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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
たびびとレベル1、町へゆく
25/70

24 ミッションクリア

評価・ブックマーク等ありがとうございます。

気長に待ってくださる方、心から感謝です。


今話は文字数が多いので、時間がある時にお読みください。


 さりげなく刀身内部から魔素を拡散させ、魔導刀を鞘に戻し、両手を挙げる。

 悲鳴を聞きつけたのは、何も連中の仲間だけではなかった。

 すぐに路地は大勢の騎士服を身につけた人々に塞がれ、蒼白になった男達も両手を挙げた。


 あ。これ、「抵抗の意思はありません」て合図は共通してるのね?


 つい銃を構えた警官向けのポーズを取ってしまったと内心慌てたのだが、状況的に違和感のない行動だったようだ。密かに胸を撫でおろす。

 騎士達は現状を見てとると、私のほうに警戒を残しつつも素通りし、きっちり犯罪者のみを縛りあげた。

 うめく怪我人は強引に止血し、容赦なく連行していく。

 これならば大丈夫そうだが……一応小鳥氏に確認してみる。


≪逃げなくて大丈夫だよね?≫

≪大丈夫です。彼らはマスターが多勢に無勢で恫喝されているのをしっかり耳にしておりますから、非がどちらにあるかは明白です≫


 それを狙って煽ったのだが、うまくいったらしい。


≪それにこの領地では、容疑者でもない者を犯罪者扱いはしません≫

≪容疑者ですらないんなら、そりゃ犯罪者扱いなんてされないでしょうよ?≫

≪まともな統治がなされている場所ならば、そうです≫

≪あー……まともじゃない所だったら、非があろうがなかろうがアウトだったってことか≫

≪そういうことです≫


 この地を治めるデマルシェリエ伯爵家は、代々かなり出来た人物らしく、民からの信頼と部下からの尊敬をこれでもかと集めているそうな。

 そんなデマルシェリエの辺境騎士団は、光王国内で最も質が高いと評判だった。下っ端まで精鋭と噂されるほど優秀な人材が集まりやすく、騎士達はみな領主一家を心から敬愛し、主君に顔向けできないような恥ずべき人間にはなるまいと、自主的に己の言動を省み、律することを旨としているのだそうだ。

 土地によっては騎士団が嫌われている地もあるけれど――悪徳領主の手先になっていたりするので――ここの騎士団は小さなお子さんから大人まで大人気。

 以上、〈薬貨堂・青い小鹿〉の女将ゼルシカ様と、市場のおじ様・おば様方からご提供いただいた情報(おしゃべり)である。


 いや、ARK(アーク)氏からも事前に聞いてはいたんだけれど、やはり現地民から生の声を聞かせてもらうと熱量が違います。

 ARK(アーク)氏の話し方って、何喋らせても冷ややかなんだもんな……ついフーンと聞き流しそうになるというか。

 噛み砕いた説明のわかりやすさで相殺されているというか。


「失礼。状況の説明をしてもらいたいので、我々と一緒に来てくれないだろうか?」


 リーダーらしき人物が、礼儀正しく問いかけてきた。

 質問の体裁をとっているが、こちら側に断る権利はない。

 でもこれが他領の警備兵だった場合、「礼儀? なにそれおいしいの?」状態で、被害者を助けた側まで一緒くたに捕縛・連行されることが多々あるそうな。いちいち区別するのが面倒という理由で。

 その後は悪党の仲間扱いされて、長時間の尋問に苦しめられた挙句、せっかく人助けをしたのに投獄されることもあるそうな。栄光ある騎士団が捕まえた以上そいつは罪人だという理由で。

 形だけでも相手の意思を確認し、力ずくで引っ張ろうとしない彼らは、それだけでまともな良識ある組織の一員だとわかる。

 身体から少し力が抜けた。無意識に緊張していたらしい。

 もう何度目かも不明だが、つくづく、この土地を新天地に選んだARK(アーク)氏の判断は正しかった。


 そのまま従順に彼らの詰め所までついて行き、ことの成り行きをかいつまんで説明した。

 二人の女性が羽交い絞めにされ、引きずり込まれるのを偶然目撃したこと。

 盗み聞いた彼らの会話から、仲間が馬車を用意していると知り、人を呼びに行っている間に逃げられてしまうのを恐れ、戦闘に踏み切ったこと。

 追い方の詳細はあえて言わなかった。

 調書をとった騎士は感情を交えず、時々頷くだけ。

 結構時間が経ってしまったし、今日もこの町で一泊かな~と遠い目で思っていたら、明らかに地位の高そうな人物が部屋に入ってきた。


 その人はデマルシェリエ領ドーミア騎士団団長ノエ=ディ=セーヴェルと名乗った。つまりこの町の騎士の中で、一番地位の高い人物の御登場である。

 なんと、女性騎士だ。

 年若く、三十歳前後ぐらいと思われるが、誠実そうでキリリとした面差しの、いかにも出来る女性の雰囲気を纏っていた。

 切れ長の瞳は金茶色。同じような色合いの長い髪を三つ編みにし、後頭部でぐるりと巻いたヘアスタイルがよく似合っている。

 長身で、百七十センチほどはあろうか。私としては非常に好ましいタイプの麗人だが、男性の目線では好みが分かれるタイプだろう。

 この女性にもいろいろドラマがありそうだ。あとでARK(アーク)氏に教えてもらおう。


 ていうか、やばし。何故こんな大物が出てきたし。

 って、もしかしなくとも、あのお嬢様のせいだな。

 裕福な商家のお嬢様じゃなく、貴族のご令嬢っぽい感じだったしな……。


 セーヴェル騎士団長は、どこの馬の骨ともつかない私に対して躊躇なく頭を下げた。


「治安維持への協力、感謝する」


 よく通りそうなアルトも素敵……いやいや、うっとりしている場合ではない。


「あの御方は今朝がた行方不明になっていて、我々が密かにお捜ししていた方でね。さぞ恐ろしい思いをなさったろうと想像に難くないが、大事に至らず本当によかった」


 どこか隠し切れない疲労感を漂わせるセーヴェル団長殿の様子からして、やはりあのお嬢様、多方面に大迷惑をかけまくっていたようだ。

 騎士団は町の警備で相当忙しかったろうに、そんな時期に余計な仕事を増やされて、さぞかし気力体力に深刻な大打撃を与えられたに違いない。

 眉間に指を当て、ホッと息をつく団長殿の精神衛生のためにも、一度は他人のフリで通り過ぎた真実は伝えないでおこう。


「あの御方は、若君――伯爵公子のご婚約者様でね。この国の王女殿下であらせられるんだ。本当に、姫君に何事もなくてよかったよ……」

「…………」


 ――そんな情報は要らなかったよ……。

 やっぱり言わなくて良かったセーフと、こっそり冷や汗を流すのだった。


 その後、空腹の虫が思いきり「ぐううう!」と主張し、私は怪しい余所者ではなく、お腹をすかせた通りすがりの良い子という認識に落ち着いたようだ。

 リアルタイムで戦闘を見なかったことによる、若干の認識のズレもあるだろう。ともあれ、場を和ませてくれたお腹の虫万歳である。

 この勢いでさっさとお(いとま)したかったのだが、引きとめられてしまった。というのも、


「すまない、もう少しだけ待ってくれ。君が倒した連中は賞金首だったんだ。現在精算している最中なんだよ」


 という理由だった。

 うんまあ、生死問わず(デッドorアライブ)だと知っていたからこそ、遠慮なくやらせてもらったんだが。


「それにしても、単独であれだけ大人数を制圧できるとは凄いな」

「はあ、まあ……」


 ……しまった、ここは照れるべきだったか? どう考えても相手からはお子様認定されているのだし。

 しかしそれだと、ARK(アーク)氏プロデュースの〈セナ=トーヤ〉のキャラからはズレている。それに調書には年齢も書かれているはずだから、お子様ぶりっこをしても結局バレるか。

 リアクションのさじ加減が難しいな……。

 よし、ここは有耶無耶にしてしまおう。


「後日改めて、っていうのは駄目なんですか?」

「絶対に駄目というわけではないんだが。本人がそこにいて金額が明確な場合、至急の用があったり、額が莫大で準備に時間がかかるなどの事情でもない限り、即払いが基本でね。もらえるものは早くもらいたい連中や、かつかつの生活をしている低階位の討伐者を抱えたギルドからの要望で、そういう取り決めになっているんだ」

「へえ……」


 ついでにこっそり、念話で小鳥氏の補足が入る。

 たいした事情もないのに手ぶらで帰してしまうと、何故その場で払わなかったのかを後で追及されてしまうそうだ。過去、他人様の賞金を誤魔化し、着服した馬鹿がいたことも関係しているらしい。

 なるほど、それならば仕方がない。本当に討伐したのか怪しまれるケースでもないのに、受け渡しを先延ばしにしても面倒なだけだ。


「というわけなので、悪いが我慢してくれ。さほど時間はかからないはずだ」


 そして待つこと何分か。

 どちゃりと金子袋が卓の上で重々しい音を立てた。


 …………。


 おかしいな。金色のおかねがたくさんあるよ。

 銀貨6枚超えでほくほくしていたのは夢だったのかな。へんだな。


「犯罪者集団〈赤い蛇〉の捕縛で金貨30枚と、個々の首にかかっていた懸賞金が合わせて金貨17枚に銀貨2枚だ。聖金貨を希望する者は滅多にいないので、金貨で用意したが構わないだろう?」

「もちろんです」


 聖金貨。それは庶民お断りの気配漂う、セレブ御用達の金貨だ。たった1枚なくすだけで絶望を味わう恐怖の貨幣など、誰も持ち歩きたくはないだろう。

 そして金貨50枚弱は〝莫大〟のうちに入らないのだろうか。

 金銭感覚が初っ端から狂いそうで怖い。価値が曖昧だから余計に。


「少人数のゴロツキの割に、手を染めた罪の内容が実に凶悪な連中でな……結構な額になったんだが、大丈夫か? 帰宅するまで護衛を出してもいいし、どこかのギルドに一部手数料を支払って保管してもらう方法もあるが……」

「いえ、護衛は不要です。保管については考えがありますので」

「そうか? まあ、君は非常に若いがしっかりしていそうだし、腕も立つのだろうから、道中で襲撃されても返り討ちにできそうではあるが」


 その通りである。正直なところ、私の戦闘能力に私がビックリしているほどだ。

 訓練された暗殺者みたいな連中だったら話は違ったろうけれど、相手は凶悪犯とはいえ、戦闘力自体は一般的なゴロツキの範疇から出ていなかった。あのぐらいならば、どうやら私の敵ではなさそうである。

 調子に乗ったらコケる人種なので、油断はしないけれど。

 そして貯金は〈スフィア〉に置いておくほうが確実に安全だから、ギルドを頼る気はない。これについては説明のしようがなく、曖昧に誤魔化すしかなかった。


「せめて、君の身内に迎えを寄越してもらうよう使いを出そう。宿に滞在しているのか?」

「いえ、迎えの必要はありません。こう見えて十五歳ですので」

「――えっ? 十五歳? 成人していたのか?」


 セーヴェル団長が驚きに目を見張った。

 この国では十五歳で成人。十五~十六歳の二年間は一部の税を免除されるなど、法的には大人予備軍の扱いだが、労働者階級では幼い頃から働くのが普通なので、実質十五歳を過ぎれば情け容赦なく大人とみなされる。

 で、この反応だと、やはり十二歳前後ぐらいに見られていたのかな?


「そ、そうか。いや、すまなかった。てっきり、もう少し幼いかと……」

「ええ、まあ。気にしないでください」


 こちらは初対面の相手には間違えられる前提で話しているので、本当に気にしなくていいのだ。

 彼女が当然のように私の身内を呼ぼうとしたのは、まともな身なりの健康的な子供には、きちんとした保護者がいるものだからだろう。

 十五歳でも成人と呼ぶには幼過ぎると思うけれど、それはともかく、百七十センチ弱でもその程度の年齢にしか見られないこの人種格差。私は女だからあまり気にならないだけで、もし本物の男子であったなら、理不尽さに「ケッ」とやさぐれていたかもしれない。


≪にしても、初日でいきなり金貨およそ50枚とはね~。これ、もしかしなくても大金なんだよね?≫

≪もしかしなくても大金です。凶悪犯罪者の首、生死問わず八名分と思えばそう多くはないかもしれませんが、庶民には1枚だけでも結構な額です。金貨を四捨五入できる人種は裕福な商人や王侯貴族ぐらいですので、うかつに人前でなさってはいけませんよ≫

≪お、おう……!≫


 危なかった。言われてみれば金銭感覚のない人間、すなわち大金持ちかやんごとなき身分の御方ではないか。

 忠告がなければ、うっかりそんなものに間違われるところだった。


 さて、話も終わったし。誰が何と言おうと終わったし。とっとと今夜のお宿を探そう。

 予定外に大金が舞い込んでしまったし、セキュリティがしっかりしていそうな上級の宿がいい。

 明日は市場で食材巡りをして、明日こそは何も起こらないうちに大急ぎで帰るんだ!

 と、決意を固めていたら。


「なに、閣下が? ――ああ、すまない帰るのはもう少し待ってくれ」


 ……遅かったか。


 噂の辺境伯のご子息が駆けつけてしまったのである。

 さらに辺境伯本人と、姫君捜索に加わっていた高ランク討伐者も駆けつけて、逃げるタイミングをすっかり逃してしまったのだった。




◆  ◆  ◆




 〝少年〟を囲んだお食事会で、彼らは静かに驚愕していた。


(……ひと口分ずつ、丁寧に切り分けている。食べ方も綺麗だ)


 いわゆる雲上の人々が目の前に勢揃い。

 しかも食事をおごってくださるというのだから、平民にそんな状況下で緊張するなと言うのが無茶というもの。

 どんなに肝が太く順応性の高い者でも、初めのうちは萎縮せずにいられないだろう。

 ――普通ならそうだ。


 社会格差はあれど、本物の身分制度を経験せずに育ち、体感型RPGで架空の王侯貴族と何度もイベントで絡んできた瀬名は、最初から緊張の欠片もなく、いつも通り自然にふるまえる己の姿が、第三者の視線にどう映るのか、まるで思い至らなかった。

 ガチガチに挙動不審な態度を取れば、後ろ暗いことがなくても職務質問を受けるはめになる――身に染み付いた〝世間一般の常識〟に基づき、不審者扱いされない振る舞いを心がけたつもりだったのだが、この場合はむしろ、挙動がおかしくなるほうが正解だったのだ。


 一般に平民が食事に使うのはフォークとスプーンのみで、ナイフは滅多に使わない。肉の塊が大き過ぎたり、硬くて喰いちぎれない場合などは、食事用ではない普通のナイフでぶつ切りにしたり、骨からこそげ落とすようにして食べたりするのだが、それは上流階級民ならば眉をひそめる下品で野蛮な行為だ。

 ただ、辺境伯一家は代々、討伐者ギルドと持ちつ持たれつの関係だったため、そういう食事風景には理解がある。そもそも行軍中に食事のマナーにこだわる輩はただの馬鹿だと思っているので、携帯食が尽き、捕獲した獲物の肉をその場で焼いて食べた経験が山ほどある辺境伯からすれば、むしろ民の食事風景は活気に満ちて好ましいとさえ思えていた。


 たとえこの〝少年〟がそのように食べたとしても、辺境伯の一行は護衛騎士も含め、誰も気にする者はいない。ゆえに、恩人たる〝少年〟ができるだけ緊張せず気楽に食べられるよう、あえて庶民向けの店に足を運んだ。

 これが気の利かない他の貴族なら、深く考えず城に招待し、豪勢な食事を出して、貴族でもない相手にマナーを要求するか、それ以前に感謝の念すら抱かないかもしれない。

 そんな彼らの気遣いを裏切り、この〝少年〟の振る舞いは、明らかに一般人のそれではなかった。


 実のところ、瀬名は堅苦しいマナーなど好きではない派だし、ちゃんと学んだ経験もない。右手で持っていたナイフを、切る途中で左手に持ち替えたり、フォークをスプーンのように使って口に運んだりと、いい加減に適当に食べているつもりだった。

 ――が。所変わればマナーも変わる。


 ナイフやフォークを右手と左手、いつ、どちらに持ち替えようが、この国では問題なかった。要はテーブルの周辺にこぼさず、丁寧に、周囲の人々に視覚的な不快感を与えないよう綺麗に食べることこそが、この国の上流階級におけるマナーの基本だったのである。

 鷲掴みではなく、ペンを握るようにフォークを持つ。ナイフであらかじめひと口サイズに肉を切り分け、ソースが飛び散らないようゆっくり口に運び、きちんと咀嚼し、味わって飲み込んだ上でもうひと口、と繰り返す。

 ここの平民の基準からすれば、〝少年〟は誰がどう見ても、美しい食べ方をしているのだった。


(あのナイフ、我が家にある食事専用のそれとほぼ変わらぬな。大衆向けの食事処にナイフなど置いておらぬから、わざわざ携帯しているのか。汁を皿の外側に飛び散らせたりせず、空腹でありながらがっつきもせず、実に落ち着いて食している。……十二歳ほどと見ていたが、もう少し年が行っているかもしれん。それにあの鳥、まったく鳴かぬが、異国の鳥であろうか? 目が覚めるような鮮やかな青……成鳥だとすれば、これほど小さい種は初めて見るな)


(異国の容貌だけれど、発音には訛りがない。言葉遣いも丁寧だ。平坦で抑揚のない喋り方は、学者の先生方に似てる。しかし学生には見えないし、どこかの使用人にも見えない。……そもそもあんな剣を所持しているはずがない。近くでよく見れば、(こしら)えがかなり上等だ。無数の直線が均等に描かれて複雑な模様を形成している……あれは何と呼ぶ模様なんだろう? そこらの量産品じゃないな。普段何をしている子なんだろうか?)


(言葉遣いといい、どこぞの坊ちゃんにしか見えねえが、この状況にもまるで動じてねえ。いいとこの坊ちゃんがお家事情でやむなく、ってな感じでもねえしな。――()()()()()()()()、何者なんだ?)


 三者三様に思考をめぐらせながら、グレンが軽くテーブルを叩いた。

 そのはずみで薄桃色の肉球がちらりと見えてしまい、瀬名の心拍数が危険な領域まで跳ね上がったのだが、幸い誰もそれに気付く者はいなかった。


「そういや、こないだは訊いてなかったな。おまえさん、名はなんてぇんだ?」


 他の二名は「あ」と目をまるくした。そういえば、尋ねる前に〝少年〟の腹が再び盛大に鳴って、訊きそびれたまま現在に至るのだった。


「ん? グレンは彼と初対面じゃないのかい?」

「おや、そうなのか?」

「まあな。つっても一昨日だっけか? ちらっと声交わしたぐらいだけどよ」


 〝少年〟はもぐもぐと咀嚼し、きっちり飲み込んだ上で答えた。


「どうも、申し遅れました。私の名はセナ=トーヤです」

「セナ=トーヤ……まさかおまえさん、〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟か?」

「ええ、まあ」

「――なにっ!? マジでか!?」


 グレンがテーブルに手を突き、勢いよく身を乗り出した。

 その瞬間、テーブルの三名だけではなく、周囲の騎士、聞き耳を立てていた周りの客までザワリと揺れた。




◆  ◆  ◆




 えっ?

 あのう、なんでしょうこの反応は?

 私の鈍い表情筋は、動揺をほとんど表に出していないはずだが、注目を浴び過ぎたせいで、背筋に冷たい汗がつつう、と伝う。


 ……やはりこの職業(ジョブ)設定、何かがまずい……?


 ただその土地に住む者と普通に出会い、なんの変哲もない世間話を、自然に交わせるぐらいになることが目標? ――果たして本当にそれだけで済むのか?

 後で必ずARK(アーク)氏を問いつめねば。


「言ってみただけなのによ、まさかマジとはな。何の用があって来た? 単に祭り見物か?」

「グレン、不躾過ぎるぞ。もっと丁寧に尋ねんか」

「おっと、悪ぃ」

「申し訳ない。……セナ=トーヤ殿? もしも用があるのなら、恩返しも兼ねて我らがお力になれぬだろうか」


 言葉遣いアンド態度の改め来ました。

 どうしましょう。いよいよまずい案件確定です。


「用といいますか……つい最近、(あるじ)と一緒にこちらへ引っ越してきたばかりでして」

「あるじ? ってこたぁ、どっかの専属やってんのか? 〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟が勿体ねぇな。つい最近このあたりに越してきた貴族なんぞいないはずだが、どこの家だ?」

「グレン、不躾な訊き方はやめよと言うに。――セナ=トーヤ殿は非常にお若いが、専属魔術士……いや、専属魔法士なのかな? 是非ご主人にも此度の礼を伝えたいと思うが、どちらの家にお仕えなのだろうか?」

「や、ええと、すみません。言い方が紛らわしかったですね。専属ではありませんよ。師事している方と越して来たんです」

「なんと、お師匠殿と! ……いや、しかし、うむ。この町は魔術士が少ないので、実に喜ばしいことだ……真に〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟ならば、なお望ましい……」


 口元に手を当て驚愕しつつも、言葉を紡げるのは辺境伯だけだった。他の者は全員、絶句して目をまるくしている。

 冷や汗がますます止まらない……。

 ARK(アーク)さんの設定通りに進めていると、どんどん、何か危険な方向へ突き進んでしまっている感じが……。

 しかし今さら引き返せないし迂回路も探せない。なんてこった。


「……せっかくそう仰ってくださったのに、申し訳ないのですが。厳密にはこの町ではなく、森に移り住んだんです」

「森?」

「はい。この町から見れば、東のほうにある森の中です」

「……もしや〝黎明の森〟か?」

「そう呼ばれているらしいですね」


 小さなささやき声すら消え、しいん、と耳鳴りがするほどの沈黙が降りる。

 よし、今のうちだ!


≪あのさARK(アーク)くん? この設定、やっぱなんかまずいよね? 絶対まずいよね?≫

≪いいえ、問題ありません。むしろその調子です、マスター≫

≪ほんとかよ!? 俺はおまえを信じていいんだよな!?≫

≪もちろんです。ただの平凡な平民設定では、出自をもっと厳しく問われますよ≫

≪出自……そういや町入る時、どこの生まれとか訊かれなかったけど、この設定のおかげだったりした?≫

≪そうです。もともと身分証を所持していない流れ者は、出身地がはっきりしないケースが多いのですが、マスターは一見、まともな身なりの外国人です。にもかかわらず身分証がなく、出身を曖昧にぼかそうとすれば、確実に怪しまれます≫


 そ、そうか。しかしもう遅いけれど、〝森近くに移り住んだ〟設定でも良かったのでは?


≪家の建っている場所を尋ねられたらどう答えますか? 当初の予定では、これほど大物に初っ端から知り合う予定はありませんでした。平民だけならば曖昧にできますが、相手が有能な領主となればそうはいきません。黙っていても、森に出入りしているところをいつか確実に突き止められますよ≫

≪うぐ……≫

≪住まいを探そうとする輩が出ても面倒ですし、その流れで〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟があなた一人だけと知られれば、「師が駄目と言っているから駄目」という断り文句が一切使えなくなる上、あなたに対する注目度が一気に強まるでしょうね≫

≪くっ……それは嫌だ。人の視線こわい。注目あびたくない。おうち帰りたい≫

≪…………≫


 〝少年〟と〝小鳥〟の心あたたまるやりとりは、幸いにしてこの場の誰にも聞こえなかった。

 仕方ない……腹をくくるか。


「私自身はそんなに立派なものじゃありませんよ。師事というかお世話してる方がまあ、なんと申しますか偏屈で面倒なひきこもり主義の魔女でして。村や町に用事がある際には、私がおつかいをするんです。他人に神経を使うのが嫌なあまり、世捨て人同然の暮らしをしてる方ですので、お心遣いはありがたいのですが、お礼なども全然気になさらないでください」


 マスターのことですね?

 やかましい、その通りだ!


「そ、そうか。では、無理には申すまい。ところで、そなたや魔女殿は、まことにあの森の中に居を構えているのか?」

「ええ、そうですよ」

「あそこはこの国でも有数の迷いの森なのだが?」

「そうらしいですね。人付き合い勘弁な人種にとって、理想的な環境らしいです」

「――ははっ、そうか!」


 ほとんど自棄で答えた台詞に、辺境伯は心から愉快そうに笑った。

 よくわからないが、ツボに嵌まったようだ。


 その後は無難な会話が続いたものの、辺境伯は終始愉快そうだった。辺境伯の息子ライナス殿と、素敵猫グレン氏も、辺境伯がこの会話を明らかに楽しんでいたので、最後まで私に対する不信感や悪感情は抱かなかったようである。ありがたい。

 そしてこの出来事のおかげで、辺境伯子息の婚約者である王女の誘拐という重大犯罪を未然に防いだ〝東の森の魔女の使い〟の存在は、労せずしてドーミア全体に広まったのだった。


 プラス。その日の宿は辺境伯が紹介状を書いてくれたので、またもや討伐者ギルドの宿に、今度は朝食・桶湯付きで一泊タダとなった。

 しかも。


「おまえさん、今日は何の〝おつかい〟で来たんだ? 俺の用事はおまえさんのおかげで片付いたし、手ぇ貸すぜ?」

「ああ、グレン殿はあの令嬢……お姫様の捜索に加わってたんでしたね?」

「おうよ。呼び捨てでいいぜ」

「そ、そうですか。では、私も呼び捨てでいいですよ」


 ギルドの建物へ向かう道すがら、「グレン」「セナ」と呼び合える関係が成立した。どうしよう私いま正気なんだろうか今夜は眠れないかもしれない!? と狂喜乱舞したのは内緒である。

 おまけにフワフワお喋りしていたら、今回の用事が単なる食材の買い出しであり、それが全部ダメになったくだりもいつの間にやら口にしていた。

 そうしたらなんと翌朝、辺境伯からの使いが来て食材費を持ってくれることになり、森の近くまで運ぶ約束までしてくれた。

 「これオススメだぜ~」とヒゲをそよがすグレン氏と、早朝の食材市巡り(デート)

 ……あれ、ここ、天国かな?

 森の中は余人が入れないので私が背負える分だけだったけれど、予定より多めにゲットできた食材をなんと騎士様が運んでくれた。しかも魔馬の後ろにも乗せてもらえちゃったんだぜひゃっほう。

 

 うんまあ、私が本当に〝黎明の森〟に住んでるのかどうか確認する目的も、多分あったんだろうけれど。

 全体を通して妙な悪意は誰からも感じなかったし、本気で私の心身に危険があるならばARK(アーク)氏が警告するはずだが、それもないし。


 たびびと・レベル1の大冒険、ミッションクリアである。

 ……とりあえずは、なんとか。




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