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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
たびびとレベル1、町へゆく
17/70

16 辺境伯家の親子

ご来訪、ブックマークありがとうございます。


初・主人公以外の人々登場。


「例年より人の集まりが早いようです。いつもは三月の半ば頃に訪れる商隊が既に到着しており、普段はイシドールどまりの芸人一座も、この町に向けて南下していると報告が入っております。――明らかに、若君の御婚約の影響でしょうね」

「ふむ」


 辺境の地の領主、カルロ=ヴァン=デマルシェリエは部下の報告に頷き、執務室の壁へ不機嫌そうに寄りかかる息子をちらりと見やった。


「その表情、間違っても殿下の御前に晒すでないぞ? ライナスよ」

「心得ております。誠心誠意、心を尽くして、笑えるほど〝理想的で素敵な運命の貴公子〟の姿をご覧にいれますとも」


 若干やさぐれた息子の投げやりな決意表明を、辺境伯カルロは溜め息ひとつで聞き逃してやった。ボロを出してはまずい相手の前では決して崩れない出来た息子だとよく知っているので、叱責はしない。


(私も若い頃はこのような感じであったしな……)


 そして、当時は婚約者であった亡き妻からやんわりとたしなめられ、上手に転がされて調子に乗ってたまに痛い目を見て、最終的に良い結果を出せていたものである。

 思い返せば結構なやんちゃだった。このぐらいの息子の言動は充分に許容範囲だろう。

 それに、やさぐれたくなる息子の気持ちも痛いほどよく理解できた。部下も聞こえないふりをしているが、どことなく「おいたわしい……」と言いたげな雰囲気が漂っている。


 デマルシェリエの領地で開催される春祭りは、光王国の中では王都の祝祭に次ぐ盛大さで有名だった。余所にはない珍しい魔物の素材、それらを使った武具類、装飾品類、特産の豊富な酒類、薬草類など、祭りのために特別に用意された品々が、この祭り期間中に大放出されるのだ。

 そして屈強な騎士団により保たれている治安の良さも、人を多く呼び込む大切な条件である。この時期には国中から旅商人や芸人達が訪れ、それを求めて大勢の人々が押し寄せる。

 ちなみに期間が被らぬよう、南のドーミアは四月の前半、北のイシドールでは後半が本番だ。町ごとに見世物や商品は変わるので、どちらもしっかり堪能して懐の寂しくなった傭兵や討伐者が、懐の温まった商隊の護衛依頼を受け、辺境から安全な土地へ戻ってゆく。人が増えると湧いて出る小悪党が頭痛のタネと言えなくもないが、それはそれで下位討伐者の良い小遣い稼ぎになった――魔物討伐より遥かに楽な仕事ではないか。

 よって、いつもならばこの時期は、多忙ではあれど精神的につらいとは誰も感じてはこなかったのだ。


 ライナス=ヴァン=デマルシェリエが、第一王女アレーナの婚約者に内定するまでは。


 アレーナ王女は第二王妃の娘である。

 国防を担う重要な辺境伯と結びつきを強めるため、王女が降嫁する例は過去に何度かあった。通常の伯爵家なら家格が足りないとされるが、辺境伯家ならば別だ。

 ゆえに、デマルシェリエ家が王家へ不平を訴える正当な理由がまったくない。


 ――デマルシェリエ家の望んでいた花嫁が、第二王女フェリシタであったという点を除けば。


「失礼します、閣下。よろしいでしょうか?」

「何事だ?」

「その……王女殿下が、こちらに……」

「なんだと?」

「なんだって?」


 扉越しに困惑声で報告を寄越した部下に、親子は目を見合わせる。

 ここはドーミアの城、辺境伯の執務室だ。王女といえど、まだ婚約者に過ぎない身でこの棟に立ち入ることは許されない。最初にやんわりとそう説明してあったのだが。


(ごり押ししたか?)


 王家の威光を前に出されると、一介の騎士では止めるにも限界がある。親子が目配せをする間に、廊下のほうから小さく複数の騒ぎが聞こえてきた。――侍女も引き連れてきたようだ。

 室内にいた補佐が慌てて重要書類を隠すのを確認し、皆が表情を取り繕う。

 そしてライナスが扉を開けると、許可もしていないのに小柄な影が飛び込んできて、ライナスの胸にしがみついた。


「ライナス様! お会いしたかった……!」

「……殿下」


 苛立ちを綺麗に隠した、みごとな〝貴公子〟の笑みを浮かべ、ライナスが少女を見おろす。


「申し訳ございません、ライナス様……どうしてもお会いしたい気持ちを抑えられず、お言いつけを破ってしまいました……。このようなはしたない真似をして、お怒りになりますか……?」


 少女――第一王女アレーナは潤んだ瞳でおずおずと見上げた。頬をほんのり紅く染め、不安そうに、それでいて期待に満ちた顔だ。

 彼女は知っている。()()()()()()()()()()()と。


「いいえ、殿下。大切な婚約者たるあなたを、怒ったりなどいたしません」

「よかった……!」


 恋にはしゃぎ、つい悪いことをしてしまって、叱られないかしらと不安でいっぱいになっていたが、優しく素敵な青年は寛容な心で許してくれた。そういうストーリーだ。

 まあ、実にくだらない茶番である。茶番だが、問題なのはこの王女が、それを茶番と理解できず、本気で〝素敵な恋〟と信じ切っているところである。

 さらに深刻なのは、後ろに控えている王宮の侍女達が、一人残らず「よろしゅうございましたね、殿下……」と微笑ましそうにしている点か。

 (あるじ)の行動を誰も止めない。たしなめない。彼女らも、自分達が目にしているのは〝素敵な恋〟であり、多少浮かれて羽目を外しても仕方がないと思っているのだ。


(これが、我が家に与えられる娘とは)


 アレーナは美しく愛嬌のある王女だった。国王は無邪気で可愛らしい娘を可愛がり、こういう夢見がちな性格も魅力のひとつと捉えている。

 にもかかわらず、遠い辺境の地へ嫁がせることにしたのは、辺境伯家が聡明な第二王女フェリシタを望んだからにほかならない。

 国王は賢い娘を好まない。ゆえにフェリシタ王女にもろくに愛情を傾けていなかった。だからカルロもライナスも、自分達の希望が突っぱねられた時は愕然としたものだ。

 第二王女は他国の王族から婚約の打診があるためだと尤もらしく説明していたが、辺境伯と親しいバシュラール公爵から内密に真相を明かされ、さらに唖然とした。婚約の打診をしたのは国王からであり、しかもそのタイミングは辺境伯親子がフェリシタの名を挙げた直後だったと。


 つまり嫌がらせなのだ。

 国王は自分に対して口うるさい者が嫌いで、前々から辺境伯のことが好きではない。

 アレーナ王女のことも可愛がっていたが、個人的な嫌がらせに使っても胸が痛まない程度の情しかないのは明白だった。


 何よりアレーナ王女自身に、駒扱いされている自覚がなかった。彼女は素敵な貴公子と運命的な恋をしていると思い込んでおり、己の幸福と父王の愛に感謝していた。

 ライナス本人と会う前は、「愛のない結婚は嫌」だの「想い合える殿方のもとに嫁ぎたい」だのと、さんざん周囲へ我が儘を吐き散らしていたと調べはついている。それが、実際に会ってみればコロリとあのとおりだ。ライナスは彼女の理想に合致する甘い顔立ち、凛々しい雰囲気、引き締まった身体を持っていた。

 大々的に公表はされていないが、王女がまるで隠さないのであっという間に広がった。世間はお姫様の恋物語で盛り上がり、実態に想像がついている商人の一部からは、時おり辺境伯家に同情と励ましの言葉が届く。


「ライナス」

「はい、父上。――殿下、せっかくいらしてくださったのですから、東の庭の散歩などいたしませんか? あちらの花々がちょうど咲き始めた頃なのですよ」

「まあ、嬉しいですわ! けれど、お忙しいのではありませんの……?」

「あなたとご一緒する時間のほうが大切ですよ」

「ライナス様……」


 ぽ、と頬を紅潮させて喜びを溢れさせる少女は、実に可愛らしい。

 自分が魅力的だとよく理解している娘の表情だった。


(『お忙しいのでは』だって? わかってて突撃したのは誰だ、白々しい!)


 などと、王の娘に言えるわけがない。

 城の者が立ち入りを遠慮してもらうよう、やんわりと制止したはずだ。それに耳を貸さなかったから彼女はこの場にいる。

 冷え切った内心を綺麗に仕舞い、ライナスは少女好みの甘い笑みを浮かべ、紳士的に腕を貸して執務室を出て行った。

 王女から未来の義父へ、突然邪魔をした詫びの言葉はひとこともなかった。


「……閣下」

「言うな」

「……は」


 なんとも言えない溜め息が連鎖する。

 例年より早く人が集まり始めたのは、あの王女が「早くライナス様にお会いしたいの!」と滞在予定を早めたからだ。おかげで警備態勢の見直しや人員確保のための休暇変更、討伐者ギルドとの連携の打ち合わせなど、とにかく予定外の忙しさに見舞われている。

 が、不平を垂れ流し続けて事態が改善するわけでもない。さっさと頭を切り替え、仕事を再開しようとした直後、再び扉の外から声があった。


「リドルが?」

「はい。こちらへお通ししますか?」

「いや、鉢合わせてはまずい。私の私室の居間へ通せ」

「承知いたしました」


 部下にざっと指示を出し、全員が退出したのを確認後、隠し戸を通って執務室を出た。

 そのまま狭い隠し通路を通り、自室へと急ぐ。本来なら緊急時用の通路なのだが、途中で王女一行にばったり再会しては無駄に時間をとられてしまう。王女でなくとも、王女の命令で別行動をしている王宮侍女がいたら厄介だ。

 彼女らはさも自分自身が王女であるかのように振る舞う。「殿下のご命令です」と上から目線で言いながら、辺境伯家の者が自分達の命令を聞くのは当然という態度でくるのだ。もちろんそれに気付いてやめさせるような王女ではない。

 足音を消して居間に入ると、埃っぽくなっていた上衣を替える。ややして、城の侍女が茶と茶菓子を用意し、さほど間をあけずに客が通された。


「お久しゅう、旦那。景気が悪そうな顔……でもありませんな?」


 人払いを行って開口一番、リドルが首を傾げてヒゲをひくりを動かした。

 左右色違いの瞳を持つ黒猫のリドルは、妖猫族(ケット・シー)という種族だ。背丈は人族(ヒュム)の子供ほどだが、立派に成体である。


「あのお姫サンが滞在なさってるんなら、さぞかしキレそうになってんじゃねえかと心配してたんですがね」


 辺境伯の私室には盗聴防止の魔道具が設置されている。それを承知のリドルは、際どい内容を堂々と口にした。


「私より息子のほうを労ってやってくれ。あれは本当によく我慢をしているからな」

「そりゃもちろんでさぁ」


 断りもなく平然と茶菓子を口に放り込み、美味そうに茶をすする。遠慮の欠片もないのはこの黒猫も同様であったが、あの姫君と違いまったく気にならない。

 カルロは苦笑を浮かべ、自分も乾いていた喉を潤した。


「そなたの首尾はどうだ?」

「上々ですぜ。あと、親父にも声かけときましたんで」

「グレンにか?」

「あんたんとこの騎士以外で、酒に酔っても拷問されても口を割らねえ手勢って集めるの難しいんですぜ?」

「そうか……すまんな、無理を言っている」

「いんや、仕事内容自体はそう難しいことじゃないですからね。まあ、どーゆー意図があんのかは気になるところですが」


 王女一行の監視任務。

 ――ただし、監視だけ。何が起ころうと、決して手出ししてはならない。

 何が起ころうと、だ。


(つまり、お姫サンが何をやってても。――危ねえ目に遭ってたとしても)


 つまり、そうなるのを期待しているのか。

 この辺境伯が騎士に命じ、王女によからぬ真似をするとは信じ難いのだが。


「訊いてもいいですかね? あんたは何かが起こると思ってんのか?」

「さてな。だが残念ながら、あの御方は何をなさってもおかしくはないと思っている。ゆえにこそ、我らはしっかりと守りを固めねばな」

「ほうほう」


 このおっさん名優だなー、と黒猫はヒゲを揺らした。

 あの王女は、何かをやらかすのだ。おそらくこの男はそれを期待している。


(なるほどな。……()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってか)


 そしてライナスはそれについて聞かされていない。秘密を知る者はとことん少ないほうがいいのは基本だ。


(あの若君、ちょいとお綺麗なとこがあるからな。旦那そっくりだし、あと十年もすりゃ似たような食わせモンになりそうだけどよ。もし潔癖さと正義感が上回ったら、わずかなりと挙動不審にならねえとも限らねえ)


 なんてな。リドルは菓子を満足げに咀嚼した。

 自分はたかが一匹の猫。お気に入りの知り合いに会いに来て、好物の菓子をご馳走になっているだけ。

 だから何も知らないし、何も聞いていないし、何も勘付いてなどいないのだ。



辺境伯、結構腹黒いです。

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