63 聞きしに勝る
ご来訪、評価、ブックマーク等ありがとうございます。
カルロ氏達は今回、私達に文句を言う権利があると思う。
王宮からさんざんせっつかれ、行方不明者の捜索に時間と労力の無駄な消費を強いられた。その、ことの真相が全部私達の手もとにあったのだから。
仮に最初から私達がそれを伝えていたとしても、雲の上の関係者各位は罪なんてたやすく認めないだろうし、結果は変わらなかったろうけれど。
とはいえ、私とARKさんはお国の中枢のゴタゴタに巻き込まれたくないという個人的な都合で、今の今まで情報を秘匿してきたわけだ。これは領主として怒る権利があるだろうし、私達が罪に問われても無理のない案件だった。
それを「お互い面倒くさいことになっちゃったね」で手打ちにしてくれると、非公式とはいえ腹心の部下の面前で宣言してくれたのである。
《灰狼と精霊族に対する我々の認識は、都度修正を加えるべきでしょう。カルロ氏は主に、自分達がそれらの対応をせずに済んだ点を感謝しております。そしてそれを止める者がいません》
「そだね……私からしたらモフ萌え~、長耳萌え~、なんだが彼らには絶対言わないほうがいいな、うん」
内緒にしやがってというマイナスポイントを相殺されてなお、安堵のほうが圧倒的に勝るらしい。
それはさておき、カルロ氏に面倒なところを解決してもらってからようやく、さぞご大層な情報であるかのように、勿体ぶって小出しにし始めたARK氏のやり方はあくどい。成り行きで拾ったお宝を凄まじい苦労の末に獲得したお宝っぽく売りつけているペテンにしか見えなくて、とてもいたたまれなかった。
《イルハーナム神聖帝国について訊きたいとのことだったな。可能な限りお答えしよう。何が知りたい?》
映像のカルロ氏が尋ねた。
イルハーナム神聖帝国。
ここ、北の大国と呼ばれるエスタローザ光王国とは昔から険悪な東の大国。
イルハーナム王国という人族の強国が、「己の土地が魔物の脅威に晒されているならば安全な余所の土地を奪え」を有言実行し、東の全土に領土を拡大した血なまぐさい歴史のある国。
人族至上主義が行き過ぎて、百年ほど前に多種族連合軍から痛い目を見せられた後も、半獣族を始めとする複数の種族を公然と奴隷扱いしている唯一の国。
崖と荒れ狂う海に切り分けられ、東の地は大陸の中でも隔離された壺の中にあり、唯一の接点がデマルシェリエ領の南東にある。国境砦の向こうの中立地帯は「J」の字型で狭く、大軍を展開できないため、一貴族の騎士団で堰き止めることが可能だった。
おまけにその中立地帯、けっこうな距離がある上に、不毛の地で人が住めないらしい。補給線が伸び切って、帝国軍がデマルシェリエの目と鼻の先まで迫った頃にはかつかつになる。一方、デマルシェリエ側には補給の心配がほとんどない。モノも戦力も日頃から潤沢にあり、平和ボケした王都方面の反応は鈍くとも、ここを突破されたら終わりだと理解できる協力者はいくらでも募れた。特に帝国では奴隷階級とされる種族の反応は早いそうな。
ここまでが、ARK氏の調査で判明している範囲だ。
わからないのは、そこからさらに掘り下げた知識。とりわけ、言葉でのみやりとりされている情報だ。
これだけはARK氏でも網羅できない。
私が〈スフィア〉の中にいて安全なので、EGGSの十機すべてを情報収集に振り分け、カルロ氏達との会談には小鳥さんが直接赴くことになった。
小鳥さんと小型探査機のEGGSは性能の差、得意分野の違いがある。ARK・Ⅲの子機たる小鳥さんは高い情報処理能力を備えているが、飛行速度は一般的な鳥のそれで、音速飛行はできない。対してEGGSは単調な仕事しかできないが、音速飛行が可能であり、小鳥さんよりも遥かに耐久力がある。
ドーミアは近い。EGGSを会議室に長時間縛り付けるぐらいなら、小鳥さんがそちらに出向いたほうが効率的という判断だった。
まずはグレンに、そしてグレンからカルロ氏に日時のすり合わせを頼んでもらい、そして約束の日の時間帯、小鳥さんはするりとドーミア城の会議室に入った。
小鳥さんのちんまりボディは、ただちんまりなだけではない。羽根の表面で光を迂回させたり、自らの一部を透過する物質に変えたりして、そこにいる人々には視認できないようにできる――はずだった。
「でもこれ、小鳥さん視えてるよね……?」
《視えてはおりませんが、『何かがそこにいる』と勘付いている方はおりました。全員ではありませんが。これですから、こちらの方々は油断なりません》
この国でヒャッハー・ウェーイは危険、やめとけと確信するのはこういう時だ。
小鳥さんは小鳥さんなので、文字などの記録情報だけでなく、他人様のお身体も無断で簡易スキャンぐらいしれっとやっている。肉体の構造から聴覚や嗅覚の精度を割り出し、どこまでの音を立て、臭いを発すればバレるのかも調べた上であの場に臨んでいるのだ。
簡易スキャンで出てこないような、それ以外の感覚によって気取られているのは間違いがなかった。
ちなみに、ぼんやり違和感に気付いているのはライナス君とセーヴェル団長、部下の騎士達の三分の一程度。
確実に何かがいると明らかに察知しているのは、カルロ氏と、セーヴェル団長の副官の青年だった。
セルジュ=ディ=ローラン。この男も要チェックか。眺めるだけなら満足度の高い顔だが、果たして。
「今後の確約はできないって、本当に納得してくれたかな?」
《大丈夫です。身も蓋もない言い方をすれば、デマルシェリエの危機がマスターの快適生活の終焉を意味します。そうなれば共闘関係になくとも、マスターは彼らに利する行動を取ると期待できますから、事前の確約は必要ありません》
つまり、今まで通り私達に気分よく暮らせる環境を提供するから、いざって時はヨロシク! ということか。
ちょっぴり悔しいが、もしそうなれば、ご期待に全力でお応えする自分の姿しか思い浮かばない。
見捨てれば良心の呵責に苛まれそうだし。
黒衣の魔女が淡々と質問し、カルロ氏がさくさく答えてくれている。
内容は主に、帝国の奴隷制度についてだ。
帝国で、半獣族は幼い頃からほとんどが戦闘奴隷にされるらしい。
けれどまさか、精霊族にまで〝商売〟を拡げる動きがあるのか。ARK氏が気にしているのはその点だった。
光王国の使者は、帝国の高い地位にいる何者かに、あのちびっこ達を〝献上〟するつもりだったはず。
ことが国同士の諍いではなく、種族と種族の諍いに発展したらまずい。ARK氏が警戒しているのはそこだ。あの使者の一件だけで済まなかったら。
それについては、カルロ氏にもわからないらしい。ただ、帝国の選民主義についてはかなり詳しく教えてもらえた。
帝国貴族とは、旧イルハーナム王国民の血統のみで構成されており、侵略され呑み込まれた国々の民は、労働者階級とされるらしい。
負けた国の旧王侯貴族は全員処刑。領土は帝国貴族の領地とされ、すべての富は帝都に集まる。
イルハーナム神聖帝国は、神々を崇める意味で〝神聖〟の文字が入っているのではない。
皇族が自らを神々の末裔と名乗っているのだそうだ。
帝国民にとって、皇族こそが神。決して逆らってはいけない絶対の存在。そういう教育を徹底的に、幼い頃から叩き込まれるらしい。
恐怖と支配の神、それがイルハーナム神聖帝国の皇帝だった。
私やARKさんにとっては「どの国にもおんなじような歴史あるよね」ぐらいに慣れた話だが、ここでは「一国の君主ごときが勝手に神を名乗るなど正気の沙汰ではない」となる。
本物の神々がいるらしいから、異常さが際立つようだ。
《〝神罰〟は下らないのですか?》
《下ったという話は聞かんな。あの東の地は、まことしやかに神々に見放された地と呼ばれている。真偽は定かではない。少なくとも、あの地には神殿がないのだ》
《神殿がない》
《ああ。昔はあったが、すべて取り壊されたという話も伝わっている。国名を神聖帝国と改めたのは二百年ほど前か、もっと前か……いつの間にか彼奴らがそう名乗るようになっていた。あの国には真に神々がいないのか、あるいはほんの二百年程度のおいたであれば、神々はいちいちお怒りにはならんのか。諸説あるが、仮にもしあの国で神殿を建てたとしても、まともな神官は育たぬだろうと言われている》
さもあらん。
自国の皇帝が神だと本気で信じている者に、神々への信仰がキモの神聖魔法など備わるわけがない。
むろん反発する民もいた。被支配地の人々は荒れた土地の開墾を命じられ、奴隷同然にこき使われ、少ない食べ物も容赦なく税として取り上げられてしまう。
彼らは虐げられ続けてきた時代の話を、証拠が残らぬようひっそりと語り継ぎ、ときおり限界になった人々が各地で蜂起し、しかしたいして武器も情報もないために、すぐに鎮圧されてしまう。
そんな状況で、帝国は何度も光王国まで支配領域を拡大しようと目論み、そのたびにデマルシェリエに阻まれているわけだ。毎度得るものは何もなく、莫大な戦費と食べ物と人手が浪費されて終わるのだから、間違いなく帝国全体が弱っているだろう。
大きな戦は三十年ほど前、若かりし辺境伯カルロ氏が勝利を収め、申し訳程度の停戦条約が結ばれたらしい。実際にそれを結んだのは双方の国のトップであり、しかも本人達は同席せず代理による条約の締結。その後も小さなちょっかいはかけられてきたものの、戦と呼ぶほどの戦はなかったそうな。
停戦は帝国側からの申し出だったらしい。なのに、仕方ないからしばらく戦はやめといてやる、みたいな偉そうな態度だったそうだ。そんな台詞は可愛いツンデレにのみ許された台詞だというのに、何を勘違いしているのか。強欲なおっさんなどお呼びでないのである。
《奴らは禁忌に対する感覚が麻痺しているとしてもおかしくはない》
カルロ氏は結論づけた。
精霊族の隷属、それはいかなる種族にとっても禁忌であり、帝国も同じだった。なのに、それが献上されようとしていた。
今後も要警戒。何かあればまた情報交換を行おうと約束し、会談は終わった。
「ふわ~……聞きしに勝るっつうか? とんでもねえな帝国って」
《お疲れ様デシタ、マスター。ホットミルクティーをどうゾ~》
「あんがと、Alpha君や」
腰痛・肩凝りとは無縁になっているのに、気分的に疲れて伸びをする。
というか、こんな難しい話、私が聞く必要ないんじゃないかな。会談も魔女氏がやってくれるし、全部お任せ・ノータッチにしちゃ駄目かな。
ほんのり甘いミルクティーを味わっていると、小鳥氏がマスター、と声をかけてきた。
「何?」
《先日、帝国にてEGGSが撮影いたしました》
それはどこかの広場だった。向こうには肌色というか黄色の柱に、極彩色の目に眩しい模様を描かれた建物が見える。
その建物前に、こちらもとにかくキラキラしい民族衣装を纏った人々がいた。
《中央の老人がイルハーナム帝国皇帝、ムヴァレト=ウル=イル=ハーナムです》
「――ぅえぃっ?」
《右に第一皇子フェドル、左が第二皇子ナヴィル。側にいるのがそれぞれの母親である妃です》
「ちょ、おま……」
皇帝ムヴァレトは、白髪に長い白髭、しわしわの、いかにも気難しそうな老人だった。
目つきが悪いというか暗い。一人だけ優雅に椅子に座り、両脇の皇子や妃、護衛騎士達は全員立っている。
外見の第一印象では、第一皇子フェドルは武官寄りでたくましく、第二皇子ナヴィルは文官寄りで優し気な雰囲気。どちらも母親似の美男子だったが、正反対の雰囲気だ。
そんなことより、広場にいくつも突き出たあれ。
人の頭じゃないか?
動いているし、命乞いが聴こえる。ARK氏は大陸中の目ぼしい言語を私の脳みそに叩き込ませたから、もちろんイルハーナムの言葉も理解できる。
地面に人が埋められているのだ。首から上だけ出るようにして。
男も女も、子供も老人もいる。
彼らの埋められた場所は、三十センチほど低く掘られていた。
あの兵士達が抱えているの、もしや水瓶?
おいちょっと待て、あんたら、なんかとてつもなく悪趣味なこと考えてないか?
罪状が読み上げられた。
恐れ多くも偉大なる皇帝陛下の御庭の木の実を、下働きの子供ごときが盗み食いしたらしい。
は? 何言ってんの?
連座の刑? お腹すかせた子供が木の実いっこ食べただけで?
え? マジ何言ってんのこいつら?
読み上げられる最中も、皇帝ご一家の顔色はまったく変化がなかった。
平然としていたり、暇そうだったり――あっ!? あの何番目の妃だか知らないけどあくびしやがった!?
マジか!?
水瓶が傾けられた――
「…………」
そこでふつりと映像が終わった。いや、消されたのか。
消えた映像を思い返し、今さらになって心臓がばくばく言い始めた。
「……まじか」
《はい》
ライブじゃなく録画。既に終わったこと。
終わってしまったこと。
「…………」
いつもならスルスル喉を通るミルクティーが、やたら重かった。
その後しばらく、食事を美味しく食べられなかった。食の楽しみを奪う帝国は悪だと割と本気で思った。
それから帝国に関しては、できるだけ報告を継続してもらい、カルロ氏との連携も密にしてくれていいとARK氏に言っておいた。やはりまるっとお任せ、知らんぷりは駄目だ。
そして冬に突入し、〈スフィア〉に籠もりながら薬草の調合、室内訓練をこなし、魔物を想定した戦闘訓練にいつもより身が入るようになった。
だってこの世界、人々は魔物の脅威に晒されているという話だったけれど。
あの連中の気持ち悪さに比べたら、魔物のほうがマシなんじゃないか? とか思ってしまったりして。
そうしてひと冬が過ぎ。
三月。
肉体年齢十六歳、春。




