟でしょうか》

「ああ、あれ凄いね、でっかい月! 初めて見た時びっくりしたよ~。あれがどうかしたの?」

《残念ながら詳細な調査を行う手段がないのですが、あれは人工衛星です》

「じ――」


 人工衛星、だとう……!?

 思わぬ単語の出現に、開けた口がぽかーん……。


《アトモスフェル大陸では、どの国でも同じ多神教が信仰されており、土地や民族によって重視される神が異なることはあれど、登場する神々の顔ぶれ自体は大きく変わりません。明確な神々の恩寵である神聖魔術が存在するためだと思われますが、それはともかく神話の中身です》


 月に関わる神話とくれば、咄嗟に浮かぶのは【滅びと再生の神話】だ。



 滅びの波が押し寄せ、世界は混沌に還りかけた

 神々は地の奥に逃れ息をひそめ、絶え間なき嵐をやり過ごす

 やがて新たなる月の神が産み落とされ、

 狂った天と地の調律を行い、世に再び平穏をもたらした



「――あ~……、これは~……、……どう考えてもぉ~……」

《似ていると思われませんか? 我々の()()に》

「似てるっつうか、それ以外ないんじゃ……うわあああ、まーじーで~?」


 このパターンだとあれか。

 この星には昔とんでもない高度文明があり、何らかの事情で滅びかけたものの、一部は地下シェルターみたいな場所に逃げ込みギリギリ難を逃れて、何か特別な衛星を飛ばして滅亡そのものは回避できたと、そういうパターンなのか。


《おそらくは。そしてあの巨大な人工衛星が月の役割を果たして持ち直したのなら、滅びの危機もそのあたりが原因かと。月の引力の消失に伴う大災害の発生、暦の崩壊……。船内から周辺の空間を可能な限り探してみましたが、少なくとも私が知覚できる範囲内には天然の月を発見できませんでした》

「おおう……マジですか……」


 つまり何らかの理由で月が行方不明になってしまい、急遽代用品を作ってみたら大成功したわけか。

 そんなこと、凄まじく高度な科学力を持っていなければ不可能ではないか?


《魔法と科学を融合させ、高度な魔導科学文明を築いていた可能性は非常に高いと思われます。言わせていただければ、〝魔素〟など凄まじい万能物質ですよ。この星はすべての生物の営みが〝魔素〟に左右され、自然現象にも大きな影響を与えています。ちなみにこの神話は精霊族(エルファス)の記録に残るとされる最古の創世神話で、およそ十万年前のものです。生き残ったわずかな知的種族が原始的な生活から新たに始め、徐々に人口が増え、各地に国が興り、現在の文明レベルまで発展するには充分な年月ですね》

「十万年……すいません、長いんだか短いんだかピンとこないです」


 正直に白旗を揚げれば、ARK(アーク)氏は呆れるどころか《無理もありません》と理解を示してくれた。


《そもそも私がこの星にたった百年で辿り着けたこと自体、本来ならば有り得ないほど低い確率でしたし》

「ああ。百年どころか、下手したら何千年って長期計画立ててたんだよね? それはそれでピンとこないけど、発見できてラッキーだったね」

《いいえ。ここを通りすがりに発見するなど、数千年どころか数万年経っても確率はゼロのままでしたよ》

「え、どゆこと?」

《ワープ装置の開発に成功し、数百年かかるはずの距離を数十年に縮め、数千年かかるはずの距離を数年に縮め――それはあくまでも移動時間を短縮できただけであり、この星に到達できる理由にはなりません。なのに実際到達できたのは、それが純然たる〝偶然〟ではなかったからです》

「そ……れじゃ、……え、まさか、ここに、この星があるって、あらかじめ知ってた……とか?」

《ご名答です》


 よくできました、と頭を撫でられた気がした。小学生か。


《――ある日、太平洋側の日本領海で奇妙な嵐が発生しました。その嵐は一定まで発達した後、中心気圧がほぼ変動することなく同じ位置に留まり続けたため、海洋観測潜水艇が目の内部で浮上し、海上での調査を開始しました。そして嵐の発生から五日目の朝、潜水艇のAIは〝船長および乗組員全員、原因不明の精神異常の兆候あり〟と本土に通報したのです》


 彼らはしきりに何もない空間を凝視して、『なんだこれは』と呟き、何もないのに触れようとする仕草を繰り返していたという。

 ところが彼らのメンタルヘルスチェックを行ったところ、すべてにおいて〝異常なし〟の結果に。そこで彼らの目線や指の動きなどを分析し、果たして彼らにどのようなものが見えているのか、その形状を割り出してみることになった。


 ――サッカーボール大の何かが、そこにある。


 少なくとも乗組員には全員、同じ球体が見えている。


《それは『空からすうーと降りてきた』のだと彼らは証言しました》


 潜水艇の乗組員達は関連する記憶のすべてにロックをかけられることに同意し、一生涯を刑務所で過ごす運命は回避できた。

 そしていくつかの調査機関を経て、それは兵器ではなく玩具でもない、現代の技術で作ることは不可能な代物ではないかということになった。


《方舟計画の関係者によって回収され、私の開発チームのもとに送られました。入植可能な星を探すには、まずどちらの方角へ向かうべきかが最大の課題であり、どんな些細な手がかりでも欲しい状態だったのです》


 それは実に奇妙な球体だった。

 光を反射せず完全に透過し、屈折もしていない。

 空気が表面にぶつからずにすり抜け、熱反応も生体反応もない。

 表面に塵や雑菌は付着しておらず、人が触れた際の油や指紋、汚れの一切も残っていない。

 そしてその物体が運び込まれる前と後で、室内を占める空気の割合に変化がない。

 あらゆるカメラに映らず、すべてのセンサーが沈黙し、どのシステムも『そこには何もない』と示していた。


《しかし、研究員の目には確かに同一の物体が見えていました。それが妄想ではない証拠は、彼らの脳波のデータと、視線の動きを分析したデータです。彼らは確かに何かを目にして、何かに触れている、そういう反応が数値から明らかにされました》


 当時、触れているように錯覚させられるホログラフィーが開発されていたが、それはちゃんとカメラに捉えられ、何らかの証拠が残る。

 電脳世界にダイブし過ぎたゲーム廃人が覚醒時に見る幻覚にしては、彼ら全員が同一のものを目にしている説明がつかない。

 補助脳へ外部から働きかけている形跡も一切なかった。

 謎が深まり数日後、それが突然現われた時と同様、異変は突然に訪れた。





 それまで全員が手袋着用だったものを、外して触れてみることになった。

 呆気なくも劇的な変化は残念ながら撮影が叶わず、彼らの反応と台詞のみが記録に残った。

 

『……え……これって、……日本語?』

『嘘でしょう……日本語って……』

『どこの企業が何の目的でこんなものを?』


 驚愕が失望に塗り替えられるのを、『待ってくれ』と止める者がいた。


『日本語に見えるのか? 僕には別の言語に見える』

『なんだって?』

『生まれも育ちも日本じゃないんだ。頭の中で考える時は、あっちの言葉のほうが多い』

『それじゃあ……』


 彼らはしきりに球体があると思しき場所で視線をめぐらせ、何かを呆然と凝視している様子だった。

 そして、押し殺し切れない興奮に震える声で漏らした。


『なんてこった……これは…………』


 ――これは、航海図だ。





「ちょっ、まさか、外宇宙の航行図だったとか、古いSF映画の定番みたいなそういう……?」

《そのまさかです。そしてそれは秘密裏に情報を運んでいたわけではなく、むしろ拾った者、おそらく必要な知識を備えた者に情報を与えることが目的のようでした。難解な仕掛けも暗号もなく、科学者達がちょっと弄っただけで大量の情報が出てきたのです。どこからどのようにやって来たのかすべて記録されており、そしてルートを遡った最終点、すなわちそれの出発地点に、この星が示されていたわけです》

「ま、じ、でええええ!? なにそのロマン!?」


 使い古されたありがちなネタだと馬鹿にしててすみません。現実にあったら凄くドキドキわくわくするものだったんですね……!


《まじです。あくまで辿った道筋のみが記録されており、具体的にここがどのような世界か、といった点は確認できなかったようですが》


 かつて地球でも、外宇宙に向けてメッセージを発信する試みがあった。いるかいないかもわからない地球外知的生命体の反応を期待して、半分お遊びのような実験だったらしいが、もしもそれに近いことを行っているとすれば、その星の文明は地球人類と似た進化を辿っている可能性が高いと考えられた。


《蓋を開けてみれば、その程度ではありませんでした。謎の球体は空間転移を繰り返しながら、自動航行を続けていたのです》

「ひょー……!」


 その段階で科学力の差は明白だった。ARK(アーク)氏がワープシステムを完成させたのは、さらにずっと後のことなのだから。


 そこを支配しているのが、遥かに高度な知識と技術を持っている知的生命体なら、たとえ到達できたとしても、外宇宙から訪れた移民を〝下等生物〟と蔑むかもしれない。

 けれど方舟計画が実行に移される段階で、他に候補がなかったために、一旦はそこを目標地点として航行することになった。もちろん、途中で良さげな星が見つかれば、そこに変更してもいい。

 まともに進むだけでは途方もなく長い年月を要するので、離陸後もARK(アーク)氏がワープの研究を継続し、そして現在に至るわけである。


《お遊びが目的ではなく、救助要請だったのかもしれません。例の月を打ち上げる前に送り出され、役割を果たせることなく漂流してきた可能性もあります》

「そっかー……」


 とうに滅びた文明のSOSか。

 切ないような、ロマンを感じなくもないような話だが、つまるところ文明が滅びても世界が無事で子孫も生き残ったのなら、結果オーライと言えなくもないかもしれない。

 当事者ではない人間が、結果論と書いて他人事と読んだだけなので、滅びた連中からすればオーライなどと断じて言われたくはないだろうが。


「でもってこの情報、ほかの国には……」

《上の意向で秘匿されました》

「やっぱりかー。自分達だけで独占しようって、まじ性格悪い……」

《こういうものを見つけたと馬鹿正直に呼びかけても、情報だけ奪われて蚊帳の外に放り出される未来しか見えなかったからでしょう。実際にそうなったのではないかと思いますよ。上の方々の性質は、どの国も似たり寄ったりでしたので》

「そ、そうか……」


 船がもし宇宙の塵になっていなければ、今頃はそういう連中がこの星に大量に押し寄せて来ていたわけである。

 ……エイリアンだ。外宇宙からの侵略者だ。絶対、オーバーテクノロジーでこの星を支配しようとするよ……。

 そんな害獣どもがこの星の人々にかけたであろう大迷惑を想像すると、同族として心からそうならなくて良かったと思う。


「ときにARK(アーク)さん。この流れでアレだけど、わたくし〝神話に隠された謎を追い、壮大なる世界の秘密を求めて大冒険!〟とか絶対やりたくないクチなんですが。もしかしてやらなきゃだめですか。やりたくないんですが。大事なことなので三度言っていいですか」

《必要ありません。太古の謎は謎のままで、現代の日常生活にはまったく差し障りがないでしょう》

「よかった! さすがARK(アーク)さん、話がわかる!」


 冗談抜きで本当に良かった。大冒険など映画やゲームの中でこそ楽しむべきものであって、現実にやるようなことではない。

 学者でもあるまいし、超古代文明の痕跡をしらみ潰しに調べたり、忘れ去られた大地の探索がどうとか、そんな危険そうで疲れそうなことに進んで足を突っ込みたくなどないのである。謎解きはやりたい人に任せておけばいいのだ。


《最優先すべきは、平穏無事なスローライフの実現です。ローリスク・ローリターンの〝ちょっとした冒険〟はリフレッシュ効果が望めますが、ハイリスク・リターン不明の〝大冒険〟など論外です。今後の予定には一切ありません》

「まさかのスローライフ全面肯定発言……!」


 このままずっとARK(アーク)先生に付いて行こうと思った。


「あれ? もしかしてここの人類って、自分のご先祖様達を神様扱いして崇めてることになんの?」

《いえ、そうとも限りません。神聖魔術が他の魔術とどう異なるものなのかまだ不明ですし、どの神話でも神々とその他の種族は明確に区別されています。何より、長寿生命体の精霊族(エルファス)がその実在を認めているようですから、〈神々(ディーヴァ)〉に該当する種族がどこかに存在しているのかもしれません》

「捏造とか空想の産物じゃなく、生き物として?」

《はい。人やエルフ、犬や猫のように。骨格だけで動ける摩訶不思議な魔物が存在するくらいですので、実体を持たない種族である可能性もないとは言い切れません。それに私は地球人類の常識をもとにそれを〝神〟と解釈しましたが、我々の〝神〟に対するイメージとは根本的に別物である可能性すらあります。たとえばドラゴンのように――》

「えっ、ドラゴン!? いるの!? うそ、どんなの、見せて見せて、見たい!」


 ファンタジー世界に登場する中で、エルフと同じぐらい別格で好きな生き物だった。

 倒すべき凶悪なモンスター扱いではなく、意思疎通が可能で、叡智を備えた強大な神のごとき位置付けであれば尚良い――


《現在調査中です》

「あっ、はい。すみません」


 真面目な話の腰を折るんじゃありませんよこの阿呆、と怒られた気がした。


《――話を戻しますが。ここには地球と異なり、一定以上の知的レベルの種族が多く存在します。ですので、たとえばエルフやドラゴンのように、飛びぬけた叡智や能力を備えた種族がどこかに存在し、自分達より高位の存在として崇めているのかもしれません。何にせよ情報が足りませんのですべては推測の域を出ないでしょう。以上です、マスター》

「あっ、はい。わかりました」


 おわかり頂けましたね? と威圧された気がした。

 おかしいな。マスターって、何を意味する言葉だったっけ……?




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