65 初めての魔物退治
ご来訪ありがとうございます。
ドーミアで魔物の忌避香木を買い、ベルトにじゃらりとかけた。討伐者が倒した獲物を解体する際、近くで焚く消耗品だが、デザインが格好いいので、アクセサリーとしても人気があるらしい。
インディアンぽい男性の横顔の図案がなかなか好みだった。彫られているのは戦いの神のしもべらしいが、このワイルド系ハンサムを焚く時はちょっと申し訳ない気分になりそうだ。
とりあえず、本日の目標は一匹倒すこと。倒せなかったとしても、全力で逃げ切れれば上々とする。
凶悪な魔物との戦闘は、人間のゴロツキ相手のようにすんなりとはいかないはずだ。シミュレーション通りの流れにはならないと覚悟しておいたほうがいい。
とにかく一瞬でもまずいと感じたら、全力で防御シールドを展開しつつ速やかに離脱、安全第一を心がけるのだ。
騎士達には遠乗りをすると言って別れ、門を出てしばらく、ヤナを街道の上で走らせた。
町が見えなくなった頃、近くに人影がないのを確認して道を逸れる。
「うわ、速! めっちゃ速い~!」
「グオウ!」
「速くて強いとか最高ですな。――小鳥さん、どんな感じ?」
《このような感じです》
音もなくマップが表示された。
マップではこの先一帯が起伏の激しい丘陵地帯になっており、そこを抜ければ平原になっている。
ちらほらと光点が赤く明滅していた。
《黄がマスター、紫は敵性反応のない魔獣、赤を魔物、緑をヒト属として表示しております》
マップを拡大すれば平原の奥に広々とした森があり、森の奥はマラキア山――魔の山の麓だ。
森に近付くほど緑の光点はまばらになり、山の麓辺りからは一点もない。
強者が素材を求めて奥へ進むシーズンは夏。今はまだ雪深く、腹を空かせて凶暴化した魔物が多く出現するため、大物狩りには向かないのだそうだ。
加えてこの時期は各地で春祭りが開催され、討伐依頼より護衛依頼が増える。つまり私が誰にも見られず練習するのに、今がうってつけの時期というわけだ。
見やすく倍率を変えたマップの中、びっしり集中してひとかたまりになっている赤がある。これは群れだろうか。
そこに緑の光点はなく、一番近いのでも五十キロメートル以上は離れている。
《【角兎】の群れです。最もポピュラーな兎系の魔獣ですね》
【角兎】。個々は弱い代わりに繁殖力が強い兎系の魔獣の一種。
小さい個体でもゆうに体長1メートルを超え、体重は10キログラムほど。討伐者ギルドの買取窓口に出せば、状態によって銀貨2~3枚になる。これは可食部位の肉や、未加工の骨・皮・角をひっくるめての相場だ。一羽二羽を仕留めてもたいした稼ぎにならないので、仲間と協力し、討伐報酬が出るタイミングで数十羽仕留めるのが効率的である。
冬眠はせず、年中討伐が可能なので、庶民の食卓にありがたい魔物のひとつだ。
ただしマラキア山へ近付くにつれ、凶暴で段違いに強い上位種が出て来るから、兎さんだからといって舐めてはいけない。
角は一本、目は赤く、毛並みはピンク色。ふわふわもこもこの可愛いやつらだが、飼い慣らせない種類の魔獣だと忘れたら痛い目に遭う。
接近せずに弓などの遠距離武器で仕留めるか、複数のパーティが合同で囲い込むのが定石のようだ。
群れを見渡せる距離まで来ると、念話に切り替える。
兎は聴覚も嗅覚も鋭く、私とヤナの接近に気付いた数羽がひょこりと頭を上げた。が、その場から動く気配はない。兎は兎で、たった一人と一頭しかいない我々を舐めているのだ。小鳥さんに至っては数にも入っていないだろう。
≪うわぁ……あれ全部兎なのか……≫
草の中にぽつぽつ散らばるピンク色の数に、なごむより引く。
≪個々が弱い魔物ほど巨大な群れを成します。群れの個体数が少ない、あるいは単独行動する魔物は大半が上位種です≫
弱いのを一匹ずつ相手にしたいんだが、そうはいかないらしい。
春に一匹でうろついているほとんどは冬眠明けの熊とか熊だ。でかくて強いのがこれでもかと凶暴化しているそうなので、できれば永遠に後回しにしたい。
――ところで。
【角兎】は単体で石ランク、魔馬は銀ランクの魔獣なんだよな。
≪もしもだよ? ヤナと一緒にあそこに突っ込んだら、あの群れどうすると思う?≫
≪およそ八割の確率で逃げ惑うでしょう。お試しになりますか?≫
想像してみた。
追い回す漆黒の魔馬、ピキィィと悲鳴をあげながら逃げ惑う兎の群れ。……草食竜の群れを追い回して咆哮するTレックスを連想してしまった。
ちょっと楽しそうだ。やってみたいかもしれない。
が、逃げない確率が二割あるならやめておこう。あれが一斉に襲い掛かってきたら、まごうことなきホラーだ。
あの兎、草食で大人しそうに見えても、コイツは殺れるなと思ったら反撃してくるのである。舐めて挑発したら血祭りに上げられたお馬鹿さんのグロ映像、いくつ観たことか……。
ここはひとつセオリーに従い、安心安全な遠距離攻撃でいこう。
〈フレイム〉は取り囲まれた時などに使うとして、今回は〈グリモア〉を試すとする。
風はコントロールが難しく、草原で火の使用は避けたい。土は毛皮を傷付け肉を傷めやすそうなので、一番無難なのが氷だろうか。
槍や杭だと刺さり所によっては即死しないかもしれない。長く苦しめたくはないから、幅広の刃物にしよう。
一般的に魔術士が攻撃を行う際、大抵は己の身体を起点として術を放つ。それは魔物も同じらしく、彼らは攻撃されそうになれば察知してしまい、うまくやらないと避けられてしまう。討伐者ギルドで魔術士が高ランクに上がりにくいのは、そういう事情で弓士よりヒット数が落ちる上に、得意属性によっては肝心の素材を破壊してしまうからだ。
私の場合は自分を起点にする必要がない。知覚できる場所であれば、どんな空間でもいい。
イメージを固めたら、群れの頭上に魔素を集め、速やかに魔力へ変換してゆく。
頭の中、〈グリモア〉の中で凄まじい量の計算が行われているのを感じたが、なんか計算してるなとは感じるものの、自分が頭を使っている感覚はいまひとつなかった。
自分の頭の中に隔離された別空間があるような感じで――ひょっとしたら実際にそうなのかもしれない。
兎達は頭上に集結しつつある氷のかたまりを、いったい何だろうとひょこひょこ見上げた。しかし感知できるのはわずかな魔力、薄く伸びた氷の板が何なのかわからず、その場から逃亡する様子はない。
きょと、と首を傾げる様が可愛いからと、目測を誤ってはならない。急所を外したら可哀想だろう。
いや、あれは殺るか殺られるかの魔物。呑気に憐れみを抱く対象ではない。
あれは煮込み汁だ。しっとりさくさくミートパイだ。とろ~りシチュー…………あ、いけるかも。
ドッ!
「ピッ?」
氷のギロチンが草の上に突き刺さっていた。
ころりと頭が転がり、分断された首から下がトサリ……と横たわった。
何が起こったのか最期までわからなかったろう、そう信じたい。
「――ピィィ!?」
「キュアアァアッ!?」
兎達が一斉にドドドド、と走り出した。
「あ、向こうへ逃げてくね。私が犯人てわかったのかな?」
《半々でしょう。こちらにはヤナがおりますから、本能的に避けたかと》
ものの一分もせず、ピンク色の獣はすべて姿を消し、柔らかな緑の草だけがそよ……と揺れていた。
草が根を張っているおかげか、土煙はあまり立たなかった。
魔力で作った氷のギロチンに、分解のイメージを与えれば霧散して消えた。
《では解体に移りましょう。気温が低く傷みにくいとはいえ、処理せず時間が経ち過ぎれば味が落ちると思われます》
「……やっぱやるの?」
《手順は憶えておられますよね?》
憶えているとも。血も涙もないARK教授の講義で、解体現場の生撮影をたくさん観たからな。しかし観るのと実践するのでは大違いだろう。
別に解体はギルドでお願いしてもいいんじゃないかな?
無駄な抵抗を試みたが無駄だった。
とほほと周りの地面を見回し、土のむき出しになっている箇所を見つける。兎達の逃亡時、蹴られて草が剥がれたのだ。
ベルトから忌避香木を外し、ワイルド系ハンサムの顔を避けて火をつける。土の上に置けば微かな煙がすう、と昇り、匂いは感じない。
「グゥ……」
「あ、ヤナはこれ嫌い?」
「ヴヴヴルル」
私は全然臭わないけれど、ヤナはあからさまに嫌がる素振りを見せている。ちゃんと効くようだ。
仕方ない、ヤナのためにも私のためにも、ささっと解体を済ませてしまおう。
ウエストバッグからナイフを取り出した。
♪しばらくお待ちください♪
「ううー……内蔵の感触がああ……頭蓋骨がああぁ……」
なんとか出来た。くじけそうだった。
野生の魔獣の内臓は食べないほうがいいので、そのへんに埋めておく。埋めずに晒しておくと、討伐しにくい厄介な妖鳥が寄ってきやすいからだ。
土の中に魔素を流して操ると、ぼこりと盛り上がって穴があき、そこに放り込む。土をかぶせて、その部分だけ濃厚になっていた魔素を散らす。放っておいても薄まるらしいが、念のためだ。
にちゃり、ぐちゃりと切り分けた肉を保存袋に入れ、皮や角は別の袋に入れた。
「はあー……やっと終わった……」
地味に重い。可食部位の肉だけで4キロはある。未加工の毛皮も重い。
食べて減らすか。
ここは血濡れの解体現場、忌避香の香りもまだ残っているだろう。
ヤナに乗ってその場を離れ、綺麗な小川の手前でおやつの時間にした。昼食にはまだ早いからおやつだ。
しかし〈グリモア〉は便利である。小川の水から汚れを除いて飲める清水にし、発火石を使わずとも火を熾せる。
ドーミアで購入した岩塩と、黎明の森産のミックスハーブでハーブソルトを作り、兎肉にかけて食べてみる。
「うんま!? これ、煮ても焼いてもいけそう? 変なクセとか臭みもない」
ヤナにも分けてあげたら美味しそうに食べた。魔獣のヤナは塩も肉もいけるクチなのだ。
むしろ私より大量に食べて、肉は半分ほど軽くなった。
さらさら、きらきら弾ける小川の流れ。癒やし効果に包まれながら、コンソメスープを飲んでまったり。……私は何をしに来たんだったか。
「いかん。これ、魔物退治じゃない」
突然変異で角の生えたピンクのジャイアントラビットを獲って解体して食った。食育にとてもよい、実にまっとうな兎狩りである。
が、そもそも出くわした瞬間に竦み上がって行動不能に陥らないよう、恐ろしい魔物に慣れるのが目的だったのだ。これでは到底達成できたとは言えまい。
魔獣だと頭ではわかっていても、魔獣を倒した感がゼロだ。フワモコの可愛いヤツを前にしても和んだりしないよう、心を鬼畜にする訓練には向いているかもしれないが。
別のを探して仕切り直そう。
気は進まないけれど、もう少し「これぞ魔物!」というのを小鳥さんに探してもらおう。
ほかの魔物はこんなものではないはずだ。
もっと恐ろしく、もっと手こずらされるはずなのだから。
――そんな風に思っていた時期もありました。
魔馬、速いです。爽快です。草原を駆けながら小鳥さんに索敵を頼みます。
悪名高い魔の山の姿がはっきり見える辺りまで来ました。
巨大なトカゲっぽい魔物を発見しました。
「ギィァオオオォ――ッ!!」
ウォーターカッターでまっぷたつにしました。倒しました。
次は女の敵代表、二本足で歩く豚っぽい魔物を発見しました。
ヒト属の女性を襲って繁殖するあれです。
「フゴォオォオォ――ッ!!」
今宵の鎌鼬は血に飢えていました。倒しました。
次に骨っぽいというか、それしかない魔物を発見しました。
「カチャカチャカチャ……ッ!!」
《マスター、これは是非生け捕り、いえ捕獲を……!!》
「やかましいわッ!!」
酒屋のおじちゃんがサービスでくれた聖水が効きました。え、まじで?
倒しました。
最後に八本足で糸を吐く巨大なアイツとミニサイズの小さなヤツらが、ワサワサワサワサワサワサワサっと……
「うおぁあああぁ~ッッ!?」
――〈フレイム〉小銃展開 強襲モード 殲滅せよ
ドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
倒しました。
倒したよな?
まだいるんじゃなかろうな。
よしこの洞窟、滅ぼそう。
こんな洞窟に入ってみたのが間違いだった。
やっぱり洞窟は駄目だ。
この機会に洞窟嫌いも克服してみようかななんて何故血迷った。
防御結界と氷の盾を設置した後で洞窟内の酸素濃度を高め、念入りに炎を送り込みました。
人はいないと確認済みですが人っぽい声で「ギャアアア」とか奥から響いてきたので、ほかにも何かいたっぽいです。
洞窟の表面がガラス質になってキラキラ綺麗でした。
デストロイ完了。
……あれ? おかしいな?
魔物、それは生涯出くわしたくないワースト3、だったはずなのだが。
これはあれだ。推奨レベル30以上の中ボスに、60ぐらいまでレベルを上げて挑んでみたら、一瞬で終わって勝利の余韻も何も残らなかったあれ。
いや、そんなにレベルを上げていたつもりはなかったのだが。もしや考えてみれば今の私、〝つよくてニューゲーム〟状態なのでは……。
旅立って間もないたびびと・レベル1が、本来なら物語後半にならなければ入手できない最強装備を、最初から既に持っているあれ。
しかも潤沢な強力回復アイテムと高位魔法と魔力消費量ゼロの特典つき。
八本足のアイツと、ミニサイズのアイツらがワサワサワサワサ寄ってくるあれだけは精神力に多大なダメージを食らったけれど、倒す分には倒せたし。火を噴いた〈フレイム〉が頼もしかったったら。
本当、〈フレイム〉のおかげで冷静に(?)対処できたよな。
あれがなければ多分、あのへんの地形変える勢いで洞窟を岩山ごと吹っ飛ばしてたもんな……。
そんなわけで、初日で慣れたようだ。
何故だ。




