28 食の情熱と監視対策
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てらてら、きらきら黄金の輝き。
ほんわか立ちのぼる湯気、かぐわしい芳香。
ごくり……。
箸を入れれば抵抗なくトロリ、と分かれ、鮮やかな人参、透明な玉葱の下から、うるつやのソウルフードお米様が……。
「至、福……♪」
パン派の人もいるだろうが、私は断然、お米教信者である。
【プリトロ鳥】のモモ肉は、舌触りなめらかでいて、噛むとぷりゅん、じゅわりな、要するに最高であった。
「はもはも、もぐもぐもぐ……ごくん。…………やばい、合うわ……これ親子丼、めっちゃ合うわ……唐揚げもいけそう……♪」
肉の旨味に負けず、卵も濃厚美味。食欲を直撃する、この麗しき黄金タッグよ。
強いて難点をあげれば、一個で鶏卵三個分のでかさなので、卵かけご飯には向かない。
少々頑丈な殻は、表面を水で洗い流せば雑菌のほとんどが落ちる。中身はなんと半熟卵でもいける新鮮さだった。
国や店によっては不衛生で、生は危険とのことだが、ドーミアの食材市場はそのあたりも徹底している。
《卵の種類にもよりますケドネ~。きっちり加熱シナイと毒素が抜けナイ卵もあるみたいデス。【プリトロ鳥】はその点デモ使い勝手の良い食材デスネ》
「うんうん、そうだねAlpha君、美味しいって最高だね♪ ……というか、毒のある食品をなんとかして最初に食べた奴がエライよ、ほんとに……」
フグを最初に食べたのは誰だ。
タコやウニを最初に食べてみようとチャレンジしたのは誰だ。
先人は偉大である。
《デザートはプリンですヨ~♪》
「わーい♪」
本日の食卓には、粉と水を練り練りした化学物質料理など一切並んでいない。
気分的に美味しく食べられるって、なんて素晴らしいんだろう。
《残り食材はアト二日分デスネ~♪》
《――これっ! いきなり現実を突き付けるのはやめたまえっ!》
せめて食べ終わるまで待ちなさい。
◇
誰の教育なのか、ほがらかなノリで告げられた現実にほんのちょっぴり悪意を感じつつ、それでも本日の食事は文句なしに至福のひとときであった。
食後のプリンのカラメルに悶絶しつつ、ほっこりコーヒーを飲みながら、予想外に濃密だった町での数日を思い返す。
実際にドーミアの町を訪れた印象としては、やはり近世ではなく中世寄りだなと感じた。
厳密に比較しようとすればするほど無理が出てくるので、あくまでもおおまかな印象に過ぎないが。
ヨーロッパの中世末期から近世にかけて悪名高い異端審問は、そもそもこの地では起こっていないし、今後も起こりそうにない。
火薬に該当する発明品はなく、ARK氏いわく、微妙な物理法則や含有成分の差異、魔素の影響などで、似た材料はあっても同じものが作れないとのこと。だからここには銃も大砲もない。
多少の怪我は治癒院で下位神官が治してくれる。治癒士ひとりにつき、一日せいぜい三~四人が限度だが、よほど重症でもなければその日のうちに治るので充分だろう。血を失い過ぎたらヤバイ程度の知識はあり、運悪く治癒士が限界だったら、止血などの応急処置をして気力・魔力が回復するのを待つ。外科? 何それ?
薬師はピンキリで詐欺師が多い。ただし、魔術士の調合薬はだいたい信頼される。「この病の原因は魔物が体内の魔力を穢したからだ!」なんてこともある。――本気で。真面目に。【病魔】が実在する。なんてこった。内科? 何それ?
急性アルコール中毒、アレルギー反応、破傷風といった、魔術だけでは突き止めようのない系統の知識は広まっていない。高位の神聖魔術ならほとんどを癒やせるらしいが、そんなものを扱える神官はごく一握りどころか、ひとつまみも居ない。そして治っても結局、原因は不明のまま。医学の進歩、やっぱり大事である。
さらにこの大陸以外の人類の生息圏は、ほど近くに小さな島国が散見されるぐらいで、大航海時代は訪れそうになかった。
なんたって複数の神様が「新大陸? 無いよ!」とお告げで断言しているのだから、大海原の向こうに無謀な浪漫など抱きようがない。
しかし、野心家を牽制しつつ正確な情報を提示してくれるなんて、この世界の神様、やっぱり親切である。常識人説がどんどん私の中で急浮上だ。
まあ、この大陸だけでもかなりの広さだし、魔物もいれば他種族もいる。山も川も谷も原生林も大量にあり、全土をくまなく記した地図はなく、移動手段は馬車か騎獣。EGGSが上空から撮影し、ARK氏がマッピングデータに落とし込んだ詳細な地理情報、地図にしたらいくらで売れるかな、なんて欲を出してはいけない。そういうのは世界中の偉い人に目を付けられて、刺客の大量投入か拉致監禁な案件である。
世界は充分に広く遠いので、この地の人々が海や空へ意識を向ける時代は、遥か先になるだろう。
いつか、世界は丸いんだと証明したい人が出てくるまでは…………いや、出ても当分の間は周りの人がなんとか止めてあげたほうがいいな。
海洋の生物って陸上より巨大化しやすいし、この星の生物って魔素のせいで、ほら………………深海からのナニカ的な…………。
ともあれ。
剣と魔法の世界な分、技術方面の発展がゆるやかという、そういうパターンだ。
領主の住まいは宮殿ではなく、実戦仕様の城塞。
食事に複雑なマナーはなく、クリスタルのきらびやかなシャンデリアはない。
大きな一枚板のガラス窓もない。
たまにガラスの欠片を繋ぎ合わせた採光用の窓はある。領主によってはステンドグラスのように洒落た雰囲気を出すところもあれど、辺境では実用一辺倒だ。ガラスは値が張る上に防御力がないので、多用はしない。
灯りは蝋燭や松明のほか、魔石の一種である陽輝石、月輝石だ。陽輝石は息を吹きかければ一定時間、陽光に似た温もりのある光を放ち、再び息を吹きかければ消える。月輝石は何もせずとも、暗い場所でほんのり青白く発光している石だ。産出量はどっこいで、それぞれ用途によって使い分ける。
富裕層の家庭の灯りには、陽輝石がよく使われる。ドーミアぐらいの大きな町では街灯に利用されたりもする。魔石だから安くはなく、小さな町や村、治安の悪い区画の街路には置けない。
ほかにも、あれこれ、いろいろ、もっと観察したり観光したい場所はあったのだが……。
「ただ食材を求めて一念発起しただけなのに、どうしてあんな展開になったのやら?」
あの恐ろしい物体の数々を食したくない一心で腰を上げ、勢いをつけて森を出て、ARK氏の索敵により魔物とも遭遇せず無事に町へ着いた。それはもうスムーズに。
そこまではよかった。それが何故あんな方向へ行ってしまったのか。
《デザートもお済みのようですので、ご報告です、マスター》
「やあARK君、お気遣いありがとうよ……何かね?」
《昨晩、マスターの就寝後、EGGSから届いた映像です》
ドーミア城の一室が映し出された。
室内にいるのは、ついさっきまで思い浮かべていた辺境伯カルロ氏、それにご子息のライナス殿と、素敵猫氏のグレン殿である。
どうやら三名で飲んでいるらしい。
……。
「あのう、ちょっと、ノゾキはどうかと……」
《純然たる情報収集です》
「あ、うん、そうか。そうだね……?」
……知り合いが映っていると、やたら罪悪感があるのだが。
仕方ない。
ARK氏が〝報告〟と言うからには、大事な報告なのだ。
そしていざ観てみると、やはり重要な内容だった。
「……うぅーわぁー、どうしよ。なんか私、凄い人っぽく思われてない?」
《思われておりますね》
「ひぇー! どうしよう、なんかごめんなさい、むずがゆい、私そんなんじゃないよぅ……煩悩に忠実なただの人なんだよぅ……ううう……」
ぽやぽやお花畑なお姫様と腹黒侍女の呆れた顛末なんて、自分への過大評価で吹っ飛んでしまう。
《ちなみにこの猫氏なのですが、マスターが犯罪者の追跡中、距離をあけて付いて来ておりました》
「えッ!? マジで!?」
《映像の通り、マスターに対する敵意も害意もありません。むしろ好意的です。この猫氏の背景も調査したのですが、詳細をお聞きになりますか?》
反射的に「うん!」と親指を立てかけ、踏みとどまった。
――わざわざ確認するということは……。
「その〝背景〟って、私も知ってないと何か不都合が生じたりする?」
《いいえ》
やはりか。そうでなければ、ARK氏は問答無用で報告してくるのだし。
ならば知るも知らぬも、私の自由にしていい件ということになる。
となると……。
「うーん……」
興味はある。正直、知りたい。
が。――知ってしまうと、再会した時の罪悪感が、今以上に半端ないことになりそうだ。
言い回し的に、勝手に知っちゃいけないたぐいの暗い過去が出てきそうだし。
「……やっぱいいわ」
《よろしいのですか?》
「うん。知っておかないと害がありそうなら、その時は教えてくれる?」
《承知しました。状況が変化しそうであれば、再度確認いたします》
「ん、頼む」
――二度とドーミアへ行かない選択肢はない。何故ならば、私の心に安心・平穏を与えてくれる食材各種が呼んでいるからだ。
正直、面倒ごとには関わり合いたくない。壮大な勘違いに満ちた視線を向けられたくはない。人の視線こわい。人付き合い苦手。昔より体積が減っているはずのお腰が重い。
が。それを耐えてでも、食べたいものがまだまだいっぱいあるのだ……!
たっぷり買い込んだとはいえ、私ひとりで背負える量などたかが知れている。おまけに、背負った状態で森を踏破せねばならないのだから、どうしても制限があった。
残りはあと二日分しかない。ならば、また買いに行くしかなかろう。誰かに依頼して、定期的に森近くまで食材を運んでもらう手も考えたが、それは駄目だ。
そんなことのためだけに討伐者を雇いたくはない。
運搬を頼んだ人が、もしも道中で魔物に襲われでもしたら後味が悪い。いや、後味以前に、そんな犠牲を払って手に入れた食材なんて食べる意欲が失せる。
騎士団に頼むのも避けたかった。変に関わりが強くなってしまうのはまずい。実態はどうあれ、周りからはそう見えてしまう。
過大評価された状態で、有耶無耶に勢力に組み込まれる展開はごめんだ。カルロ氏は良い人だし、ぶっちゃけ好みストライクなロマンスグレーである。
が、それはそれ、これはこれだ。
「ARKさんや。森の周り、密かに監視してる奴はいる?」
《おります。辺境伯以外にも、情報収集に余念のない方々の手の者が、複数》
「っっっくあーっ! やっぱ注目されたかあ……!」
《そうですね。いずれも目的は様子見であり、攻撃の意思は見受けられませんが》
「ぐぐっ……どうしてくれよう。絶対粘り強いよね、張り込みのプロって……」
《プロですからね。ただ、勤務態度の甘いチンピラも一定数混入しております。雇い主も小悪党ですね。これらの目を誤魔化すのは容易でしょうが、その必要はないかと考えます》
「というと?」
《普通に出かけ、寄り道をせずに何事もなく買い物を完了し、普通にお戻りになればいいかと。――今度こそは》
「…………そうっすね」
その強調点が不穏なのだが。
しかし、その通りである。行って買って帰ればいい。ただそれだけだ。
特筆すべき出来事が、間に何も挟まれなければいいのだ。
何事もなく。
……。
そう、何事もなく。
…………。
あれ、おかしいな? こんな当たり前のこと、決意たっぷり込めて宣言するものじゃないよね?
おかしいな。
《幸い、祭り期間はほとんどの方々が人手不足ですので、監視に割ける人数にも限りがあります》
「あ、うん。そうだね?」
《周辺をうろつく人数の少ない今が、出かける良い機会と思われます。見張っていても何の収穫もないと判断させられれば、さらに半数は減るかと》
「それもそっか……。多分、小悪党なら早めに見切りつけてくれるかな」
《おそらくは》
本物のプロが厳選されて残りそうだが、そういうプロは礼儀正しく、こちらに気配を悟らせないよう監視してくれるものだ。
高度監視社会を経験した記憶持ちとしては、しつこく〝見られている感〟がなければ、そんなに神経に障ることもなさそうである。
「よし。じゃあ、またドーミアに行くとするか! ――三日後に」
《承知しました。マスターのお荷物に追加と変更を加えますので、明日ご確認願えますか?》
「うん、いいよ」
鞄とか、万能ナイフとか、持って行く薬のラインナップとか、そういうものかなと思い込んでいた。
――何を追加変更するの、と、問い詰めるべきだった……。
その場ですぐに確かめないから……。




