41 A氏による調査記録および考察(一部隠蔽)
※最初の部分を追記しました。
誤字脱字報告氏様、ありがとうございます。
「なあ、ラザックよ」
「言うな。……帰ってからだ」
「だな。すまねえ」
――あれに接近する直前、妙な音がした。響かない弦楽器を無理にはじき、空気を打ち鳴らしたような。
同時に、硬い物体をつらぬく音。もし槍の雨が至近距離で馬車を横っ腹から襲えば、あんなふうに聞こえるかもしれない。
実際には、槍などどこにも突き立っていなかった。
妙な跡だった。複数の石くれを飛ばす魔術の場合、石は散らばって飛ぶ。狙った箇所だけを綺麗に切り取る、そんな芸当はできないと聞いたことがある。
正確に命中させたければ、大抵は【槍】や【弓】に【針】、数を抑えて飛ばす。ただし狙ったぶん集中力を要し、短時間で何十、何百と連発するのは現実的ではない。
それにあの、人語を喋る青い小鳥――。
小気味よくさんざんな有様になった馬車を、谷底へ片付けてやったのはラザック達だ。それをあの黒衣の人物が眺めながら、どことなくばつが悪そうにしていたと思うのは気のせいだろうか。
大人達がぴりりと張り詰めているのを感じてか、普段はやかましい無邪気のかたまりどもが一様に静かだった。
もう怯えの色はない。痛めつけられれば、恐怖よりも敵愾心が勝る。自分達が今どうすべきなのか、本能的に知っている。さすが、同胞の子らであった。
骨にはりついた皮。おそろしく減った体重。――この礼は必ずする。どちらに対しても。
ラザックは鼻をくんと鳴らし、ざっと目配せをして駆け始めた。間をおかず、土や草をかすかに撥ねる音が続いた。
◆ ◆ ◆
最高管理者:東谷瀬名
肉体年齢:15歳
自覚年齢:■■歳(命令により一時削除)
私はARK・Ⅲ。
新天地におけるマスターの生活基盤を整え、恒久的な快適スローライフの構築を目指す者。
マスターが精霊族の子供を保護した。
敵性反応なし。自称年齢およそ三歳。自称兄弟。上から順にシェルロー、エセル、ノクト。出身地その他詳細は一切不明。
記憶の喪失および混乱あり。小鳥機にて簡易スキャンを行い、身体構造と体内魔力を分析した結果、魔力回路の乱れに【呪詛(仮)】と思しきパターンを発見。
ゲーム上でのいわゆるバッドステータス【封印】もしくは【沈黙】状態にあり、魔力操作や魔術の行使が封じられている模様。隷属魔道具の装着による後遺症は確認されず、先に【呪詛(仮)】で無力化されたのち捕獲され、隷属魔道具をはめられたものと推測。同族ならば解呪可能と思われる。
ただし、かの種族への接触方法は不明。接触経験ありと思しき人物は
グレン
ウォルド
バルテスローグ
黒猫(備考:グレンを「親父」と呼んでいた/追跡・接触は困難/報告せず)
保護者に適した人物、あるいは預け先に適した施設等はない。【呪詛(仮)】を行った人物は不明、違法奴隷売買における関係者の範囲も調査中であり、全容が掴めていない時点で他者に任せる行為は危険と思われる。
また、精霊族は他種族に本能的な恐怖心を抱かせる。保有魔力量の多さが原因ではなく、対象も灰狼だけではない。加えて精神感応力は、封印の影響を受けない固有能力のため、不安定な幼児期に他種族のもとで生活させると、精神に甚大なストレスを与えるという情報もある。
最適な保護者は、情報不足により不明。
保護可能な人物は、消去法でマスターのみとなる。
精霊族への恐怖心なし、言語OK、読心能力者への忌避感ゼロ――万一悪意のある読心能力者が現われた場合、能力のタイプによって各種対処法も考案されている様子。
【イメージを読み取るタイプであった場合】:煉瓦の壁を想像する。相手の姿で裸ネクタイを想像する。お色気美女のポロリを想像する。Zが押し寄せる想像をする。Gが押し寄せる想像をする。etc.
【思考の声を聴き取るタイプであった場合】:心の中でなんちゃって般若心経をリフレイン。かえるのうたを熱唱。羊の数を数え続ける。etc.
「もし心を読まれてたらどうしよう怖い!」と、時折思い出したように悶えておられるが、口先だけである。
なお、この世界の魔術、および種の固有能力いずれにも、読心能力は確認されていない。仮に存在するとして、脳波や精神波が平常時と異なる動きを示すはずであり、少なくともマスターに接近した者は、発見が難しくはないと考えられる。
精神誘導、精神汚染、洗脳など、たとえ魔道具で効果を増強しても、それら一切がマスターには通用しない。補助脳には悪質なハッキングを防ぐ仕組みがあり、私の構築したシステムを悪夢的に突破できたとして、最後に控えているのはマスターだ。
実にバラエティに富んだ返り討ちに遭うことだろう。煉瓦の壁の前に立った瞬間、引き返すことをお勧めする。
シェルロー、エセル、ノクトは、表層意識で会話を行うのではなく、やはり共感力の強いエンパスであり、一定以上の距離があけば、精神波の揺れや連鎖反応の減少が確認された。
もっと微に入り細に入り研究を行いたいとマスターに申請し続けているが、却下され続けている。
精霊族を優先度B→Aに指定。
引き続き情報収集を行う。
ところで小型探査機EGGSは十機しかない。優先度に応じて大陸中に展開させているが、一機でカバーできる範囲には当然ながら限界がある。
マスターが森の外へ出られるようになって以降、光王国には常時五機を配するようにした。東西南北に一機ずつ、そしてマスターの近くに一機。そのぶん国外の動向に甘くなる恐れもあるが、この世界の移動手段と情報伝達速度を鑑み、影響は微小と判断。
着陸前に〈船〉から射出した監視衛星は、すべてこの〈星〉の引力に沈み、軌道に乗ることなく焼失した。ここでは〝飛べて当たり前のもの〟以外は浮遊できない法則が働いている。EGGSの活動に支障がないのは、もともと鳥型機として開発されたためと思われ、将来的にこの世界で航空機が誕生するとなれば、外観は限りなく鳥に近い形状になると予測される。
EGGSおよび鳥型子機の増産は、この世界に代替素材がなく、情報処理速度に著しい遅延が発生する問題から、結論として不可能と言わざるを得なかった。同様に、〈スフィア〉そのものを浮遊させる手段もない。今のところ移動の必要性はなく、現状維持で問題なしとする。
一機を呼び寄せ、マスターと別れた後の灰狼を追跡した。
灰狼は魔馬や雪足鳥を利用せず、子供を背負い、己の足のみで長距離を移動。非常に統率の取れた群れの動きももちろんだが、特筆すべきは身体能力の高さだ。数時間走り続けても息のあがる気配はない。空腹になった時のみ、すれ違いざまに獲物を仕留め、手早く平らげてすぐに先を急ぐ。
意外にも〝余計なお喋り〟をまったくしない。マスターに相対していた時の気安さ、ゆるい雰囲気は完全に鳴りを潜めている。無表情で警戒心が強く、油断がない、まさに野生の獣の群れだ。
領地や国の境は一般的に、要所を除いて壁などは築かれていない。長大なラインすべてを壁で区切るのは現実的ではなく、道なき道の危険性を許容できれば、陸続きの地――場合によっては他国に入り込むのさえ不可能ではなかった。
ただし、どこかで補給が必要となる。自力で何もかも調達できる自信がなくば、街道沿いの村や町を利用するしかない。もしくは誰かから奪う。後ろ暗い者がお縄につくきっかけのほとんどが、この補給にあると言える。
逆に言えば、すべて自力で解決できるなら、人里に接近する必要はない。
灰狼は難所で知られる辺境の境を踏破し、西方の平原に入り、同胞と合流してのけた。
特徴的な円錐形のテントが張られている。亜麻色や砂色の生地に、緋色の線で独特な渦巻き模様が描かれている。そのあたり一帯だけが太古に遡ったかのようだ。
ひとつ所に留まらない灰狼の群れ、そのおおもとをようやく発見できたが、思いのほか規模が大きい。総数は七百名弱、小さな町の人口に匹敵する。
帰還した中に身内の子を発見した者が、涙ながらに無事を喜び合っていた。
『ラザック、よくやった!! おまえを誇りに思うぞ……!!』
『はいはい、俺だけの手柄じゃねえよ。――手ぇ貸してくれた奴がいる』
『いやいやいや謙遜するな、さすが副族長、俺の片腕だ!! 誰ひとり欠けずに皆が無事で戻るとは、大快挙ではないか!!』
『謙遜じゃねえって。……デマルシェリエの魔女に会った』
『うん?』
『男のなりをしちゃあいたが、あれは女だった』
家族と再会を果たした子供が、嬉しそうに報告している。
かっこいいおねえさんにたすけてもらったの――。
『ふむん? その魔女殿とやらが助太刀してくれたのか? 魔術士は性悪が多いと聞くのに、親切な方もいたのだな』
『親切かどうかはな……あと、魔術士じゃねえ。噂の〝魔法使い〟ってやつだ』
『なにい!?』
『ただし妙なことに、デマルシェリエで耳にした噂と合わねえ。噂じゃ、魔女は迷いの森に住んでて、その使いの坊やだけが、気まぐれに町へ顔を見せるってぇ話だった』
『単純に、おまえ達が会ったのは魔女殿のほうだった、というだけのことではないか? 何が妙なんだ?』
『ガキどもを閉じ込めてた馬車が、速いわ硬いわでちょいと厄介だったんだがな。そいつがあっさり足止めして、鎖も全部ぶった斬ってくれやがった』
『そうなのか!! やはり親切だな!!』
『詠唱もなく、見た目に派手な魔術は使ってねえ。だが、鎖は魔鉄鋼と聖銀製の、やたらめったら頑丈なやつで、馬車自体にもけっこうな防御魔術がかかってたはずなのに、びくとも発動しないままだった。多分、そこいらの魔術士とは格が違う。そいつは腹すかせたガキどもに食い物を提供してくれたんだが、人族の町で売ってる、同じぐらいの量に切り分けた肉だった。あれは自分で解体した肉じゃねえ』
――目ざとい。このラザックという男、要注意である。
『イシドールやドーミアみてえな、においの氾濫してる街じゃあ、そうそう気取られやしねえだろう。魔女が二人いるのか、もしくは最初から一人しかいねえかだ』
『ほほおう? ……ふむう? ………………うん。つまりどういうことだ? よくわからんな!!』
『おい』
『一人だろうが二人だろうが、ともかく御恩はあるのだろう。いずれお会いして礼をせねばならんな!!』
『まぁそうなんだがよ。……まぁいいか、それで』
『うん? ラザックよ、何故そんな可哀想な目で俺を見るのだ?』
『気にすんな、長よ。とりあえず腹減った。何か食いてぇ』
『おお、そうか!! 宴の準備をせねばな!!』
――この男が長だったようだ。灰狼が敵に回る可能性は激減した。
灰狼を優先度D→Bに指定。
引き続き情報収集を行う。
◇
辺境の地、デマルシェリエ領には変わった魔女のおとぎ話がある。
勇者や英雄、美しい姫君の登場する話が圧倒的に多い中、何故かこの地だけは毛色の変わった偏屈魔女が主役なのだ。
老婆であったり妖艶な美女であったり、口調も好みも得意分野もさまざまだが、どれも性格がひねくれている。
そんな癖の強い魔女の、面白おかしい数々のおとぎ話をまとめたのが、自称・魔術研究家のラグレイン=ヴァシュレ。マスターいわく〝魔法使いおたく〟である。
マスターもいくつか著書を愛読しているのだが――
…………。
現段階では曖昧な可能性に過ぎない。
報告不要。
引き続き情報収集を行う。




