69 おとぎ話と魔物 (前)
また前話から随分日数が経ってしまいました。体調は悪くないのですが、時間が出来た頃には書く気力が残っていない種類の忙しさが続いています(汗)
読みに来てくださった方はありがとうございます、感謝です。
一人称ではありませんがカルロ氏メイン回。
時は少し遡る。
城内の灯りが半数ほど闇に溶ける頃、辺境伯カルロは部屋着を纏い、酒杯を傾けながら書を読みふけっていた。
爽やかな芳香と喉を焼く感覚を愉しみつつ目を通していると、露台のほうに突然何かの気配が差し、全身の毛がぞわりと逆立った。
「…………」
マントを着込み、深くかぶったフードで顔半分を隠した人物が、音もなく露台に立っている。
内側から発光せんばかりの白い肌に、尖った耳。今の今まで気付かなかったほど気配が希薄なのに、意識の死角を抉るように現われた存在感。
「夜分遅くに突然の訪問を詫びる。辺境伯のカルロ殿で相違ないか」
理屈を脇へ追いやり、圧し潰されそうな畏怖の念に耐えながら、さりげなく深く息を吸い、急激に速くなった鼓動を宥める。
夜分遅く、突然の訪問。不法侵入について詫びる気はないのだろうか。
(我らの厳重な警備など児戯に等しいと言わんばかりだな。業腹だが、これは実害のない天災と思うほかあるまい。……今は魔女殿の〝視線〟を感じぬ。この瞬間を狙ったか?)
あの魔女は特殊な〝小鳥〟を使い魔としている。最近になって初めて姿を見せてもらったが、白い卵を彷彿とさせる、いっそ愛らしい見た目の奇妙な小鳥だった。
その小鳥は驚くべきことに、姿を消すも現わすも自在であり、ほんのわずかも気配がない。しかし、カルロには何故かその小鳥が消えていてもそこにいるとわかり、さらに不思議なことに、たびたび遠視の術で話すあの魔女の視線を、その小鳥からも感じた。
あの小鳥は魔女の目であり、耳なのだ。悪意も好意も、何の感情もなく、ただ淡々とこちらを監視している。
とりわけセナ=トーヤの周辺は濃密だった。以前よりだいぶ減りはしたが、未だ監視しているつもりの連中は、自分達こそが監視対象になっている事実に気付きもしていない。
(以前の我らがそうであったように、な)
常にセナ=トーヤの肩にいるあの小鳥も、使い魔の類と見ていいだろう。白い小鳥もどきと異なり、こちらは完全に鳥の姿をしており、備わっている能力が完全に同じとは考えにくい。
「いかにも、私はこの地の統治を任されたデマルシェリエ家の当主カルロ。して、そちらは」
「我が名はハスイール。すまんが隣室の侍従には眠ってもらっている」
――ハスイール?
妙に記憶を打った名前に、カルロはハッと目を見開いた。
もしや……。
「つかぬことを伺うが、同名の方に心当たりは?」
「ないな」
「……我が祖父が青二才であった頃、ハスイール卿の世話になったと聞いたことがある」
「たいして世話など焼いておらんよ。不快な害蟲退治に少々協力しただけだ。噂のやんちゃ坊主が辺境伯とは、わたしも歳を取るわけだな」
本人だ、間違いない。カルロは軽い頭痛を覚えた。
今さらやんちゃ坊主呼ばわりに食ってかかる年齢ではないが、反応に困る。噂の内容は訊かないほうがよさそうだ。
交流があったのは祖父が若い頃のほんの一時期。しかも精霊族から徹底的に無視されていた王家に配慮し、付き合いを控えているうちに相手が興味をなくしたのか、縁はちゃんと結ばれる前に完全に切れた。むしろ、ほんの一時期とはいえ付き合いがあったこと自体、何かの夢まぼろしだったのではないかと、祖父は手記に書き遺している。
フード付きのマント自体が、気配や顔立ちを曖昧にする何らかの魔道具なのか、相変わらず顔は隠したままだが、口もとは終始愉しげな笑みを作っていた。
(本当にこのような御方なのだな。心構えをさせてくれた祖父には感謝せねば)
諦念を抱き、カルロは揶揄いを多分に含む視線を無視して、予備の杯に果実酒をそそぐ。聞いた話通りなら、これで怒る相手ではない。
果たしてハスイールは遠慮なく部屋に入り、当然のように盃を受け取りながら、卓の上の書物に興味を移した。断りもなく予備の椅子に座り、勝手に書を取ってパラパラめくる様子は、我こそが部屋の主であると言わんばかりだった。
これも聞いた通りだ。カルロは苦笑をこぼした。ゆえに、少し肩の力が抜けた。
この男は、カルロに対し悪感情が一切ない。不愉快な相手と認識されていれば、勧めたとて座りはしないのだ。
「貴殿らは余計な前置きを好まぬと聞いている。ゆえにもろもろ省かせてもらうが、用件は黎明の森に関することであろうか?」
「ご明察だ」
焦らしもせずあっさり肯定し、書を閉じると、ハスイールはおもむろに懐から細長い包みを取り出した。
「これを、かの御方に渡して欲しい」
「?」
老いなど微塵も窺えない指が丁寧に布包みを解く。
模様も細工もないシンプルな木箱。その蓋を開ければ、色合いと光沢が陽に照らされた水面を想起させる布の中に、美しい首飾りが横たわっていた。
討伐者ギルドの身分証にも、騎士団の個人認識票にも似ている。白銀の薄い板に、おそろしく細かい白銀の鎖を通した首飾り。
思わずカルロは呻った。
「すべて聖銀か」
「そうだ」
これをどうやって作ったのか、カルロには皆目見当がつかない。稀少で加工が困難な聖銀をこれほど薄く均一な板にするのはもちろん、鎖の流麗さと細かさはどうだ。
鉱山族の友がこの場にいなくてよかったと密かに胸を撫でおろす。熱が入り過ぎて会話どころではなくなっただろう。
次に、板に刻まれた名を読んで軽く目を瞠った。
(セナ=トーヤ=レ・ヴィトス)
名の近くには、見慣れぬ紋章が刻まれていた。薄衣を纏う耳の尖った貴婦人が、翼の生えた巨躯の狼に乗り、弓のような杖のような武器を手に前を見据えている。
これが〝誰〟の紋章なのかを瞬時に悟り、カルロはまた呻きそうになった。
おまけに、紋章の位置が不自然に偏っている。
「ここに丁度よい隙間が空いているだろう。さあ」
「待たれよ、『さあ』ではなかろう。先に説明してもらえぬか?」
当然の要求であった。ハスイールは鷹揚に「うむ」と頷く。
人の王侯貴族と合わぬわけだ。カルロは心底納得した。おそらく試す目的であえて無礼に振る舞っている面もあろうが、気の短い王侯貴族ならばとうの昔にこやつを斬首せよと喚きだしている。相手への恐怖心を誤魔化そうと、ことさら大声で喚きそうな顔が何人も浮かんだ。
「先日、我らの同胞が危ういところを救われ、しばらく黎明の森にて匿っていただいたのだが」
「……その件については聞き及んでいる。恥知らずの同族の所業、まことに申し訳ない」
「謝罪は不要だ。もしおまえが知っていれば止めたのだろう?」
「無論だ」
「ならば良い。――我らはかの御方に言い尽くせぬ恩がある。今しばらくは動けぬ事情があるが、必ずやご挨拶に向かう。それまでに我らの誠意の証として、なんとしてもこれを渡しておいてもらいたいのだ」
「貴殿から直接渡されぬのか?」
「我らが渡そうとしても、現物をお見せする前から『いらん』と先手を打たれる恐れがある。が、おまえからであれば、とりあえず礼儀としてモノを見るだけは見てみようとするはずだ」
「…………」
カルロはジトリと半眼を向けた。
あの少年は面倒ごとを忌避しつつ、義理人情をおざなりにできない性格だとグレンからは聞き及んでいる。カルロが気安い口調で「まあ見るだけは見てくれ」とでも持ちかければ、拒否はしまい。
つまり相手の情につけこみ、見てしまったら終わりの状況を作れと。
「そして第一に。――ここに刻め。返答は『応』以外に許さん」
優しげな口調で、ハスイールは意味ありげな空白を指差した。
そのやわらかな口ぶりは、却って首筋にひたりと当てられた刃を思わせる。
(なるほど。これが目的か)
カルロはこの土地の安寧を守る者だ。いかに普段から親しく付き合い、この先も友好的でいたいと望む相手でも、状況の推移によっては排除を念頭に置かねばならないこともある。
この男はその選択肢を完全に潰すために来たのだ。
(何故、そこまでする?)
絶対的な味方である約束。見返りは求めない誓約。それを領主たる辺境伯の手から渡す意味。
これはセナ=トーヤにさまざまな便宜を図るものであると同時に、デマルシェリエ全体を縛る鎖でもあった。
ハスイールが――精霊族がここまでするほど、セナ=トーヤが救ったという同胞の子は、彼らにとって重要な存在だったのか。
だが、そうだとしても。
「これはあの少年への謝意の証にはなろうが、魔女殿には何もないのか? 黎明の森で匿われたとなれば、魔女殿も恩人であろうに」
言いながら、カルロはれっきとしたデマルシェリエ領である黎明の森を、いつの間にかあの魔女の領土と認識している自分に気付いた。
密かに己へ突っ込みを入れるカルロを余所に、終始優雅な客人は微笑みながら「ない」と答えた。
「我らは黎明の森への立ち入りを許されていない。そしてあの魔女は、黎明の森を出ない。出られないのだ」
「……出られない?」
ゆえに彼女には会えない、と言いたいのか? 先ほどの問いへの答えにはなっていない。
だがハスイールは謎めいた笑みを浮かべたまま、それ以上口にする気はないようだった。
実のところハスイールも、セナ=トーヤと魔女の謎を理解しているとは言い難い。
しかしそれ以上に、カルロには知る由もなかった。彼らが何の疑問もなく魔女と呼んでいるあの人物が、そもそも瀬名をベースに創りだされたキャラクターなのだと。
偉い人と何度も話すなんてヤだ、無理。
下手すれば緊張が臨界突破してボロが出る。
どんなに頭をひねっても途中で語彙が尽きた日のプレッシャーは想像を絶する。
神経に負荷をかけ過ぎたら健康に悪い、等々。
そんな数々の切実な事情に、悪ノリを含んだ結晶があの〝魔女〟なのである。
膝裏に届くほど長い黒髪は纏いつく闇を連想させ、つい視線が吸い寄せられる絶妙なフォルムの双丘には危険な罠を予感し、目もとや唇には緑や紫といった冒険色が引かれ、それが絶妙に似合っている。
百人中、九十九人が「魔女だ」と確信する妖艶美女。連日何時間話し続けようがボロを出さないARKが中の人を務めることで、迂闊に踏み込めば煮え立つ鍋に投入されそうな、不吉な説得力のある完璧な〝魔女〟が誕生した。
(これより先は踏み込むな、か。そうさな、魔女殿は決して森を出たがらぬとセナ=トーヤも断言していた。あれは『もとより出られぬ』からだったのやもしれん)
縄張りから出てしまえば姿を保てなくなる種族もいる。ひょっとしたらあの魔女もそうなのかもしれない。
いずれにせよ魔女は、常に感情の窺えない冷淡な口調でありながら、あの少年に舐めたちょっかいをかける者は許さぬと早々に宣言し、以降も言葉の端々に匂わせてくる。
何よりハスイールが直々にここへ足を運んだ時点で、カルロに許された選択肢はひとつしかないのだ。
腹は据わった。己の首もとで指を鉤状に曲げ、すくいあげた紐を引く。するすると服の下から顔を覗かせたのは、当主の証たる指輪だ。持ち主の身体ごと魔物に持っていかれる可能性を考慮し、予備が幾つか保管されており、資格なき者は触れられない仕掛けがある。
この指輪もまた一部だが聖銀製だった。魔力を通せば摩耗せず繰り返し使え、偽造はできない。その指輪を中指の先、逆向きにはめて、指の腹から押しつけるように聖銀の板へ触れさせた。下腹がジワリと熱を持ち、沸騰する湯のごとく胸まで昇り、腕の中を伝い流れ、指先に集中する。
それは恐ろしい勢いで指輪に流れ込み、小ささに釣り合わぬ膨大な力を消費していった。にもかかわらず、チリチリ、とささやかな音を立て、数秒後には貴婦人と聖狼の紋章の隣に、新たな紋章が刻まれていた。
奇妙な達成感と疲労感に、カルロは深々と溜め息をつく。
鉱山族より何より、この一時、某小鳥の監視が外れていたことがカルロの強運の証明だった。
敵対の可能性が激減し、警戒順位の高いほうへEGGSを割り振っていた結果なのだが、もし見られていれば《興味深いですね》の呟きとともに、ある日予備の一個ぐらい行方不明になっていたかもしれない。
「土産を渡し忘れていた。よければ食べるといい」
満足そうにハスイールが瓶を取り出した。
「花びらの砂糖漬けだ。腹は膨れぬし、花は観賞するか薬にするかのどちらかであって喰うものではないと思っていたが、作ってみれば案外悪くない」
「腹か。外見と台詞に落差があり過ぎると苦情を言われぬか?」
「我が同胞には共感しかされんな」
半眼になろうとして、カルロはつい吹き出してしまった。
色とりどりの花弁を見やり、ものは試しと一枚つまんで口に放り込んでみれば、じわりと甘さが口内に染み渡り、ほのかな香りが鼻腔を通って、全身に清涼感が満ちた。
「ほう……確かに、悪くない。回復薬の原料をこのように食すのは面白いな」
「だろう? わたしは茶に浮かべるのは味が抜けて好まんが、種類によっては合うかもしれん。酒は合うぞ」
言いながら酒杯を傾けた。
真似て杯を傾ければ、案外しっくりと馴染んで喉を通った。確かに、悪くない。
「ところで、落差など人に言えたことか? てっきり専門書かと思いきや、童話とはな」
「ん……ああ。こちらはラグレイン。我が領を出れば知名度は無きに等しい。そちらは有数の人気童話作家だ」
「ラグレインは知っている。こちらは知らぬな」
「さようか」
どちらも民草の間で語られる物語を編纂したものであり、著者の創作物ではない。
すげなく「知らぬ」と言い捨てられたのは、王国で広く知られる一般的な英雄譚、著者は名の知れた童話作家。
もう片方はこの地方でのみよく知られる、自称・魔術研究家のラグレイン=ヴァシュレ。
前者は貴族出身であり、生没年もはっきりしているが、ラグレイン=ヴァシュレは曖昧だ。辺境伯家の数代前の当主が彼と親しく付き合っており、貴族でありながら相当変わり者だったため、家系図から名を抹消されたとなっている。
変わり者という理由だけでそこまでの処分に至るわけがなく、穏やかでない何事かがあったのは明らかだ。
「おまえの祖父も、これをたいそう大事にしていた」
「可笑しいと思われるか?」
「いいや?」
「そうか。――この家の者は代々、これを親から渡される際、成人後も必ず一度は読み返せと言い含められる。歳を重ねるごとに新たな視点を得られるからだそうだが、その土地に自然に生まれた話は教訓と警告を含むものゆえ、我が家では専門書と価値が変わらぬのだ。私も息子のライナスも、少年時代には純粋に物語として読みふけったが、ある程度の年齢に達してからは、書棚の下段へずっと仕舞い込んでいた。それでも内容はだいたい把握しているつもりだったが、改めて読み直せば、なるほど、以前は気にしなかった部分がよく目につく」
酔いが回ったか、カルロは少し饒舌になっていた。
「定番の敵として【小鬼】や【蛇】がよく登場する。読み比べれば、これがまったく違っておってな。はじめ私はその違和感を、双方の主人公の傾向が大きく異なるせいだと思っていた。王子や騎士や英雄の活躍する物語と、世辞にも品性が良いとは言い難い偏屈魔女の暴れる物語。しかし読み返すうちに違和感の正体が見えてきた。それは――」
「前者は魔物が英雄を活躍させるための踏み台に過ぎず、後者は本物の魔物を書いている?」
「――そうだ。矮小な【小鬼】は倒すのに丁度よい、見た目のおぞましい【蛇】は敵役に丁度よい、そんな思惑が鼻につくのだ。初めて魔物に遭遇した世間知らずの王子が、【小鬼】をこれほど容易く倒せてたまるか。奴らはもっと狡猾で醜悪だ、ちまちま倒されるために一匹ずつ襲いかかってくるなどありえん。こやつなど、【蛇】にひと飲みにされながら自力で生還などふざけているのか。まず飲まれた時点で無事ではいられんだろうに。――たかが童話にこんな難癖をつける私は、所詮夢のかけらもない大人げないジジイなのだろうな。大人げないついでに付け加えれば、救い難いことに、ほとんど安全圏から出ぬ連中は、本気で『これが魔物だ』と信じているふしがある」
「おやおや……」
ハスイールは苦笑しながら、早いペースで空になった酒杯に酒を注いでやった。
遠慮なくそれを受けるカルロは、やはり微妙に酔っている。
「すまぬな、このような愚痴を」
「いや、面白いぞ。祖父君の愚痴とそっくりだ。つまるところ、おまえ達がラグレインを好むのは――」
「ほとんどの【魔物】を正しく書いている。それに尽きる。安全に倒されてくれる易しい魔物しか知らぬ騎士など、我が領では見習いの訓練所に叩き込むぞ。だのに、魔法使いなんぞ荒唐無稽でありえぬとせせら笑いながら、あの薄ら寒い英雄譚こそが正統だと主張する阿呆のいかに多いことか」
「心労、察するに余りある。次の土産には酒を持って来よう」
「かたじけない」
まあ飲めと注ぎ足そうとしたら、もうほとんど残っていないのに気付き、ハスイールは結構真面目に約束した。カルロは社交辞令だと思っているが。
「著者を庇う意図はないが、英雄の一行に犠牲が出ると、難癖をつける輩が湧くのだよ。ゆえに、どんどん角のとれた優しいお話になっていかざるを得ん。これなど原書とされるものでは、【蛇】に丸呑みにされて助からなかった者がいたのだが、幼子に読み聞かせるには描写が残酷すぎる、英雄の仲間に犠牲を出すなど言語道断と削除され、今では原型の一部しか残っておらん」
「なんと。そうなのか……」
「王子が魔物に敗北する話などもあったが、時の王が焚書にし、語り聞かせる者は牢獄行きになった。取るに足らぬ童話の展開ごときで、随分人の首が軽く飛んだものだ」
「…………」
「うっかり長居したが、そろそろ失礼する。すぐにとはいかんが、おまえの憂いの幾つかは、いずれ晴れるだろう」
「いずれ、か。貴殿の口が紡ぐと予言に聴こえるな」
ぴたり、とハスイールが止まった。
「予言などを信じるか?」
「精霊族には、星予見と呼ばれ、さまざまな予知を行う者がいると書にあったが」
「あれは〝予測〟だ。この世のあらゆる事象を読み、限りなく起こり得る未来を予測する。予知ではない。真似事程度ならば、おまえもやっている」
ハスイールは、ラグレインの書をトンと指で突いた。
「また飲もう」
それはやはり、カルロの耳には予言に聴こえた。
そうして訪れた時と同様、幻が解けて消えるように、唐突な来客は窓の向こうへ姿を消した。




