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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
魔女の森と三兄弟
44/70

43 保護者レベル1

ご来訪ありがとうございます。


 時は子供達を保護した日に遡る。


「呪いの刻印はどこだ。片目の奥か? 左胸の上か?」

《そのようなものはありません》


 もし小鳥さんの制止が遅ければ、ちびっこから服をはぎとる痴女になるところであった。

 それはさておき、記憶があやしくなっている時点で、充分それは身体に悪いものである。

 呪詛については専門家がいない。辺境にいる魔術士は戦闘員であり、研究者ではなかった。まったく期待できないのは神殿も同様で、神職者ならパパっと解呪なり浄化なりできそうなものだと思いきや、自然現象に近い霊的な穢れや邪霊の浄化などは得意でも、人為的に編み出された禁呪のたぐいは魔術士の領分なのだった。

 そんなわけで、見聞きしたものを決して誰にも話すなと約束し、三人を〈スフィア〉に連れて帰る流れとなった。


 〈スフィア〉が常時展開させているシールドを通過するたびに、三人ともが「ん?」という顔でキョロキョロしていた。

 ちびっこでもさすが精霊族(エルファス)。感知能力がずば抜けて優れているのか、他種族にはない感覚器官を有しているのか。森で迷子になる心配より、ARK(アーク)氏がマッドな方向へ闘志をみなぎらせる心配が出てきた。

 これはきちんと目を光らせてやらねばなるまい。もし青い小鳥にお菓子をくれると誘われても、秘密のお部屋にのこのこついて行っちゃ駄目だよと。


【!】

【……しんじゅ!?】

【おっきい……!?】


 森の奥、唐突に現われた菜園。

 その奥に鎮座する巨大な球体に子供達は目をまるくし、仔猫を彷彿とさせる驚きの声をあげた。


 西方の空が緋色に燃え、東の空から群青が迫る。

 取り囲む濃緑の闇にひっそりと沈む〈スフィア〉は、天と地の不可思議な彩りに染まり、かろうじて光の届く水底の真珠に見えなくもない。


 しかし、ビル並みの特大異次元パールを生み出せる貝か。どんな大きさだろう。

 頭の中でモンスターパニックゲームのプロモーションムービーが大音声で流れ始めた。養殖貝の一部が水質汚染により異常変異を遂げ、人類の生息圏へ侵入。撃退用アイテムの中に、何故か塩や醤油やバターが紛れ込んでいる。しまった、これは倒したあとに使うやつだ。やめろ私はプランクトンじゃねえんだ、あっち行け――。


【すごい】

【しんじゅのおしろ?】

「…………」


 きらきら輝く純粋な瞳から、そ、と目をそらした。

 私の頭って、なんでこんな方向性にしか想像力が働かないのだろう?

 心って、どうやれば浄化できるのかな……。


《マスター。どうなさいました?》

「ああ、いや……なに、ここまで来て心配性の虫が騒いだだけさ。この子達にはやっぱり、おねむしてもらったほうがいいかな、とね」


 それについてはあまり心配していないのだが、苦し紛れに言ってみた。

 科学という概念がないので、〈スフィア〉の内部を目にしても、この子らの目には不思議な魔術で動く仕掛けがたくさんある、としか映らないだろうし。


精霊族(エルファス)に誘眠香は効きませんよ》

「え、嘘?」

《ちなみに麻酔薬も効果がないと思われます。身体に備わる自然治癒能力の一種で、植物系の魔物が獲物を捕獲するための毒に耐性を持った結果のようですね。痛覚異常や麻痺と判断し、()()()()()に戻してしまうそうです》

「げげ。――もしやお酒にも酔わない?」

《おそらくは。古い討伐者の記録に、〝奴らは鉱山族(ドヴォルグ)の酒盛りに平気で交ざる〟という記述が散見されます。命に別状がなければ治らない怪我はなく、精神に異常をきたすこともないとか。もっとも、回復薬の調合や研究を重視しているそうですので、優れた治癒能力も良し悪しということなのでしょう》


 それってつまり、怪我をしたら痛いものは痛いと。

 麻酔が効かない体質の人の苦労話を聞いて、下手なホラーより怖くて震えあがった覚えがあるけれど、種族全体がそんな感じなのか。

 話し込んで足を止めたせいか、足もとから物問いたげな視線がちくちく刺さってきた。言葉が理解できなくて、どうしたのかと不安になったのだろう。

 ごめんごめん、なんでもないんだよ~。


【気にするな。問題ない】


 あ、なんだかとても問題ありそうなニュアンスになってしまった!?

 初めてぶち当たった言葉の壁、これは早急に改善すべき課題である。


 歩幅がかなり違うのでゆっくりめに歩いた。足音が聞こえず、なんとなく心配になり、振り返ってはホッとするの繰り返し。

 淡い金の毛玉と白金の毛玉と銀の毛玉が、おっかなびっくり見回しながら、ぴょこぴょこ小走りでついてきていた。か細いのに人の聴覚を全力で刺激してくる周波数の声といい、本当に仔猫のようだ。

 森の環境自体が彼らに力を与えるのか、頬と唇はほんのり紅く、疲れた様子は微塵もなかった。発見直後の、廃墟に転がっていそうな、うつろな蝋人形の姿は見る影もない。

 広場に上がれば、頭上からフオン、とかすかな音がして、球体の表面から斜めに光が差した。

 スポットライトは、ちょうど私を中心に止まる。


【私の足につかまっていなさい】


 何が始まるのだろうと顔に書きつつ、子供達はおずおずと従った。


【ぅあっ!?】

【きゃ!?】


 いきなり足もとに光るディスクのようなものが出現し、自分の身体がすぅーっと浮かび始めたものだから、遠慮をかなぐり捨ててしがみついてきた。

 まあ、初めてだとそうなるだろう。ただでさえこの世界の昇降装置は無骨な滑車を使った原始的なもので、まだ人が乗り降りする用途では使われていない。

 ちなみにスポットライトを浴びたら未確認物体に吸い込まれるこれ、私の時代においても、遠い未来の架空の技術とされていた。新技術はまず先に裏社会で実用化され、表社会に浸透するのは価値が下がった数十年後と囁かれていたし、〈スフィア〉自体が秘匿された技術の塊なので、要するに私だって全然この子達を笑えないわけだ。


 およそ三分の一が地中にめりこんでいる謎の真珠の中ほどに、音もなく四角い穴がスライドして開き、私達四人を吸い込んだあと、背後で音もなく閉じた。

 継ぎ目もなく消滅した出入口に、子供達の眉が八の字になり、耳がへにょ、と垂れたり、せわしなくぴくぴく揺れたりしている。

 青い小鳥はどこへともなく飛び去った。〈スフィア〉が本体なのだから、中でまでずっと私に付き従っている必要はない。私がここにいる間、メンテナンスをしつつ待機しているのだ。

 鳥型小型探査機EGGS(エッグズ)も定期的に何機か戻り、メンテナンスを行っているらしい。そのぶん情報収集の精度は落ちるが、一羽たりとも替えがきかないのだから、定期チェックは欠かせない。

 Alpha(アルファ)Beta(ベータ)の出迎えはなかった。後者は森の見回りからまだ戻っておらず、前者は夕食の準備をしてくれているらしい。


 ARK(アーク)氏と簡単に打ち合わせ、さしあたって子供達を入れても構わないとする場所を確認した。

 リビング、ダイニング、バスルーム、洗面室。就寝は多目的フロアのリクライニングホールで、広々とした何もないど真ん中に、ベッドマットを置いて寝ることにする。この範囲だけを直接行き来できるよう、ARK(アーク)氏は私の帰宅前から既に構造変更を行っており、出入口も認証不要で開くようにしていた。

 寝るためだけに、わざわざだだっ広いホールを使うのは、私のストレスを考慮してのことらしい。ちびっこ達のストレスではないところがミソだ。


《マスターにとって、行動可能範囲が単純に制限されるよりも、お気に入りの空間が突然気軽に使えなくなることのほうが強いストレスになるでしょう》


 その通りだった。お気に入り空間さえ確保できれば、何年引きこもってもオーケーな中身駄目大人でとても申し訳ない。


 それ以外には原則として立ち入らせないようにし、必要が生じれば私が同行する。ちなみに私の自室や寝室が基本不可なのは、できるだけ余分なものを省いたシンプル空間にできなかったからだ。

 それだとバスルームは余裕でアウトな気もするが、設計に注文をつけた乗客はなんといってもお金持ち。温泉旅館の特別な貸切風呂っぽいデザインが、却ってこの国のどこかにはありそうな雰囲気になっているのである。


「シャワーの使用は?」

《OKです。古代ローマ風の、レジャー施設めいた公衆浴場が人気なぐらいですから、仮に広まったとしても問題ありません》

「素晴らしい。――身体はバスタオルで拭くとして、髪は自然乾燥させたほうがいい?」

《充電式ドライヤーを使用していただいて問題ありません。王侯貴族は一般的に、専門のメイドが魔道具で主人の髪を乾かします》

「おぐしを乾かす係が専門職になるのか。奥が深いな……」


 シャンプー、トリートメント、化粧水その他のボトル、ドライヤーも、私の帰宅前には文字やロゴをすべて消去されていた。もともとそこには何も書かれていなかったかのように。

 〈スフィア〉の表面にあるARK(アーク)(スリー)の文字ばかりはどうにもならないが、あれだけを見て何が何だかわかるわけもない。

 あの家具もこの家具も、どうやってどこへ消えたのか。徹底的に片付けられた最低限のシンプル空間は、さながら引っ越したてで不足だらけの新居の様相だが、密かに外でテント生活を送る可能性も念頭に入れていただけに、今までと変わらない生活ができそうなのは正直ありがたかった。

 

《お帰りなさいマセ~皆サン、お夕飯できまシタよ~♪》

【!?】

【ッ!?】

【……ッ!?】

「あ~、ただいまAlpha(アルファ)君」


 ピョコッと飛び跳ねたちびっこ三人。私の足の後ろに慌てて隠れるちびっこ三人。

 連れて帰りたい……いや、もう連れ帰ってたわ。

 Alpha(アルファ)君を紹介し、夕ご飯。給仕をしてくれるひょうきんな雪ダルマもどきは、ちびっこ達の注目の的だった。

 遠慮と我慢が空腹に敗北したか、小皿によそった胃に優しい野菜スープを二杯もおかわりしていた。三杯目はさすがに止めた。

 夕食のあとは服の用意。――この子達は本当に酷い扱いを受けていたようだ。雑巾を折りたたんで頭を通す穴を開け、両脇を縫い合わせただけのような貫頭衣は、薄汚れて悪臭が酷い。

 森の中では森林の匂いがやわらげてくれていたけれど、室内にいると紛れるものがないので、強く鼻を刺す。私が夕食時にほとんど息を止めていたのを、お腹がいっぱいになってからようやく気付いたらしく、ちびっこ達は食後、少し泣きそうな顔になっていた。

 こんな小さな子を泣かすなんておばさんは許しませんよ――というわけで着替えの用意だ。

 食後すぐの入浴はよくないので、頼れるお手伝いさんAlpha(アルファ)君に私のシャツを何枚か持ってきてもらい、ちゃちゃっとお子様サイズのシャツに転生させてもらった。シャツ一枚で余裕の三人分、余った布で超絶小さなおパンツもできた。シルクに似た手触りの合成繊維は、雑巾シャツもどきなど勝負にならない着心地のはずだ。


 Alpha(アルファ)君にそそがれる、ちびっこ達の感動と尊敬のまなざし……。

 もともとなかったマスターの威厳がさらに底辺を極めようとしている。これはいかん。


 ほどよく時間が経ったのをこれ幸いと、バスルームに連行した。三人は温泉風の風呂にびっくりし、シャワーにびっくりし、柔らかい布とボディソープで身体を洗ってあげたらびっくりしつつ、心底嬉しそうだった。

 やはりなかなか泡が立たなかったので、三回ぐらい洗い流した。


「うわ。なにコレ、めっちゃキレイ」


 くすんでいた時でさえお人形さんめいていたのに、汚れが落ちたあとの綺麗さといったら。

 ARK(アーク)さんが対抗心を燃やしそうな真珠肌――などと口走ったら、奴は真面目に張り合いそうなのでお口にチャックである。

 何よりこの髪、このツヤ。これが本来の色なのか。


 シェルロー君の淡い金髪は木漏れ日がそのまま糸になったかのようで、翡翠の目が合わされば、まさに息づく森を体現したかのよう。

 エセル君の白金の髪は陽射しの下で眺める雪原だ。青玉の目は、雪の上の湖に映る快晴の空か。

 ノクト君の銀の髪には虹が架かっている。紫水晶の目と相まって、夢まぼろしの化身と言われてもすんなり納得できそうだった。


 防犯対策の重要性が雲を突き抜けてゆくレベルである。

 細い首にはめられていた、不愉快なあの輪っか――。

 あまり教育によくない罵倒語が口から飛び出そうになったので、気を落ち着けるべく、洗い終えた三人を抱っこし、湯舟に浸かった。本当は温かい湯にじっくり肩まで浸かるのが好きなのだが、あくまで人族の幼児を基準にした場合、温度の高い湯はNGとARK(アーク)さんに教わったので、今日はぬるめの半身浴だ。

 膝に乗せてやると、この子達の身体のサイズにはちょうどいい湯の高さになる。すべり落ちて沈まないように腕で囲いを作ってやると、とても気持ちよさそうに寄りかかってきた。

 はふ~と溜め息をもらし、目を細め、耳もご機嫌そうに揺れている。


 ――これはどうやら、精霊族(エルファス)にも入浴の習慣があるな?

 記憶喪失でも、身体にしみついた生活習慣は憶えていることがあるというアレだ。この風呂に驚きはしても、湯に浸かること自体を驚いてはいない。


 いつもより早めに風呂から上がった。風呂上がりのフルーツジュースをちびちび飲む私の横で、お子様達はつくりたてのおパンツとシャツを「んしょ、んしょ」と嬉しそうに身につけていた。

 ……眺めていないで、着替えの手伝いはしてやるべきか?

 わからぬ。身近に小さな子がいなかったしな……。

 すると、金髪の子が足もとからじいっと見上げてきて、


【…………ますたー?】


 あやうくジュースを噴くところだった。

 うん、小鳥さんとAlpha(アルファ)君の言葉を注意深く聴いていて、私の呼称が〝マスター〟だとあたりをつけたんだね? えらいね賢いよ。

 でもそれはやめようね?





「無理?」

《はい、現時点では見通しが立ちません。長期戦の覚悟が必要です》

「まじか」


 保護二日目、ARK(アーク)氏が早々に楽観視を打ち砕いた。

 半獣族(ライカン)の誘拐組織はある程度ルートが絞り込めたものの、精霊族(エルファス)の子供達はどういう経緯で誘拐されたのか、どこまでその連中の手が伸びているのか、容疑者が多過ぎて絞り込みができない。

 灰狼みたいな少数部族と違って、権力者は定住している。ARK(アーク)氏の調査能力をもってすれば、そう長くかからないとふんでいたのに、甘かったか。


「カルロさんに落とし前つけろっていちゃもんつけてきた王宮のお偉いさんは?」

《シロでした。ちなみに王宮騎士の制服ですが、上級騎士以外は魔術的な所有者登録がされておりません。仮に戦場で騎士が負傷あるいは死亡した場合、他の騎士が利用できなくなるのを避けるためです。今回、辺境騎士団によって回収された装備は中級騎士のものでした》

「えっ、じゃあ奪って入れ替わろうと思えばできるってこと!?」

《可能か不可能かで言えば、可能です》


 ならば、お脳が少々ヒャッハーな王族がそのへんのゴロツキを雇い、着せ替え遊びをさせることも可能か不可能かで言えば可能なわけか。


「そんなのが使者の護衛に任命されたとして、王宮で『あいつら誰よ』って噂にならないのかね?」

《ところが、帝国行きの使者のお役目に限り、さして話題にならないようでして。停戦条約を結んでおよそ十五年、今後もしばらく戦をしないと定期的に確認し合うだけですので、危険な割にさして国益に繋がらない損な役目と冷笑を浴びていたようです》

「ちょお~っと待った。平和を愛する素人として言わせてくれ。戦争しない約束のどこが国益じゃないんだ!?」

《価値ある約束でしょうね。相手がそれをきちんと守るタイプならば、ですが》


 ああ、なるほど。条約を結ぼうが、破る奴は破る。

 そしてイルハーナム神聖帝国はそのへん、まったく信用できないタイプというわけだ。接している国が光王国だけであり、ほかの国々から国際的な非難を浴びようとも、痛くもかゆくもない。

 そもそも帝国は数多ある東の国々を、ひとつの強国が平らげて完成した。すべてが帝国内だけで完結しているので、経済制裁も通用しない。

 ならば、帝国が光王国と停戦条約を結ぶに至った理由は?


《年々かさむ戦費に、飢饉による国力の低下、世代交代。あくまで帝国内の事情です》


 つまり、ある日突然平和に目覚めたのではなく、戦どころではない状況になっただけ。

 自分達が攻め込まれたら困るからこその停戦条約。

 それって、次の戦が特大の最終戦争になるんじゃないのかなって、素人は心配になるんですが?


《『野蛮な愚物どもが再び攻め込んでこようとも返り討ちにしてくれるわ』が多数派のご意見のようです》

「返り討ちにするのはカルロさん達のお仕事だよね!?」

《そうですね。早い話が、平和ボケです》


 テーブルに頭をぶつけてみたら、ごつんと良い音がした。

 帝国からデマルシェリエに至るまでの土地は〝J〟の字の先端、キュっとしぼった形なので、どこからどう攻め込んでくるかが丸見えだしわかりやすい。だから、帝国軍VS辺境騎士団という無茶な戦力差でも優位に立てていただけで、帝国軍が頭の弱い弱兵ぞろいと決めつけるのは早計だ。仮に今まではそうだったとしても、今後有能な指揮官が大改革をしないとも限らない。

 ARK(アーク)氏いわく、光王国の王宮は上位者にちゃんと有能な人間がついていて、幸い彼らはまともな危機感を抱いているそうだ。ただし、大多数の呑気な方々の強気なご意見を覆すには至らない。


「護衛騎士の記録はどうだったの? どんな地位の誰が、どこの隊の誰をどんな基準で任命したかっていうデータあるよね?」

《残っていないそうです》

「はい?」

《行方不明者の捜索のためという名目で、辺境伯が王宮に問い合わせを行ったところ、王宮の回答がそれでした。中級から下級騎士は人数が多く把握しきれない、しかし手順にのっとり適切に任命していると》

「ちょいとお待ちよ、おまえさん。社会人にそんな言い訳がまかり通――……」


 まかり通してた人が昔たくさんいたっけな、そういえば。

 「この責任をどう取ってくれるつもりなのかね?」の意は、「私には責任などないのだよ」「キミがなんとかしたまえ」「わかってるねキミ?」だった。

 彼らが正論と決めたものが正論。日頃から自分の代わりに飛ばしやすそうな首を見つくろっている方々。


ARK(アーク)さんや。もしカルロさんがぷちっと切れたら、私、こっそり味方してあげてもいいかなって思うんだ。どこぞのブラック上司のせいで引っ越しとかしたくないし。慣れたおうちにいたいし」

《同意いたします。各国を調査しました結果、デマルシェリエ以上にマスターと相性の良い環境はありません。何より私自身が長距離を移動できませんので、この地の平和維持に注力する方針です》

「うむうむ」

《頼みの綱は、あの三兄弟の同胞ですね。精霊族(エルファス)は同胞の子であれば血縁がなくとも大切に育て、手出しをされれば報復は熾烈を極めると文献にあります。必ず捜索するはずですので、あちらから接触をはかってくる可能性が高いでしょう。ただし生息地が判明しておりませんので、いつ頃ここに辿り着くかはわかりませんが》

「それ! それなんだよね不思議なのは」


 EGGS(エッグズ)が精力的に大陸中を飛び回っているにもかかわらず、精霊族(エルファス)の住処が影も形も見つからないのだ。私とARK(アーク)氏がこの星に着いた直後から、何年も経っているのに手がかりすらない。

 彼らが友好を保っているのは鉱山族(ドヴォルグ)で――エルフとドワーフが昔から仲良しというのも不思議な話だが――取引をする際には精霊族(エルファス)のほうから鉱山族(ドヴォルグ)の町を訪れている。鉱山族(ドヴォルグ)も、彼らがどこからどうやって来ているのか知らず、「いつの間にか来ていた」というパターンが多いらしい。


ARK(アーク)さん、ちょっと世界地図を……」

《マスター》

「ん? ……ああ」


 開きっぱなしの出入口に、ぴょこ、ぴょこ、ぴょこ、と三つの頭が。

 今朝の内緒話は、一旦終了だ。


【……おじゃま?】

【……ごめんなさい】

【いや、構わない。顔は洗ったか?】

【あらってきた】

【おててもあらったよ。おくちもゆすいだ】

【そうか。では食事にしよう】

【ごはん♪】

【♪】

【♪】


 ちびっこ達の小さな耳が嬉しそうにぴこぴこ揺れている。


 〈スフィア〉前の広場の真ん中にシートを敷き、Alpha(アルファ)が簡単な朝食を並べていった。

 調子外れの鼻歌をちびっこ達が真似をして、可愛いんだが、将来音痴になりかねないからやめなさいと注意するべきか。

 とりあえず、この雪ダルマもどきのお手伝いロボットにはすっかり慣れたようだ。


 ちなみに、食事はピクニック形式である。ちびっこサイズの椅子がないからだ。この子達は人の赤ん坊よりも小さいので、大人用のテーブルに高さを合わせたら、尖塔のごときデザインになってしまう。見た目が不安定で、私がハラハラしそうだから却下となった。

 多少こぼしても、さっと洗えば汚れが落ちるので気にするなと言ってあるが、きちんとした子供達はこぼすのが嫌いなようだ。小さなおててに人形(ドール)サイズのスプーンやフォークを握り、時間がかかっても丁寧に食べる。

 大人として、こぼさず丁寧に食べなさいと教えるべき場面だったか。いや、教えるまでもなく自主的にできているな。

 そもそも手伝ってやるべきか。じっくり見守るべきか。

 どれが正解なのだろう?

 細かい悩みが尽きない。


 たびびとレベル1、どうやら保護者レベル1にジョブチェンジしたようだ。

 



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