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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
魔女の森と三兄弟
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50 ポジティブシンキング


 思い立ったが吉日とは、「何かをする気になったら即実行に移すべし。さもなくば永遠に実行できなくなるぞ」という、私みたいな人種のためにある忠告(ことわざ)だ。

 さあ久々に森を出るぞ、という段階になり、ふと思い出してしまったのである。


 お外こわい。


 前回の外出から間があいてしまったせいで、せっかく芽生えかけていた生身の他人とのコミュニケーション耐性がリセットされてしまった。

 ヒキコモリふりだしに戻る現象である。

 安心できるおうちから出て、これから他人のいっぱいいる所へ突入するんだなと思うと、急に怖くなってきてしまったのだ。


《勢いをつけて行くだけ行ってみれば案外なんとかなります。最初もそうだったでしょう》

「そ、そうだね、うん。つい変に考えるからブレーキかかっちゃうんだな。悪い癖だな」

《考えなしの行動は推奨できませんが、万事考え過ぎるのもよくありません。自己暗示的な〝呪文〟を設定し、心の中で唱えるのも一定の効果が見込めるでしょう》

「大丈夫大丈夫、なんとかなる、ってやつ?」

《はい。人によって効果をもたらす〝呪文〟は異なるでしょうが》


 ふむ、呪文か。


 …………。


 よし。

 もし怖いおじさんおばさんに絡まれても、ARK(アーク)さんと比べてどっちが怖いか? で乗り切ろう。


《そもそもマスター、倒せますよね?》

「倒しちゃいけないクレームおじさんとクレームおばさんの精神攻撃が怖いんじゃないか……っておまえ、実はやっぱり私の表層意識読めてるな!?」

《読めません。カマをかけただけです》


 しまった、自白を誘導された!?

 そんな一幕はあったものの、胸当てと多機能アームガード〈フレイム〉を装着し、剣帯に魔導刀、反対側の腰にウエストバッグを付け、さあゆくぞ! と己に気合を入れ直した。


「いってらっしゃい」

「いいこ、おるすばんしてゅ」

「きよつけて、ね」


 ――あ、やっぱりこの子達を置いて何日も出かけるなんてそんな――


《『このお姉さんころころ宣言を撤回する駄目大人なんだな』と認識されても構わないようでしたら、どうぞ。別にお止めしませんよ》


 さあ行こうか。

 私のやる気と時間は有限だ、消滅前に使い切ってしまわなければ。





 そんなわけで、久々のドーミアである。

 森からここに来るまでの間、見事に監視の皆様の姿がなかった。何かの罠を疑うのはもう私の習性だから仕方ないとして、美しい空を眺めつつ念話で呟いてみる。


≪平和だねえ≫

≪フラグですか?≫


 肩の定位置におさまった小鳥さんのそんな返しに、これなら大丈夫そうだなとむしろホッとしている自分に全力で突っ込みを入れたい。


 春の大賑わいに比べれば、人通りがかなり少なくなっていた。この国のお祭り期間は、冬の冷え込みが少なくなる春頃と、収穫をだいたい終えた秋の後半頃にあるらしい。

 かといって閑散としているのでもなく、腕に覚えのありそうな人々をよく見かけ、祭りの浮かれた雰囲気とは違い、身の引き締まるような活気があった。

 非戦闘員の商人や見物客が減った分、筋肉率が上がって存在感が増している説が浮上する。

 それから、騎士も傭兵も討伐者も、総じて高ランクになるほど体格が良くなる傾向にあった。これは単純に、稼ぎが増えるほど食べられる量が増えるからだ。

 健康的で顔色の良い者は稼いでいる、すなわち仕事ができる可能性が高い。種族の違いもあるから全員にあてはまる条件ではないにしても、依頼人からすればある程度は信頼のおけるバロメーターなのだそうだ。


 恫喝(どうかつ)して金品を巻きあげるチンピラの集団も、実際ムキムキなのはボスぐらいで、ほかの連中はヒョロヒョロというケースが一般的だそうな。

 みんなヒョロヒョロだから、ボスの筋肉がいっそう輝く。そしてボスは一番いいものを食べるから、素敵な体格も保たれる。

 仲間全員がいい体格だったら、討伐者登録をしてパーティを組むか、どこかの金持ちの雇われになったほうがいい。

 犯罪の取り締まりがちゃんと機能しているここのような土地では、特に。


 余談は脇に置いて、目指すはグレンとの待ち合わせ場所だ。

 討伐者ギルドと宿屋街は途中まで方向が同じだ。その分岐点に広場があり、さまざまな屋台が並んでいる。グレンとはそこで再会する予定なのだ。

 こそこそする必要はない。堂々と歩いていけばいい。

 挙動不審にしていたら、騎士から職質を受けてしまう。

 それでもつい目が合ってしまわないよう、騎士服が視界を掠めたら、さりげなく視線を外した。


 人が以前ほど多くないのは歩きやすいが、注目が集まりやすい意味で歩きにくい。紛れる森がないので一本の樹が目立つ。

 人の視線。注目。それこそが私にとって人生最大の強敵だ。

 大勢の視線が一気に我が身へ集中する事態になれば、嫌な汗が出て心拍数が上昇し、ろれつも回らなくなる。

 幸いここは人族(ヒュム)メインの町とはいえ、他種族や他民族風の人も結構いるので、私の装いでもあまり視線を引き寄せることはなかった。むしろ私のほうこそ、中世とファンタジーゲームの融合した街並みにテンションだだ上がりなので、じろじろ凝視しないよう気をつけねばなるまい。


 誘惑に耐えつつ広場に到着すると、そこには屋台を物色する猫様の姿が。

 ARK(アーク)氏からこっそり報告を受け、ちゃんと先に着いていると知っていたものの、いざ本物に会えると喜びがこみあげてくる。


「――おっ? よお、久しぶりだなあ!」

「ええ、久しぶりですね。これから夕食ですか?」

「おうよ。おまえさんは?」

「私もまだ食べていません。さっき町に着いたばかりなので、これから宿を探しに行くつもりなんです」


 これは予め打ち合わせておいた会話だ。タマゴ鳥を介して話したとはいえ、実際に会うのは久しぶりだし、私が宿をとらねばならないことも事実。


「ギルドに泊まってけよ、俺が口きいてやるからよ。それにおまえさん態度が丁寧だし部屋綺麗に使うからってんで、ギルド職員の好感度高いぜ?」

「そうなんですか? 照れますね」


 グレンがギルドの宿に誘導してくれるまでは打ち合わせ通りだが、好感度うんぬんはアドリブだ。自然にビックリしたし、嬉し恥ずかしい。


「ところでウォルドから聞いたんだけどよ、その口調って実は素じゃねえんだろ? 腹の読めねえ商人相手してる気分になって腰ムズムズすっから、俺にも普通に話せや」

「……そう? なら、そうするよ」


 これも打ち合わせ通りの流れだ。私がグレンとぶっちゃけたのは先日の通話時が初めてであり、以前は余所行きの擬態をしていた。

 久しぶりなのに突然くだけた口調になっていたら不自然だと、気付く者は気付くかもしれない。

 夕刻に向けて広場には買い物客の姿が多く、目の前の屋台の店主もしっかり聞いている。

 そしてこの会話の内容、二回目だろうと嬉しいものは嬉しかった。表情にあまり出なくとも、声にはしっかり滲み出ている自信がある。

 よって、勘の良い者が聞き耳を立てていたとしても、間違いなくバレない。

 おまけにグレン様はコミュニケーション能力のかたまりだった。あれが美味いぜ、このおっちゃんの店がオススメといろいろ紹介されているうちに、気付けばなんだか屋台のおじ様達の、私を見るまなざしが優しい……。


「頑張れよ坊や!」

「また買いに来な!」


 勧められるがままに買い込んでしまい、広場を離れる頃にはそんな声をかけられるほどだった。

 どうもグレンの将来有望な後輩君と勘違いされている。多分この装備も誤解に拍車をかけたんだろうな。


「客に戦える奴が多いもんだから、あのおっさん達も武具の良し悪しぐらいは判るのさ。ただ、さすがに〝格〟を見抜けるほどじゃねえ」

「ふぅん……グレン先輩ってお呼びしたほうがいい?」

「呼んだが最後、イェニーのやつが問答無用で討伐者登録しちまうぜ」


 ニヤリと断言されてしまった。やめておこう。

 イェニーお姉様に勝てる気はしない。


 話題のイェニーさんは、あいにく本日は休暇中だった。銀行員っぽい雰囲気の男性の受付員が対応してくれて、ハンターズギルドにいるのは受付嬢という謎の先入観が自分にあったことに気付かされた。

 グレンは一升ほどの酒瓶をかるく揺らし、グレンか私の部屋のどちらかで屋台メシを肴に飲むと匂わせ、遮音・防音の魔道具レンタルを頼んでくれた。以前私が二回ともそれを頼んでいなかったのを彼は憶えていたのだ。

 本当に巧いと思った。

 おまけに、私の部屋代を持ってくれることになった。

 いやいや自分で払うよと二~三回ほど抵抗したものの、グレン様の〝相手に罪悪感を抱かせないおごりスキル〟の前に敗北した。コミュ能力レベルSSS相手に、底辺どころかマイナスを這いずる私ごときが敵うはずもなかった。


≪マスター。そろそろ来ます≫

≪ああ≫


 この時間帯、〝彼〟はギルドに戻ってくる。グレンが事情を伏せ、「メシ食おうぜ」と約束しておいてくれたからだ。

 ローグ爺さんに関しては、偶然かち合いでもしない限り誘わない。酒瓶片手に鉱山族(ドウォルグ)を誘う猛者なんぞそうそういないので、何ら不自然ではないらしい。そうだろうとも。


「――お、着いたか。今日は迷子にゃならなかったみてえだな」

「グレン……さすがに何回も行き来していれば慣れる」


 バツが悪そうに苦情を漏らすのは、身体は大きく気は優しいの見本たるウォルドだった。

 

「セナもいるとは思わなかった、久しぶりだな。グレンと約束していたのか?」

「俺だって久々だぜ? 会ったのは屋台通りだ。宿屋街へ行くってんで、こっち来いやって連れてきた」

「そうだったのか」


 ――グレン、本当に巧い。

 完璧に嘘を見抜くウォルドとの会話方法を知りたければ、グレンを参考にすればいいとよく理解できた。まったく嘘をつかずに相手を納得させている。

 騙していないので、聞いている私も心苦しくなって挙動がおかしくなる心配もない。

 これはもし敵だったらかなり怖い相手だったろう。つくづく味方になってもらえて幸運だった。


≪あちらもマスターに対して同じことを考えておられると思いますよ≫

≪はい? なんでさ≫


 あの3DCG魔女は恐怖の象徴だったろうが、私は人畜無害だろうに。

 だいたい私の中にグレンへの敵意なんぞ微塵も湧く余地がないぞ。長靴(ブーツ)を履いた猫で、毛並みがキジトラで、キラリと輝くペリドットの瞳で、声はハスキーな重低音、出来る男な性格に至るまで、ことごとくが私の好みにクリーンヒットしているのだ。


≪それでも、万一グレン氏が敵に回った場合、真っ先に潰しにかかりますよね?≫

≪うぐ≫


 ――やばい。否定できない。

 強敵はこちらの被害が大きくなる前に速やかに潰す。こちらで暮らすようになった直後、ARK(アーク)氏から受けたこの世界の基礎知識講座でも、その主義を撤回する要素がなかった。

 むしろ完全無修正ノンフィクションR30血みどろ資料映像では、〝敵に対して無駄に躊躇ったり余裕ぶって恩情をかけたらこうなった件〟が山ほどあった。


≪グレン氏がマスターを気に入っているのも半分事実でしょうけれど、親しく接する理由の半分は危険回避ですよ。賢い判断です≫


 人畜無害を主張しているのに危険物指定されていた件。

 まあ確かに、純粋な好意だけであれこれ気を回してくれているとは、そんなに自惚れておりませんでしたよ!?

 自惚れてはいなかったけれど、「こいつキレさせたらヤベー奴だから優しくしとこ」と思われていたのなら、ちょっぴり切ない。くすん。


 でもまあ、好意半分もあれば上等か?

 だってゼロじゃないんだ。50パーセントもある!

 対人スキルしょぼしょぼの私にしては、むしろ快挙ではないか!?


 あ、そう考えたら別にOKな気がしてきたな。鼻歌を歌ってもいいぐらいだわ。


≪そういうところがですね……≫


 小鳥さんが何か仰っていた気もするが、私の意識は既にオススメ屋台メシの味へ想像をふくらませていた。




なんだかんだで前向きな人はそれだけで結構強いと思います。

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