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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
たびびとレベル1、町へゆく
19/70

18 我が心の向かう場所こそが目的地である

いつも来てくださる方、ふらりと寄られた方もありがとうございます。


 太陽がだいぶ西へ傾き始めていた。門前に続いていた人と馬車の成す長蛇を思い返せば、たとえ身分証を持っていたとしても五十歩百歩だったかもしれない。

 ともあれ、無事に通過できただけでも良しとすべきだろう。


 遥か太古の失われた時代、世界中の大地を流れて満たす強いエネルギーの奔流――ARK(アーク)氏いわくの竜脈――が地表へ接して湧き出す場所に〈祭壇(アルタリア)〉が設けられ、魔物の侵入を防ぐ結界が築かれた。

 安全な〈祭壇(アルタリア)〉の存在する場所には人が集まり、人が多く集まれば村や町ができる。

 まず小さな山の頂に〈祭壇(アルタリア)〉があり、そこに神殿を築き、神殿を守るための城が築かれ、山すそに拡がる形で結界を拡張しながら町が形成されていった。

 だからドーミアは町全体が堅牢な外壁にぐるりと囲まれている上に、町の中にもさらに防壁がある。有事の際はこの町が後方支援の役割を果たしつつ、万一国境砦が突破された際には、新しい防衛線として機能するようになっていた。

 加えて、〝黎明の森〟の北方山脈から降りてくる大河。大部分は森の中で地下へと流れ込んでしまうが、一部が枝分かれし、森を出て西へ流れていた。

 水もまた人の集まりやすい条件だった。ドーミアの周囲は天然の堀で囲まれ、町の内部の高所にある巨大な水路には、揚水装置でたっぷりと水が引き入れられていた。


≪っっふおおおおう、生ファンタジーだああああ!!≫


 木造の建築物は見かけず、目につくのはどれも石造りの建物である。

 綺麗に並べられた石畳の通り。石材を組み上げた壁。派手派手しさのない抑えた色合いで、どこもかしこもドッシリ重々しくて硬そうだが、陰鬱な印象はない。

 北国だから屋根は立つのも難しそうな急角度。正面からは四角、横から見れば三角の屋根もあれば、円錐形の屋根もある。

 町角ごとに多くの露店が並び、行商人や見物人が行き交って、広い場所では旅の一座が賑やかに楽と踊りを披露している。


 なんて雰囲気たっぷりの町並みだろうか。

 さっきから脳内で危ない物質がどんどん出ている気がする。多分錯覚ではない。

 長靴を履いたスタイリッシュな黒猫や、執事服を身につけた気難しげな白兎が脇をするりと通りぬけて行った瞬間、魂の底から絶叫がほとばしった。

 いやもちろん、実際に叫んだりはしなかった。耐えたとも。心の中でそっと叫んだだけだ。誰にも聞かれてはいない。この世界に読心の魔術は存在しないとARK(アーク)氏だって言っていたし、聞こえるはずはないのだ。…………ないよな?

 つい見回したくなった。いやいや、我慢である。もし読心能力者がいたら、たった今変な雄叫びをあげたのは私ですよと自己申告しているようなものだ。


 そうこうしているうちに、彼らは人ごみに隠れて見えなくなってしまった。

 どうしよう、追いかけたい。

 追いかけては駄目だろうか。


 ――あっ、あっちにはグラマラスなお姉様に豹柄の耳と尻尾が!?


≪落ち着いてください、マスター≫


 小鳥から冷静な突っ込みが入った。今のは念話を使わなかったのに何故わかった。やはり聞かれて……!?

 いや、もはやそんな些末事どうでもいい。


≪この感動を抑えていられようか!! いや抑えるけど!!≫

≪くどいようですが落ち着いてください、マスター≫

≪だから落ち着いてるじゃないか!! 見よ、この穏和で無害そうな化けの皮を!! 完璧だろうが!!≫

≪…………そうですね≫


 小鳥が何か続けたそうな雰囲気で沈黙した。この私以上に表情のない小鳥なのに、何故そんなものを読み取れたのかは謎だ。

 とにかく、くどい上に失礼な奴である。この感激を情熱の赴くまま、ボディランゲージで垂れ流したりするわけがなかろう。そんなことをすれば狂人と勘違いされ、警備兵につまみ出されてしまうではないか。

 誰がこの至福をドブに捨てるような勿体ない真似をするものか。


人族(ヒュム)がメインの町にしては、他種族多くない?≫

≪そうですね。もとからの住民だけではなく、祭りの影響で一時、いつもより多く集まっているようです≫

≪このタイミングで来て良かった……!!≫

≪…………≫


 心の中で感激の涙を滝のようにこぼしつつ、肩にとまった有能な小鳥に心からの賞賛を贈った。

 それはもう、かつてない最大級の賛辞を浴びせまくった。

 しかし、小鳥氏の反応は何故か微妙である。どうかしたのだろうか。


≪あ! あの店の看板、〈薬貨堂・青い小鹿〉って書かれてる! ファンタジーな薬屋で小鹿が青いとかもう入るしかないよね! よし、あそこに入ろう≫

≪……私は何と返せば良いのでしょうかね……?≫


 小鳥が何やら呟いていたが、念話なのに聞こえない(スキル)をいつの間にか体得していたらしい私は、うきうきと店へ向かうのだった。





 その店はかなり古そうだったが、悪い意味でのボロさはなく、年代を重ねて趣のある建物だった。

 掃除も行き届いている様子で、埃臭さはない。内部は様々な品がごちゃごちゃ乱雑に置かれているようでいて、実際は客の目線で選びやすいよう並べられているのがわかる。

 壁にかけられた乾燥ハーブ。薬草。ところ狭しと置かれた小さな薬壷や箱。それ以外にも木製の食器や革の道具入れなど、ざっと見ただけでさまざまな物が置かれていた。

 客が気安く手に取ることができる範囲にあるのは、比較的安価で広く知られている品物ばかり。高価だったり取り扱いに注意が必要な品は、格子戸のついた棚の中に置かれているか、おそらくカウンターの向こうで頬杖をついている老婆の背後、やたら数の多い引き出しの中に仕舞われているのだろう。


≪あっ!? もしやこれって魔石じゃない!? 魔石!≫

≪発火用の屑石です。これはカスタネットに似た形状ですが、打ち鳴らした際の衝撃で内側に仕込まれた石から前方に火花が飛ぶ仕組みになっております≫

≪銀貨1枚か……意外とお高価(たか)そう? 屑石でこのお値段て≫

≪質と大きさ、使用回数で値が上下するようです。これは連続一ヶ月ほどの野営に耐えそうな品質ですね。なかなか火がつかない、濡れたら使えなくなるなどの粗悪品と違い、これは良い品ですよ≫

≪――あああぁっ!? こ、これはもしや憧れの蒸留器ではないかッ!?≫

≪蒸留器ですね≫


 それが何か? と言いたげなARK(アーク)氏と私の情熱の落差が激しい。

 そりゃあ〈スフィア〉に戻ればこんな卓上サイズではなく、天井に届くほど巨大な蒸留設備があるのだろうが要点はそこではないのだ。


 薬草から薬効成分を抽出したり、香草などから精油を作るための器具と説明書きにも書かれている。

 読み書き可能な顧客を想定しているお品なだけあって、高価(たか)い。多分だがソロで活動している魔術士や薬師が、自宅のテーブル上で使用するのに向いた大きさで、金貨3枚だ。

 いくらこの世界の相場が未だにハテナな私でも、山吹色の硬貨がひらひら飛べば高級品だとわかる。おまけに盗難防止の細かいチェーンで柱に繋がっており、客がうっかりぶつけてガチャンとならないようにか、格子棚の奥まった所に置かれてあった。

 しかしこの魅惑的なフォルム。ガラス容器を固定するセピア色の台座の、何とも表現し難い美しさよ。

 この蒸留器では一日かけてもほんのちょっとしか得られないとか、ARK(アーク)さんが言いたいのはそういうことなのだろうが、そうではなく、私はロマンの話をしているのである。


 ――やばい。


 ここは……まずい。


 店の内装や陳列された諸々(もろもろ)をひとことで説明するならば――RPG脳ホイホイだ。

 一歩でも足を踏み入れたが最後、強靭な精神力で抵抗せねば決して出られない恐ろしい場所である。

 既に脳内では現在進行形で、依存性のある快楽物質が大量に分泌されている。

 一日中眺めていたら危険な状態に陥りそうだ。


≪不審者と思われて出入り禁止にされますよ?≫

≪くっ……!≫


 出入り禁止で済めばともかく、牢屋に連行されたら洒落にならない。

 ああでも、あれもこれも手に取ってじっくり眺めたい。どうすればこの誘惑に打ち克って、この魅力的な品々から視線をひきはがせるのか……?



「坊や、あんた見かけない顔だね? この町は初めてかい?」


「!」



 ――ぐるぐる葛藤していたらなんと、いかにも偏屈そうな、むしろあちらのほうが魔女らしい風貌の老婆がカウンターから話しかけてきた。

 それはもう、万人が〝偏屈〟と評するであろう(しわ)を、いかにもな配置でたっぷりと顔に刻んだ老婆である。

 ほかに客の姿はないので、話しかけられた相手は私以外にない。じろりと睨まれて怯んだが、後退りたくなるのをなんとか堪えた。


 焦るな。焦ってはいけない。いきなり目を逸らしたりなどすれば、不審者疑惑が確定だ。


 私は無実ですと心の中で唱えながら真っ直ぐ見返し……おや? と、首をかしげそうになった。

 このお婆さんの琥珀色の双眸は眼光するどいが、よくよく見れば、余所者に疑いを向けている様子ではない。

 瞳の奥にちらちら瞬くのは……そう、好奇心だ。

 返事をした瞬間、何かのイベントが発生しそうな勢いである。


≪――マスター。この女性はもと高ランク討伐者です≫

≪何それもっと詳しく≫

≪名はゼルシカ。地方貴族の末娘として生まれ、両親亡きあと、長兄から強制された財産目的の政略婚を嫌い出奔。実家とは絶縁し、数少ない女性騎士として訓練を積んだのち、討伐者へ転身。たちまち頭角をあらわし、女性としては異例の聖銀ランクまで登りつめ、結婚・出産を期に引退。現役時代の通り名は〝轟雷のゼルシカ〟≫


 主人公だ!? ここに主人公がいる!?

 末期のRPG脳に追い討ちが来た。

 いや待て、ARK(アーク)氏よ、いつそこまで他人様の過去を調べあげたのだ……? 確かに私がもっと詳しくと要求したんだけれども、ちょっとかなり怖いんだが?

 もしやこの町の全住民のデータを収集済み、なんてことは……。


≪マスターを警戒している様子はありませんね。現役時代の勘、というものでしょうか。無法者(コソドロ)とそうでない者を見分けられる眼力の持ち主のようです≫

≪っっっそれは是非ともお話させていただかなくてはッ!!≫


 女将に声をかけられてから少し間があいてしまったので、奇妙な沈黙を誤魔化さねばならない。

 「今話しかけられたのは自分だよね?」というふうに、店内をきょろ、と見回してみた。

 そして女将に視線を戻し、なるべく愛想良く笑いかけた――つもりだったが、鈍い表情筋はわずかな微笑みを浮かべる程度だった。


≪却ってわざとらしさのない、ごく自然な表情になったかと≫

≪お黙り≫


 自分でもそう思った。


「……ええ、初めて来ました。祭りがあるとは聞いていたんですが、本当に凄い賑わいですね」


 思えば、何年ぶりの人類とのコミュニケーションであろうか。緊張で胸がドキドキする。

 あのお喋りお兄さんとは会話をしていた実感があまりないのでノーカウントでいい。勢いに押されて「はあ」とか「まあ」とか適当に相槌を打っていただけだし。会話はキャッチボールが大事なんだと、大昔に風の噂で聞いた。


「そうだろう。年に何度もあるもんじゃないからね、あんたいい時に来たよ。たっぷり楽しんでいきな」


 女将は顔立ちの険しさを裏切り、ひょいと片眉をあげて唇の端に笑みを浮かべた。

 しわがれた声と眼力はいかにも魔女らしいのに、くれた言葉は実にフレンドリーだ。


≪……なんだかこのお婆さん、漢前(オトコマエ)の香りがする。好きかもしれない……≫

≪さようですか≫


 どこかの町にひとりは居そうな陰険婆さんといった風情だが、現役時代はさぞかしブイブイ言わせていたのだろうと勝手に想像。こんなに細くて小柄でしわしわな彼女に、どんな戦歴があってそんな厳つい二つ名がついたのだろう。

 それとも若い頃は、もっとがっちりしたタイプだったのだろうか?

 〝轟雷のゼルシカ〟と結婚できた英雄が誰なのか、激しく気になるところである。




予定していた行き先と違うんですがマスター?

と思いつつARK氏、諦めの境地入ってます。

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