49 魔女と猫氏とささやかな友情
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誤字脱字報告師様、いつも助かります。
《はぁ……えれぇことになってんだな。道理でここんとこ、騎士団の連中がクソ忙しそうにしてるわけだぜ》
聞き終えたグレンはどことなくゲッソリしていた。申し訳ない。
私も話しながら時々遠い目になりかけたしな。
ドーミアで食材を買い込んだ帰りに、半獣族の少数部族が貴人の馬車を追い回しているのをたまたま発見し。
馬車の内部に無数の弱々しい気配があるのを察知し。
遠目に王家の紋章が確認できたものの、どうも護衛騎士が騎士っぽく見えない。
こいつらニセモノじゃね? と半獣族に加勢してみれば、破壊した馬車から誘拐された幼児がぞろぞろ出てきて。
このちびっこ達も出てきて。
しかもちびっこ達は謎の悪質な呪いをかけられていた。
半獣族はさっきのグレンと同じ反応を示し、引き取り不可。
加えてちびっこ達に手を出した敵の仲間がどこにいるか不明なのもあり、黎明の森にて一旦保護。今ここ。
《よくもまあ一日ぽっちで、迷子のウォルドの保護から始まり、精霊族のガキの保護まで、そんだけのことがあったもんだな?》
「うん。私も説明しながら、何だコレはと改めて愕然としたよ……」
思い返せばほんの一日の間の出来事だったのだ。もし他人からこんな話を聞かされたら、「いやさすがに盛ってるでしょ?」と真面目に聞かない自信があった。
もちろん事実そのままは伝えず、脚色を加えたり省略した部分もある。
生体反応を感知したのは私じゃなく小鳥さんだったとか。
王家の紋章自体はきっちり本物だと認識した上で襲ったとか、その時の具体的な攻撃方法とか。
突っ込まれたら説明しようがなくて困る点はさりげなくぼかしたけれど、ほとんど嘘ではない。ウォルドは嘘つきを完璧に見抜けるらしいが、このグレンも負けず劣らず敏感なんじゃないかと踏んでいる。
けれどごくたまに隠す点については、わざわざ深く切り込んではこないだろう。それは誰しもが当たり前にやることであり、私もグレンもお互い様だからだ。
実害を被りそうなにおいがある時だけ、誤魔化しを許さない。
そして私はグレンを陥れる予定なんて、未来永劫これっぽっちもないのである。
《つまり、その呪いとやらはおまえさんでも解けねえ代物で、早くそいつらを仲間のもとへ帰してやりてえのに、敵がどこにいんのかわからねえから下手に森を出られねえ。だから俺に声かけたってわけか》
「正確には、敵が引きあげていくのがわかったから、やっと動ける頃合いになったって感じかな。問答無用で巻き込む形になるのは申し訳ないと思ったけどね」
《いや、構わねえよ。むしろそういう情報は助かるぜ。妖猫族もどっちかってぇと狩られる側だからな》
「……!」
ああ、そうだった。そうなんだろうな。
妖猫族の仔猫は超絶可愛らしかろう。
絶対、愛玩動物にしたがる変態が定期的に湧くんだろうな。
子供が奴隷狩りに遭った半獣族の被害は、妖猫族にとっても決して他人事ではないのだ。
《俺にこの話をしたってぇことは、合格点をもらえたって認識でいいんだろ?》
グレンが映像内のタマゴ鳥を見やった。
察しが良いし、話が早い。それに、その鳥が彼らの身辺を探っていたことには、当然もう気付いているだろう。なのに嫌悪の様子はない。
「その通り。知り合った人も含めて、可能な範囲で徹底的に調べて、グレンは奴らとは関わりがないと判断した。悪いとは思わないよ」
《当然だ。身内と知人は調査対象から外すような甘ちゃん、俺は組みたかねぇよ。命がいくつあっても足りねぇわ》
「そう言ってもらえるならありがたい。実を言うと、こそこそ調べていたのを嫌悪されないか心配してたんだけどね」
《俺は聖銀ランクなんでな、貴族の指名依頼なんかを受けることもある。そいつらが俺の背景を徹底的に洗わねえと思うか? 慣れてんだよ、んなこたぁ》
「なるほど、言われてみれば確かに。格好いいなグレン」
《はっ、褒めても報酬は減らさせねえぜ?》
もらうもんはもらうぜとキッパリ言い切るグレン、やはり格好いい。
《で、確認するが俺に頼みてぇのは、違法組織の調査のほうか? それとも、そのガキどもの仲間を探して渡りをつけることか?》
「後者だ。組織に関してはカルロさん達に任せる。本当ならデマルシェリエ騎士団にも協力を仰ぎたいところだったんだけれど、彼らはこの件で王宮から注目されててね。私は――私達は国の中枢から興味なんて断じて持たれたくはないんだ。だからこの子達の件は、グレンにしか話していない」
《そうかよ。国なんざ関わらねえで済むんならそれに越したこたぁねえよな、わかるぜ。んでカルロの旦那は、おまえさんがこれに絡んでんのは知らねえってことでいいか?》
「少なくともこちらから話してはいない。ただ、疑惑を持たれている可能性はある」
《旦那、鋭いからなあ》
「あと、話してもよさそうなのはグレン以外に、ウォルドとバルテスローグだ。いきなり全員に声をかけるのは難しかったのと、目立たない立ち回りが一番上手そうなのはグレンだったから、この二人についてはグレンの判断次第にしようと思った」
《そりゃ責任重大だ》
グレンは全然重大そうじゃない顔でヒゲを撫でながら、何かを思案する様子だった。多少持ち上げられた程度では飛びつかない、動揺しない。さすが最高ランクの貫録である。
《ちなみに、報酬はいくらで考えてる?》
「一人につき金貨20枚でどうかな?」
《俺とウォルド二人分、合わせて20枚。全額、成功報酬でいい》
「え!?」
えっ待ってください、減らさせねえぜと仰りながらいきなり半額? しかも前金なしで?
一人につき金貨20枚の場合、もしウォルドとバルテスローグの二人とも引き入れることになったら、最終的に金貨60枚が必要になってしまう。その時は前金として30枚を渡しておき、足りない分は依頼完了までの間に調達するつもりだったのだ。
ザルと思うなかれ、換金できるものが身近に結構あったのである。黎明の森は誰も足を踏み入れられない迷いの森であり、手つかずの珍しい薬草や素材の宝庫だったのだ。
「私に都合がよすぎないかな? どんな意図があるか訊いても?」
《まず、そいつらの仲間を探すこと自体は、そう難しいことじゃねえ。本人にはっきり聞いたわけじゃねえが、多分ウォルドの奴に心当たりがある》
「ウォルドが?」
《たまに精霊族の話題になると押し黙ったリ、微妙な反応になったりする。もしやこいつ、本物を知ってんじゃねえだろうな……ってな。つまり勘と言われりゃそれまでなんだが、もし見当違いだったとしても、別口で探す方法はある》
「別口?」
《俺の身内にちょっとな。ただしこっちは忙しいもんで、捕まえるのが楽じゃねえ。ウォルドが知ってたらそれで解決だしな。それが理由のひとつだ。もうひとつは、俺のほうからもちょいとおまえさんに頼みたいことができるかもしれねえ》
「私に?」
《――聞き捨てなりませんね》
いきなり画面が切り替えられた。グレンのほうに表示されている映像は、こちらでもチェックできる仕様になっている。
今、グレンの目の前には、闇のかたまりのごとき妖艶魔女が映っているはずだ。
こらこらこら、勝手に何をしているのかね!? 打ち合わせと違うぞ!?
グレンがめっちゃびびっているではないか!?
あっ、ちびっこ達まで怯えてる!?
《おっ、……お、おお、すまねえ。いや待て、怒んなよ、おっかねえ女だな……》
《報酬の減額を自ら提示し、その対価として無茶な要求を通そうとしているのでしょうか? もしや足もとを見るつもりではありませんよね? ――……蛙にでもなりたいのでしょうか》
《かッ!?》
こるぁ中の人――――ッッ!?
蛙はやめて!? やめてあげて!?
いやまさかほんとにできないよね、そんな真似!?
《待て待て話せばわかる!! つうか駄目なら断ってくれりゃあいいんだって!!》
《そうですか? 先に承諾させておいて、後から報酬以上の要求をふっかけてくる作戦なのかと思いましたが》
《違う違う!! ちゃんと先に話すってばよ!!》
《ふん……良いでしょう。話してみなさい》
ああああ、魔女様が冷ややかを通り越して極寒の吹雪を背負いながら目を細めていらっしゃる……。
ごめんよグレン……グレンは悪くない。悪くないんだ……。
これの正体を知っているはずのちびっこ達ですら、耳がへにょ、と垂れている。
《あー……、ちょいと先の話なんだがな。新人教育をギルドから要請されるかもしれねえんだよ。で、その指導役に、できればでいいんだが、セナの奴にも手伝ってもらえねえかな、と》
《新人の指導役を?》
《ワケありの問題児でな、いつも指導役を請け負ってる連中だと手に余りそうなんで、俺にお鉢が回って来そうなのさ。その場合はウォルドとローグ爺さんにも話が行く予定だ》
なんですと?
聖銀ランクを三名とは、贅沢過ぎないか?
《もし引き受けてもらえそうなら、俺がギルド長にセナを推薦して、そっから正式に依頼が行くことになるだろう。もちろん、その新人どもに会うだけ会ってみて、無理そうならやっぱり断ってもいい。セナは討伐者じゃねえんだから、俺らが何かを強制する権利はねえ》
《その教育とやら、厄介な仕事なのでは?》
《俺に回ってきたら厄介確定だな。今の指導役でなんとか方が付きゃあ、良かったなで終わる。だからまだ確定じゃねえんだ。ただ、いくら厄介でも新人教育だ。今回のこれに比べたら楽だろうとは思うぜ?》
《断っても不利益は生じないのでしょうね?》
《ねえよ。結論も今すぐ出せとは言わねえし。そうなってもあんたの弟子が不利益を被ることはねえと、俺の名にかけて約束するぜ。――弟子っつうか、ひょっとしておまえら姉弟かなんかか? 似てるしよ》
《……あなたには知る必要のないことです》
あっ、中の人ったら、そんな思わせぶりな言い方をして。グレンが何やらいろいろ想像をめぐらせているではないか。
《おっと、すまねえ。今のはナシな》
《ふん……》
魔女様はいかにも気だるげにひらりと手を振り、カメラは私に戻りましたとさ。
えーと、この後を続けろと? この空気で?
貴様こそ私に無茶ぶりが過ぎるぞ。
「…………ごめん」
《…………心臓がキュっと縮むかと思ったぜ》
「蛙はなんとしても阻止するから」
《頼む!! マジで頼むわ!!》
「任せろ」
本気で懇願されてしまった。うん嫌だろうな、私も嫌だ。確実に阻止するから安心してくれ。
「さっきの指導役の話だけど、もしグレンに今後要請が行くとして、どうして私にお手伝い希望なのか聞くだけ聞いておいてもいいかな?」
《おう。まず、そいつらは三人いるんだが、このうち二人が特に問題児でな。片方は剣士で、そいつは腕っぷしでいくらでもひねりようがある》
「うん」
《ところが、もう片方が魔術士なんだわ》
「――……へえ」
やばい。
それか。
《とっくに知ってるだろうが、この土地にゃあ魔術士が少ない。討伐者ギルドも高ランクが集まりやすいんだが、魔術の使い手はどっかの貴族のお抱えになったり、中央のほうに行っちまう。ここにいる魔術系の討伐者で、一番高い階位の奴は金ランクで第四階位なんだよ。で、聞いた話じゃその新人の階位はもっと高ぇんだわ》
「――……ふうん」
《そいつがプッツン切れても唯一対抗できそうなウォルドは、ハッキリ言って性格が甘ぇし、厳しくすんのが苦手な奴だ。俺に言わせりゃ、難あり新人の指導役なんぞ向いてねえんだよ。そんなわけで、おまえさんに助っ人頼めねえかなってな。ま、来るとしてもまだ何ヶ月も先だし、未定の話だしよ。考えるだけ考えといてくれや。それよか、まずはおまえさんの依頼が優先だからな》
「――……ソウダネ」
やばいです。私、なんちゃって魔法使いなのに。
でもそうか、そうだよね、知り合いが必要な特殊技能持ってそうだったら、声かけるだけかけてみようってなるよね。
「――……まあ、考えておくよ」
《おう》
とりあえずグレンへの接触は成功に終わった。
気難しい森の魔女の存在を印象づけるのも成功した。こいつは森から出しちゃいけないやつだと確信を抱かせるのも多分成功した、結果的に。
その後いくつかやり取りをして、通話を終えた。
その瞬間にガッと気力が抜け落ちたけれど、ちゃんといい子にしていたちびっこ達をよしよし褒めるのを忘れてはならない。
怖かったね、もう大丈夫だよ、私も怖かったよ。アバターが暴走したらこんな感じなんだね、ひとつ賢くなったよ。
電脳世界にダイブするゲームが開発された黎明期だったかな、プレイヤーの間で語り継がれている本当にあった怖い話、バグでアバター暴走事件をほんのり思い出したよ。
私の時代にはすっかりなくなっていたけれど、ホラー系のゲームでアバターが勝手に行動し始めて、ただのストーリー上の演出と思っていたら実は違っていたという。本当にバグだったのか!? 実は違うんじゃないか!? そんな事件。
「ARKさん」
《対処法を検討中です》
「さすがだ。ひとまずこの子達の件が優先でいいから」
《承知しております》
うむ、頼もしい。
これは断る口実が見つけられない意味で難しい依頼だ。実は私って第四階位より弱いの~などと誤魔化そうにも、じゃあ何階位ぐらいなんだという話になるし。
そもそも私、グレンと知り合ってからごくわずかしか経っていないのだ。だからいきなりこんな頼みごとをされるとは予想外だったし、ARKさんもそうだったんじゃないだろうか。
排斥されない程度に一定距離を保ちつつ――早々にそれがぶち壊れてしまった感がある。
幸い魔術に関する知識だけは叩き込まれているから、なんとかやりようはあるかもしれない。
グレンは、予定は未定と言っていた。引き受けるか否かは、その時またARK様のご意見を伺って決めよう。
他力本願? 問題の先送り?
現実逃避よりいくらかマシだろう。
他力本願で問題を先送りし現実逃避するコンボを華麗に決めなければ大丈夫だ。
多分。




