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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
A氏のバランス破壊活動
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38 ハンターの群れ


 トリガーを引きっぱなしで銃口を移動させると、標的に当たる精度は案外落ちる。

 都度一秒も経たずに指をゆるめ、だいたい二~三発ぐらい。ちゃんと的へ当たればそれだけで充分だ。

 命中精度を高めるために両手で支え持ち、東から西方向へ駆ける標的のほぼ横腹を狙う。


 こんな辺鄙な場所に突然現われる者は、増援でなければ敵の奇襲か目撃者だ。偽騎士は最初から殺傷力の高い矢を放ってきた。

 横向きで弓を構え、鎧と兜の防御力に自信がありそうだが、馬に当てたくないこちらとしては、ガラ空きな上半身が狙いをつけやすくていい。

 トト、トト、トト……伝わる音と振動の軽さと裏腹に、一人目が馬上から弾け飛んだ。反応される前に二人目、御者席にいる三人目を立て続けに仕留める。なまじ頑丈な防具の受けた衝撃で放り出され、全身をしたたかに打ちつけて、ぴくりとも動かなくなった。

 後方の乱戦をちらりと見やれば、ちょうど地形の陰に遮られてか、あちらからは見えなかったようだ。


半獣族(ライカン)が優勢。魔馬が戦闘に消極的です》

「よし」


 ライフルを片手に持ち直し、心おきなく一直線に馬車を目指した。

 魔馬は狙わない。場合によっては馬のほうが強敵ということも有り得るのだが、あの魔馬達は乗り手へ強制的に従属させられているふしがあった。ならば、命令以外の行動――それも危険を伴う行動を積極的にとろうとはしない。

 乗り手を失った二頭は所在なげにうろりと彷徨い、馬車を()く一頭も徐々にスピードを落として、私が着いた頃にはもう完全に停止していた。

 いわゆるカボチャの馬車ではない。ロイヤルファミリーが民衆へ手を振る用途の乗り物ではなく、窓の小さな車両の後部に、キャンピングトレーラーのような車両が連結されている。


「そのまま動かないでくれる? あんたには何もしないよ」


 こちらを窺う魔馬に声をかければ、従順に頷いた。――〝頷く〟動作が了承の合図と知っているのだ。

 間近で見れば、迫力がすごい。筋骨隆々で体高二メートルはある。人と共存可能な魔獣の一種で、馬に肉食獣の要素を足した外見をしている。口元から牙が覗き、縦に細く裂いた瞳孔、猛獣を連想する足に、恐竜を思わせる鉤爪があった。

 辺境騎士の魔馬と比較しても見劣りしないどころか、むしろ大きいほどではないか?

 間違いなく偽騎士より強くて賢い。もしこれが攻撃してきていたら、こんなにたやすく接近できなかったはずだ。


《内側から鍵、強引に取っ手を引こうとすれば雷撃が走る仕掛けです》


 ちょこざいな。

 扉周りをドカカカカ、と撃ってみた。

 蝶番ごとガコンと外れ、うまい具合に外側へ倒れてくれた。


「ひィッ!? ――な、ななな何故だ!? 何故術が発動せんのだ!? 最新の魔道錠ではなかったのか!? 」

「…………」


 指一本ドアに触れなかったからじゃないかな。

 いかにも貴族風の男が、頭を抱えてブルブル震えながらうずくまっている。狙ったわけでもないのに、ちょうどその男の周りをぐるりと弾の痕が囲っていて、そんな場合ではないのに笑いそうになった。

 こいつは運が良いのやら、悪いのやら。


「ま、ま、ま、待て、待つのだ! ま、まずは話を、そう、話をしようではないかっ! 悪い話ではないぞっ!」

「…………」

「き、きさまを雇おうではないか! ――そう、きさまは、賊ではない。儂の護衛である! 言い値で払おう、いかほどだ? 地位を欲しておるならば、中央の知人に紹介してやろうぞ! このような田舎では望むべくもない、高く安定した地位を――ヒェェッ!?」


 せっかくの悪運を自ら台無しにするタイプだった。しっかり服を掴み、地べたにご案内。

 この世界には珍しく、運動不足そうな重量が腕にずしりとくる。


「ひとつ助言をしよう。交渉したければ、せめて相手に相槌を打つ暇ぐらい与えろ」

「な、な、な、何をす――……ぐぅ……」


 誘眠香で静かになってもらった。まぜもので(かさ)増しや増強などはしておらず、短時間で身体から抜けるとても優しいお薬である。

 とはいえ、ここだけの話だが、私の個人的な趣味の産物たる調合薬の大半は、実は人体で験したデータがない。せっかくの機会なので、この人が起きそうになれば次は失神薬、麻痺薬、催涙薬と順番に体験してもらい、感想を聞かせてもらおう。


 長旅に耐え得るよう、座り心地を追求した座席には、ほかに人の姿はなかった。娯楽目的の旅行ではなく、他国へ赴く使者や外交官などは、相手国への信頼や自身の清廉さアピールのために、ぞろぞろ使用人を引き連れては行かないそうな。

 自国の護衛騎士は国境まで使者を送り届け、そこから先は相手国の用意した護衛に引き継がれる。国家間の仲が険悪な場合、文字通り身ひとつ、命がけのお役目となるわけだが、さてこの男は、そんなに悲壮な決意やら使命感やらを抱いていたのかどうか。


《壁が二重構造です》


 小鳥が立体図面を表示した。後方車両に目をやれば、旅の必要物資を積んだ奥が隠し空間になっている。

 高級品を積載している王侯貴族の馬車が隠蔽空間を設けるのは不思議ではないが、ここにあるものは尋常ではない。

 ひとことで言えば、鎖でぐるぐる巻きにされたコンテナ。表向きの積荷をすべて取り除けば、仕切りの足もと近くに通気口があり、特殊な方法で仕切りを取り外して、コンテナまるごと外に運び出せる仕組みになっている。


 か細い生体反応。――水や食べ物はどれだけ用意されていた?


 〈フレイム〉の銃を消し、魔導刀を抜く。

 スケルトンな立体図面で位置や幅を確認し、まず外側の壁だけを斬って落とした。いかにも絢爛豪華な紋章は見る影もなくなり、その下からぎっしり重なる太い鎖が現われた。

 無駄に美しく繊細な紋様を施した忌々しいそれらを睨みつけ、巨大な錠前ごとぶった斬る。これらには何の術式も組まれておらず、すっぱり割れた錠前は役割を果たさなくなった鎖と一緒に、草の中に落ちて埋もれた。


「…………」


 息を呑む。

 十歳にも満たないだろうか。ざっと十数名はいる。

 全員が痩せ細り、皮膚が骨にはりついている有様だった。

 狭い空間に詰め込まれ、恐怖も怒りも失せた虚ろな視線に、声を失う。


 厚手の布地が内側に貼られ、外部の衝撃は多少なりとも緩和されていただろうが、それは乗り心地をよくするためでなく、音を外に漏らさないためだ。

 布地のあちこちに香木が縫いつけられており、いい香りがするけれど、おそらくは嗅覚のするどい種族を誤魔化すためのもの。

 加えて、間に隙間を設けた二重の壁、それぞれに遮音、防音、認識阻害などの魔術式があり、なるほどこれだけやられたら、並大抵では気付けはしまい。


 現在停戦状態にあるはずの、イルハーナム神聖帝国。

 かの国へのルートを辿っていた王家の使者が、密かに運んでいた積荷がこれ。

 王家の紋章入りの馬車も、護衛騎士の身につけている衣装も、ARK(アーク)氏の鑑定眼によれば本物だった。

 中身だけがすべて偽者。


「……この子達の首輪、って」

《正規品ではありませんね》


 ――【隷属の首輪】。

 他人の自由を縛り付け、ときに操ることも可能な代物だ。製作については厳しい規制がある。この国では隷属系の製品を認可なく製造・販売・使用した者には、奴隷落ちの刑が課されるようになっていた。

 しかしこの子らの首輪にはメーカーのロゴが刻印されていない。すなわち、親もとから攫われたか、悪質な孤児院で売られたか、いずれにせよ違法な手段で連れて来られた証拠になる。

 魔女の弟子を装う際に必須という名目で、調合の知識とともに、判明している限りの魔術や魔道具に関する知識も学習済みだった。悪趣味な首輪に刻み込まれた呪文がばっちり読めるので、こんな知識が活躍する機会なんぞ本当に訪れるのか疑っていた身としては、ARK(アーク)氏の隙のない先見性に慄きひれ伏すばかりである。


「幼児に値札をつけて儲けるゲスは全世界の敵だ。滅べばいい」

《全面同意いたします。ところでマスター》

「ん?」

《あちらも終わったようです》


 振り返れば、十歩ほど離れた場所に男が立ち、なんとも言えない表情でこちらを見つめていた。さらに向こうからどんどん仲間が集まってくる。

 銀――いや、灰色だ。

 耳も、ふさふさの尾も灰色。

 濃淡の違いはあれど、全員が灰色の毛並みだった。


 灰狼。

 しかも、群れ。


 灰狼は半獣族(ライカン)の少数部族にして、トップクラスに強い連中だったはず。光王国の西方の平原で目撃例があり、この辺境の地にはいないはずだった。

 どいつもこいつも大きい。ウォルドとどっこいな上背に、いかにも強靭そうな骨格と筋肉。そろそろ筋肉が飽和気味なのだが、この世界にひょろひょろモヤシ体形の生息する余地はないのだろうか。私がもし多感な男の子だったら、隣に並ぶのを死に物狂いで拒否したに違いない。

 土埃や返り血で汚れていたものの、彼ら自身の怪我はかすり傷程度だった。中には無傷の者さえおり、かなり余裕で倒せてしまったのが一目瞭然だ。戦闘へ突入する前は、緩急激しい大地を飛び跳ねながら全力疾走していたはずだが、この連中の体力の底知れなさが恐ろしい。


 だから忌々しくも腑に落ちてしまった。

 この子らの耳と尾も、同様に灰色だった。

 危険を冒しても莫大な利益が見込める。献上品としても取引材料としても使えると、勝手に商品価値を決められてしまった。

 だから捕まえられたのだと。





 状況を見れば、私が敵でないのは明白と思ったけれど、念のために脇へ退いて、目線で「どうぞ」と譲る意図を伝えた。

 彼らは私と小鳥を一瞥し、子供達を不愉快な檻の中から慎重に降ろし始めた。


≪おっと、しまった。私とあんたが会話してるの聞かれてたかな?≫

≪この距離ならば確実に。ですが、他種族と滅多に交流のない希少種の部族ですので、言いふらされる懸念はないかと≫

≪ならいいか……≫


「父ちゃん……!」

「に、にいちゃ……」

「おう、迎えに来たぞ!」

「もう大丈夫だからな」

「うっ、うぇ~ん……」

「ぐす……」


 あ、やばい。泣く。

 つられ泣きしたらとても恥ずかしいので、周辺を警戒するフリで誤魔化した。

 しかし、魔馬達が本当に皆おとなしい。辺境騎士によれば、この生き物は勇敢で、心を通じ合わせれば、ともに戦ってくれる頼もしい相棒になるのだと口を揃えていた。実際に魔獣としてのランクは鉄から銀ランクに相当し、過去には金ランクに達したものもいたそうで、強いし、野生化すれば気性も相当荒いのである。

 日頃から信頼関係を築く努力をしなければ、いざという時にこうなりますよという見本市がここにあった。魔道具の首輪で強引に従えている時点で、失敗が約束されたようなもの。


≪イシドールの町で騒ぎを起こしたのは灰狼と判明しました。有力者の別荘や邸宅を手分けして襲ったようです。死傷者はなく、金品も奪っておりません。派手に暴れて物を壊しただけです≫

≪はい? なんでまた≫

≪こちらで邪魔が入らないように、もしくは目撃されないように、ではないかと。監視の皆様がこちらへ戻るのは、しばらく後になるでしょうね≫


 ……つまり。

 彼らは考えなしに襲ったのではなく、ハリボテでも〝王家の紋章〟を掲げた一行を襲撃する面倒さを、ちゃんと理解していたのだ。

 傍目には半獣族(ライカン)の強盗団が襲いかかっているようにしか見えなくなる。私だってARK(アーク)氏に言われなければ、そういう印象を受けていた。

 誰かに見られれば、ドーミアかイシドールに報せが行き、援軍を寄越されてしまう。

 駆けつけるのは下っ端まで精鋭と名高い、デマルシェリエ辺境騎士団だ。

 あの頼もしそうな騎士団が敵に回った日には、その厄介さは筆舌に尽くし難いと容易に想像できる。

 うちの子がこいつらに囚われているんだと、訴える暇さえあるかどうか。もし耳を傾けてもらえても、証拠もないのに王家の使者へ「馬車の中身をあらためさせろ」なんて要求はできないはずだ。

 騎士団は馬車を見送るしかない。どころか、野蛮な種族に狙われていることを理由に、国境までの護衛を命じられる可能性だってあった。

 そうなればいくら灰狼といえど、手を出せなくなってしまったろう。


 となると。

 まさかこの狼達、事前にこの辺りを調べたのか?

 ハリボテ一行がイシドールへ滞在している間に、群れの誰かがこの辺りへ先行して。

 各所に潜んでいるプロの皆々様に気付かれず、()()()()()()()ポイントに目星をつけて。

 皆々様を一時的にこの場から排除し、決行した?

 それぞれをどのタイミングで行うか、慎重に読みながら――


≪って、まさかこいつら、この見た目で頭脳派なの!?≫

≪そのようですね。猪突猛進型の多い半獣族(ライカン)の中で、狼系は例外的に賢いという情報があります≫


 まじですか。

 つい彼らのほうに視線を戻すと、最初に私を見ていた男と目が合った。

 どこか焦っている。


「すまん、あんた食い物を持ってるだろ? 俺らは持って来てねえんだ。分けてくれねえか?」


 たっぷりあるとも! 自慢じゃないが私の鞄の中身、とても肉々しいからな!

 焼き菓子タイプの非常食だってあるし、水も着火石も携帯鍋セットだってあるぞ。なんならミルクだってある。これはもう、小さい子のお腹を満たしてやれと言わんばかりだな。

 自分の常識に照らし合わせれば、胃の弱った人間にがっつり固形食、それも肉料理を食べさせようとするなんて眉をひそめるところだが、他種族は事情が異なる。

 全部くれてやるとも。さすがにこれで血涙を流したりはしないぞ。

 平たい岩の上に鍋を設置し、次々と食べ物を取り出していく。周囲から熱烈な視線が突き刺さってきた。

 直接被害を受けているのは【プリトロ鳥】や【王桃鹿】の塊なので、私自身は気楽なものである。


「――おい……!」

「ん?」


 子供を降ろしていた仲間が、低い声で男を呼んだ。顎をしゃくり、馬車の中を示している。


「――え?」

「な、……」

「…………」


 覗き込んだ者が次々と絶句していた。

 おい、どうするよ。やべえぞ――小さくそんな呟きが耳に入った。

 何がやばいのだろう。やばそうなものは彼らに任せ、私はこのまま鞄の中身を大放出していて構わないだろうか?


《マスター。内部に生体反応が三つ残っています。ご覧になったほうがよろしいかと》


 灰狼達がぎょっとしてこちらを見た。

 彼らは既に聞いているはずだが、改めて小鳥の喋る場面を目の当たりにすれば、やはり吃驚するらしい。


「……他言無用で頼む」

「あ、ああ」

「もちろんだ」


 話が早くて助かる。

 溜め息をこらえ、作業を中断して立ち上がった。




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