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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
嘘と真の境界線
63/70

62 冬の足音と情報交換

ご来訪ありがとうございます。

ここをご覧になっているかわかりませんが、誤字脱字報告師様には大助かりです。

文字変換の罠とか脳内補完とかで、何故ここで間違えてるんだ自分という箇所がちょくちょくありますので(汗)


細かいことかもしれませんが、これまで何話かタイトルに【幕間】とつけていたのを外しました。


 秋が来れば冬は目と鼻の先だ。今年最後のひと稼ぎを終え、それから準備にとりかかるのでは到底間に合わない。

 農民も町民も行商人も、朝からてんてこまいになりながら、同時進行で冬籠もりの対策に余念がなかった。辺境騎士団も秋の中頃には衣替えを完了し、全員が防寒性の高い毛皮の服やマントに変えている。

 夏仕様の騎士服は鮮やかな青だったが、冬の騎士服はやや暗めの青。

 盾や鎧は鈍い銀色ではなく、黒や焦げ茶色にがらりと変貌している。金属製の武具は凍りつくため、別の素材を使っているのだ。


「いつもながら壮観だねえ」

「俺ぁ夏よりもこっちのが好きだな」


 城壁や広場で整然と並ぶ騎士を眺めつつ、門へ向かう商人や護衛が口々に感想を語り合うのも、この頃の風物詩だ。

 デマルシェリエ騎士団のイメージカラーは青。壁掛けや絨毯にも青系統がよく使われている。

 これは辺境で討伐される魔物の中で、とりわけ優れた防寒具になる冬の魔物に、青や黒の毛皮が多いからだ。

 余所の土地には滅多に出回らず、しかしここでは当たり前のように末端まで支給されている。

 商人達はそれの価値をよく知っていた。だから彼らは町を一歩でも出る時は、護衛の準備と用心に金を惜しまない。


 商隊がぞろぞろ門から吐き出され、それよりも少ない数が吸い込まれる。後者は極寒の冬をドーミアで過ごすと決めている者だ。この地方で冬季にのみ出現する魔物を求めてきた命知らずもそれなりに多い。

 例年と変わらぬ光景を城壁から眺め、ややして、辺境伯は息子ライナスとともに会議室へ向かった。


 そこには既に、ドーミア騎士団団長ノエ=ディ=セーヴェル、副官のセルジュ=ディ=ローランの姿もある。

 それぞれの側近も数名。

 重要性や参加人数に応じ、規模が大きければ会議の間が使われる。今回はいつもと変わり映えのない面子での、あくまでも内輪の会議だ。

 ところが、いつもと変わり映えのない面子の中に、初めて見る顔があった。


「お初にお目にかかる。私がこの地の領主、カルロ=ヴァン=デマルシェリエだ。あなたのことはどうお呼びすればいいだろうか?」


 一人だけ離れた位置に、女が座っている。

 豊かに波打つ長い黒髪。上から下まで漆黒の衣装に身を包み、その手足はすらりと長い。

 ただしその女も、女の座っている椅子も、この場に存在するものではなかった。

 小さな何かが侵入し、その何かを介してぼんやり浮かび上がっている幻影なのである。


《はじめまして、辺境伯。私のことは好きに呼べばよろしいでしょう》


 淡々と言い放った。名乗る気はないということだ。

 誰かがごくりと喉を鳴らし、自然、誰もが手もとの茶に手を伸ばした。


 そこにいるだけで暗黒界へ引きずり込まれそうな、恐ろしくも妖艶な女だった。

 この恐るべき女性との繋ぎを作り、会談の場を設けたのはグレンである。立役者でありながら、当のグレンはさっさと姿をくらました。

 さもあらん。これは逃げる。ただの幻影でもひしひしと迫る得体のしれない不気味な、迂闊に触れられない底知れない何かだ。


『例の魔女が旦那方と話したがっているらしい。俺もあんたら、一度は顔を合わせといたほうがいいと思うぜ』


 暗にグレンは「敵対するな」と告げていた。

 気だるげで闇の化身のごとき魔女は、錚々たる顔ぶれにも、さして興味がないように見える。だが今回、彼らを集めたのは魔女のほうだ。

 少なくとも、路傍の石ころよりは価値を見いだしてくれている、そう願いたい。


(なるほど、どことなく似ている。同じ民族か? 印象はかなり違うが)


 デマルシェリエの騎士達がセナ=トーヤに関わったのは、もう何ヶ月前になるだろうか。直接会って話した騎士の数は少ない。あの少年はグレンと馬が合ったようで、ドーミアにふらりと訪れては、もっぱらグレンと市場巡りをしている。それでさえ、ここしばらくはパッタリと見なくなっていた。

 セナ=トーヤの横顔は謎めいて、どこか神秘的な印象が心に残る。話してみれば案外気さくで話しやすいとグレンは言い、人付き合いの苦手なウォルドですら、あの少年が相手の時は言葉がするする出てくるらしい。

 だがこの魔女は違う。

 話しやすさとは対極にある。


(疑っていたわけではないが、やはり紛い物ではない。魔法使いが二人、か)


 おとぎ話が現実になってしまった瞬間だった。

 既存の魔術では成し得ない、説明のつけられない不思議を駆使する存在、それが魔法使いである。魔術士の枠組み内の理論では太刀打ちできないため、存在しないもの、すなわち荒唐無稽なおとぎ話とされてきた存在だ。

 実際には枠の外にも枠外の理論があり、魔法使いはそれを知る者のことなのだろう。だが広く世に認知されていなければ、それは〝荒唐無稽で実在しないもの〟でしかない。

 この遠話の幻影からして、同じ真似を可能とする魔術士の話など聞いたこともない。幻影魔術は主に目くらまし、あるいは記録のたぐいに使われ、遠方の人物と同時進行で会話できるものではないのだ、普通なら。


「ならば引き続き、魔女殿とお呼びしよう。ひねりがなく申し訳ないが」

《それで結構です。あなた方が〈私〉を認識できればよろしいのですから》

「……さようか」


 無機質な声に怯みそうになり、辺境伯はいっそ面白くなってきた。魔の山の怪物よりいっそ恐ろしい相手だ。グレンに言われずとも、これとは敵対するなと全力で本能が命じてくる。

 まったく正体が知れない。片鱗も読めない。どこからどの道を通ってこのデマルシェリエ領まで来たのか、想像の一片も及ばない。


(いや…………あの、炎の珠……)


 凄まじい勢いで天を横切り、そして消えた。地を揺るがしたあの衝撃は幻影では有り得なかった。しかしどこにも一切の痕跡を発見できぬまま、「あれは何だったのか」と首を傾げて終わった。

 あれからもう何年も経つ。若い世代では大半がもう忘れているだろう。何の被害もなければ、記憶から薄れるのは早い。


(あの時、探せていない場所がある。あの森の奥だ)


 あれが、この魔女の〝魔法〟だったとすれば。

 いや、もしそうなら、その頃にはもう、この魔女はあの森にいたことになる。今頃になって出てきた理由の説明がつかない。

 彼女もまた炎の珠の痕跡を探し、ここに辿り着いた?

 ――それも違う気がする。

 セナ=トーヤならば知っているだろう。あれと、この魔女に関わりがあるのか、ただの考え過ぎなのか。後者なら、あの森の内部がどうなっているのか、調査してもらいたい気もするのだが。


(心地良い住み家を暴かれたくないと、不快を示すやもしれんな。あの森が迷いの森でなくば、よからぬ目的で踏み込む輩が確実に出ていようし)


 王国の法では、黎明の森はデマルシェリエ領に組み込まれている。領主にまったく利益をもたらさない森だとしてもだ。国から管理費の補助は銅貨1枚たりと出ず、逆に土地の広さに応じて税をむしり取られても、あそこは辺境伯の領地から外せない。祖先が流刑地の罪人から辺境の領主となった時代、ほぼ嫌がらせで国からそう定められた。

 領地である以上、辺境伯には魔女とセナ=トーヤに、何がしかの税を課す権利がある。ただしこれは領主の裁量で自由にできる部分であり、辺境伯はこの二人には義務を負わせない方針だった。暮らしにくくすれば、稀少な魔法使いが余所に流れてしまう。

 それよりも、この土地がどこより快適に過ごせる場所であると証明し続ければ、こちらが頼まずともその快適さを保つため、必要な時に何らかの助言なり助力なりを望めるようになるかもしれない。


 ライナスやセーヴェル、その他の騎士達は顔色がよくなかった。彼らは楽しめる境地には至らず、どうにかしてあの魔女と距離を置けないか、無理と知りつつも腰が浮きそうになっている。


(控え目に言っても、美しいが怖い。何者なんだ、この女性……)

(実は伝承の魔族と言われても驚かんぞ、いや驚くが)

(チラとでも谷間を覗いたが最後、鍋に放り込まれてぐつぐつ煮込まれそうだ)

(いい材料が集まりましたね、などと言いながら蛙に変えたりしないよな……?)


 微妙に()()()の性格を正しく感じ取っている。危機察知能力の高い、頼もしい守人達であった。


「魔女殿とは良き関係を築いていきたいと考えている。我らデマルシェリエは原則として、あなたの生活や行動に無用な干渉はせぬと約束しよう。黎明の森での暮らしに不便はないだろうか?」

《我々に多くを求めず、セナ=トーヤに手出しさえしなければ、特に問題はありません》


 領主からの破格の申し出にも、魔女は淡々とした態度を崩さない。


(おや? ……セナ=トーヤは自らを単なるお使いだの弟子だのと卑下していたが、そこまで低い立場ではないのではないか?)


 徒弟制度における上下関係の取り決めは厳格だ。主人と従僕は言うに及ばず。しかし魔女の口ぶりからすると、グレンが推測していたように、上も下もない姉弟か、それに近い関係なのかもしれない。


「承知した。ところでかの少年は、よくこちらで食材を買い込んでいたと聞く。持ち運べる量に限りがあり、興味のある食材のほとんどを断念せざるを得なかったそうだが、定期的に森近くまでの配達を手配できなくもない。いかがする?」

《必要ありません。労せず食材が届く快適環境などを得たが最後、健全な人類社会と完全に縁が切れてしまいかねません。せっかくのご厚意に心苦しいのですが、セナ=トーヤに森を出なくていい口実を与え、ヒキコモリ生活に回帰させかねない案は、すべて却下です》

「さ、さようか」


 まったく心苦しくなさそうな口調であったが、何故か本気度は伝わった。


(ん? ヒキコモリ主義は魔女のほうじゃなかったのか?)

(機会があれば、話しやすいほうの魔法使い殿に訊いてみるか……)


 余計な手出しも、詮索も厳禁。辺境伯の命令に騎士団はもちろん、デマルシェリエに連なる小貴族も恭順の意を示していた。

 未だにあの辺りをうろついているのは、あまり害のないどこぞの飼い犬だけである。数も以前と比べればだいぶ減った。残っているのは、おとぎ話の魔女という触れ込みが何かの隠蔽工作ではないかと深読みした一部だけで、総じて躾が行き届いている。


《時間は有限です。本題に入りましょう。グレン氏に頼み、この場を設けていただいたのは、情報交換の必要性が生じたためです》

「情報交換……」

《打ち切りになった捜索の件。私達はあれに関わっていました》


 特大の衝撃が走った。

 そうではないかと薄々勘付いていた者は少なくない。が、今まで確証は得られなかった。

 全員が己の耳に全神経を集中させる。


《当時何があったか、詳細をお伝えしましょう。代わりにあなた方には、イルハーナム神聖帝国について教えていただきたいのです》





◆  ◆  ◆





 黎明の森には、変わったキノコがある。その名を【夢見茸(ユメミダケ)】といい、風もないのにふよふよピョコピョコ揺れ、気に入った相手が接近したら自発的にもげてくれる不思議かわいいキノコだ。

 超のつく稀少な薬の素材になるやつらを、今日も今日とて収穫? しながら、ふと魔が差した。

 ――このコたち飼えないかな?

 もげた後は昇天して動かなくなってしまうキノコ達が、もげてもピコピコ足を生やして歩けるようになったりしないかな、と。

 頭の中の薬草知識、調合知識その他を掘り返し、あれとこれをそんなふうにしたら出来るかも? と思いついてしまった。


「万年樹の根元の腐葉土に、無水カフェイン配合の目覚ましドリンクとこの薬液をかけて、魔素を濃いめにまんべんなく馴染ませて……うむ。あとは、医療用の再生細胞をちょこっと注入したキノコのご遺体を――ってああああ!?」


 すすすと近寄ってきたBeta(ベータ)氏に、どがらぐしゃああ!! とひっくり返されてしまった。


「何をするBeta(ベータ)君!?」

《すんまセ~ン。ボスから速やかに阻止シロって命じられたモンで》

「――ARK(ボス)か。いや、誤解してくれるな。私は決してよからぬ意図をもって新たなる生命を生み出そうと画策したのではない。ちゃんと最後まで匙を投げずに面倒を見るつもりだったさ。話せばわかる。早まるのはよすんだ」

《いいえ。小鳥(わたし)の地位を(おびや)かすマスコット的愛玩生物の創造は看過できません》

「嫉妬か!!!」


 おまえがいつマスコットになった!!?

 抗議は黙殺され、盛大にひっくり返された大きめの植木鉢と中身は、Beta(ベータ)君にちゃきちゃき片付けられてしまった……くそう。

 いや、もうやらないから。つぶらな瞳でジッと見つめないでくれたまえ、小鳥よ。とても怖い。


 さっさとリビングルームへ連行され、心なしか不機嫌そうな小鳥から、お出かけの結果報告を聞く。

 いつも〈スフィア〉の中では滅多に出てこないのに、存在を主張する小鳥に冷や汗が止まらなかったのは内緒だ。もしかして本気でマスコットのつもりで……いや、突き詰めてはいけない。知らないほうがいいことは世の中たくさんあるのだ。

 冷静になろう。Alpha(アルファ)の淹れてくれた紅茶は美味しいな。


《デマルシェリエは強者や実力者を尊ぶ傾向の強い土地柄です。大概のものは受け入れられる懐の深さがあり、排他的ではなく、来るものをいちいち拒みはしません。その代わり、馴染めるかどうかは別の話というわけです》


 黎明の森の魔女と私、二人の魔法使いは、無事強者へ分類してもらえたらしい。

 敵に回すのは得策ではない、手を組むほうが望ましい対象として。


《グレン氏の口添えも有利に働き、情報交換はつつがなく終了いたしました》


 ARK(アーク)氏が記録映像を映し出す。

 こちらから提供した情報は、あのちびっこ達を保護するに至った経緯だ。王家の使者が噛んでいた違法奴隷の密輸出、それも〝商品〟が伝説レベルの灰狼のちびっこ達と、神話レベルの精霊族のちびっこ達だった件に話が及んだあたりで、肝の据わった騎士達が絶句し、土気色の顔に。

 馬車の行き先が停戦中のイルハーナム方面であり、かつ、ドーミアにきなくさい連中が相当数もぐり込んでいたため、精霊族のちびっこ達は森で一時的に保護することにした。

 そしてウォルド氏については省き、密かに親が迎えに来たので戻してやったことだけ説明すると、会議室の面々があからさまにほーっと息を吐いた。


《なんという……》

《とんでもない真似をしでかしおって……》


 わかる。いらんことをした連中のせいでとばっちりを食らう、不肖〈東谷瀬名〉も社会人時代にありましたとも。

 私がやったわけじゃないのに、坊主憎けりゃ袈裟までのマインドで、私ごと怒られたんだよな。そこで私のミスじゃありませんと言おうものなら角が立ちまくるから、ぐっと我慢するしかない。

 灰狼の群れが子供達を取り戻そうとしているところを、もし最初に私達ではなく辺境騎士団が見咎めていたら。そして、知らずにそれを阻止してしまっていたら、修復不可能なまでに拗れていたはずだ。

 辺境騎士団もエスタローザ光王国も区別なく、まるごと敵視されてしまったかもしれない。


《我々はあなたに信頼していただけたと、そう受け止めていいのでしょうか?》


 尋ねたのはセーヴェル団長だった。きりりとした女性騎士様は本日も麗しい。

 隣席の青年が心配そうにしているけれど、紫がかった黒髪の結構な美青年で、金髪のセーヴェルさんと並んだらなかなか絵になるなあと呑気な感想を抱いてしまった。


《ひとまずは》


 なんて偉そうなんだこの魔女は。小鳥さんそのままではないか。私がこれと同類だと誤解されたらどうしてくれる。

 遺憾の意を表明したかったが、あいにくこれは記録映像。もう終わってしまったことなのである。

 しかし、そうではないかと思っていたけれど、あの時期のドーミアに変なのが流入していた事実を、カルロ氏達はちゃんと把握していたようだ。ただし目的がいまいちはっきりしないから、泳がせて様子を見ていた。


《不審な輩の撤退を確認し、子供達も安全な故郷へ帰しました。ゆえに、そろそろあなた方にお伝えしても良い頃合いだろうと判断したのです》

 

 魔女がそう説明すれば、彼らは一様に納得し、もっと早く教えてくれよと文句をつける者はいなかった。


《知らぬ間に、我らは助けられていたのだな……感謝する》


 辺境伯がしみじみと呟いた。下手をすれば、国の阿呆のやらかしのせいで、灰狼や精霊族との全面戦争に巻き込まれかねなかったのだ。


《イルハーナム神聖帝国について訊きたいとのことだったな。可能な限りお答えしよう。何が知りたい?》


 


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