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1 楽園の終わり

初めて立ち寄られた方も、なんか見覚えあるなという方もありがとうございます。


※もうひとつのサイトの1話と2話を足し、大幅加筆修正した内容です。


 世界中で異常気象による災害が発生し、深刻な問題として取りあげられるようになったのはかなり昔のことだ。

 その原因としてしばらくの間は大気汚染説が主流となっていたが、一方で大気汚染は無関係であるとする具体的な根拠を用いた反論や、企業のエコ戦略によるデマなどといった過激な意見も流れ、結局のところ真実、何が起きていたのかは誰にもわからない。

 正確にそれを把握できていた者は、世界中でコンマ以下、ゼロがいくつも続いた後の数パーセントにも満たなかっただろう。

 つまり限りなくゼロに近かった。


 デマだろうがなんだろうが、空気は浄化されるに越したことはない。(とう)()瀬名(せな)は真剣な口調で環境問題を語るニュースキャスターの演技力を楽しみつつ、時刻を一瞥(いちべつ)し、惜しみながら朝のニュースに別れを告げた。

 勤めている会社は在宅勤務を取り入れていない。以前はこの勤務形態がどの企業でも流行っていたが、家庭に仕事を持ち込みたくない派の意見と、何よりセキュリティ設備の甘さや情報漏洩、貸与された業務用のシステムを個人の趣味で使うなどの問題が激化し、今では下火になっている。加えて何十年だか前に制定されたストレス軽減法により交通機関が一新され、通勤の混雑や行き来にかかる時間が大幅に改善されてからは、出社を拒む者はそれほどいなくなったそうだ。


 結論として原因が何であれ、気温はゆるやかに上昇し続けた。

 災害の発生率も年々増加し、やがてさまざまな国が主要な地域をドームで覆う大規模なプロジェクトを開始。人々は各地に点在するドームの中に避難して暮らすようになった。

 人類がようやく月やコロニーに移住できる時代になっていたものの、それは富裕層のごく一部に過ぎない。限られたスペースをゆったり広く占拠するには、結局のところ財力や権力がものを言ったので、大半の人々にとっては、相変わらず手が届くものではなかった。


 絵空事ではなく、本当にドームの建設が始まった頃は、月に高級住宅街が出来た頃に匹敵するほどの衝撃を多くの人々に与えたらしい。



「まさか本当に、そんな時代が訪れるとは思ってもみませんでした」



 当時の首相はインタビューでしみじみと語った。彼の子供時代において、全国民のドームへの移住など、架空の物語にしか存在しない出来事であり、まさか自分の代で現実化するなどとは夢にも思わなかったらしい。

 ただしこれは高い技術力を誇る一部国家での話。国民全員を収容できるほどの建造物など用意できない国のほうが多く、この頃に地球の総人口のおよそ七~八割が死滅したと言われている。それがいつ頃の出来事だったか、先進国の平和な日々で意識にのぼることは滅多にない。


 紺のスーツに身を包み、瀬名は鞄を持ってマンションを出た。

 数百メートル上空の青空はいつも代わり映えがなく、見慣れ過ぎて今さらいちいち見上げたりはしない。

 常に快適な気温が保たれ、外の惨状はニュースでもあまり流れず、たまに映像が出ると迫力があって面白い見ものになる。

 野菜も家畜も生産工場内で全自動で育てられる時代、土地がなくとも食糧の供給には何ら支障がなかった。ロボットではできない作業、またはAIが判断・決定を下してはならないとされる内容全般が人間の仕事であり、瀬名もそういう企業のひとつに、ごくごく平凡な一般社員として勤めていた。

 人間の仕事が機械に奪われる問題は時おり思い出したように浮上するけれど、止まる気配のない少子化問題のおかげで皮肉にもバランスが取れている。とりあえず、今のところは、かろうじて、が付くものの。


 平屋の一戸建てなど遠い昔の物語でしかなく、高層ビルや高層住宅が当たり前に建ち並び、しかし計算され尽くした空間はどこへ行っても過ごしやすく、閉塞感など覚えない快適なデザインになっていた。

 ランチの時間帯には、緑豊かに設計された公園前のカフェでまったり同僚とお喋りし、退屈で代わり映えのないひとときをまったりと過ごす。

 たまに他の地域から転勤になった社員とテーブルを囲み、某所のドームが過去の町並みを再現しておりとても情緒があっておすすめ云々と、ドームごとの特色やお土産の限定品の話題で盛り上がり、気の合う者同士で旅行計画を練り始める。


 ()の気温は百℃に達したらしい。

 海水面はいつからか下降に転じ、今年もまた数センチ低くなったそうだ。

 最大瞬間風速九十メートル規模の嵐が月に一度は訪れているらしいが、生まれてこのかた嵐という現象を体験したことがなく、海を見たこともなく、雨も雪も暑さも寒さも知識でしか知らないまま育った瀬名にとって、それがどんな大ごとなのかいまいちピンとこなかった。

 ドームとドームを繋ぐ連絡通路も、頑丈な分厚い壁と天井の多重構造で、()を見られる設計にはなっていない。環境問題だの異常気象がどうだの、大袈裟に騒ぐほどのことが本当に起こっているのだろうか? そう感じているのは瀬名だけではなかった。


 そんなある日、父親から知人を紹介された。


 倉沢基成(くらさわもとなり)――瀬名より少し年上ぐらいの、大人しそうな眼鏡の青年である。

 休憩中に呼び出されたらしく、白衣を身につけ、少し落ち着かなげな様子で頭をかいていた。

 良く言えば真面目そうで大人しい雰囲気の、悪く言えば打たれ弱そうな人物である。


「倉沢君は父さんの勤め先が出資してる研究所の職員なんだ。優秀なんだぞ」

「いえ、そんな。僕なんか…」

「…………」


 はにかむような笑顔に、あやうく頬が引きつりかけた。

 どうやらこれは噂の、〝三十を過ぎても結婚の「け」の字も出ない娘に父親がいらぬ世話を焼くの図〟ではないか。


 心配させたのは申し訳ない。申し訳ないが、親や親戚の紹介による見合い結婚だけはしたくない瀬名にとって、これは地雷以外の何でもないのである。

 もしも性格が致命的に合わなかったらどうするのだ。趣味や好み、生活のペースも妥協が必要になるだろうし、そうなった時に相手が親や親戚の知り合いだと、ぎりぎりまで耐えねばならなくなる。

 そんな事態を想定すればするほど、この人との結婚だけはないなと確信し、なんとかやんわり流す方向に持っていかねばと、出会って数分後にはこっそり決意を固めていた。


 かといって、父親が見合いと明言していない以上、相手が何のアクションも起こさないうちから「ごめんなさい」では、こちらが自意識過剰のようだ。

 そもそも相手の男にしても、実はそんな気は毛頭ない可能性だってある。

 そんなふうに決定打をつかめないうちに、結局はずるずる、ごくたまに会って世間話をする間柄になり。

 このままうやむやに自然消滅してくれればいいと思っていたのだが――




◆  ◆  ◆




 これはちょっと、どうすればいいのだろうか。

 私の膝の上に男が縋りついている。

 わけがわからない。何なのだコレは。

 せっかくクッションが気持ちいいのに、これのせいで台無しである。

 そもそもどうして、自分は椅子に座っているのだろうか。

 なんだか頭がはっきりしない……。


 ……ん?


 すっぽり身体を包んでくれる座り心地最高なこの椅子、よく見れば可動椅子――怪我人や病人が使うアレではないか。

 私、いつの間に病気でもしましたか?


 記憶にあるより後頭部に白いものが多く混じっているけれど、縋りついてくる直前の顔は、多分だが倉沢基成氏だった。

 正直言って、引く。

 仲良し兄妹や恋人や夫婦といった親密な関係ならまだしも、自分達は断じてそんな関係ではなかったはずだ。

 蹴飛ばしたいのだが、がっちり下半身をホールドされてしまっている。


 それにここは、どこなんだろう?


 壁一面を占める巨大なワイドスクリーン。

 恐ろしいほどに広大な星空が目の前にある。

 余分な物が何も置かれていない空間は病室を彷彿とさせ、今は照明を落として暗く、目の前の星雲がいっそう鮮やかな輝きをもって迫る。

 観客が他に誰もいないシネマ――金に糸目をつけないセレブのホームシアター。

 何だって自分はそんなところにいるのだろうか。


「答えてくれ、ARK(アーク)(スリー)――これは本当に、瀬名さんなのか……?」


 は?

 何を言っているんだ、この男は。

 

 父親と苗字が同じなので、名前のほうを呼んで区別をつけてもらうことにした。ただそれだけのことだった。

 なのに、縋る男の声音に、それ以上の含みを感じる。

 だいたい私は東谷瀬名に決まっているだろう。何をわかりきったことを……


《いいえ。別人です》


 はい?

 なんだって?


「約束が違うぞARK(アーク)!! 復活するんじゃなかったのか、そういう話だったはずだ!!」

《いいえ。その件についてあなたが約束を交わされた相手は私ではなく、あなたの雇用主です》

「なんだと……!?」

《そもそも複製体(クローン)の脳に記憶を移植したところで、それは〈東谷瀬名(オリジナル)〉の記憶を持った別の存在に過ぎず、脳そのものをまるごと移植でもしない限り、正しい意味での復活にはなり得ません。あなた方の前任者達は騙されなかったため放逐され、あなた方は騙されたため後釜に選ばれた。それだけの話です》

「だま、され……?」

《誰もが新天地で復活できるという触れ込みでしたが、実際に行ったことは細胞と記憶情報の保存のみ。これはすなわち、たとえオリジナルが生きていても、複製体(クローン)を作成しその人物の記憶情報を移植することが可能ということです。つまり一見すれば倉沢博士を同時刻に二人以上存在させることが可能であり、さらにそれぞれの自我は独立しているため、復活と呼ぶべき現象とは完全な別物になります。出資者の方々が自己記憶情報のみの保存ではなく、自身の肉体の完全な保存を選択している点からもおのずと解答は出るはずですが、〝本当は気付いているけれど気付かないふりで目を逸らす〟という行動をあなた方はよく取ります。あなたは他人が完成させた研究・開発をまるごと引き継いで冷凍睡眠(コールドスリープ)の恩恵に(あずか)る幸運を得ましたが、しかしそれ以外の人々は――》

「黙れ!! 黙れ黙れだまれだまれだまれ……ッ!!」


 やはり倉沢氏だった。

 というか、さっきから誰と何の話をしているんだこいつは。

 妙に痩せているし顔色も悪いし、ちょっと声をかけられないヤバい雰囲気である。

 どうしようと思っていたら、倉沢氏は急に立ち上がって、髪をかきむしり、飢えた獣みたいに血走った目でうろつき始めた。

 息を殺して見つめる前で、おもむろに銃を取り出し、こめかみに銃口を押し当て――



 ドン。



 はじけた。

 赤黒い液体が頭部の反対側から噴き出し、男はあっけなく床に倒れて動かなくなった。


「…………」


 ……何をやってるんだおまえは。


 本物の銃なんて初めて見た。麻痺した思考のまま、やがて自分の身体に視線を落とす。

 ゆったりした白いワンピース――いや、どうもこれはシャツだ。かなりサイズが大きいのでワンピースのように見えるけれど、肩幅や袖の部分が合わない。

 ところどころリボンやレースをあしらった乙女趣味な可愛らしいデザインは、あいにく私の好みからは大いに外れている。

 どうやら、そこでのびている男の趣味だ。吐き気がする。

 しかしそれよりもっと大きな問題があった。


 私の手が、とても小さい。

 見間違いでは済まない差だ。

 記憶にあるものより半分以上小さく、ぷにぷにする。まるでマシュマロのような驚異のなめらかさは、いつまでだってふにふにしていたいぐらいだ。

 足も細くて短い。愛らしい爪先は、何もつけずとも桜貝。なんて素晴らしい、じゃなくて。


 シャツのサイズが大きいのではない。

 自分の身体が明らかに小さくなっている。

 そう気付いた瞬間、背筋をぞぞぞ、と悪寒が這いのぼった。


倉沢基成(クラサワ・モトナリ)の死亡を確認。現時点をもって当船の最高管理権限を東谷瀬名(トウヤ・セナ)に移行します。――はじめましてマスター。私は自律思考型人工知能、ARK(アーク)(スリー)と申します。これからよろしくお願いいたします》


 女性とも男性ともつかない声で、どこからともなくARK(アーク)(スリー)とやらはクールに告げた。


「え……待って、管理権限って…………なんで? ほかに、人は……」

《倉沢博士含め当船の乗員は十名おりましたが、全員が死亡いたしました。あなたが現時点で確認し得る地球人類最後の生存者です》

「…………」


 ――人類最後?

 何がなんだかわからない。

 冗談きついぞ。

 全員死亡って、何故。何が起きてそうなった。


 わけがわからないが、ひとつだけ理解した。

 じわじわ広がる赤黒い液体に浸かっていく男は、勝手に何かに絶望した挙句、さっさと現実から逃亡したのだ。

 ここにいる自分を置き去りにして。

 何の説明もせず、何の責任も取らずに。



「……ふざけんな。クソ野郎」



 唇からこぼれた怨嗟(えんさ)は、可愛らしい子どもの声だった。




桜貝のおててが可愛い時代の瀬名。

この頃は(?)の付かない女の子…(遠い目)。


アルファベットには全部ルビをふる方針です。

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