51 進展
ご来訪ありがとうございます。
広さが違うと聞いたので、グレンの部屋にお邪魔させてもらうことになった。
確かに私の部屋よりも広い。全体的に豪華になっているかといえばそう変わらず、テーブルが大きくて椅子の数が多いぐらいだ。頼めば簡易ベッドを追加できるらしく、一人でもパーティでも利用できるようになっている。
そして盗聴防止の魔道具は最初からセットでついてくる。
大仕事を終えて贅沢感を堪能したい者は、宿屋街で上宿を探すのだそうだ。
「籠はそっちの隅だ。要らなきゃ後で放り込んどきな」
グレンが指差したのは、要するにゴミ箱である。
小さな編み籠が邪魔にならない場所に置かれてあり、入れていいモノは決まっている。
持ち帰り食品の包みだ。
屋台の食べ物を包んでいるのは、とある魔物の頬袋であったり、笹に似た大きな葉、何かの樹皮の内側にある薄皮を剥いだものだ。洗って自分が再利用してもいいし、使わなければ町中の至る所にある回収籠に放り込んでおけば、最終的に肥料などに加工される。
究極そのへんにポイ捨てしたとしても、そのうち微生物が分解してくれる。領主法で禁止されているから滅多に誰もやらないけれど。
この世界は〝法〟の重みが〝私〟の生まれ育った国とは違う。
領主とは土地の王だ。王が「やるな」と決めたことを破るには相当な覚悟が要る。
そもそも捨てずに再利用する人のほうが多かった。そのまま容器としてではなく、縫い合わせて小物入れにしたり、ベルトや留め具に加工したりと、ここの人々はみな器用だ。
物を大事に使い切るのが当たり前だから、自分が使いやすいように工夫する技術を小さな頃から身につけている。
もちろん全員がそうではないので、法が必要になるわけだが。
ポイ捨て禁止には町の美観を保つ以外にも重要な意味があった。
町は守護結界によって守られている。けれど小動物と変わらないレベルの弱い魔獣は、その結界に弾かれない。
暗がりに潜んで残飯を漁るのを好み、ポイ捨てされた容器などをむしゃむしゃ食べるそれらは、鼠によく似ていた。
劣悪な環境下の町や村であっという間に繁殖し、何が起こるかは推して知るべしだ。
≪この籠は忌避剤の原料になる樹木の葉で編まれていますね。消臭剤にもなります≫
むしゃむしゃ食べられないよう、獣の忌避する物質を生成し、獣の好みそうな臭いを消す。
もちろん限度はあるから、悪臭を放ち始める前に籠を交換する。
≪ARKさん、これ欲しい?≫
≪持ち帰りを希望いたします≫
中身ではなく外側のほうである。
籠本体はあきらめてもらいたい。
駄目ったら駄目です。じぃーっと物欲しそうに見つめるのはやめなさい。
「んじゃ、再会を祝して」
「再会を祝して」
「再会を祝して」
この面子で音頭を取るのはもちろんグレンだ。私とウォルドもそれぞれ酒杯を掲げ、口をつける。
ちなみに酒瓶は〝ガラスビン〟ではなく〝かめ〟だ。これも空になればご家庭で食品保存の容器に使ってもいいし、購入した店で回収してもらってもいい。ギルドの窓口なら有料で回収してもらえる。
「あ、美味しい」
「美味いな」
「だろ? ローグ爺さんの甥っ子の店で買ったんだけどよ、いい品置いてるぜ」
「ローグ爺さんの甥っ子て、鉱山族? それにしては酒精が……」
「奴の店は鉱山族専用の棚とそれ以外に分けてある。いわく、『水それぞれ違った風味があっていい』んだそうだ」
「水」
「水……」
酒造りは水が重要とかそんな話では絶対ないな。
これは断じて酒であって水ではないのだが、まあいい。
店名は〈酒処・妖精の遊び場〉――きゃっきゃうふふを想像して行ったら店主は小型筋肉のかたまり。手を伸ばす棚を間違えたら別の意味で痛い目に遭う店。
気を取り直して、楽しみにしていた屋台食だ。
形は違えどピザまんや肉まんに似たパン、具材を挟んで焼き上げたホットサンド、果肉やチーズを練り込んで焼いたおやつっぽいパン。薄焼きパンで巻いたおかずクレープもある。
肉肉しくて野菜が少ないのは仕方がない。肉以外ではイモ、豆、タマネギ、キュウリに似た何かがよく使われているけれど、すべて火が通っている。新鮮なものは市場か、場合によっては農村まで出向かなければ手に入らない。
その代わり、デマルシェリエ領では良質な岩塩が採れた。庶民用の食べ物でも、ほどよく塩気がきいているからどれも美味しい。加えて果樹が多く、果物が手に入りやすかった。デザートのオレンジに似た果物は、甘味は弱いが食後の口内がさっぱりした。
食べながらウォルドが近況をぽつぽつ話していた。グレンが話を振って答える形だったけれど、辺境に来る前の話もした。
とある土地で横暴な領主が、自領の清掃費を出し惜しみ、小型魔獣が大量発生したらしい。
町ひとつ焼き払う騒ぎになったそうだ。
「ひでえな。領主は?」
「厳重注意をされたもののお咎めなし、だそうだ。懇意にしている王族がいるらしい」
ウォルドは眉間にしわを寄せ、グレンが糸状に目を細めた。
私も多分いま、グレンと似た表情になっている。
勝手に担ぎ上げた王族の名を使う輩もいるだろうが、この国の王族は一部を除いてそれを許容している連中が大半だと調べはついている。
つくづく関わりたくない世界だ。
しかし、魔物か。
私、小鳥さんの索敵が完璧だから、本物の魔物って一度も遭遇したことがないんだよな。
記録映像ではいくらでも観た。けれどどんなにホラーばりでも、映像の中からこちらを襲ってきたりはしない。
本物はきっと、映像やゲームとは違う。
どんなに気を付けていても、交通事故のように出くわす可能性は今後もゼロじゃない。いざという時に、硬直したりしないか心配だ。
グレンの瞳がキラリと光り、私に目配せをしてきた。
うん、ちょうどいい流れかもしれない。
この部屋に入ってから、経過した時間は十分ほど。
あれほどあった食べ物が十分足らずですべて消えたのは何故だ、そんな謎をはらみつつ、「実はな」とグレンが本題に入った。
◇
「――とまあ、そんなわけだ」
語り終え、やりきった感の漂う笑顔になったグレンを、ウォルドは呆然と凝視していた。
私はそ、と瞼を伏せてお酒をひとくち。あっ、もうちょっとしかない。
「問答無用で巻き込む形になっちまったのは悪ィけどよ」
「いや、事情が事情だからそれは構わんが。神々に比肩する聖霊の眷属を奴隷狩りとは、とんでもないことを……」
うちのちびっこ達がウォルドに〝神様の親戚並み〟とお墨付きをもらってしまった件。どうしましょう。
加護持ちの神官騎士のお言葉は重みが違います。
「おまけに運び屋が王家の使者ときた。バレずに帝国へ運ばれてても最悪だったろうが、保護したのが別の奴だったら、馬鹿が対精霊族への人質に使おうとか言い出しかねねえとこだったぜ」
「森の魔女……グレンは直接話したということだが、どんな方だった?」
「直接つっても、姿つきの【遠話】ってやつでな。そりゃああぁもう、おっっっかねえ女だったぜぇ? 美人で丁寧だったけどよ、怒ってねえと見せかけて静かに毒盛るタイプの女? 胸はこんなんで、上品なご婦人ぽい衣装なんだが上から下まで真っ黒で、漆黒の髪がこんなふうに長くてよ――」
「――髪が長い?」
何故かウォルドが食いついて、私を見た。
うん? なにかな?
「あ……。いや、すまん。てっきり、くだんの魔女殿は、セナのように髪が短いのだとばかり……」
「え?」
「は? んだそりゃ。俺ぁ白髪まじりの長い髪っつー想像してたぜ。実際は白髪の一本もなかったけどよ」
「いや、すまん。思い込みだった。その、どうも俺の中では、セナの印象で固定されていたようだ」
「謝ることはないけど」
つい素の口調で言えばきょとんとされた。
そういえば、ウォルドにはちゃんと確認していなかった。
「ごめん。口調、グレンには素で話すって約束したんだけど、ウォルドもこれでいいかな?」
「ああ、そちらのほうが俺も話しやすくていい」
よかった。
私もなんとなくウォルドとは話しやすい。口下手同士、波長が合うというか……しまった、こんなのと同類扱いしてごめんなさいと言いたくなってきた。
「……話は変わるが。セナは、デマルシェリエ特有の〝魔女信仰〟を知っているか?」
「変わった魔女が好まれるっていう?」
「そうだ。グレンも知っているだろうが、ここで広く知られる魔女のおとぎ話は、余所の土地にはない。それに余所では、若い魔女は大抵が敵として書かれる」
グレンが顔をしかめ、「アレが敵……」と呟いた。
なんだかすみません、アレの中の人が……。
「外から見れば時に〝信仰〟に映るぐらい、その魔女の話が地元に浸透しているのだ。大人が子を叱る時、『悪さを働いたら魔女に遊ばれるぞ』と言い聞かせるぐらいにな。もとはそういう土地の女神がおり、のちの時代に神話が形を変えて魔女と呼ばれるようになったのでは、という説もある」
「そうなの?」
「その説唱えてんの、神殿の奴か?」
「そうだ。だから神殿は、デマルシェリエの魔女の存在を好まない。『神々の系譜から存在を消された女神などを崇めるとは何事だ』という理屈で、俺としては言いがかりも甚だしいと思うのだが」
「ドーミアの神殿、そういうのが居そう?」
「いるぜ、一部な。その一部が厄介なのさ。ウォルドの知り合いもそうだろ」
「……間違いなく。あいつは、あからさまに騒ぎはしないだろうが」
サフィーク君ね。なんとなくだけど、「きみは自分が間違っていることを知らないんだね。可哀想だね。私達がきみに正しい道を教えてあげるよ」みたいな感じで迫ってきそうだなって、うわあああ面倒くさいな!?
神殿、いつか一度は見てみたかったんだけど、そういうのがいると思うとな。
「ぶっちゃけ、そんな女神いたのかよ?」
「いない。だから言いがかりなのだ」
「あ~、話聞かねえヤツな……」
加護持ちがそんなのいないよと断言しても聞く耳持たないのか。
ますます面倒くさいな。
「その〝魔女信仰〟に近いものが、実は…………精霊族にも、ある、らしい」
「初耳だぜ。――見たことがあんのか、知り合いがいんのか、どっちだ?」
「知り合いが、いる」
「マジか」
これは大当たりだ。グレン様々である。
「すまんがあちらからの許可がない以上、話せる内容には限りがある。だが今回は、彼らの同胞の子に関わることだ。おそらく彼らも子の捜索をしているはずだから、会えるのにそう時間はかからんだろうと思う。ただ、その方法については言えない。俺自身も彼らの住んでいる場所はわからんし、そこへ行く方法もわからん。こちらから連絡をして、彼らから返答があり、気付けばこちらへ来てくれている、という具合だ。それも、いつでも会えるわけではない」
「充分だよ」
「上々だな」
徹底した秘密主義、もちろんOKだとも。
連絡を取る手段がある、少なくともそれを知る人物に会えた時点で目的は大幅に達成されたに等しい。
「セナが言うにゃ、ここらへんに紛れ込んでた敵さんの一味は撤退したらしい。俺も、最近妙に臭ぇ連中が減った気がしてた。騎士団が捜査始めた直後にいきなり動いたら目ぇつけられっから、ほどほどの頃合いになって少しずつ引き揚げたんだろ。懲りねえ連中が舞い戻るには余裕があるはずだ。今のうちにささっとやっちまおうぜ」
「そうだな。すぐにでも」
「頼むよ。――そうだ、ウォルド。ウォルドから連絡しなかった時に、あちらからウォルドに声をかけてきたことはある?」
「いや、知り合いとえど、頻繁にやりとりのできる相手ではないからな。少なくとも今までは一度もなかった。何故だ?」
「人族の国で攫われたのを把握していたら、ウォルドに『見つけたら一報くれ』ぐらいは言ってきそうなものなのにな、と思ってさ」
「それは……もしや彼らは、攫われた事実をまだ知らないかもしれない……?」
「言われてみりゃ確かに妙だよな。一番厳重に守られてるはずのガキをどうやって攫えたんだ? 最悪の想像としちゃあ、そいつの住んでたところが小さな集落で、ガキども以外は皆殺しになってるとかだが」
「――――」
「――……」
いやまさかそれはないでしょ。
とは、ここにいる誰にも断言できなかった。
「そうだったとしても、別の村のガキなんぞ引き受けねえ、なんてこたねえよな?」
「あ、ああ。彼らにとって、同胞の子は等しく宝だ」
「じゃ、俺らのやるこたぁ変わらねえな。邪魔が入らねえようにガキどもを返す。そのための環境づくりってやつにせいぜい励むとするぜ」
周りをずどんと沈めておきながら、その一撃を投下した本人はあっけらかんとしたものだ。
酷い男だと思いつつ、「頼むよ」とだけ口にしておいた。
気付けば一年半ぐらい、外食も外飲みもしていないな…と思いつつ。
洋ものホラーはエグいか脅かすパターンが多いので怖いとあまり感じませんが、和ものホラーは画面から出てきそうなところが怖いと思います。




