34 人助け、思わぬ展開に
いつも来てくださる方、初めて来られる方もありがとうございます。
「やあ、ウォルド。なんか取り込み中だった?」
はっきり言って私は完全な通りすがりである。他人の喧嘩に巻き込まれてやる義理はない。が――なんとなく、この騎士さんは助けてやりたい気分になった。
縁もゆかりもないれっきとした他人なのだから、颯爽と無視してこの場を後にしても文句を言われる筋合いはない。ないのだが、この大柄な男は、明らかにどこかの騎士だ。
発音に訛りがなく、野卑な下町言葉も使わない、きちんと礼儀を弁えている人物。となれば、辺境騎士団に顔見知りがいても不思議ではない。
私に受けた冷淡な仕打ちを、騎士団に広められてしまったら非常に困るではないか。
しかもこの土地は、騎士団と討伐者の仲がいい。なので必然、私の悪評は討伐者にも伝わる。そんなことになったら、今後やりづらいことこの上ない。
と、ARKさん向けに後付けの理由を述べてみた。
実のところ、高位神官風の男ではなく騎士風の男へ味方したのは、もっとシンプルな理由からである。
「いや、すまん。何でもないのだ。すぐに行く。――そういうわけだ、サフィーク。友人が来たので、これで失礼させてもらう」
「……本当に彼は君の友人なのかい?」
こ、れ、だ、よ!!
この怪訝そうな表情、この台詞!!
清潔感のある身なり、丁寧な口調、俗世の悪事と縁の無さそうな雰囲気は、これぞ神官様という風情だ。整った顔に笑みを浮かべ、ありがたい祝福を紡げば、井戸端の奥様方は一人残らず虜になるであろう。
だが私は騙されない。
こいつはたった今、こう言いやがったのだ。
『君に友達なんているの?』――と!!
いて悪いか!?
一人二人でも友人は友人だろうが!! 共通の趣味で盛り上がれたら友人にカウントしたっていいだろうが!?
「え……それっぽっちしかいないの?」とか可哀想な目で見てくる奴はこっち来んな!!
……いかんいかん、つい熱くなってしまった。
こういう時は表情筋が鈍くなっていて本当に助かる。頭の中がカッカしていても、自然に無表情を保てるのだから。
まあそんなわけで。
このサフィークとやら、ウォルドという男が自分を追い払うために口から出まかせを言っているんじゃないかと、最初から疑っているのが明白なのだ。
その通りである。その通りなのだがね?
ウォルド氏が私に「すまん、合わせてくれ……!」と必死に訴える表情は、角度的に見えなかったはず。にもかかわらず、サフィークとやらは私を目にした瞬間、値踏みする視線を向けてきたのだ。
『本当は知り合いでも何でもないんじゃないか? この男に友達なんて作れるはずがない』……と!!
これを私に対する挑戦と言わず何と言おう?
≪被害妄想と言うのでは≫
お黙り。
「私が友人で何か文句でも?」
「えっ。……い、いや……」
「さっきから私を変な目で見てくれてるけど、あんたは人の友人の管理でもしてるのか?」
「いや、そんなつもりは、決して……」
こういう時は、無表情のまま少し目を細め、感情のこもらない平坦な口調で訊いてやると効果的なのだ。勝手に相手がいろいろ想像して怯んでくれる。
鏡の前でチェックし、ARK氏からも《相手へ静かに威圧感を与えたい場面において最適な表情です》と〝エクセレント〟の評価をいただいたやつだ。
「……申し訳ありません。不愉快にさせてしまったようですね。謝罪いたします」
あっさり頭をさげられた。
己の非を潔く認める、神官として模範的なふるまいだ。おそらく、普段はこの言動が常であり、ウォルドという男には若干くだけているのだろう。
なかなかやるな……。
肩透かしを食らって不完全燃焼だが、謝罪されたのに食い下がるのも大人げない。
というか、長引かせたらボロが出やすくなる。ここはさっさと〝友人〟を連れて退散するのが勝ちだ。
「別にいいけどね。……行こう、ウォルド」
「ああ、すまん」
「まったく。どこぞで迷子にでもなってんのかと思ったよ」
「――――」
「――――」
「ん?」
……。
ちょっと待て。なんだね君達、その反応は?
ウォルドさん? 何故急に真っ赤になって口もとを押さえているんでしょう?
そしてサフィークとやら。いきなり顔に「超納得!」と書いているのは何故だ。
つい、うろんな顔でウォルドさんを見上げたら、彼は乙女のように恥じ入りながら小さな声で言った。
「…………すまん。この町は、慣れたと……思ったんだが……」
「ウォルド、それも相変わらずなのかい……」
…………。
……ウォルドさん。
あんた、いかにも立派そうな騎士様の風体をしておいて。
方 向 音 痴 か ……。
◇
「長く引き止めてしまって申し訳ありませんでした。ウォルドをよろしくお願いいたします」
再び丁寧に頭をさげ、迷子を心配する保護者よろしく笑顔で解放してくれたサフィーク青年の瞳には、もはや一片の疑いも浮かんでいなかった。
これで疑惑が百パーセント晴れるってどうなの?
そう思いはしたが、羞恥で耳まで真っ赤にしている図体のでかい男が可愛、いや可哀想なので、ここは大人としてスルーしてあげることに――
――いや、スルーして大丈夫なのか?
サフィーク青年と別れ、待ち合わせ場所に向かうフリでウォルド氏と適当に歩いていったが、ふと心配になってきた。
この男、私とさよならして、つつがなく目的地へ到達できるのか?
考えてみれば私も大通りが旅芸人の出し物で塞がれていて、裏道を迂回してきたのだ。商人の馬車は慣れた様子だったし、彼らに道順を尋ねれば問題ないはずなのだが、地図まで描いてもらっても、迷う人はどうしても迷う。
あっちへ進めと言うのに、どうしてか反対方向へ行ってしまったり。本人達も、我が身に何故そんな現象が起こるのか、うまく説明できないらしいし。
昔、休日に待ち合わせをした知人がいきなりメッセージを送って来て、「北駅へ向かってたのに南駅に着いてた。今夏一番のホラー!」……おまえ、それはな? なんてこともあった。
しかもそいつは、ナビゲーションが音声で《この通りを右へ曲がってください》と教えてくれているのに、「え~、多分あっちのほうが合ってるよ?」と、何故か違う道で曲がりたがる奴だった。
ナビゲーション様に逆らうんじゃねえ! マップの南北をコロコロ反転させんな! 等々、何度矯正を試みたことか。あれも方向音痴と呼んでよかったのか。別次元の何かだった気もするけど。
このウォルド氏がそこまで酷くはないとしても、「この町は慣れたと思ったのに」的な台詞から、たびたび訪問しているにもかかわらず、何やら宇宙的な妨害電波を受信し、迷ってしまうのだと察せられる。
これも何かのご縁、私が連れて行ってあげてもいいんじゃ……と思いもするのだが、問題がひとつ。
≪ARKさん、こっちを監視してる人はいる?≫
≪おります≫
≪ずっと尾行してくるタイプ? それとも場所ごとに担当変わるタイプ?≫
≪この町へ入ってからは後者のみです≫
≪てことは、領主さんかな≫
≪おそらくは≫
少人数でこそこそ尾けてくるのではなく、あらかじめ町中の至るところに監視人を配置できるとなれば、かなり規模の大きい組織だ。
ごく自然にその場所へとけこみ、普段はありふれた住民の一人として生活しながら、己の担当するテリトリーにアンテナを張り続け――この町に裏社会を牛耳るマフィアなどはなく、それが可能なこの地の支配者は、辺境伯だけだ。
≪さっきのやりとり、多分見られてたよね?≫
≪はい。ですが、やはりマスターに敵対行動を取る様子はありません。多少気を付けて見ている程度ですね。この地の有力者はみな辺境伯に恭順の意を示しておりますので、不愉快な真似を仕掛けてくる者があるとすれば、大きな組織に属さないチンピラか、余所から来た貴族ぐらいではないでしょうか。当初の予定どおり、騒ぎを起こさなければ問題はないかと≫
そうか。ならば、そこまで過敏にならなくてもいいかな?
ただ、このウォルド氏が実はお尋ね者だったりすると面倒なので、念のため「本当は初対面なんですよ」アピールはしておくとしよう。
「そろそろ大丈夫そうですね。お知り合いに辛辣な態度を取ってしまいましたけれど、あんな感じで良かったでしょうか?」
「え? ――あ、ああ、勿論だ。……突然巻き込んで申し訳ない。助かった」
私の口調がいきなり変わって驚きつつ、ウォルド氏はぴんと背筋を伸ばし、腰のあたりからきっちり三十度ほど曲げる礼をした。
やはり身長が二メートル以上はありそうだ。短く刈り込んだ白銀の髪に、青灰色の瞳。鍛え抜いた感の漂う、厚みのある体躯。鈍く輝く銀の鎧を身につけ、その上に深緑色のマントをかけている。
年齢は三十歳前後ぐらいだろうか?
うむ。なかなかの男前である。さっきまで恥じらっていたくせに、キリッと切り替えできるところもなお良し。
幅広の大剣は、その重量から腰に吊るすことができないのだろう、ショルダーハーネスのようなベルトで斜めに背負っている。
しかし、実にRPG脳の心をくすぐる獲物なのだが、抜きにくくて大変だったりしないのだろうか?
一瞬そう思ったが。
≪あ? これ、鞘を回転させられるタイプ?≫
≪そのようですね。戦闘時は角度を固定しているベルトを外し、水平に変えて抜けるようになっております。おそらく特注品かと≫
≪ほほ~!≫
ちょっと見せてもらいたい、と思ったが我慢である。
「ところで、重ね重ね、申し訳ないのだが……」
ウォルド氏が再び頬を朱に染め、言いにくそうに頼み込んできた。
生真面目そうな大男の恥じらう姿って美味し、いやいや。
みなまで言わずともわかりました。やっぱり、自力で辿り着けそうにないんですね。
こちらはご縁を大事にする民族、せっかくだから助けてあげてもいいかな、と思い始めていたところなのだ。
ドーミア訪問二回目の私が、常連さんの迷子防止でついて行ってあげるとか、よく考えずともおかしい話ではあるけれど。
「うーん、それはいいんですが。私、まだ宿をとっていないんですよ。先に部屋を探してからでも問題ありませんか?」
「そうなのか? 俺もこれから宿をとる予定だった」
「……ここ、宿屋街ですよね?」
あんな目と鼻の先で迷子に……?
ていうか、ここまで来てまだ迷う自信が?
うろんなまなざしを向けたら、ウォルド氏は慌てて訂正を入れてきた。
「いや待て、そうではない! いくらなんでも、そこまで酷くはない――と思うぞ? 俺が泊まる予定なのは、ここではないのだ」
「はあ。どこなんです?」
「討伐者ギルドだ」
「――――」
「遅くなったが、俺の名はウォルド。こう見えて、討伐者をしている。特に活動地域を定めず、さまざまなところへ行っているのだが、一年ほどぶりにドーミアへ来たばかりでな」
騎士ではなく、討伐者だったのか。
壮大な迷子の結果として、各地を渡り歩いて来たのが真相とかではないよな。
「滞在する時は、よくギルド併設の宿に泊まっている。……しかしその、祭り期間に来るのは初めてでな……」
大通りが人で埋め尽くされており、仕方なく人の少ない路地を通って行こうとしたら「ここはどこ?」状態になってしまい、運悪く厄介な知人に捕まってしまったと。
いつもと違う道、それは方向音痴が決して通ってはならない道だ。
「名を尋ねてもいいか?」
「……セナ、です」
「セナか、良い響きの名だ。その美しい青い鳥にも名はあるのか? 随分珍しい、小さな鳥だが」
「ああ、これは……〝小鳥さん〟でいいですよ。種類はよくわからないです。適当に拾いましたので」
本当に、何の種類なんだろうね、この小鳥さんは。
モデルとなったコマドリがこの世界にいないっていう以前に、中身がね。
見た目は美しいんだけれどね。
「宿が決まっていないのなら、ギルドに泊まらないか? 本来は登録している者専用なのだが、俺の紹介ならば借りられる。もし空きがなかった場合でも、上等な宿の紹介状をギルドから出してもらえるぞ。この程度で礼になるとは思わんし、迷惑でなければ、だが」
せめてこのぐらいはさせて欲しい。ウォルド氏はそう締めくくった。
≪あれ……? なんでだろう、ARKさん。なんかまた、私ホイホイに吸い込まれそうな流れだよ? 強力に引き合う磁場でも発生してるのかな? これ、断ったほうが身のため……?≫
≪……マスター。この男、ギルドの〝顔〟の一人です。おそらく、この辺りで活動している同業者の顔はだいたい把握していますね。断れば、角が立つかと……≫
≪マジか≫
≪ご本人はともかく、周りが≫
なるほど。せっかくウォルドさんが親切に声をかけてやったのに、的な輩が湧くのか。そうなのか。
「……では、お言葉に甘えます」
ウォルド氏はどこか嬉しそうに、ほっとして頷いた。善意百パーセントである。
この人の好さそうなウォルド氏を、目的地へ連れて行ってあげるのはやぶさかではない。というか、部屋を探し終えたら一緒に行ってあげてもいいよと、そういうニュアンスで答えてしまった後だ。
行くしかない。そこの部屋を断る理由もない。
大丈夫。まだ挽回は可能だ。
連泊はしない。翌朝になれば速攻で食材を買い込み、速攻で帰る。
改めて心の中で決意表明をしていると、ウォルド氏が不思議そうにこちらを眺めていた。
「……?」
もしや私の心の声が漏れていた?
馬鹿な、そんなはずは――って、違う!?
≪ちょ、ARKさん!? 私、シールド消してるよね!?≫
≪はい。間違いなく不可視モードになっております。先ほどのサフィーク氏を始めとし、これに注目している者はおりません≫
≪だ、だよね!? でも、こいつの視線って≫
アサルトシールド。
不可視モードにしていても、私には位置がわかる。
それは私にのみ認識できるものだったはずだが、ウォルド氏の視線は、魔力感知に引っかからず、視認できないはずの〝盾〟を追っていた。不思議そうに。
≪視えていないのは間違いないでしょう。ですが、漠然と感じ取っているフシがありますね≫
≪げぇっ、やっぱり!? なんで!?≫
≪…………≫
ARK氏が沈黙し、何やら調査を開始する雰囲気が伝わってきた。
この男の背景を洗っているのかもしれない。
「あの、ウォルドさん? どうかしました」
「ん? いや、すまん。気のせいか……」
ウォルド氏は首をひねりつつ、呟いていた。自分でも、何が気になっていたのかよくわからないのだろう。
どうやら、この程度なら有耶無耶にできそうかな?
しかし、焦った。
思いのほか、この男は要注意人物かもしれない。




