59 ヒマを持て余した小鳥さんの工作
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最後のワームが地響きを立てながら地に落ちた。
腹と頭部が切断されていてもなお痙攣が続き、やがてそれがなくなった後も、油断せずにしばらく息をひそめて様子を窺う。
「……やったか」
誰からともなく息を吐き、ドーミア騎士団長セーヴェルも武器の構えを解いた。
ただし、警戒は解かない。知恵ある魔物は時に〝死んだフリ〟をする。こういう、一見知恵などありそうにない魔物こそ要注意だった。
強敵を倒したと思い込んだ瞬間、油断するのは多くの魔物にも同じことが言える。そして、獲物を油断させて捕獲するのは狩りの常套手段だった。
強い弾力で生半可な武器は跳ね返されてしまう皮膚を持ち、簡単には死なない生命力を誇る魔物は、緑色の体液をどくどく流しながら、やがて土気色になっていった。
「……皮膚が固まってきたな」
乾いて亀裂の入った大地のように。
こうなればもう完全に死んでいる。
「ローラン、どう思う?」
「やはりこれは、普段はマラキア山近くの湖沼地帯にいる奴で間違いありませんね。乾燥に弱くて、体液を一気に奪えば倒せるんですが、それが難しいんです」
「ギルドの連中が言っていた通りか」
デマルシェリエ領の西方にある、大陸有数の魔の山。そこにいる魔物のほとんどは、人里での目撃例がない。生息環境が適していないからだ。
もちろん中には気にせず人里まで下りてきたり、群れからはぐれて彷徨い込む個体もいるが、この魔物は明らかにそれには該当しない。
発見したのは経験の浅い討伐者パーティだった。身の丈に合わない領域まで踏み込んだかと思いきや、そうではなかった。
彼らはこの時期に大量繁殖する【奇岩鳥】の群れを狙っており、いつもの狩場に一羽も姿が見つからず、首を傾げていたらしい。
そこに、地面がうねうねしているのを見つけ、見たことも聞いたこともない巨大な、気味の悪い魔物が何匹も折り重なっているのを発見した。
「新米パーティが逃げおおせたのは、たまたまこいつらが満腹だったから、のようだな。意外と俊敏で手こずった」
「そのようですね。未消化の骨が腹から覗いています……おっと、鳥だけじゃなく熊の骨もありますよ。丸呑みにしたようですね」
「……我らの剣が呪式武器でなくば、こうなるところだったな」
デマルシェリエ騎士団は、一定以上の魔力値を示した者には、必ずと言っていいほど呪式武器――魔術式や魔石を組み込んだ武器を支給される。通常の剣より強力で価格も桁が違い、余所ではまったく支給されないか、良くて上位者に限定し与えられるものなので、およそ一割強が所持している辺境騎士団を他領の騎士が目にすれば、大抵が顔を引きつらせるのだった。
要するに、それだけの装備がなければやっていられないぐらい、この土地が危険であり、魔術士の少なさを武器の質で補っている面もあるのだが。
「これは季節ごとに土地を移る魔物ではなかったと記憶しているが」
「ええ、その通りです。こいつは泥土の中を泳いで獲物を襲うのを好みます。ひょっとしたら地下水脈を通って来たのかもしれませんし、あの牙で岩を砕き、酸で溶かしながら地中を移動するのもできないことではありません。ただ、普段こいつらが縄張りにしている場所に比べたら遥かに動きが制限されるし、食い物だって見つけにくい。こいつらにとって、この辺りは棲みにくいはずなんですよ。なんだって、こんな所まで来たのか……」
魔物達の縄張りが変化している。いないはずの魔物が移動してきている――討伐者ギルドからそんな報告があった。
王家の使者とその一行の捜索が、ようやく打ち切られたばかりだった。使者が密かに運んでいたらしい〝積荷〟は結局何だかわからなかったし、使者の護衛に選ばれた騎士も未だに〝誰だかわからない〟――公的には、近衛騎士団にも王都騎士団にも〝行方不明者はいなかった〟――というのに、「さがせ、さがせ!」とせっついてくるのだから、ふざけた話だった。
魔物に喰いちぎられたと思しき騎士服や装備などの一部は辺境伯が証拠として提出、その後王宮にも別の動きがあったようで、デマルシェリエ騎士団は不毛な捜索から解放される流れとなった。
裏でどんなやりとりが繰り広げられていたかは、セーヴェル達の知るところではない。
あれとこれの時期が重ならなかったのは幸いと言えた。おかげで無駄に人手を割かれずに済むのだから。
「こいつらだけではないかもしれん。当分はギルドと連携して動いたほうがいいな」
◆ ◆ ◆
「やっべ」
声に出してみて、飛び起きた。
気分的にそうしないと起き上がれそうになかったからだが、くらりと目の前が回り、ここしばらくの己の不摂生を実感する。
眩暈なんていつ以来だ……。
しぶとい、図太い、立ち直りが早い。周りからそう評価され続け、自分でもそう思っていた。
ところが私を襲ったのは、かつてないほどの鬱状態だった。
社会人時代の記憶にさえ、これほど底無しの鬱に陥った経験はない。
まともに食事をとらず、水分補給もせず、日よけもない夏の炎天下に長時間身をさらし続けて倒れた私は〈スフィア〉の治療室に運び込まれ、さらに前夜の睡眠不足が祟ってそのまま熟睡、夕方まで意識が戻らなかった。
私がそんなになるまでARK氏が放置していたのは、意識のある時に無理に連れ戻そうとしても、頑としてその場を動かないと踏んでいたからだろう。
AlphaとBetaも、その日はひとことも喋らなかった。
下手に声をかける行為も逆効果と判断したARKが、そう指示していたようだ。
回復して目覚めた後も、精神状態はどん底を這い、何をする気も起きず、ダラダラじめじめ鬱々と、延々ベッドの上で寝ころがって過ごした。
――たかが名前ごときで、あんなになるとは思わなかった。
自己紹介など今まで何度もやってきたのに、どうしてあの時に限って平静ではいられなかったのか。
この国の公用語でさらさらっと書いてやれば、それで済んだ。それだけの話だったのに。
翌日も鬱々ごろごろして過ごし、気付けば三日目の朝になった。
生活リズムが乱れ、また前日の夕食をとり忘れ、喉の渇きと空腹がひどい。
まる二日間ひたすら動かなかったはずなのに、全身に重石が乗っかったような疲労感を覚え、ようやく起き上がった、今ここ。
「いかん」
両頬をぱしんと叩いた。
これは、うっかり長期化させたら確実にまずい。
この疲労感の大半は、どう考えても精神面からきている。
じめじめ鬱々澱んだ空気を、多少無理やりにでも吹き飛ばさねば。
全身を包む倦怠感に初めて危機感を抱き、なるべく勢いをつけて立ち上がると、それを待っていたかのように、ARK氏が声をかけてきた。
◇
「……コレはいったい何かね?」
《先日開発に成功した〈精神領域刻印型魔導式〉、名付けてソウル・オブ・グリモワール・システムです》
「…………おいおいおいおおーいい?」
〈精神領域刻印型魔導式〉――長いから〈グリモア〉でいいや――知覚し得る範囲内の魔素を感知し、把握し、時に操ることができる優れもの。
魔素とは、魔力を構成する最小単位である。ひょっとしたらもっと小さな単位があるかもしれないが、あくまで現時点で観測し得るのは魔素までだった。
魔力とは大雑把に言えば、魔素がいくつも結合し、その個体が扱うのに適した形状、大きさになったかたまりのことを言う。私には魔素変換のための器官が備わっていないので、ARK博士はそもそもその必要がない方法を模索し、そして編み出したのだ。
魔素をそのまま誘導・結合させて何らかの事象を発生させ、逆に結合をといて魔力を魔素に還元し、発生していた事象を掻き消すことも理論上は可能となる、禁断の魔導式を。
「……なんだそれは」
この〈グリモア〉、いくら行使しても私自身はまったく消耗しない。私の保有魔力を消費するのではなく、世界中どこにでも漂っている豊富な魔素を利用するものだからだ。
《理論上はドーミアの守護結界を消滅させることも可能です》
「いいか? 世の中には人前で言っていいことといけないことがあって、それは断じてだめなやつだ。絶対にだめなやつだ。永遠に言うなよ?」
《かの守護結界は自動発動型ですので、一時的に消滅させても放っておけば再構築されますよ。なお、その際に生じるあなたの疲労度合いは、〝ちょっと頭を使って疲れたから甘いものが欲しいな〟程度と予測されます》
「うぉああぁぁあぁなんつーモノをおおぉ……!!」
皆様の心身と平和を守る結界様を〝ちょっと疲れたから甘いものが欲しいな〟レベルに貶めやがってええーっ!!
この人類の敵があああーっ!!
会得方法はとても簡単。特別な道具や呪文などは何も必要とせず、ただそれを記憶するだけでいい。
ただし問題は、常人の頭でこれをまともに憶えることなどできはしない点だ。膨大な量の文字や図式で描かれた魔導陣があり、仮にそれを現実に描き起こせば、この国がすっぽり入るほどの広さになる。見本を描くだけでもちょっとした大事業になるし、端から端まで歩くだけでひと苦労だ。
大国の領土まる一個分の魔導式とか、正気の沙汰じゃないと思う。
魔導式として機能させるため、古代語を始めとする魔術言語が要所に組み込まれているほか、アルファベットやアラビア数字やローマ数字や各種記号やひらがなやカタカナや漢字なども使用。それらはまるで何かのプログラムのように書かれているというか、どう見てもプログラムだった。
剣と魔法の世界の魔導式をコンピュータ言語で書くとか、ARK博士の中で一体なにが起こっているのか凡人には理解不能である。
コレを完璧に憶えろと? 無茶を言うな。
無茶が実現した。
おなじみ補助脳経由の反則的記憶法である。
もちろん寝込んだ。
せっかく起きたのに。
道理でAlphaに私の好物をたくさん作れとか、デザートを豪華にしろとか指示してくれたわけである。
うまいものたっぷり喰って外走ってスッキリしてこい的な、善意解釈してた己の甘さが憎い……!
しかも脳に完全記憶として叩き込まれた後で、それの正体を明かされた。つまり事後承諾である。このやり口は詐欺だ。紛うことなき詐欺の手口だった。
ちなみに〝知覚し得る範囲内の魔素〟とは、〝視界の中の見渡す限りの範囲内にある魔素〟のことである。あくまで距離の目安なので、目を瞑れば魔素を感知できなくなるといった性質のものではない。
ドクターA氏の暴走はそれだけに留まらなかった。
「……コレはいったい何かね?」
《調整がほぼ完了いたしました。魔改造式魔導杖内蔵型アームガード〈フレイム〉です》
改造って言ったじゃん!?
それもう〝調整〟じゃないじゃん!?
これはだな、例えばライフル出してみるとだな、今まではアームガードと武器が分離された形で出現していたわけなんだが、それがなんかみょいんと蠍の尾みたいにくっついて伸びて一体型になっているというか、全体的なフォルムもそれに合わせて凶悪さ倍増というかだな、あれだ、軍事ロボとかサイボーグなおっちゃんの肩とか腕あたりからウイインと出てきたり、たまに腕そのものが変形するやつ。
弾はどこにどーやって仕舞ってるんだとか、あんだけエネルギー放出してんのに熱処理どーなってるんだとか、もはやトリガーなくてもいいだろこれ、何言ってるんだトリガーはロマンだから残さなきゃダメだ、みたいな。
しかもだ。
内部で生成される魔素弾、魔素が集まって弾の形状をとり、撃ち出されるまでの流れが〈グリモア〉によって完全に把握できるようになってしまったらしい。
意識しなくても、〈グリモア〉が自動的に把握するので頭を酷使している感覚はなく、不要なデータの蓄積もないので負荷もかからない。射撃中の威力調整やセミオート・フルオートの切り替えも自由がきくようになり、武器やシールド展開時に心の中でいちいち命令を発しているイメージだったのが、〈グリモア〉との連携により認証時間が短縮され、要するに今までは微妙にあったタイムラグがほぼなくなった。
連射数も増えている。フルオートは今まで一秒間に五発、一分間におよそ三百だったのが、およそ千五百に。残弾や熱の心配は相変わらず無用、制限なく撃ち続けられるメリットが激増し、こんなもの一分間も撃ち続けてたまるか、何を撃てというんだ、おまえは私をどこに連れて行こうとしているんだ。むしろ今まではお試し期間でしたとでも言わんばかりであり、狙撃モードがどうなっているか確認するのがまた怖い。
ついでにアサルトシールドは、基本性能は変わらず、強度だけ増えていた。地味である。
盾一枚でミサイル一発分ぐらい耐えるそうな。地味?
ひとことでミサイルって言ってもいろいろあるよね、とかそんな問題じゃなかったね。
……おまえな、ARKよ?
チキンハートのたびびと・レベル1に最終兵器を与えるなと何度言ったら。




