29 装備確認 ~防御編~
いつも来てくださる方、ふらりと立ち寄られた方もありがとうございます。
評価、ブックマーク等も感謝です。
翌日。
ARK氏に《ご確認ください》と求められ、普段あまり足を運ばない実験設備フロアへ移動した。
昨日話していた、荷物の追加・変更についてだろう。
十階建てのビルが軽く入りそうな〈スフィア〉は、吹き抜けや中二階などもあるので厳密には階層分けをしていない。
しかも外側から見た形状は球体だが、内部は各種設備に影響が出ない範囲内で、構造変更が可能になっている。
でも私は「〈A-017〉へ向かってください」とだけ言われてもポカーンとなるしかないので、便宜上「どこそこのフロアにある〈P-019〉」と言ってもらうようにしていた。迷子になる心配をしているのではなく、どの場所の話をしているのか、そのほうがピンとくるからだ。
現状はおおまかに以下の通りで固定されている。
・上部の約二割……多目的フロア。リクライニングホールでプラネタリウムを楽しんだり、多目的ホールで雨の日の室内訓練をしたりする。ここだけでいったい何家族が余裕で住めるんだ、などと詮無きことを考えてしまう場所。
・中ほどから上……居住フロア。一泊だけで庶民の年収がぽんと飛ぶレベルのスイートルームが十室ある。私が利用しているのは居住フロア最上階の一室だけだが、これを〝一室〟と表現するたび違和感甚だしい広さと部屋数があり、奥まった部屋をあやしい偽魔法使いの調合室と保管室にしている。ウォークインクローゼットにキングサイズのベッド置けそうとか、バスルームだけで一人住めそうとか、これ絶対〝最低限〟の使い方間違ってるよね、などと詮無きことを考えてしまう場所。
・中ほどから下……重要設備フロア。採取した未知の物質の分析や、特殊加工の装備品を作る研究・実験用フロアもここにある。
ついつい、この〈スフィア〉のどこにARKさんの核があるのかなと思ってしまうが、これ自体が〈ARK〉の核であり頭脳なのだった。
そう説明されても余計にハテナだが、要するに余計な内装をすべて取り除いた後に残る白い床や壁や天井がすべて、ARKさんの身体で頭脳で核なのだ、という認識でいいらしい。
内部の構造変更だが、快適生活を求める方々の要望であれこれ内装に手を加えられているせいで、下手にいじれない範囲が多かった。
後付けのものを廃棄すればできるけれど、現時点でそうしなければならない理由もなく、さしあたって現状維持で問題はない。
未使用の個人部屋はすべて放置。この先も有効活用できる日は来そうにない。
ともあれ、下りていくエレベーターの中で、はたと嫌な予感に襲われた。
何故に実験室? と。
そしてこの世には、嫌な予感ほど的中する法則がある。
「…………」
指定された〈LABーA03〉の室内は、厚み数センチの分厚いガラスであちらとこちらを区切られていた。ガラスは複数の層から成り、並大抵の金属よりも強く、紫外線や赤外線、そのほか人体に有害なものをカットする強化ガラスだ。
ガラスの向こうには中央に白い台座があり、天井から無数のロボットアームが伸びているが、現在そこでは何の作業も行われていない。
既に作業が完了し、完成品がこちら側のテーブルに並べられているからである。
《まだ完成ではありません。実際に使用感を試していただき、微調整を行ってから完成となります》
「そーゆー問題じゃねえわ!」
そこにあるのは何の変哲もない、肘から手首、手の甲までを覆う漆黒のアームガードである。
ベージュのメカっぽいラインの模様がこの世界的に異色なものの、悪目立ちするほどのデザインではない。
そして私が普段使っているのと同じ、無地の黒手袋。だがこやつと一緒に並べられている以上、ただの手袋ごときであるはずがなかった。
これらを目にした瞬間、爪先から頭のてっぺんまで「やばい」と確信が貫いた。
何故か?
見覚えがあるからだ。
どこで?
ゲームです。
「コスプレ用かな?」
《実用品です》
現実逃避は許されなかった。
それはそうだ。マッドドクターA氏が関わり、ここがリビングじゃなく実験フロアな段階でもう終わっている。
《初の外出で戦闘というハプニングがありましたので、現状の魔導刀と胸当てだけではマスターの装備が心許ないと判断しました》
アダマンタイト製の超振動ブレードと胸当てで心許ないのだろうか。どうしてそんな判断に至ったのか皆目わからないのだが。
いったいこのドクターA氏はどんな野望を胸に秘めているのか?
これがもし、ゲーム設定そのままを再現した装備なら……防具であり、武器でもある特殊装備だ。
かつてよくプレイしていたゲームのひとつ――SF系体感型RPG。その中に登場する架空の軍事会社、〈スコーピオン社〉の開発した多機能アームガード〈フレイム〉が明らかにモデルになっている。
さすがに〈スコーピオン社〉の文字と蠍のロゴは入れていないが、それ以外は間違いなくソレだ。
【魔導式多機能アームガード〈フレイム〉】
〈スフィア〉が黎明の森に墜落した際、吹き飛んで折れた大量の樹木を木材にして保管しており、その内の最上級品〝仙樹〟を使用。ベルト部分は樹皮とアダマンタイトの極細繊維の合成皮。頑丈で非常に軽く、魔導刀と同様に人工魔導結晶を組み込んでいる。使用者の肉声あるいは補助脳を介した思念派でロックを解除することにより、秘められた機能を展開可能。
・防御……アサルトシールド(物理・魔防両用)
・攻撃……ライフル(フルオート・セミオート切り替え可)
詳細の確認は後にして、まず先に問い詰めたい。
ここは現実なのである。ゲームの電脳世界ではない。実は知らぬ間にゲーム廃人になっていて、現実に戻れず夢を見ているだけだったとすれば泣くしかないが、私もARK氏も「ここは現実」と何度も意思確認をしているのである。ならばひとまず、その方針に沿って振る舞うべきではないのか?
何故にわざわざゲームアイテムを出してきた? しかもコレを?
《マスターが愛用されていたアイテムだから、です。リアルさを追求した体感型戦闘ゲームは、すなわち戦闘訓練のシミュレーションシステムと同義ですので》
がつん、と頭を殴られた心地だった。
「待って。ちょっと待って。――あの~、もしやあのゲーム、まさか軍事利用されてたりした?」
《はい》
即答である。がくり、と膝をついた。誰かここにスポットライトをくれ。
《正確に申し上げれば、軍が民間のゲーム会社を使って広めたもののひとつでした。開発を検討されている武器や、荒唐無稽なトンデモ武器、その他あらゆる道具をプレイヤーがどう扱うか、限りなく実戦に近いデータが集められていたのです》
「ま、じ、か……!!」
知りたくなかった、そんな裏事情。
ゲーム機の一部を使う例は聞いたことがあるけれど、個人のプレイデータ自体も、とは。
……ありそうだ。製作会社、あの国だったし。ひょっとしてあのゲームとか、あのゲームもそうだったのではないか? 心当たりが次々と出てくる。
というか、人類がドームへ総避難していた時代に何をやっているのだ。
あの時代あの状況で、軍備増強に血道を上げてどうする?
「そんなもんに力入れたって、戦争なんぞできやしなかったでしょーが? 第一、人が直接武器を手にして戦う機会なんてそうそうなかったでしょ?」
《仰るように、武力を用いた国家間の戦争はドームを破壊しかねないため、一応は自重されておりました。ですが自国の支配、他国への示威行為として、軍事力は相変わらず求め続けられていたのです。収集されたデータは兵器開発以外に、戦闘用ロボットの運用にも利用されておりました》
「うおう……!!」
そんなものを楽しくプレイしていたわけか私は。なんてこったである。目から滝が出そうなんだが。
だがそうなると、ゲームの中で〝無数の怪物を倒す〟設定自体も、何やら意味深に思えてくる。
アバターのキャラクターは、サイボーグや遺伝子操作による強化人間、異星人との混血、パワードスーツを装着していたりと、大抵は身体能力が高い設定だった。
〈東谷瀬名〉は一般人の平均的な女性で、運動不足。現実にあれらの装備を身につけ、大立ち回りを演じるなど不可能だったろう。
だが戦闘用ロボットならばわけもないだろうし、私は――現在の私なら、多分、可能だ。
この状況まで全部想定されていた、と思うのは考え過ぎだろうか。
《考え過ぎではありません。ゲームの敵には、実験の失敗により誕生した怪物や、不時着した異星に存在する凶悪な生物などもよく出て来ましたでしょう。あれらは現実に有って不思議ではない問題として、対策を練られておりました》
もう床に寝転がるしかない。大の字になって「まじかー…」と呟いた。
前者の場合、過酷な環境に適応できる人類や動植物を創造しようとしたら、失敗して化け物になってしまったパターンか。
後者の場合、ほぼ私の現状とかぶる。
となると――国内外への示威行為うんぬんのほうが表向きで、どちらかといえば〝怪物〟のほうが、より現実的な仮想敵と捉えられていたのかも。
空想の産物ではなく、出現し得る脅威として。
「はー……」
背中から根が出てくる前に、渋々起き上がった。
ひたすら「なんてこった」を繰り返しても無益なので、とりあえず詳細を確認するとしよう。
まずは、辛うじて常識の範疇にある防御面からだ。
アサルトシールド――強襲から自分や仲間を守るシールド。かといって奇襲だったら駄目というわけでもなく、要するに攻撃を防御してくれる。可視と不可視の切り替えが可能で、不可視にしても使用者である私には認識できる。
結界のような〈スフィア〉のシールドと違い、可視状態にすると氷の結晶のような光の盾が周囲の空間に現われ、なかなか綺麗だ。盾は使用者が意識せずとも自動で反応し、即座に防御ポイントへ移動してくれる。
見える・見えないの切り替えができる理由だが、まず日常生活で常に見えていると鬱陶しい。
そして戦闘時においては、もし誰かと共闘することがあった場合、見える設定にしたほうがいい。ゲーム内では、レベルアップごとに出せる盾の枚数が増え、防御可能な範囲を広げられるようになった。つまり、いざという時に逃げ込める安全圏が、仲間の目にはっきりわかるほうがいいのだ。
盾一枚につき強度は固定値となっており、レベルに応じて強度が増すわけではない。その代わり、強力な攻撃に対しては盾を何枚も重ねて、一枚目が突破されても二枚目、三枚目で防ぐ方法もある。
注意点としては、盾を一ヶ所に集中させたい時は私がそう意識する必要があるのと、そうしたらそのポイント以外が無防備になってしまう点だ。
気になる点は二つある。
まず、私以外に守られる対象は設定できるのか?
ゲームではバディを組んだ相手となっていたが、現実ではどうなるのか?
《マスターが〝守るべき〟と認識した対象者すべてです。どうでもいい者、敵と認識した者などは含まれません》
なるほど、単純明快だ。精神波で〈フレイム〉にすぐ伝わるそうなので、味方の登録をする必要がないのは手間がかからなくていい。
次に気になる点だが、このシールドが〝攻撃〟と判定するのはどんな時だ?
・害意、攻撃意思を持つ者による〝攻撃〟に該当する行為。
・一定以上の速度で接近し、直撃コースであり、直撃したら一定以上の怪我を負う可能性があり、回避できない飛来物や落下物など。
・上記には該当しないが、使用者が身の危険を感じ〝攻撃〟と認識したもの。
つまり、見えない場所からの狙撃なども防げる。
上から植木鉢が落ちてきた場合、脳天に直撃しそうなら防ぎ、そうでなければすり抜ける。
ARK印の人工魔導結晶も仕込まれているので、物理だけでなく、魔力による攻撃も防げる。
防御結界の魔術や魔道具なども、だいたい似たような効果を発揮するらしい。ただし魔術士の皆が皆、それらがどういう条件下で有効になるのか、ちゃんと理解した上で行使しているとは言い難いそうな。
逆に私は魔術を一切使えないが、知識だけなら魔術士の最高位たる第十二階位のレベルまで、ほぼ完璧に憶えている。文字通り頭に叩き込まれたからな。
とにかく、慣れ親しんだアイテムだから、我ながら飲み込みが早い。
弱点もよくわかる。例えば攻撃意思がなく、単によろけてきた人物や物体なら、そのまま盾をすり抜けるのだ。――相手が懐に入った後で豹変した場合、間に合わない。
敵はおぞましい怪物だけでなく、暗殺者もいた。すれ違いざまにさりげなく腹や首をやられたら。
そのほかにも、やりようはあった。ゲーム内でこのアイテムを所持していたのは私だけではなかった。だから、これの攻略法は熟知している。
過信は禁物。そういう性質を理解した上で、いかに巧く使うかが大事なのである。
ところで、何故これが辛うじて常識の範疇と言えるかだが――それは、ぎりぎり防御結界のフリができそうなところと、私自身これが必要になりそうな場面が結構思い浮かぶからだ。
弓矢で狙撃、投げナイフ、吹き矢なんかにもおそらく有効。
……その界隈では有名だったらしい賞金首、何名も殺ってしまったからな。繋がりのあった連中からの報復とか、こいつ危ないから念のために殺っとこうとか、狙われる可能性ができてしまった。そう考えれば、なるほど確かに、胸当てだけでは心許ない。
かといって全身鎧は御免こうむる。私の強みはスピード、身軽さにあり、そんなものを着たせいで近接攻撃に反応できないとか、本末転倒でしかない。
生け捕りにすればよかったのに?
そんなの、無理に決まっていよう。
最初の一撃で仕留めなければ、次に待つのは相手からの反撃だ。凶悪犯罪者がこちらの生命に考慮してくれるわけがあるか。
出し惜しみをして勝てる確証はなかった。実戦でどこまでやれるか試したことなどなく、だから最初から全力を出した。
捕縛用のロープも、強力な麻痺薬や眠り薬もなかった。そんなものが必要になるとは思っていなかった。だから次回のお出かけは、それらも準備して行くつもりだ。もちろん使う機会などないだろうがね――まあ、念のためだよ。
そんなわけで、まあ、この防御面については致し方ない。
これについてはわかる。理解できる。
意味不明なのはこれだ。
ライフル(フルオート・セミオート切り替え可)。
ちょっと待て。
何故これを付けた。
いや、確かに、〈フレイム〉にはこれが備わっていたとも?
メリットやデメリット、どんなふうに使っていたか、ちゃんと憶えているとも?
だから何故にこれを付けた?




