68 尽きぬ悪意の【大蛇】 (後)
誤字脱字報告師様、ありがとうございます。
助かります。
指先の震えは消え、恐怖のもたらす自縛から身体の支配権を完全に取り戻した。
頭の中で何かがス、と切り替わり、平時に適した自分から、そうでない時に適した自分が普段から分かれていて、状況に対処すべく自動的に交代が行われたような。
≪よもや私の頭に別人格なんぞ仕込んでないだろうな≫
≪濡れ衣です。あなたのそれは一部の方が戦闘機の操縦桿を手にした瞬間、人格が豹変するのに近い現象と推察します≫
なるほどいたねそういう人。安心安全なシミュレーション世界で、普段大人しい人が急にイケイケになって突撃してクラッシュしてみんなドン引きとか、乗り物系あるあるエピソードだった。
高性能な補助脳のおかげか、脳から変な分泌物でも出ているのか、思考は冴えて加速している。
事態は急速に動いているのに、周りがやけにゆっくり感じられ、周辺一帯の魔素の動きから、見えもしない所まで把握していた。
風はほとんどない。【蛇】の吐いた偽ドラゴンブレスが若い草花を焼き飛ばし、背後には黒く焦げた無惨な更地がひろがっている。森はなく、ところどころに低木がある程度で、幸い森林火災に発展する恐れはなかった。
――〈フレイム〉展開 照明弾――
〈フレイム〉は近未来が舞台のSFゲームの中で、比較的初期の装備として登場した。実際にこんなものは造れないとされていた架空の武器であり、それを印象付けたのは自在に形をとるナノマシンや、光の盾のアサルトシールドに加え、この照明弾もだった。
戦場を広範囲に渡って照らす照明弾は、本来ならごつくて重い迫撃砲などから撃ち出されるもの。口径が大きいほど威力は強く明るくなる。軍用武器に関する設計図の公開はかたく禁じられており、内部構造の詳細が不明で、既に戦場となる大地がこの世になかろうとも、それがほぼ固定のイメージだった。
小銃で撃ち出す照明弾の明るさなんて、燃焼剤の量からしてもたかが知れている。――ただし、少量で従来よりも発光させられ、なおかつ撃った本人の身体に害のない燃焼剤が出来ていれば話は別だが。
ARK氏はこの世界の魔術を魔素弾に応用した。夜空に灯りを浮かべる【偽りの太陽】は、上空で特定の魔力反応を起こし、一定時間、一定範囲を照らす。時間と範囲は魔術士の力量と保有魔力次第であり、ぶっちゃけ太陽と呼ぶには非常にしょぼい。
〈フレイム〉の照明弾は、一定時間後に破裂する指示を組み込んだ魔素弾だ。飛散した魔素は魔素反応によって【偽りの太陽】よりも明るく、より太陽に近い白光で強烈に闇を照らす。
ドン ドン ドン ドン ドン
【蛇】の喉奥を狙って撃ち込む。貫通したら大したダメージを与えられない。体内へ深く潜り込むよう、角度と【蛇】のうねる瞬間に注意して狙う。
【蛇】が再び咆哮し、凄まじいブレスを吐いた。
しまった、タイミングが悪かったようだ。破裂する前に分解されてしまった。
「ヴオオオオオぉぉ……!!」
私を中心に伸びた魔素の剣――巨大ウニ?――は結界の役割を放棄してはいない。まともにこいつを浴びていたら、私は苦しむ間もなくこの世から消滅していただろう。
かつて感じた経験のない、命をかけた戦闘における高揚感と、匹敵する恐怖とのせめぎ合いに、どうしてか嗤いがこみあげそうになった。全部ひとつの鍋にぶちこむと、何故か冷静な人が出来ました。なんでそうなるのか、我ながら意味不明だ。
長く粘るほど、最初の一撃でやられときゃよかったんじゃと悔やむ最期を味わうハメになるかもしれないが、だからといって、すんなり犠牲になってやる勇気も気前の良さも持ち合わせがなかった。
そしてやはり、これだけやっても、こいつはまだ生きている。
そして怒り狂いながらも、明確な意志と〝悪意〟を持っていた。
小さな獲物を初めて〝敵〟と見做し、全力で己の口内から吐き出すべく、三たび喉奥から高圧のエネルギーが噴出する。
頭部が完全に串刺しになっているせいで、吐く方向は変えられない。私の背後の地面は高温でなぶられ、ガラス質になっていた。【蛇】が暴れた勢いで、地中深くに刺さった杭が抜けないよう、先端を碇のような形状に変化させて強化する。
――瞬間、部分的な魔素不足が生じ、コントロールが低下しかけるのを悟った。
慌てて剣の数を幾つか減らして杭に回し、事なきを得る。魔素濃度の高い場所であっても、これほど巨大に、高密度に練った状態を保っていれば、さすがに限界ギリギリなのだった。
しかし、なんだろう。妙な違和感がある。
≪これだけの膨大な魔力って、こいつのどこに……いや、いい≫
小鳥氏は言われずとも記録し、分析を続けてくれているだろう。
ブレスを吐き終わった瞬間を狙い、
ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン!
立て続けに撃ち込んだ。
反動が結構強い。以前はもっと軽く感じたのに。
数秒後、破裂が生じた。ニ発は貫通して遥か向こうの地上を白熱させ、二発は貫通した後うねる蛇の尾に当たって再び肉に食い込み、三発が骨にぶつかりながら勢いを落として体内に留まった。
内臓をズタズタに裂いて焼かれる苦痛に【蛇】が咆哮し、しかし今度は偽ドラゴンブレスは放たれなかった。
≪肋骨の骨折二十三本、肺の六割と心臓の一割が損傷しております。重要な魔導回路が破壊され、保有エネルギーは生命維持と回復に回されており、ブレスはもう吐けません≫
≪よし、やったか!≫
≪脳はまだ機能しており、背骨はすべて無事、肋骨は全五百対でしたので、あと四百七十七対です≫
こ、の、や、ろ、お ……。
いや、小鳥さんにじゃないよ。
【蛇】だからね。この【蛇】に対して怒っているんだよ。
小鳥にじゃないからね、勘違いでつつかないでくれたまえよ。
だってぼやきたくもなるだろう? なんでコイツまだ生きてるんだ、と。
それが生命維持に回復だと? 超回復とか言うなよ?
しまった、もしやさっき「やったか」なんて口走ったせいか。トドメを刺せたか否か、まだ曖昧な段階で口にしてはいけない台詞ワーストリストに入っていたよそういえば。
これを言ってしまったら、大抵やれていないんだよね。
うん、自己責任だね。
≪いいさやってやろうじゃないか、次は頭にぶち込――≫
≪お待ちください≫
眼前に複数名の顔が映し出された。
≪辺境騎士団と灰狼、接近しております≫
≪ちょ、おい、この大怪獣を見て逃げなかっただと!?≫
≪この【蛇】が生き永らえれば、ドーミアかイシドールの町が標的になると恐れたのでしょう。先ほど地上で炸裂した照明弾にしても、彼らにはあなたか【蛇】の攻撃か区別がつきません≫
≪でも気配で区別――つかないか。魔素は感じ取れない……≫
≪はい。それから灰狼に関しては、ここにマスターがいると嗅ぎ取ったようです≫
≪この状況で私がわかるとか、狼種の嗅覚すごいな≫
感心すればいいのやら、呆れたらよいのやら。
≪眼はまだ復活しておりませんが、脳の回復は確認されました。通常弾による攻撃では、破壊と再生のイタチごっこになります≫
≪――まさかこいつ、回復の優先箇所を自分で指定できるの?≫
≪できるようです。脳の破壊にこだわった結果、その隙に内蔵や骨を回復されかねません≫
つまり、さっきのが有効な攻撃手段だったわけだ。
しかし、知人が遠ざかるどころか近付いてきてしまったとなると、彼らのいる方向に照明弾が弾かれそうで迂闊に攻撃できない。
この【蛇】、学習してそういう真似を意図的にやりそうな気がする。
≪分析が完了しました。九眼の蛇【ヒュドラム】が保有していたエネルギーは、魔力ではなく魔素です。変換された魔力を蓄えていたのではなく、使用直前に魔力に変換・増幅を行っていました。吐いたブレスが拡散して魔素に還元されたのち、自ら吸収して回復機能に送っております≫
≪魔素か! 何か違和感あったのそれか≫
ブレス攻撃の直前まで影も形もなかった魔力が、どこから出て来たのかふと不思議に思ったのだ。
というか魔素エネルギーのリサイクルって、私の十八番ではないか。真似すんなと言わせてくれ。
≪この怪物、わかってたけどやばい。過去に目撃例はあっても、倒せた記録ないんじゃないか?≫
≪マスターご自身もそうですが、魔力による攻撃はほぼ無効化されます。ダメージを与える有効な方法は、魔素による体内の広範囲破壊、すなわち先ほどの攻撃です≫
≪『やったか♪』なんて余裕ぶってないで、畳みかけとけばよかった……≫
カルロさん達も彼らの事情があるのはわかるけれど、できれば遠くにいて欲しかった。
邪魔だな、と感じてしまうのが申し訳なくてつらい。
≪マスターはこれを拘束している杭の維持に注力してください。制御が甘くなれば【蛇】にもっていかれます≫
≪維持に失敗したらこいつのエネルギーにされるか……。カルロさんと灰狼達は、こいつを倒せると思う?≫
≪ウォルド氏が同行しております。神の助力とやらを確実に見込めるメンバーがいるのですから、案外いけるのでは≫
≪そうか。ウォルドの加護神って〝断罪〟が得意分野だよね。こいつ見るからに邪悪だから、めっちゃ効きそう≫
≪最悪、彼らが皆殺しにされた場合はもとのプランに戻せばよろしいだけです。問題ありません≫
≪…………≫
そういうのをね? 思っててもね? 実際に言うのはやめようね?
念話だからいいとかそういうのでもないからね?
そもそも、それを問題ありませんときっぱり言い切っちゃうのがうちの小鳥さんの恐ろしいところだ。
みんな、どうかこの小鳥の不吉な予言に負けず、無事でいてくれ。
読んでいただいてありがとうございます。
1月に入り何日も経ちましたが(汗)
今年もよろしくお願いします。




