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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
魔女の森と三兄弟
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46 魔女の森と三兄弟 (前)

ご来訪ありがとうございます。間があいてしまってすみません。


誤字脱字報告師様も感謝です。助かります。


 その子の名前はシェルローといった。

 歳は、おそらく三歳。

 弟が二人いる。


 一人目の弟はエセル。

 二人目の弟はノクト。


 兄弟なのに、全員同い年。


(どうしてだろう。こういうことって、よくあるのかな?)


 彼らを保護してくれた〝魔女〟は、「養子ならあるんじゃないか?」と言っていたけれど、三人はちゃんと血の繋がっている兄弟だった。

 人族(ヒュム)にはそういうことがわからないらしいけれど、彼らにはわかる。


 母親は、いると思う。でも名前がわからない。

 父親は、いると思う。でも名前がわからない。

 住んでいたところは……やっぱり、わからない。


 気が付いたら、三人でどこかをふらふら歩いていた。

 その前にどこで何をしていたのか、どうして自分達が三人ぽっちでそこを歩いていたのか、何もわからない。憶えていない。

 いきなり男達に捕まり、首輪をはめられ、檻に放り込まれた。そこには自分達以外にもたくさんの子供達がいた。

 みな、お腹がすいてげっそりしていた。男達はそれを見ても、にやにやするか無視を決め込むばかりだった。


(あいつら、みんなきもちわるかった)


 近寄られるだけで吐きそうになるぐらい、その連中は――何と言ったらいいのだろう。

 醜悪な〝心〟が臭ってきそうなぐらい、とにかく嫌な感じのする奴らばかりだった。


 シェルローとエセルとノクトも、どんどんほかの子供達のように、がりがりになっていった。


 ――ぼくら、どうなってしまうのかな。

 このままなんにもできなくて、なんにもわからないまま、ぼくらみんなしんじゃうんだろうか……。


 けれどそうはならなかった。

 魔女が彼らを助けてくれたから。


 魔女はさまざまな質問をしたけれど、シェルロー達はほとんど何も答えられなかった。

 ごめんなさいと小さくなる兄弟達を、魔女はまったく怒りもせず、「仕方がない」と頭を撫でて、美味しいものをたくさん食べさせてくれた。

 とても不思議な人だった。顔は全然動かないけれど、心の中はいろいろな気持ちでいつも溢れそうになっている。

 あたたかい気持ち、熱い気持ち、ひんやり冷たい気持ち、涼しいそよ風のような気持ち、なんとも表現しがたいぬるい気持ちなんてものもあった。


 顔だけはいくらでも動くのに、心は微塵も動かない奴らがいる。

 あるいはドロドロとおぞましい心を隠そうとして、嘘くさい笑顔で顔面を塗りかためる奴らもいる。

 とりわけ人族(ヒュム)には、そういう気持ち悪くて不愉快な輩が多い……と、いつだったか、誰かに教わったような気がする。

 三人を攫ったのは、まさにそういう連中だった。


 けれどあの魔女は違った。


 彼女はシェルロー達を、彼女の森に連れて行ってくれた。

 彼女の森はとても涼やかで、ホッとできるところだった。

 そこはとても安全で、怖い気配も、怖いにおいもない。


 住んでいる場所を見てぎょっとした。森の中にきらきら綺麗な菜園があり、その向こうの地面に巨大な真珠がドーンとのっかっている。


(しんじゅ!? なんでこんなとこにしんじゅがあるの!?)

(おおきさがヘンだよ!?)


 驚愕はそれだけでは終わらなかった。

 魔女が真珠の前に立つと、高い位置から斜めに光が差し、極限まで薄く磨いた貝殻のような台が、四人の体重を乗せてすうー、と浮かびあがったのだ。


【ぅあっ!?】

【きゃ!?】


 びっくりしてつい魔女の足にしがみついてしまった。

 音もなく四角い穴が開き、全員を吸い込んでから、穴は背後で音もなく消えた。


(す、すごい……! まほうのおしろだ……!)


 城の中はまたすごかった。

 真っ白の壁に突然外の景色が見えたり、天上がいきなり消えて夕焼けの空がひろがったり。

 壁や天井が消えたわけではなく、外の風景をそのまま映し出しているだけだと、魔女はあっさりしたものだった。

 奇妙な丸っこい雪人形のような魔道具が、陽気に何かを喋りながら手早く料理を並べていく。

 子供達は借りた子猫のようにびくびくしていたが、気付けば空腹に負けておかわりまでしていた。

 おまけに、着替えも作ってもらった。

 清潔な服を用意してもらえて、初めて思い出した。


 ――ぼくら、すごく、くさい?


 心が急速に沈み、泣きたくなった。

 一度も洗濯をしていないボロボロの布切れを纏い、垢まみれの身体は悪臭を放っていた。なんてみじめで恥ずかしいんだろう。

 俯いた子供達をひょいと抱え、魔女が連れて行ってくれたのは、なんとお風呂。


 ――お風呂だ! なんて久しぶり!


 それにこの浴室は、どこか懐かしい雰囲気だった。

 とろみのある石鹸液をわしゃわしゃ、わしゃわしゃ泡立てて、身体を洗ってもらってさっぱり。

 髪の毛と身体は違う液体を使っている。どちらもとても香りがいい。

 魔女の大きな手はとても優しかった。





 朝、起きたら顔を洗う。

 顔を洗った後には、〝洗浄液〟で口をゆすぐ。

 何の薬草で作ったのだろう。とてもすっきりして、ゆすいだ後も気持ちいいのがしばらく続く。


 それにしても、この森に来てからびっくりの連続だけれど、とりわけこの〝洗面室〟はすごい。

 床から天井まで、壁一面が一枚の鏡になっている。それだけでもすごいのに、まるで自分達がもうひとりそこに立っているかのように、凄まじく鮮明に映るのだ。

 こんなに大きな鏡、しかもこんなに完璧に映るものなんて、見たことも聞いたこともない……とシェルロー達は思った。

 そう、多分、見たことも聞いたこともなかった。

 今は天井が青空になっていて、それが鏡に映りこみ、実際より何倍もの広さを感じる空間になっていた。


(まるでぼくら、空に立ってるみたいだ)


 それだけではない。鏡の前には貝殻の皿のような器があり、そこにある銀色の棒のような筒のようなものに手をかざせば、勝手に水が出てくるのだ。

 シェルロー達は魔力の使い方を憶えていない。けれどここでは、そんなことは関係がなかった。魔力がなくとも動く仕掛けがたくさんあるのだ。


 朝食をとって、外の菜園を案内してもらった。とても楽しかった。

 いつの間にか昼になり、菜園を眺めながら、広場でまた食事をとる。

 美味しくてお腹がいっぱいで幸せになると、だんだん眠くなってきた。

 気付けばシェルロー達はさらりと乾いた心地いい布にくるまれて、すやすや寝息を立てていた。こんなに安心できたのはいつ以来だったろう?

 けれど、目覚めてまた不安が蘇ってきた。――魔女がいない。

 傍には「アルファ」と呼ばれていた白い魔道具だけが立っている。


【…………】

【………………】


 三人でぎゅっと抱きしめ合った。大丈夫、きっと戻って来てくれる。ちょっとの間だけ、どこかに出かけているだけだ。

 思った通り、魔女はさほどもしないうちに戻った。少し慌てている感じがしたので、自分達のために急いでくれたのだろうと気付き、シェルロー達は幸せな気持ちになった。

 それでも、寂しかった気持ちを引きずってしがみついていると、魔女はどこか申し訳なさそうな顔をしながら、兄弟達を不思議な部屋に連れて行った。

 真珠の城はどこもかしこも不思議だが、そこはとりわけ不思議な――いや、奇妙で異質な雰囲気のある場所だった。


【少しだけ我慢していなさい。おまえ達が今、どんな状態にあるのかを調べるだけだ。万が一、気分が悪くなれば言いなさい】


 魔女は頭を撫でてくれた。指先から、手の平から温かい感情が伝わり、兄弟達はほっとして、だから言われた通り横になった。



《【スキャンを開始します。目を閉じてください】》



 どこからともなく〝小鳥〟の声がした。

 彼らはもう魔女のことは怖くないし緊張もしなくなったけれど、青い小鳥のことはなんだか苦手だった。どんな気持ちでいるのか、あの小鳥は全然わからないのだ。

 おまけにこの城の中にいる時は、魔女の近くに小鳥の姿が見あたらない。

 姿がないのに、いつもどこからか声が聞こえる。


「………………」


 魔女はずっと黙っていた。表情はぴくりとも動かない。

 けれど兄弟達は気付いていた。


 魔女はきっと、あの小鳥と、心の中でお話ができるんだ。


 何を話しているかはわからない。けれど、良くないことだと思う。

 シェルローとエセルとノクトには、あまり良くないところがあって、それを詳しく調べようとしたのに、あまりいい結果ではなかった――そんな感じがしていた。

 

(ぼくらのせいで、魔女はこまってる。これいじょうこまらせないように、ちゃんといいこにしなきゃ……)





 六月に突入していた。

 子供達にとって、びっくりしない日はなかった。


 魔女と小鳥と、真珠のお城。それから不思議なしもべ達。

 シェルロー達の苦手な青い小鳥は、魔女に「アーク」と呼ばれている

 白くて丸い奇妙な身体に手足が何本もついている魔道具の召使い達は、片方が「アルファ」、もう片方は「ベータ」と呼ばれていた。


 小鳥もアルファもベータも、何を考えているのか、どんなことを感じているのか、まるでわからない。

 けれどアルファやベータはしょっちゅう陽気に話しかけてくるし、アークほど苦手ではなかった。


(なにをしゃべってるのかはわからないんだけど)

(でも、身ぶり手ぶりでなんとなくわかるし、みてておもしろいよね)

(しゃーべっと、またたべたいなぁ。つくってくれないかな?)


 今朝の食事はトマトのスープだ。食事はいつもアルファが準備する。

 アルファは料理上手だった。見たことのない野菜がたっぷり入っていて、味付けも塩だけではない。何を使っているんだろう?

 食後の果物も美味しい。甘くてみずみずしくて、知らない種類がたくさんある。こんなに甘いのに野菜なの!? と驚くものもあった。

 おなかが一杯になった後は、いつも眠くなるのと同じくらい、頭と身体がすっきりする。以前はずっと空腹感に耐えてばかりだったからだろうか。

 ここに来てからずっと、いいことづくめだった。

 森はとても落ち着くし、魔女は優しいし、珍しい物ばかりで毎日が楽しい。


 ふと、魔女と食べ物の話題になった。


【好きな食べ物はあるか?】

【…………おにく】

【…………ぼくも】

【おにく……】


 魔女が固まった。

 ――いけない、つい正直に言ってしまった。

 ここにあるもので答えればよかった……。

 無いものを好きだって言われてもこまるよね……。

 気遣いの出来る三歳児だった。


 朝食の後は、森の中を散歩する。どこになにがあるのか、危ない場所はどこか、食べられるもの、食べられないものがどれか、そういうことを教わりながら歩く。

 シェルロー達はあまりよく憶えていなかったが、自分達が〝森の民〟と呼ばれる種族だと魔女に聞き、漠然とそうなのだろうと感じていた。だからなのか、森の散歩はいつも楽しくて心が浮き立つ。

 森は大好きだ。特に、ここの森は格別だと感じていた。助けてくれた魔女の森だからだろうか。

 それだけではなく、こんなにも広いのに、危ない魔物の気配がなく、なんだか守ってもらっているような感覚に包まれるのだ。

 まるでこの魔女そのもののように、どこへ行っても安心できるような。


 昼。川のほとりの大岩に腰かけて、皆でお弁当を食べる。

 内側に布を張った籠の中に、何種類もの料理を詰め込んで、美味しそうな上に彩りも綺麗だ。

 トマトとキュウリをはさんだパンや、角切りフルーツを練り込んで焼いたパン、焼き菓子もある。

 シェルロー達は手がとても小さいので、魔女がほどほどの大きさにちぎって手渡したり、口に運んで食べさせてくれたりした。

 この森に暮らす日々の中で、兄弟達はすっかり笑い方を思い出していた。

 幸せで、ふわふわして、むずむずする。


 ――けれど最近、ちょっと困ったことがあった。


 夜になれば、いつも皆で一緒にお風呂に入る。

 魔女は何故かいつも、男物の服ばかりを着ているのだが……。


【………………】

【………………】

【………………】

【ん? どうした?】

【な、なんでもない】


 どうしてだろう。最初は全然気にならなかったのに、最近、魔女が服を脱ぎ始めたら、少しどきっとするようになった。

 そんな時いつも三兄弟は顔を見合わせ、「ぼくだけじゃないな」と安堵するのだ。


(ひるまは男のふくばっかり着ててあんなにかっこいいのに、なんでそんな下着つけてるの!?)


 豪華でいて繊細な、細かいレースと刺繍の下着である。

 花の模様の端が微妙に透けて、なんというか――なんと言えばいいのだろう――。

 肌の色も彼らとは違っていて、なんというか、どきどきする。


 兄弟達はとにかく小さいので、身体を洗ってもらったあと、魔女に抱っこされて湯舟に浸かるのだが、これも最近、ちょっと困っていた。

 魔女は自分のことを「男なみの筋肉のかたまりですまんな。かたかろう」などと冗談めかしていたけれど、そんなことはない。

 彼らの〝同胞〟は、戦う女性がこのぐらいしっかりした身体つきをしていることがよくある……と思うし、鍛えている男などは、もっとゴツくてカチコチだったはずなのだ。

 薄ぼんやりとした曖昧な記憶でも、そういう些細なことは思い出せる。

 しかもそんなことを言いながら、「されどこれは男にはついていないものだぞ。くらえ!」とか言って、おしつけながらぎゅーっと抱っこするのはやめてほし……くもないか。困るけれど。


(ちいさいとか、まったいらとかいってるけど、ふつうなんじゃないかな?)

(ヒュムの女のひとは、もっと大きめのひとがたくさんいるみたいだけど、ぼくらからみたらひょうじゅん? ぐらいだよ)


 やわかくて、ふにふにするし、いいにおいするし……


「ほれ。ぎゅーっとな」

【きゃー♪】

【きゃー♪】

【きゃー♪】


 ……まあいいか。今さらだよね……。




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