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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
魔女の森と三兄弟
48/70

47 朗報


 気付けば六月も半ば。

 数日前から灰色に濁っていた雲から、しとしと水滴が落ち始めた。

 今やそれは滝となって地を打ち付け、私とちびっこ達は朝から〈スフィア〉に籠もりきりになっている。


 ちびっこ達は物覚えが良く、言葉のお勉強はまったく苦ではないらしい。とはいえ、丸一日勉強漬けというのはさすがに可哀想だと思い、頭を使いつつ遊べる知育ゲーム的な何かをやればいいのではとリバーシを教えてみたら、あっという間にルールとコツを憶えてしまった。

 すぐに物足りない感じになってしまったので、これは難しいかと思ったもののチェスを教えてみた。

 保管室に眠っていた六ケタ万円はしそうな大理石のチェスセットを引っ張り出し、各駒の名称はキング→君主、クイーン→妃、ルーク→戦車、ビショップ→神官、ナイト→騎士、ポーン→歩兵とし、エスタ語に直訳。

 これもあっさりルールを憶えてしまい、好みに合致していたようで、今やすっかり夢中になっていた。


 チェスボードを置いているのはローテーブル。

 兄弟達はテーブルクロスの上に置いた小さなクッションにちょこんと座り、私はテーブル前のソファに浅く腰かけている。


()()()、つよいね」

()()()()より、すごくつよい」

「むてき」


 だよね~。

 たどたどしいエスタ語の感想に、つい深く頷いてしまった。

 王様(キング)の駒はチマチマとしか移動できないのに、女王(クイーン)は最強無比に動き回れるので、序盤でうっかり罠にかかって取られたら軽く絶望できる駒なのだ。

 兵隊(ポーン)の駒なんかは、敵の陣地の最奥に到達し、別の駒に転生でもしない限り後退が許されない。いろいろ深いゲームなのである。


「んと、……まほうつかい(れ・うぃとす)のコマは、ない?」

「きさき、いくさいかない、よね?」


 素朴な「なになぜどうして」攻撃が来た。

 しまった、そういえば私も、「なんで王様と女王様が戦場で同時に存在しているんだろう?」と首を傾げて調べた記憶があるのに、すっかり忘れていた。

 確かこの駒が女王(クイーン)になったのは後の時代になってからで、もともとは将軍を意味する駒だったか?

 そのほうが〝妃〟よりずっと自然だったな。そもそも騎士と歩兵がいて、将軍がいないのは不自然だろう。

 でももう〝妃〟って言っちゃったしな……。


 …………。


「この妃は将軍なんだ。――【将軍】、わかる?」

【しょうぐん!】

【なっとく!】


 ニコニコ笑顔で頷かれた。

 王の伴侶にして縦横無尽に戦場を駆ける女将軍。いいかもしれない。

 そういうことにしておこう。


【わかった! ()()()がへんしんするコマ、まほうつかいだ!】

「え!?」

【そっかあ、さいしょはかくれてるんだね!】

【てきのふところにはいったら、しょうたいをあらわすんだ!】

「…………」


 すごい! と手を叩かれた。興奮して古代語(エルファド)に戻っている。

 うん、まあ、そういうことにしておこう。

 敵陣の一番奥に到達できたポーンはキング以外のどんな駒にでもなれるんだけれど、十中八九みんな最強のクイーン選ぶだろうしな。チェスセットの駒の予備、クイーンの異常な多さが物語っている。だから戦局によっては、クイーンが二人も三人も存在するという展開にだってなり得るわけだ。まぁ滅多にないけれどね。

 もうこれ、変身したやつは〝魔法使い〟ってことでいいだろう。

 ルールや名称は土地や時代に応じて変わっていくものだし。――だとしたら神官の駒、回復とか防御とかやらせたほうがいいかな?

 魔術士の駒や弓兵の駒なんかも新たに追加して――って、そんなことをやっていたら収拾がつかなくなりそうだな。


《ハ~イ皆サン、フレッシュオレンジジュースをドウゾ~》

「お、ありがとうAlpha(アルファ)君」

「ありあとう~♪」

「ありやと~♪」

「わ~い♪」


 オレンジ100パーセントのジュースは、甘味料要らずでさっぱりと美味しい。


《それニしてもマスター、お強いですネ?》

「ん? そりゃあ三歳児相手だからね」

《でも三対一ですよネ。圧倒しないよ~に手加減しつつ、たっぷりじっくり時間ヲかけて最終的に必ず勝利するトカ、弱かったらできまセンよ》

「うっ! や、やっぱり大人げなかったかな? こーゆーの、わざと負けてあげたほうがいい……?」

《このお子様達にはワザとってバレるでしょーシ、よくないんじゃないデスか? 単純にマスターがお強いですネって話デスヨ。昔カラたしなんでおられたんデスか?》

「いや、全然? ゲーム機で憶えたんだけど、私の好みってRPGに全振りだったから、ボードゲーム系はあんまりハマらなかった。一週間ぐらいでやめちゃったかな」

《一週間? ……ソレにしてハ……》


 ちなみにチェスをやってみたかった動機は、駒が格好よくて「チェックメイト!」が格好いいからだ。しょせん私はその程度だ。

 対局の相手はもっぱらAI。レベル設定は〝天使かな?〟から〝鬼畜軍曹〟まであったけれど、鬼畜は頭をフル回転させて一局に一時間かけても勝てなかった。


《一度もデスか?》

「初期の駒の配置が決まってる旧ルールのやつは全敗。自分で配置決められる新ルールとかなら、たま~に勝てたかな。自由度高いぶん時間かかったし、勝率も低かったけどね」

《…………》


 リフレッシュしたくてゲームをしているはずなのに、終わった後の脳疲労がすごかった。長続きしなかったのはそういう理由でもある。私のおつむは単純明快で、あまり頭を使わないゲーム向きなのである。あと、爽快感味わいたさで天使を何度も倒すのに罪悪感を覚えた。

 今の私は若返ったようなものだし、ARK(アーク)製の補助脳が入っているから、鬼畜相手でも前より多少はマシな勝負ができるかもしれないけれど。


 ああ、でも……うん。

 キャッキャと楽しそうなちびっこ達を相手に指すのは、私も結構楽しいかもしれない。


 ちびっこ達との勝負、小鳥さんの台詞ではないけれどなかなか興味深いのだ。

 チェスボードは一セットしかなかったので、正しく三対一だ。彼らは三人並んで自分の手もと近くの駒を動かしているのだが、次にどう指すべきか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――このコマは?

 ――ううん、それだとあのコマにとられちゃうよ。

 ――それよりもこっちを……。


 彼らの視線は盤上の駒にそそがれ、アイコンタクトはない。なのに三人の間では意思疎通ができている。

 兄弟同士の対局でも、相手の手の内が読めて面白くないかと思いきや、どうもそれを逆手にとって撹乱しているふしがあった。なかなかどうして、将来が楽しみなお子様達であった。

 今は初期配置が固定の旧ルールでプレイしているけれど、いつか難易度の高い新ルールを教えて遊んでもいいかな。


 私?

 私は相手の一手を見てからその時その時で対処を決めるので、多分読めても意味がない。


「チェック」

「あっ!?」

「あ~!?」

「はなしがちがう~!?」


 ふっふっふ、回避してごらんなさいアナタ達。

 ところでノクト君や。

 「話が違う」なんてエスタ語、誰に教わった?



《マスター。朗報です》



 どこからともなく容疑者の声が響き、兄弟達の間に緊張が走った。

 Alpha(アルファ)Beta(ベータ)の存在にはすっかり慣れたようだが、ARK(アーク)のことはどうしても苦手らしい。

 ドクターA氏の実験体にされる恐れが減るので、警戒心を失わないのはよいことである。


ARK(アーク)さん、ちび達が怖がるから念話で頼むわ≫

≪承知しました≫

≪で、朗報って?≫

≪状況が動きました≫

≪なにッ!? とうとうか!!≫


 立ち上がりかけて、こちらをじっと見つめている子供達に気付いた。


「中断してすまない。用事ができた」

「あい」

「いいこで、あそんでゆ」


 天使かな?

 駒の配置は一旦リセットとなり、三兄弟が順番を決めるのを眺めながら、ソファの背もたれに身体を預けた。

 

≪この調子じゃ何ヶ月かかるかわかったもんじゃないし、もういっそ自分で動いて状況変えたほうがいいのかって思いかけてたよ≫


 己の食い意地もそうだが、何より三兄弟にかけられた呪いが問題だった。

 判明しているのは〝現状では打つ手がない〟という一点のみ。命のリミットが設定されている可能性は高く、急いだほうがいいのは明らかだった。


≪最終手段としては有り得ましたね≫

≪短気起こさなくて良かったかな?≫

≪そうですね。――辺境に侵入(はい)りこんでいた〝関係者〟の撤退が確認されました。同時に、この森周辺にいた監視者も姿を消しております≫


 つまり、ちびっこ達を狙いそうな連中が、危険を感じて引きあげて。

 皆々様の中で、私への――ひいては森の魔女に対する関心度が下がったわけだ。

 ずっと森に籠もったまま大人しくしている魔女の動向より、遥かに重要なことができたから。


≪注目がよそに向かった途端のこのこ出て来るんじゃね? っていう罠だったりして≫

≪辺境伯はそれを見越している風ですね≫

≪カルロさん絶対敵にまわしたくない≫

≪あちらも敵対意思はありませんよ。はじめにシロとお伝えした方々も含め、念には念を入れて追跡調査を行いましたが、現在も結論に変更はありません。事情がわかれば、デマルシェリエはむしろマスターの味方側に立つでしょう≫

≪マジで!? やった!≫


 それは朗報である。


≪ただし、辺境伯家は先日の件で王宮から注目されていますので、協力を要請するのは避けたほうがよろしいかと≫

≪だね。そうでなくとも、お偉いさんからせっつかれて忙しそうだからなあ。ほかに突っ込んだ話をしても大丈夫そうなのは誰?≫

≪ゼルシカ殿は辺境伯家と懇意にしておりますし、商売人という要素がどう転ぶか若干未知数です。諸々のしがらみがなく、割り切りがよく、仕事として引き受ければ真面目にこなし、コンタクトが可能な者はグレン殿。ウォルド殿とバルテスローグ殿に関しては、グレン殿の判断に従うのが正解でしょう≫


 この三名は悪友っぽい雰囲気だったが、三人ともが最高ランクの討伐者だ。

 たまに会ってご飯を一緒に食べる程度なら誰も気にしないけれど、いきなり常時つるむようになったらきっと目立つ。

 ARK(アーク)さんの言う通り、グレンに相談してみるまでは保留だな。


≪まず王家の馬車の件に関しては、第一王妃と第二王女フェリシタが動きました。王女の側近にラ・フォルマ子爵という男がいるのですが、暗部寄りの非常に優秀な人物で、王宮内の関係者をほぼ調べあげました。密かに運ばれていた〝積荷〟についても調べは及んでいます。あちらの捜査は一旦彼らに任せておき、我々は精霊族(エルファス)の件に注力して問題ないでしょう≫

≪迷宮入りにはならない感じかな?≫

≪させない感じで進めておりますね≫

≪やるなあ。――じゃあ私としては、まずはグレンからか。口止め料を兼ねた報酬、手つかずの金貨全部で足りるかな?≫

≪充分と思われます≫


 さて、ならばあとは、どうやってグレンにコンタクトを取るかだが。


ARK(アーク)さん。こういうのってできる? …………」

《――はい。可能です》


 よし。

 じゃあそれでいこう。




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[一言] 本人は頭悪いような事言ってますが、嘘だと声を大にして否定してやりたいですねw
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