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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
嘘と真の境界線
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61 とにかく練習してみよう

ご来訪ありがとうございます。


 詐欺の手口で極悪魔導式を仕込まれた日から、毎日ひたすら練習を繰り返した。

 何ができて何ができないのか、日頃からちゃんと確認しておかなければ、いざという時の大惨事が怖いので仕方ないのである。

 実際、これは私自身がというより、この世界の魔術士すべてにとって理不尽なシロモノだった。

 いずれ魔力を細かく分解する研究が進み、測定装置の開発なども行われるようになるだろうけれど、魔力より小さな魔素を操る技術なんて、果たして何百年後に出現するものなのだろう。そんなものをポンと発見し、ポンと私に与える小鳥さんが一番アレなのは言うまでもなかった。


 魔力のない私は、ここで生きる上で、本来ならかなりのハンデを背負っていたはずだ。以前の〈東谷瀬名〉と基本性能のまったく同じ肉体で誕生していたら、本気で〈スフィア〉から一歩も出られなかったんじゃないかと思う。

 困った時には何かしら(さえず)ってくれる小鳥がいて、天然の防犯設備〝迷いの森〟があり、その奥の巨大真珠もどきの要塞に住み、万能お手伝いさんが世話をしてくれて、年中豊作の畑や果樹園のおかげで食べ物には困らない。これらがあって、私はようやく人並みの――…………人並みの? ひとなみ…………いや、うん。あとで単語の意味を調べ直しておこう。

 要するに、うちの小鳥さんは少しばかり過剰にやり過ぎなのだ。


《ですがこちらの魔術にしても、才を持たずに生まれた人々からすれば、たとえ低ランクでも充分に理不尽なものに映るでしょう》

「そうなんだけど」


 目の前にぽわ、と水球を浮かべ、熱を奪えば丸氷ができた。グラスの中に投入すれば、空のグラスが小気味よい音をたてた。

 この氷を食べても問題がないのは知っているけれど、まだその勇気が出ない。


《一部の方々は努力をされているようですが、大半の魔術士は才能に胡坐をかいております。マスターがお気になさる必要はありません》

「それ言われたら、確かにそうかもしれんけどさ」


 強い魔力持ちはだいたいが貴族だ。独自の研究にのめり込んだり、討伐隊に好んで加わるような者は変人扱いされる。彼らは根本的に貴族社会のルールで生きていて、才能をいかにスマートにひけらかすかが重要であり、努力が嫌いであり、労働は屈辱だ。

 なら宮廷魔術士団は普段何の仕事をやっているかといえば、薬品や魔道具関連の研究開発だ。一応ノルマはあるものの、面倒な作業は弟子や従僕にやらせ、ゆったりお茶を飲むか読書をするか派閥争いに精を出すか、気ままにやっているそうな。

 有事の際、彼ら自身が戦場に出ることは滅多にない。彼らは非戦闘員だからだ。強力な攻撃魔術を扱える者でさえ。


《低レベルでも魔術士は魔術士です。たとえ出世できなかったとしても、持たざる者より有利なのは変わりありません。にもかかわらず落ちぶれる方々は、ほとんどその方々の自業自得です》


 辺境騎士団や討伐者ギルドの魔術士不足は、以前からよく聞いている話だ。募集に対して応募が少ない上に、やっと採用できた者は求められた仕事をろくにこなさない、こなせない。しばらくすれば、クビを切る前に向こうからさっさと辞めてしまう。

 俺はこんなところでくすぶっていていい身分じゃない、俺を正当に評価しないおまえ達が悪いんだと異口同音に言い放って。


「うーん。長年血を吐く努力してきた人が相手なら、こっちも謙虚になるけどさ。吐くのは捨て台詞、初っ端から努力放棄がデフォルトとなれば、そいつらの胸中なんぞ気に留めてやらなきゃならない謂れなんてないよねとしか」

《その通りです》

「ありがとう。小鳥さんの肯定が力強くて、何故だろう、不安になってきたよ」

《心外ですね。――チェック》

「あっ、きさま!? もしやナイトをあの位置に進めたのはこれが目的だったのか!?」


 その後しばらく無駄な抵抗を繰り返したが、巧妙に張り巡らされた罠を破ることはかなわず、チェックメイトに追いやられた。





 来る日も来る日も練習、練習、また練習。

 つらいかと問われれば、何故そんなことを訊かれたんだろうと首を傾げるしかない。


「世の魔術士の皆様、どうしてこれを面倒だとか言って嫌がるんだろう?」


 彼らの魔力が無尽蔵ではなく、途中で何度か休息を挟まねばならないとしても、飽きる・疲れる・面倒というご意見にはまったく共感できなかった。

 あるのが当たり前の状況に慣れ過ぎて、有難みや楽しさが実感できないというやつだろうか。

 魔力切れに関しては、魔力回復薬を自分で調合すればいいではないか。薬師も立派な仕事のひとつなのだから。

 ところが、それさえも嫌がるらしい。そんな地味でつまらない作業などせずとも、回復薬は店で売っているからと。

 そうして、金銭面で余裕のある家の子息令嬢が有利になるわけだ。


「調合、楽しいのにな?」

 

 日中は〈グリモア〉の練習に費やし、日が暮れ始めてからは回復薬の調合その他、趣味の時間に没頭した。

 増えに増えて一向に減らない薬棚を見渡し、


「こんなにあっても回復薬99個とか持ち歩けんよな……」


 我に返って呟いたりもしたが、まあ楽しい趣味なので続行する。

 空間魔法と呼ばれるものが存在せず、容量ほぼ無制限でものを持ち運べるマジックバッグなどはあいにく存在しなかった。求む、インベントリ。


 ちなみにライフルの訓練も続けている。

 なんというかこれは……やばかった。

 この手の武器は、引き鉄を引くだけで容易に敵を倒せる手軽さが、傷付ける行為への抵抗感を薄れさせてしまうのが欠点といえた。ところが魔素の動きが把握できるようになってから、肌にびりびり伝わる感覚が段違いになった。

 これは玩具ではなく凶器なんだと。


 蠍の尾のようにアームガードから伸びて、以前より少し重く感じるそれを今までと同じように構える。今まで通り銃床はあり、肩の付け根に当てる姿勢は変わらない。ブレずに安定するので、実際このほうが撃ちやすかった。

 射出される魔素弾が反応を起こし、きらりと閃く。前はなかった風を切るのに似たヒュンヒュンという音が耳をかすめ、身体に伝わる反動は、前よりも重い。

 煙は出ず、視界は晴れている。熱もない。けれど若干、ほんのかすかに、銃口付近の空間が歪んだようにも見えた。


「両手に一挺ずつ出して撃つのは無理っぽいな。扱いきれんわ」


 危機的状況で、戦闘時にこれを使うか否か?

 もちろん、状況次第で使う。例えば魔物の群れに遭遇し、出し惜しみをしている間に食い殺されるなんてまっぴら御免だ。指の爪をうっかり数ミリ割っただけで、涙が出るほど痛いのである。全身をむしゃむしゃ食べられるのは、超絶に痛くて怖いに違いない。

 万能のように思える〈グリモア〉にも欠点はあった。発動前のイメージがあまりに不完全だと、まともに形を取らない点だ。

 慌てまくっている状況下で、咄嗟に制御できるかどうか自信はない。直前の精神状態に左右される。

 対して、〈フレイム〉は欲した瞬間にもう使える。身体が憶えているので、ほぼ無意識に構えて狙いをつけられる。

 タイムラグがない。むしゃむしゃ食べられるか否かの瀬戸際で、この大きなメリットは捨て難かった。


 さて、狙撃モードはどうか?

 …………。


「ヒキツヅキ エイキュウフーイン スイショウ」

《何故ですか》


 不思議そうに訊くんじゃありません。

 

 いや、だって。

 あんな大量の魔素があんな小さな弾の形にギュっと凝縮され、あんな速度で撃ち出されたのに、衝撃波っぽいものが前とほとんど変化がなくて逆に怖い。


 これが狙撃用だと?

 城攻めだ、城攻めに使えてしまう。

 私に何をどうしろと? むしろ私をどうしたいんだ小鳥よ?


 そ、とアームガードの中に消し、忘却に身を任せることにした。





 さらにおよそ一ヶ月後、円形闘技場ならぬ訓練場を出て、森で試すようになった。

 つまり、一ヶ月もずっとひたすら訓練場だけでやっていた。常時結界が張られている安心安全な訓練場を出る前に、徹底的に制御方法を身に付けておきたかったからだ。


 この選択透過シールドの凄いところは、魔素や普通のそよ風などをそのまま通過させるのに、〝魔法に該当する現象〟を通さない点である。それを真似て、魔素や魔力の流れを外に漏らさない隠密シールドもどきを自力で張れるように頑張ってみたのだが、想像以上の難物だった。

 どの程度の強さ、厚みをもたせるのか設定しなければならなかったし、どの程度の広さまでなら充分に役割を果たせるのか、丁度いい塩梅を見極めるのにかなり手こずったのだ。

 〈フレイム〉のアサルトシールドが魔素の霧で私を保護しているけれど、これは自動展開なので、広さや強度が自由にならない。


 解決法はあっさり見つかった。

 ぶっちゃけ、成功の鍵となったイメージは〝スライム〟だ。

 この世界のドロドロネバネバな魔粘性生物ではなく、親しみやすいプヨン、ポヨヨンな、悪いモンスターではないほうのスライムである。

 物理攻撃無効・魔法攻撃無効の優しいビッグなスライムさんに包まれて、身の危険から守ってもらっている――ためしにそんなイメージをしてみたら、イメージ通りの結界を張るのに成功した。

 成功してしまった。

 それはもう、あれほど手こずったのはいったい何だったんだというぐらいにあっさりと。


「ここのスライムも、ぷるぷる震えながらなかまになりたそうにこっちを見てくれるタイプだったら……いや、もうよそう」


 この世界の魔術士にとって、結界とは〝己に害をなす力をはじく壁〟であり、強い魔力を込めるほど、より強固な壁となる。それに対して私の結界は、壁にもできるし、貫通できない柔軟な膜にもできる。

 アサルトシールドは攻撃を弾く盾だ。攻撃と判定されなければすり抜ける。そういう、すり抜けてくるモノや者にも対処が自在になったのだった。

 ちなみに〈スフィア〉のシールドには本来、魔素や魔力を判別する力などなかった。当たり前である。

 どこぞのA博士がいつの間にやら改良を加えたらしいが、ドーミアさながらの守護結界を自前で用意するとか、つくづく怖い御仁である。


「それはもういいとしてさ。――なんで空飛べないわけ?」


 水や氷を浮かせることができるなら、同じ要領で空飛べるんじゃないかしら!?

 と大いに期待したのに、何をどうしても飛べない。

 まったくもって全然飛べない。


 手作りパラシュートをひろげ、下から強風を送り、ゆっくり浮き上がったり着地したりはできた。しかし、浮かび続けることができない。

 そのほか球体に設定した結界の中央に、つねに自分がいるようイメージすれば、足が地面から離れ、浮かんだ場所で固定されたりもした。

 でも違う。これもあれも〝飛ぶ〟というのとは根本的に違う。

 そうじゃない、そうじゃないんだ。求めているのはこれじゃないんだよ――


《浮かせることができるのは、マスターが魔素によって出現させた現象に限定されているようですね》

「えぇー、なにそれ!? あんたは飛べるのにー!?」

《鳥ですので》

「ずーるーいーっ!」


 反重力をイメージしてもうまくいかなかった。どうやら〝飛翔〟や〝飛行〟という行為自体に何らかの制限がかかるらしく、〝本来飛べない仕組みの生物〟や〝物体〟が飛ぶことはできない、何らかの(ことわり)が働いているらしい。

 なんなのだそれは。


《ここでも熱せられた空気は上に昇りますが、小型の熱気球を作成し、実験してみましたが浮かびませんでした。ヘリウムガスを詰めた風船も同様、空気より軽いか否かではなく、飛ぶべきものとそうでないものが分類されているようなのです。が、この鳥型子機だけでなく、EGGS(エッグズ)の飛行にも支障がありません。限りなく〝鳥〟に近い条件とはどこまで適用されるのか、鳥型でなくとも飛翔できる生物は存在するのか、今後も調査を継続いたします》

「頼んだ」


 ロマンより現実をとる女の端くれだって、自由に空を飛べるものなら飛んでみたいのである。


《ところでマスター。チェスをしませんか?》




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