27 三者密談 事の顛末
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幕間ラストです。
ドーミア城、城の主の部屋で、三名の人物が盃を交わしていた。
ひとりは主たる辺境伯カルロ=ヴァン=デマルシェリエ。
後の二人は、息子のライナス、そして討伐者のグレンである。
グレンは最高位の聖銀ランクであり、貴族の居城に招かれても不自然ではない。
かつ、日頃から辺境伯親子と親しくしており、今までもこの面子だけで酒を酌み交わしたことが何度もある。
辺境伯の本音としてはリドルも招いてやりたかったのだが、リドルの職種的に、こういう場に招くことはあまり好ましくない。加えて、あいにく彼は急用ができたとかで、しばらく不在にするとのことだった。
報酬は奮発しておいたが、いつかこの親子が揃った時に飲んでみたいものだ、と密かに思う辺境伯だった。
「――お姫ちゃんはともかくよ。あの侍女の狙いは何だったんだ?」
グレンの問いに、辺境伯親子が同時に眉根を寄せた。
そんな表情をするとそっくりだな、とグレンは微笑ましい感想を抱いた。
「訊かねえほうが良さげな話か?」
「構わんよ。今回のこれに背後はない。――あの侍女は、かつて政略で嫁いだ相手が最悪な男だったそうでな。双方の実家に露見し離縁の流れとなったが、再婚は容易ではなく、元夫の親族が侘びを兼ねて侍女に推薦した経緯があるそうだ」
「へえ。野郎はどっかで野垂れ死にすりゃいいな。それで?」
「殿下が禁句を口にした。『自由な恋が許されているあなたが羨ましい。心から愛する男性のもとへ嫁げるのだから』と」
「――は?」
ぽかん、とグレンは口を開けた。
「……あ~? …………あー、つまりよ。自由に恋をしてえから、若さんに嫁ぎたくねえと。そうほざいたわけかあのお嬢ちゃんは?」
親子の眉間のシワが深まり、グレンの無礼を咎める者は誰もいなかった。
王宮侍女はみな貴族令嬢なのである。政略結婚の箔付け、嫁ぎ先の期待できない多兄弟の末っ子、真剣に侍女を目標にしていた等さまざまだが、言えることはひとつ。
――恋愛を楽しみたくて侍女になる女などそうそういない。
「王都で流行っていた恋愛物語の悲運な姫君に感情移入し、己をその立場に置き換えておられたようでな。絵姿も目を通さぬまま捨てさせていたらしい」
「ああそうかよって、納得できるかおい。ごっこ遊びだろうがなんだろうが、王女の立場でそれやべぇだろうが?」
「あいにく、あの御方はご自身を客観的に省みることがお苦手でな。単に〝自由無き哀れな王女〟をご自身に重ねて酔っておられただけであり、深い意味はないと侍女も承知していたらしいが、苛立ちは年々積み重なっていったそうだ。そしてライナスとの顔合わせ後、姫がそれまでの言動をあっさり翻したことで怒りが頂点に達した。さんざん会いたくないと駄々をこね、周囲を困らせておきながら、一転してライナスとの出会いを『運命の恋に違いない』とはしゃぎだしたそうだ」
「……あ~……侍女に同情するわ、そりゃ……」
いざ会ってみれば好みの男だったので、コロリと態度を変えたわけだ。もし侍女の立場なら、自分も王女を引っ掻いてやりたくなるなとグレンは思った。
むろん非力な少女に爪を立てたりはしないが、男相手のように痛めつけて解消できない分、余計にイライラが溜まりそうである。
「『とにかく滅茶苦茶にしてやりたかった』のだそうだ。かつての嫁ぎ先に出入りしていたその筋の男に接触し、姫の耳に市井の賑わいを吹き込み、それとなくお忍び見物をしたくなるように誘導した。そして自分も姫の巻き添えで攫われたように見せかけ、姿をくらます計画だったらしい」
「そーゆー繋がりだったか……なんだってあんな世間知らずその二っぽい女が、マジの悪党に繋ぎつけられんのか不思議だったんだけどよ、謎が解けたぜ。にしても行動力のある女だなぁ。計画は杜撰だけどよ」
「まったくだ」
個人的には同情を覚えても、侍女として我慢が足りない上に浅慮と言わざるを得ない。年上の女としても、相手は頭の足りない小娘と割り切るべきだったのだ。
要するにあの侍女もまた、よくいる貴族の娘だった。
このぐらいなら大丈夫。自分が罰されることはない。
そんな思い込みで行動した結果、投獄される段階になって初めて理解するのだ。やってはならないことをしてしまったのだと。
「――あの通路は既に潰した。万一にでも外部に漏れ、侵入に利用されでもしてはたまらぬからな」
「だろうよ。つうか、嫁にした後じゃなくて良かったなあ」
デマルシェリエはただの貴族ではない。辺境伯家だ。
そこらの貴族の小娘と大差ない少女に、この家の妻など務まりはしない。真面目に危機だったのだ。
(犠牲は緊急脱出路ひとつ……つっても、それは新しく作りようがある。だがあのお姫ちゃんを蟲ごと腹ん中に抱え込んじまったら、この先、裏道ひとつの犠牲じゃ済まねえ事態になる)
小娘ひとりのお遊びで、国の盾が息の根を止められる。決して大袈裟ではない。
「姫にはご自身の愚行の結果を、きっちりすべてお伝えしたよ。侍女の悪意も包み隠さずね」
「お、おう。そうかよ…」
ライナスはとてもいい笑顔だった。それはもう、ぴかぴかの笑顔である。
「衝撃を受けて泣いておられたよ。泣くだけでスッキリせずに、ちゃんと反省もしてくださればいいんだけどね。もし何も学んでくださらないようであれば、とても困るどころじゃないな。可愛らしいだけで結婚はできないからね」
「とりわけ我が領は防衛の要だ。それを軽い遊び気分で、内側から揺るがしかねない者など、断じて我が家に迎えるわけにはいかんからな」
親子ともに、とても清々しい笑顔だった。
「あぁ、うん、まあ、そうだよなあ……」
蓋を開ければ、いち侍女の単なる私怨。
万が一にもこの洒落にならない誘拐劇が成功していれば、逆にデマルシェリエが責任を問われ、今後王家からの要求を、どんな理不尽なものでもすべて呑まなければならなくなっただろう。
――だが、そうはならなかった。
(裏であの侍女を煽った奴がいるかも、とか思ったんだが。さすがに穿ち過ぎだったか)
辺境伯が「背後はない」と断言し、どこぞへまた忙しく駆けていったリドルも、グレンに何の警告もしていなかった。だから本当に何もないのだろう。
大ごとに直面すると、きっと何か大層な理由がそこにあると期待してしまいがちだが、案外本当にくだらない原因で、重大事が引き起こされることもあるのだ。
むしろ、もっとしかるべき事情があったらよかったのにと、つい思ってしまうぐらいに。
(ま、そんなことよりも――……)
さんざん引っ掻き回し、疲れさせてくれた小娘よりも、今やこちらのほうが彼らには重要だった。
「〝魔法使い〟が、我が領地に居を定める日が来ようとはな……」
辺境伯が感慨深げに呟き、それを受けてライナスとグレンもまたしみじみと頷いた。
おまけに、移り住んだのはあの森の中だという。
〝黎明の森〟――代々この地を治めるデマルシェリエ家の伝承において、別名〝神域の森〟と呼ばれる、あの不可侵の森に。
「善き者は迷いに迷ったあげく、いつの間にか森の入り口に戻され、悪しき者は永遠に姿を消す。かつて太古の神々の住まいがあったとされ、勇猛な魔馬達でさえ決して近付こうとせぬのに……」
あの少年――セナ=トーヤはべてを語っていたわけではなかろうが、少なくともあの森に住めているのは事実であろう。
彼を送った騎士からも報告を受けている。大量の食材を背負い、平然とまっすぐ、森の奥へ向けて歩いて行ったと。
何より辺境伯の、強者を嗅ぎ分ける嗅覚が告げていた。
――あれは底知れない。
しかし息子のライナスは、まだ父やグレンほどの領域には達していなかった。
「ご命令通りにあのまま行かせましたが、本当によろしいのでしょうか?」
是非また来てくれ、歓迎する。そう伝えはしたものの、再会の約束も何もしていない。
セナ=トーヤの師であるという〝森の魔女〟に至っては、結局どのような人物なのかわからずじまいだ。
謝意なり歓迎の意思なりを示したい、そういう名目で面会を申し入れ、もっと繋がりを確かにしたほうがよかったのでは――とライナスは思っていた。
が、父は首を横に振る。
「〝魔法使い〟に詮索は厳禁だ。こちらが強引な態度に出ると、さっさと姿をくらまして別の土地へ行ってしまうであろう。今後セナ=トーヤを見かけた際、世間話をする程度なら構わぬが、くれぐれも尋問めいた真似だけはしてはならんぞ」
「もちろん、恩人にそのような真似はいたしませんとも。……しかし父上、初歩的な疑問でお恥ずかしいのですが、彼はそもそも本物なのでしょうか? あの少年からは魔力など微塵も感じませんでしたが」
辺境伯は肩をすくめ、口をひらいたのはグレンだ
「結界に護られた安全な壁の内側で、これみよがしに魔力を垂れ流す魔術士どもの中に本物の強者なんぞいやしねえ。俺はこんなすげえ武器持ってるんだぜってキャンキャン吠える野郎ほど、たいがい見かけ倒しだろうが。魔物の跋扈する壁の外で平然と生きられる、智恵と能力を兼ね備えた強者を〝ニセモノ〟っつーんなら、何をホンモノって呼びゃぁいいんだって話だ」
襲われてみすみす被害をこうむる者は三流。
戦って勝利できれば二流。
そもそも襲われすらしない者が一流だ。
貴族化が進んでいる魔術士は、二流を一流と勘違いして、そこ止まりになる者が多い。
「グレンの申す通り。昨今の魔術士どもは、〝魔法使い〟など子供向けのおとぎ話に過ぎんと鼻で嗤うがな……」
肩をすくめつつ、辺境伯はグレンの台詞を肯定し、そして最も重要なことを告げた。
「〝黎明の森〟から出る気のないらしい魔女殿についてはともかく、決してあの少年の機嫌を損ねてはならん」
ライナスは目を見開いた。他人のご機嫌取りほど、この父に相応しくない言動はないからだ。
〝魔法使い〟が師と呼ぶ以上、かの森にいる魔女もまた〝魔法使い〟と考えたほうが自然だ。一人でも滅多にいないのに、同じ場所に住む二人の〝魔法使い〟――だからといって、この偉大な父がそこまで気を遣う必要があるのか?
「おまえさんはアレを直接見ちゃいねえから、ピンとこねえんだろうけどよ。力押しでどうにでもなる相手と思わねえほうがいいぜ?」
「ああ……グレンは見たんだったな。あの少年が短時間で制圧した、としか聞いていなかったんだけど、実際どういう感じだった?」
「どうもこうも。――あの坊やはほんの十秒あるかないかのうちに、連中をぶった斬ってのけやがったのさ。現場は血の海だったってのに、坊やは返り血を浴びてなかった。あの狭い場所で血を浴びねえぐらい、次の動きが速かったってことだろうよ。俺の印象じゃあ、人族ってより、妖猫族の動きに近かったぜ」
「そ、れは、――凄まじい話だが、ずば抜けた腕前を持つ剣士の話にしか聞こえないぞ」
「あの中に魔術士くずれが二人いたんだよ」
息を呑むライナスの前で、グレンは残り少ない酒杯の中身を一気にあおる。
「胴から首がおさらばしちまった二人がそうだ。片方は没落貴族の息子で、もう一方は商家の息子だったが、素行が悪すぎて勘当されてる。中途半端に魔術を学んで、開花するほどの才能はなかったものの、悪党の世界じゃ立派にお役立ちだったらしい。そいつらは二人ともけっこう高価な魔道具を身につけてた。持ち主に怪我を負わせかねないあらゆる攻撃を防ぐ、守護結界の魔道具だ」
悪さを働く時は、この二人が人質の拘束役だったらしい。
魔術士は両手が塞がっていても攻撃手段がある。加えて、強力な守護の魔道具で身を守っているから、奪還を試みた者の不意打ちも、すべて彼らには通じない。
そのはずだった。
「ところが奴らは、結界ごと首を斬られた。骨まですっぱりとな。魔力を纏ってねえ剣じゃ、確実に無理だ」
「――――」
武器に魔力を帯びさせて戦う。これは通常攻撃より遥かに高い攻撃力を得られる代わりに、制御が難しく、通常の武器だと損耗も早くなる。ゆえに魔力に強い素材を用いたり、何らかの術式や魔石を組み込むことで耐久力や制御の問題を解決した武器もあるが、本格的なものは価格が二桁も三桁もはねあがった。
おまけに使用者の魔力量が一定値を下回っていれば、手にしたところでうんともすんとも言わない。
もしあの剣がそういうものだったなら、セナ=トーヤが決して弱くはない魔力を持っている証明になる。
余談だが、武器の耐久力などまるで気にする必要のない例外が精霊族である。精密な魔力操作は息を吸うことと同義であり、彼らには制御用の術式など一切必要がなかった。さらに、魔力を浸透させれば損耗どころか、むしろ強化される聖銀を、彼らはふんだんに武具に使えるのだから。
「只人でさえいくらかは魔力の気配を帯びるものを、片鱗も覗かせぬほど魔力操作に長けた者は〝魔法使い〟以外におらん。それに、剣士は魔術を習得できるとは限らぬが、逆はたやすいのだ。健康な肉体ひとつあれば良いのだからな」
「そうそう。両方鍛える奴があんまりいねえってだけでな」
父とグレンが視線を交わす中、ライナスがぽつりと尋ねた。
「……〝魔法使い〟の話、なんですよね?」
「そうだが?」
「…………憧れていたのと違う…………」
青年の呟きが寂しげに響いた。憧れていたのか。
不思議なローブを纏い、不思議な杖を持った、叡智ある神秘的な老人……どうやら、そういうイメージを温めていたらしい。
「ま、まあまあ、気にすんなって!」
グレンはライナスの腕をぽむぽむと叩き、父は息子の杯に黙って酒を注ぎ足した。
ちなみに討伐者登録をしている者の中にも、まれにだが魔術士はいる。残念ながら大半は無駄にプライドが高く、日頃から地道に備えることをしないため、ほとんどが簡単な依頼すらこなせない。
魔術士に限らず、貴族出身ではあるが家督が継げず、外で身を立てねばならない者に性格難が多い。連中にとって、討伐者ギルドに登録するのは最終手段なのだ。
デマルシェリエ領のように貴族とうまくやっている所など余所では滅多になく、ほとんどの上流階級民にとって討伐者ギルドは野蛮なゴロツキの巣窟と大差がない。
最初からそれを目指す変わり者など滅多におらず、別の道を模索していたのにそうなるしかなかった、恥ずべき無才の証明と捉える者が少なくなかった。
そんな調子で誰かと組んでも、長続きするわけがない。魔術専門の討伐者は、八割ほどが早々に限界にぶち当たり、下位の青銅ランクから上に上がれない。
大口を叩く割に、攻撃系の魔術を戦闘開始早々に二、三発撃って力尽きる、そんな連中ばかりなのだから。
(あの坊やなら単独でも順調に稼げそうだけどよ)
あまり討伐者になりたい風ではなかったが。
やろうと思えば、できるだろう。
「そういや旦那、あの坊や何歳だと思う?」
「それならば、報告書のほうにあったぞ。若く見えたが十五歳らしい」
「えっ、十五歳ですか!?」
「ほーん。やっぱなぁ……ガキにしちゃ、雰囲気あるな~と思ったぜ」
「さすがだな。私も、十二より多少上かとは思っていたのだが……彼を見送った後で目を通した調書に、成人済みと書かれていて少々焦ったぞ。十五歳でもかなり若いが、早熟の天才ならば、世に名が知られ始めてもおかしくはない年齢であろう。子供扱いをしたのは気付いていようし、不快を感じていなければよいのだが」
「大丈夫だろ。ガキ扱いされて腹立てるよーなガキじゃねえよ、ありゃ」
「そうか? ならばよいが」
ほっとする辺境伯だが、ライナスはまだ実年齢の衝撃から立ち直れていないようだ。
「結婚も出来てしまう年齢だったのか……あれで……」
「いやいや、さすがに結婚は無理じゃねえ? 男には女子供を養う甲斐性ってもんが――ああ、俺と同業で稼げるか。賞金稼ぎでも喰ってけねえことはねえだろうし」
「犯罪者狩りは報復の危険があるから、専門にしないほうがいいんじゃないか? 依頼を選べる討伐者のほうが、まだ恋人や奥方を安心させられるだろう」
「選べるっつってもなぁ、安全な依頼ばっかだと収入がちょびちょびだぜえ? 土産をちょっと奮発したかったら、やっぱ男はなあ」
「いや、やはり安全性の高い仕事の選択肢はあったほうが――」
にわかに盛り上がりだした二人に、辺境伯は呆れた目を向けた。
「この手の話題になると途端に活き活きし始めるな、お前達は。……〈青鹿〉の女将から連絡があったのだが、彼はあの店にも顔を出していたそうだ。その際に良質の薬を卸し、女将も彼を気に入った様子だったぞ。彼自身も調合を学んでいるとすれば、薬師としてもやっていけるのであろうな」
「へえ? あの婆さんに気に入られたんなら勝ったも同然だな、坊や。つうか、坊やっぽく見えても、女を養う甲斐性は充分にあるってことか」
「彼はこれから背も伸びるだろうし、多才のようだから、グレンより女性達にお買い得と言われるようになるんじゃないか?」
「む。わかってねえな坊ちゃんよ。いいか女ってのはな――」
「女の話題から離れんか、お前達……」
辺境伯は溜め息をついた。
次は章が変わり瀬名とARK氏メイン、SF要素強めになっていく予定です。




