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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
魔女の森と三兄弟
53/70

52 日常と生存のルール

気長に待ってくださる方、ありがとうございます。


なろうサイトの誤字脱字報告のシステムは便利だな~と思います。

最近のPCの変換機能、何故か学習してくれない気がしまして…。あっまたにんべんが抜けてるとか。

ぽちりで修正完了。助かります。


《きおつけてね》

《みんな、いいこしてゆから、しんぱいしないで》

《おやつみなさい》

「ああ。おやすみ」


 通信を切った。子供達の映像がふつんと掻き消え、


「――――」


 ぼふんと寝台へダイブした。

 なんだろう。

 単身赴任中のパパってこんな感じなのだろうか。


「パパがんばる……」

《グレン殿の慧眼に感謝ですね》


 小鳥さんのスルーはきっと優しさから来た反応なのだと信じる。そして完全同意だ。

 この部屋を借りる際、グレン様が盗聴防止の魔道具をオプションに入れてくれたおかげで、ちびっこ達とおやすみなさいの挨拶ができた。


 その昔、忠誠心を測る目的で、新婚・家の新築・出産という鬼なタイミングで他県や海外へ飛ばされた人々がいたらしい。〈私〉の時代でそれをやったら「いまどき忠誠とかマジで?」「不運~」などとせせら嗤われる案件だったが、我が身が似たような状況に置かれてみて、笑いどころがないとよくわかった……。あの時代の企業、よくそんな外道の所業がまかりとおっていたもんだな――


「っ!! 今揺れた?」

《二部屋向こうの住人が躓いて転び、立てかけていた武具を盛大に倒しました》

「――なんだ。びびった……」


 廊下がドヤドヤと騒がしくなり、「おい大丈夫か」「悪い悪い!」と聞こえてきた。

 遮音と防音の魔道具を稼働させていれば、仮に私が大声を出しても部屋の外にいる者には聞こえない。けれど壁や床を殴ったりすれば、その振動は建物を通じて別の部屋にも伝わる。

 ARK(アーク)さんならひょっとしたら、微かに伝わる声の振動パターンを解析し室内の会話内容を――いやそんな手間をかけずとも、その部屋まるごとスキャンして唇の動きを読んでしまえば一発かな?


「この国、プレートはどうなってるかわかる?」

《我々にとって幸運にして馬鹿げたことに、この大陸でその懸念はほぼ無用です》

「は? もしかして動いてないの?」

《動いてはおりますよ。ただ――》


 〝ぬるぬる〟動いているらしい。なんじゃそりゃ。

 プレート同士が長い時間をかけて少しずつぶつかり合い、沈み込み、時にズレたり跳ね上がったりして、大災害をもたらす。これの対策は大昔から避けて通れない課題だったのだが。

 ぬるぬるとはこれいかに?


《要するに摩擦がないと想像していただければ》

「え。この国の地面の中って摩擦がないの!? 鉱山の中でどうやって立ったらいいわけ!? 事故連発じゃん!」

《そうではなく。普通に摩擦は存在しますよ。ただ、反発が起きそうな箇所で、何故か和らげられるのです》

「なにそれ?」

《地中を流れる竜脈の作用のひとつです。血液のように世界中へ〝力〟を循環させると同時に、喩えるなら潤滑油の役割をする場面を確認しました。それ自体が液体に変わるのではなく、摩擦の強まる箇所一帯を変質させているようです。地表には多少の揺れとして伝わるものの、建築物が倒壊するほどのエネルギーは発生しません。にもかかわらず、伝統を重んじた歴史ある建物ほど不思議と耐震構造になっているのですがね》


 あんぐり。

 それ以外にどう反応すればいいのか。

 よかったな。よかったんだが、そんなんアリか?


「アリといえば蟻の巣……」

《突然どうなさいました》

「いえあの、ドームがですね。今思えば蟻の巣みたいだったなぁと……ちょっと違うかな? 今にして思えば、よくあんな怖いところに住めてたなと……」

《蟻の種類や巣の規模によって違いもあるでしょうが、そのイメージで遠くはないと思われます》


 ドーム同士を連結していた道は、地上のものがどんどん放棄されて地下へシフトしていった。

 その道には、一定以上のガス盛れや浸水などが確認されれば即座に下ろされる壁が数えきれないぐらいあった。日常生活でそれを意識したことはほとんどなく、自分の暮らしている場所は、何かがあればいつでも切り離される――閉じ込められる空間であることを、平穏な日々の中で常に意識する者は滅多にいなかったと思う。

 大規模災害や事故の被害を最小限に抑え、対処しやすくなるよう、ドームが際限なく拡張されることはなかった。否、できなかったと言うほうが正しい。自力で何かを考え、憶える努力を放棄した雲の下の住民は、あの中で悪い意味で生かされていた――飼い殺されていたのだなと思う。

 AIがあり、ロボットがあり、食糧生産工場があり、私達は自分達の存在意義が果てしなくどこにもないと気付きながら、あえてその事実から目を逸らしていた。

 本当はとうに閉じ込められていたのかもしれない。ごく限定された者しか地上を目にすることは叶わず、地球の利権を手にしている人々の大半は月に住んでいた。

 彼らは本格的に逃げ出せなくなる前に、着々と準備を進め、人々が現実を知る前に行動を起こした。


 倫理。

 私達が生存の権利を主張できる、それが唯一のよりどころだった。


「…………」


 アームガード〈フレイム〉のシールドは常に展開している。

 ライフルも展開した。これは見えないようにはできない。

 金色のワイヤーフレームが一瞬で浮かび、次の瞬間には照りを抑えた黒の銃身に、ベージュと金色のグラデーションの紋様が描かれる。


 す、と頭が冷えた。

 萌え萌え叫んでいても、こういうものを目にするたびに瞬時に冷静な自分が戻る。

 その引き鉄はとても軽い。それを既に人に向けて引いた。

 その上で、衝撃も恐怖も悲しみもない。戦闘時に覚えた気がする高揚感も、あの最初の一度だけで、あとはもう何も感じなかった。

 いや、それ以前にあれは戦闘ですらない何かだった。


 だから思う。これは要注意だと。


 銃床を肩の付け根あたりに軽く当て、右腕だけでライフルを構える。

 重さは感じない。これが普通の銃ではないからだが、私自身の身体にも原因がある。

 自分の片腕だけで4キロほどの重さがあり、オリジナルの〈東谷瀬名〉であれば、腕を長時間水平に保ち続けるだけでも困難だった。

 現在の私は、柄を含めておよそ100センチ、鞘から抜いた状態で約1.5キログラムとかなり重い魔導刀を片手で構え続けていても、疲労の蓄積が一切ない。

 このまま何時間同じ姿勢を保っていようと、私の身体が音を上げることはないだろう。飽きて嫌になる対策さえしておけば、本当にまったく疲れない。


 溜め息をついて、ライフルを仕舞った。


 殺傷能力の高い武器が日常の光景に溢れている世界で、強盗を前に「相手を傷付けるのが怖い」などとのたまう者は、頭を疑われる。

 私の魔導刀と変わらない長さの剣を平然と扱うグレンにしても、ならず者を血祭りにあげた経験はいくらでもあるはずで、彼ら討伐者にそんな台詞を投げようものなら、失笑を買うのはもちろん、相手によっては侮辱と受け止められかねない。


 だいたい私も、怖いわけじゃないしな。

 そう使うこともないと高をくくっていたのに、いきなりこれの出番が来てしまって、正直自分が思った以上にこの世界物騒だなと再認識しただけだ。

 自分が無傷なまま相手を戦闘不能にできる武器は、今後も使わない手はない。

 だから、これを使う時のルールを設けようと思う。


 一、己や知人の命が危険に晒されている時。


 これは基本というか当然だ。生きるために必要だからではなく、快楽目的で他人を生きたまま解体する異常者もいる。

 犠牲者はたいがい女性や子供、非力な種族だ。そんな外道に遠慮は無用である。


 二、領主法を守る。

 三、討伐者の俺達ルールをなるべく守る。

 四、町の皆様の井戸端ルールをなるべく守る。


 これも大事だ。きちんとその土地の決まりごとを守っていれば、いざという時に皆々様が味方になってくれやすい。

 逆に言えば、二から四を平然と破る輩を血祭りにあげても、よほどドン引きするような手段でない限り皆様から怒られにくい、と思う。


《王宮に出入りする不審人物のリストアップと行動パターンの分析が先ほど完了いたしました。およそ1キロメートル先から標的を狙い撃てる携帯可能な武器や魔術は人族(ヒュム)半獣族(ライカン)・その他種族いずれも現時点で確認できません。狙撃ポイント間の移動は魔馬を使うと仮定し、〈フレイム〉の狙撃モードを活用すれば半月もせず一掃可能です。いかがいたしますか》


 五、ドクターA氏の甘言にたぶらかされないこと。


 しまった、これが一番大事だったな。順番が前後してしまった。まあいいか。


 明日はグレン氏と食材市場めぐりをするのだ。ミルクとプリトロ鳥はいくらになっているかな。遊びではない、れっきとした市場調査である。私のごはんと子供達のお肉を定期的に仕入れるために、今後の節約は必須なのである。小鳥さんに訊けば一発だが自分の目と耳で調査することも大事なのである。

 ウォルドは別行動だ。どこへ行って何をするかは聞いていない。

 明日は結果待ちとなる。


 ――おやつみなさい。


 靴を脱いで掛け布にくるまると、ちびっこ達の声が耳朶をくすぐったような気がした。




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