14 新たなる目標を胸に
遅くなりましたが更新いたします。ご来訪、ブックマークありがとうございます。
しばらく回線が激重でしたが、ようやくさくさく動くようになりました。
抜き身の魔導刀の周辺に陽炎が生じる。最初はびびったけれど、見慣れたらなんだかいい感じだ。
かすかに、ぼんやりと表面が光っている。蛍光灯のような光ではなく、陽光を受けて刃全体にうっすら輝きの膜が拡がったような、そんな感じであった。
高周波ブレード、超振動ブレード――微細な超高速の振動により、本来の切れ味を遥かに超えて切断できる必殺技。
音はなく、完全に無音。これは内部に埋め込まれた魔導式に、遮音や防音の効果も組み込んでいるかららしい。
刀剣自体の強度も申し分ない。なんたって無敵のアダマンタイトなのだ。
そう、アダマンタイトなのである。もうこれはいちいち気にしてはならない。国宝級なんて注釈に惑わされるな、庶民がこんなものの市場価値なんて知らなくていいのだ。せめて最初は普通の鉄剣から始めたかったな、なんて愚痴りたくなる由緒正しい平民根性はなだめて、現実を受け入れよう。
こんなの近所にいくらでも転がってるんだよ! と。
ARK氏の実験材料にオリハルコンが加わった以上、きっといつかどこからか、ミスリルもやって来るのだから……。
というか、個人的に一番好みなのがミスリルだったのに、この世界トップスリーの金属で最も強力とされているほうから手に入っているなんて、順番がおかしくないか?
《ありがとうございます。終了していただいて結構ですよ》
「え、まだ一分ちょいぐらいしか経ってないけどいいの?」
《はい、データは充分です。これより最後の微調整を行いますので、そうすれば完成しますよ》
「おお、とうとう!」
ちなみに、ARK印の魔導刀は二振りある。片方は予備および調整用、もう片方が実戦(予定)用で、今手にしているのは調整用だ。これを使って得たデータにより、実戦用のほうに調整や改良が加えられる。
「にしても、マジで切れ味すごいなー」
一般価格の品質と合わせた練習用の鋼鉄製の剣、そして調整用の魔導刀でそれぞれ比較してみたら手応えが段違いだった。例えば同じ切り株に突き立てても、前者は浅い部分ですぐ引っかかるのに、魔導刀はさらに深くまですうっと通る。
ARK氏がそれぞれの刃の断面を拡大した映像を表示し、並べれば一目瞭然だった。同じ倍率で徐々に拡大していくと、一般的な剣の刃先は丸く歪になってきたのに対し、アダマンタイトの刃は相変わらず表面が均一で鋭いままなのだ。
通常の金属ならば、一度でも何かを斬れば磨り減って丸くなる。一見すれば何の変化もなくとも、肉眼で確認できないレベルではそうなっている。それを何度も繰り返していけば、目でわかるぐらい刃こぼれが生じたりする。
魔導刀は歪みも刃こぼれもなかった。さらに拡大しても丸くならない。さらに拡大、拡大、拡大、拡大、拡大……。
……あれ? もしやこれ、噂の分子剣?
人の手では作成不可能と言われる、極限レベルの切れ味の刃……。
…………いやいや、まさか。そんなまさか。
石を斬ってみた。すっぱり斬れた。
岩を斬ってみた。すぱんと刃が沈んだ。
両断へ至るにはそれがしの技量が足らぬな、ではなく。
「大岩が剣で斬れちゃったら駄目なんじゃないかな?」
常識を大切にする庶民として、こんな危ないのを個人が所有してていいのかな、とちょっと悩んでしまうのだった。
引っこ抜く時も普通の力で抜けたし、ガリガリ削る感覚はなかった。
そして刃こぼれもなかった。恐るべし。
◇
リンゴジャムはたっぷり食感を楽しめるぐらい、塗るというより乗せるのが好きだ。オレンジマーマレードは風味を強めに感じるので、うっすら塗るのが好みである。イチゴジャムやブルーベリージャムは気分に応じて多く乗せたり、少なく塗ったり。
綺麗な各種ジャムの瓶を眺め、今回は熱々のトーストにオレンジマーマレード。ジャムの風味をメインで味わいたい気分なので、バターは使わなかった。
瓶を置いてさっくり頬張りながら、この世界の神話を流し読んでいく。
この世界には大勢の神々がいて、性格や外見も多種多様だが、読んでいて不愉快になる話がない。
神々が人類を一方的に虐げたり隷属させたりする話がなく、まともで常識的な感性を持っている印象を受けた。
目をつけた女性を片っ端から孕ませてトンズラこく某主神や、嫉妬して旦那のほうではなく女性のほうを徹底的に痛めつける某女神みたいなのは出てこない。むしろそういう真似をするのは人の権力者だ。しかも、たまたまそれを見咎めた神が「おまえちゃんと責任取ってやれよ」と忠告したり、「あっちは権力者に抵抗できないんだから大目に見てやれよ」と庇ってくれたりする。
神話らしく荒唐無稽で、海を割ったり大地を割ったりする話がたくさんあるけれど、総合して「これ倫理的にアウト!」というのはなかった。
《とゆーコトはこの世界の神サマって、この世界の人々よりマスターのほうに近い倫理観持ってるんデスかね》
「そうかも。私の感覚だと『それ人として常識でしょ?』って内容でも、この世界の人からすれば『ああ神様なんて慈悲深い!』ってなりそうだね」
魔術という要素があるので単純に文明レベルの比較はできないけれど、この世界は身分制度が絶対の時代であり、人々の倫理観は低めだ。身分にかかわらず〝倫理〟という概念すら存在しない国もある。
権力者が一方的に人妻を見初め、手籠めにする話はこの世界の国々の現実としてどこにでも溢れていた。人妻も旦那も上の身分に逆らうことなんてできやしないし、逆らえば不敬罪で投獄・処刑。国によっては法で禁じられていても、見て見ぬふりをされるケースも多い。法の整備すらされていない国もある。
身分が絶対であり、下の者が上の者に異議申し立てはできない。それが常識なのだ。
《じゃあマスター、特に気をつけなくちゃデスね。日本と同じ感覚でいたラ命取りってコトでしょ?》
「もちろん、そこんとこは気を付けるよ。あとARKさんの設定もこのためかな?」
《設定って、これデスカ?》
【名前:セナ=トーヤ】
【性別:男性】
【居住地:黎明の森】
【職業:森に移り住んだ魔女の使い】
「そう、それ。魔法使いが庶民に好まれやすいのに加えて、デマルシェリエ伯爵領では〝魔女〟が凄く好まれるんだってさ」
デマルシェリエ伯爵領内だけで、広く伝わるおとぎ話がある。私からすれば現時点でファンタジーな世界なのに、子供向けの架空のおとぎ話と言われても首を傾げるしかないのだが。
光王国で広く親しまれるおとぎ話を挙げると、昔こんなの読んだなと感じるパターンばかりだ。格好いい王子様や騎士様が、美しいお姫様がさらわれたり虐げられたりするのを、知的なお爺さんお婆さん魔術士に力や武具を貸してもらって、助けた後は結婚式。
凶悪な魔物や魔王を英雄が倒すのって、要するにコレ討伐者でもいいんじゃないの? 魔術士ってこの世界フツーにいるんだよね? 助けたらほぼ百パーセントで結婚してるけどあんたら婚約者はどうした? 婚約破棄? だいたい歴史にもこういう話いくらでもあるのに、わざわざおとぎ話にする必要あるの? 単にフィクションかノンフィクションの違い?
そんな突っ込みが先に立つせいで、この世界のおとぎ話はあまり楽しめなかった……。
だって歴史が普通にファンタジーなのだ。ならば真面目に歴史書を紐解いたほうが身になるし、こんなのが過去現実に起こったのか! と吃驚しながら読むほうが楽しい。
そんな中でデマルシェリエ領のおとぎ話は異彩を放っている。――王子様や英雄が脇役なのである。
主役はほかでもない〝魔女〟だ。
それも、素直ではない性格のねじ曲がった魔女が、勇者の尻を蹴っ飛ばして魔王討伐に放り込むような、そんな話がたくさんある。
普通のおとぎ話なら悪役で出てきそうなキャラクターだが、この領地では主役を張っていて、しかも人気があるらしい。王族に喧嘩売ってるのかと心配になるぐらい王子様が情けなかったりする。
やはり展開がおとぎ話らしくぶっ飛んでいるのと、子供でも理解できる台詞や文章が物足りなくて数話しか読んでいないけれど、なかなかに面白かった。
外国人がおとぎ話に詳しくなくても全然おかしくはないし、どんな話があるんですか? と話題を振るきっかけになるから、これに関しては無知でいいのだ。
《ナルホド~。そーゆーキャラが好まれる土地柄なのデスね》
「うん。領主と領民の距離が近いらしいし、悪い意味で目をつけられる心配は少なそうかな。あとは食べ物が美味しかったら言うことナシなんだけど」
トーストの最後のひとかけらを口の中に放り込み、ふわふわのスクランブルエッグに目を落とす。
――と。
凄まじく今さらな疑問が生じた。
「この卵って何?」
オムレツ、クッキー、ケーキなどなど、卵を使う料理を当たり前に味わっておきながら本当に今さらなのだが、このスクランブルエッグの卵はどこからやって来たのだろう。EGGSが産んだ?
それとも畑のキャベツをむきむきしたらトゥルンと輝く鶏の卵が? まさかな。
「……もしかして、〈スフィア〉内の生産設備で鶏を飼育してたりする?」
想像して少し怖くなった。この星に存在しない種類の牛や豚といった生き物がいつの間にか再生されて、食肉にしているのでは……。
《イイエ~? 〝鶏卵ノ素〟っていうのがありマシテ~》
「うわああああ訊くんじゃなかった!!」
Alpha君のホンワカぶりが本日一等賞のホラー。
なるほど正体は食品メーカーによって開発された魔法の粉だったか。彼らはとにかく粉にできそうなものはとことん粉にすると都市伝説で聞いた。
それどころか、できたて料理の香りを出す香料も膨大な種類があった。密閉パックが〈スフィア〉の保存庫には大量に積まれており、どれもまったく劣化していないのを確認済みで、ちょうどいいから使ったと。
《あデモ、食用香水はひとつも使ってマセンよ? できたて熱々のお料理出せれバ、そもそも必要ないのばっかりデスし》
「よかった……! 頼む、それだけは今後も使わないでください、なんか嫌だ……!」
《ハ~イ》
ご飯にしゅっしゅと吹きかければ、あら不思議、ただのご飯なのに焼きたてクッキーの香りが……。
食べながら脳が混乱しそうな発明品だ。多分、それこそ宇宙空間だったりこの星が不毛の地だったりして、どうしても食材が限られている時にはいいのだろうけれどそれにしても。
「ちょ、もしかして今まで食べた肉料理って全部……」
《それっぽく作られた代替食品デスヨ~。お豆腐ノ素なんかハ使い勝手がよいデス》
「豆腐か……待て、豆腐の素?」
《混ぜ合わせるだけデなんちゃって挽肉トカなんちゃって海老トカ、いろいろイッパイありますネ。メーカー努力とゆーか執念の勝利で、どれも凄くリアルなそっくりサンになるんデスが、唯一のデメリットは味と食感が均一になっちゃうトコなんデスヨね~。そこんトコは調理法で誤魔化すしかないデス》
「あ、あ、あ、あ、あああぁ…………」
あった。確かにあった。
粉末と水を練り合わせるだけでふくらみ、不思議な食感になる謎のお菓子とか確かにあった。
あれの食材版か……!!
風味や食感がリアルなのと、シェフAlphaの腕前で、全然これっぽっちもわからなかった。わからないままでいたかった。
この世には鈍いほうが身のためな世界があるのだ……!
「あの、Alpha君? なるべく今後は、そういうの、使わないで欲しいなあ、なんて……駄目かな?」
《マスターの御望みナラそうしますケド。全部じゃなく一部は使ってよいデスか?》
「たとえばどんな?」
《ミルクと卵はテッパンですカネ》
「飲み物系はともかく卵……うーん、使えないと料理の幅が減るかな?」
《激減シマスし、マスターお好きデスよネ?》
「……わかった、うん、それはぎりぎりオーケー。逆に使わないで欲しいのは、肉の素とか魚の素かな。あと豆腐の素もやめて」
《リョーカイ! 海藻ノ素トカは?》
「そんなもんまであんの!?」
《お水と一緒に混ぜテ、うす~く伸ばして乾燥させタラ、あらフシギ乾燥ワカメが……》
「却下。それもやめてお願い」
《リョーカイ!》
その後もAlpha氏と魔法の粉のOK・NGを細かく話し合った。今まで己の口に入っていた化学の産物を知るにつれ、食欲がゼロの壁を突破しマイナスへ突入していたが今後のためと思えば些細なことである。
これからはできるだけ畑の収穫物のみを使うようお願いした。塩・胡椒・砂糖・大豆系の調味料もあるので、同じ食材でも味付けを変えれば充分に味わえる。それに以前も思ったことだが、陽射しを浴びて育った作物って、なんだか昔食べていたものより美味しい気がするのだ。
《あ、ソレ、気のせいジャないデスよ。土と水で作物の味は変化しマスし、〈スフィア〉の工場内で試しに作った作物と比較したラ、お外で育てたヤツのほーが旨味強いミタイです♪》
「なんと」
それは素晴らしい。
というか、聞いてみればちゃんと豆腐づくりに必要な〝にがり〟も保管されていた。保存技術が凄いなと感心するのはさておき、大豆畑もあるのだし、それならば豆腐の素いらないではないか。
中にはそういう、お手軽なので使っていたケースもあったと判明し、大半の魔法の粉を禁止してもすぐに困ることにはならなかった。
豆腐づくりという仕事を増やしてしまって申し訳ないのと、この国には〝にがり〟が流通していないので、いつかは作れなくなりそうな問題はあるのだが……その時はその時である。
ところで災い転じてというのか、怪我の功名というのか知らないが、現地民との交流にとても前向きな気分になった。
おうちに籠もっている場合ではない。本物の肉と卵を調達しなければ……!
食は大事の一心で次回、主人公人里へ。




