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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
新世界
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11 たびびとの設定

ご来訪ありがとうございます。


 肉体年齢十三歳、冬に突入。

 いずれ(きた)る日帰り大冒険計画の一部が明らかになった。

 まずは、世界観に適したキャラクター設定である。


 名前:セナ=トーヤ

 性別:男性

 居住地:黎明の森

 職業:森に移り住んだ魔女の使い


 現在の背丈は本来の百六十センチを超え、百六十三センチ。まだまだ伸びる気配がある。

 さらに以前は髪を伸ばしていたのに対し、今は少々長めのショートカット一択。ヘアスタイリストはもちろん、万能お手伝いさんAlpha(アルファ)だ。


「毎朝めんどくさいストッキングにスーツのスカート、ハイヒールで出勤してた平社員が、よくもこうまで変わったもんだ…」


 制服のない会社だったが、男女ともにスーツ着用と決まっていた。身体を動かす業務ではなく、女性は皆スカート。一応建前上はスニーカーで出社OKだったけれど、ストッキングにそれは合わない。

 別の会社に勤めていた友人は「今どき息苦しくない?」なんて言っていたけれど、違うのである。

 私服のセンス皆無な人種にとって、スーツは救世主なのだ!

 サイズさえ合っていれば大概どれを着てもピシリと決まる! そうデザインされている! 日頃の自堕落さを綺麗に覆い隠してくれるズボラの味方!

 シワにならない素材のやつを選べば、ひと昔前のように面倒そうなアイロンがけも不要! むしろそういう手間いらずの合成繊維使ってる服ほど安価!

 もしも「スーツ着ちゃ駄目だよ」と言われていたら、え、私、明日から何を着ればいいの…? とクローゼットの前で絶望したことだろう。

 そう、私が人付き合いで苦手とするトップスリーが、服選びなのだ。今どきのセンスなんて知るものか……!


 しかし、ARK(アーク)氏の手腕の素晴らしさよ。

 鏡を前にすれば、アイドル系と言って差し支えない程度の、違和感のない〝少年〟が立っている。見た目の性別を反転させたら、却って以前より見栄えが良くなるとは、目から鱗が落ちまくりだ。

 いや、単純にイメージを変えただけではこうはならない。髪を切って男装さえすれば、万人が男っぽくなるわけでもないのだ。食事・生活・運動・服装その他、どうすればごく自然で見栄えの良い〝少年〟に仕上がるか、ARK氏(プロ)の指導を受け続けてきたからこそ、仕上がりも格段に違うのである。


「さすがだARK(アーク)(スリー)

《おそれいります》


 照れ? 謙遜?

 風呂あがりにシャツ一枚の格好であぐらをかき、ミリタリー系アクション映画を鑑賞しながら枝豆をつまみつつビール一杯ひっかけるような生物に、そんなものがあると思うかね?

 見よ、大変身を遂げたこの姿を。素晴らしいではないか。

 隠しても隠し切れない女の子らしさなど滲み出ようはずもない。


「ふ、完璧だな……」


 とはいえ、中身(ココロ)はともかくとして、実際に性別が男性ではないことも確かだ。

 女性は女性というだけで舐められやすく、人身売買目的の誘拐や性暴力の被害者になるケースが非常に多い。それがこの姿の最大の理由であった。

 そう。はるばる別銀河系から来たのに、お約束的にこの星の人族(ヒュム)は男性優位。しかもほとんどの国が一夫多妻制で、エスタローザ光王国もその内に含まれている。


 脳裏に浮かぶのは某・倉沢博士の気弱そうな顔。

 親しい知人だった頃なら「優しげな人」と表現しただろうが、今やそんな善意解釈の余地など微塵もない。

 もし時代が時代で、父親の命令であの男に嫁がされていたとしたら?

 しかもそこには既に複数の妻がいて、自分が第五夫人や第六夫人で迎えられ、さらに「夫の機嫌をとって早く子を作れ」などと実家から急かされようものなら――


「……想像だけで臓腑が煮えくり返るんだが……たまには男も逆の立場になってみやがれ……」

《お怒りはごもっともですが、これについてはある程度仕方がないかと。他種族については一概に言えませんが、人族(ヒュム)に関しては限りなく地球人類に近い以上、そのあたりも似通ってしまうのでしょう》


 ごもっともとか言いながら、ARK(アーク)氏はどこまでもドライだった。


人族(ヒュム)は強い魔力持ちの割合も少なく、戦闘になればどうしても最終的に腕力や体力頼みになります。有事の際に減りやすい男性が妻を多く迎えたり、力ある男性が己の力を誇示するためにより多くの女性を侍らせる。共通点が多ければ、辿る道筋も結果的に似たようなものになるのでしょう》


 ただし、西洋諸国の暗黒時代のような魔女狩りはこちらには存在しない。悪魔の手先だの怪しい魔女だのと追い立てられる心配はなく、逆に〝魔法使い〟が歓迎される風土は、正体不明の異邦人にとっては僥倖と言えた。

 そのかわり、偽物(なんちゃって)とバレた時のペナルティが怖いのだが……。


《光王国について申し上げれば、身分にかかわらず上限を第三夫人までと制限している分、他国と比較すれば節度を保っています。第二・第三夫人も立場は若干低いものの正式な妻ですから、日陰暮らしを余儀なくされる不遇の女性が減るという見方もあるでしょう》

「あー……、言われてみればそうかも?」

《それに南方諸国など、妻の数が両手の指を超えるケースがザラですし、王に至っては数百名規模の後宮(ハーレム)がありますよ》

「それ一番むかつくわ! そんなもんに国民の血税を浪費する愚国なんぞ滅びてしまえ!」

《全面的に賛同いたします。飢饉対策や治水工事を二の次にし、後宮(ハーレム)から一歩も出ない妃数百名分の衣装の新調に莫大な国家予算を割くなど、無駄の極みとしか言いようがありません。質素倹約主義のどなたかがさっさとクーデターを起こし、中枢(トップ)で怠けている首をあらかた落としてしまえば状況は改善するでしょう》

「そ、そうか。うん、そうだね」


 無駄、非効率、無意味な予算――ARK(アーク)氏の嫌いそうなものである。

 クーデターを起こしそうな〝どなたか〟に目星がついていそうな口ぶりだが、「首を落とす」はただの比喩だろうか、それとも物理的に――

 いや、関係ない。私にゃ関係ない。知らないったら知らないんだ。

 どうせそんなふざけた国には、今後も絶対に関わらないと決めているのだから、何が起ころうと知ったことではない。

 だって、誘拐された女性が強姦されて無理やり妾にされたり、売り飛ばされた先で稼いだ金を誘拐犯に全部持っていかれても、被害を訴える権利自体がないというのだ。信じられない。

 ARK(アーク)氏も行く必要なしと言ってくれているし、無視でいいだろう。


 気を取り直して、セナ=トーヤ君の設定の詳細である。


 年齢については身体年齢をそのまま採用。

 光王国や近隣諸国の人々は西洋風の外見で、記憶にある西洋人と背丈はほぼ変わらない――が、遠近感が狂うほどの巨体でのっしのっしと歩く男もたまにいた。しかも全身筋肉のかたまり。頭蓋骨の中身が気になるところである。


 市場の食材に魔獣や魔魚の肉が並んでいたりするので、食文化が体格に影響しているのかもしれない。

 他種族との混血という線もありそうだ。

 ともかく、こちらから年齢を言わなければ、おそらく二~三歳くらい童顔の異国の少年に見られるだろう。

 尋ねられた場合だけ身体年齢を答えればいい。精神年齢だの外見年齢だのを細かく言い始めたらきりがないので、シンプルでいいのだ。

 決して年齢詐称ではないのだ。


 そして名前。

 通常は名前が先、家名が後に来る。

 ほとんどの国の平民には家名がなく、エスタローザ光王国も例に漏れない。王侯貴族のみが家名を持ち、普通は名前と家名の間に家格を示すミドルネームが入る。


 例外は魔術士の名前。優れた弟子がまれに師から〝名〟を授けられる風習があるらしく、家名のように後に名乗る。

 たとえば森の魔女の使いと申告し、セナ=トーヤと名乗った場合、「師から【トーヤ】という名を授けられた優秀な魔術士」と受け取られやすい。

 名前というより、魔術的な称号の意味合いが強く、その称号に含まれた意図は秘匿されるのが一般的。

 無理に訊き出そうとする行為はマナー違反になる。ただし、なんとなく想像がつく分には構わない。


 これは単純に〝セナ〟とだけ名乗るより、民間では説得力と好印象を与えるらしい。さらに他国の貴族の名前と混同されないよう、最後に賢者や魔法使いを意味する古語の〝レ・ヴィトス〟を付けて呼ばれる。

 つまりセナ=トーヤ君の名は、大半の人々に〝セナ=トーヤ=レ・ヴィトス〟と認識されるそうだ。

 ……いきなり仰々しい名前になってしまって、正直びびっている。凡庸な弟子設定でいいよとARK(アーク)氏に進言したが、好印象は大事ですと却下された。だから偽物(なんちゃって)とバレた時のペナルティが怖いんだと何度言ったら。


 ただ、最近では魔術士の貴族化が進み、この風習は廃れかけているそうだ。

 この国は優れた魔術士の活躍によって発展を遂げた歴史があり、他国より魔術士の地位が高い。王侯貴族はより強い魔力の持ち主をせっせと己の家にとりこみ、今や高位魔術士の大半は身分の高い者で占められていた。

 必然的に態度が巨大で高圧的な魔術士が増え、王宮でも魔術士団内で派閥を形成、派閥争いが勃発し始める。国が栄えるのは我らのおかげと公言して憚らず、本来同格であるはずの騎士団を見下し、多方面で軋轢を生んでいるらしい。

 そんな状況は市井にも伝わり、今や貴族出身の魔術士達は、国民から白い目で見られるようになっているのだとか。


 逆に、確たる地位を求めない野良の魔術士が〝魔法使い〟と呼ばれることもあり、裏家業に足をつっこんでいそうな空気でもない限り、平民の間では親しみを集める傾向にあるらしい。

 討伐者ギルドに登録している魔術士は〝魔術士〟であり、〝魔法使い〟とは呼ばれない。彼らは成功を求める野心家だからだ。


 平民限定の好意的な愛称が〝魔法使い〟。

 どこでも通じる正式な呼称が〝魔術士〟。

 そういう認識でいいだろう。


「ていうか王宮内の派閥間の諍いとか、そんな情報が市井に筒抜けになってて大丈夫なんだろうかこの国?」


 ネタを嗅ぎつける嗅覚は猟犬並み、不法侵入スキルは諜報員並みと揶揄されていたマスコミなど存在しない世界だ。

 王宮の内部事情など一般人にまで正確には伝わらないはずなのに、ARK(アーク)(スリー)の調査結果と、市井で流れているらしい噂の内容がほぼ一致しているなんて。

 情報がどんどん漏洩しているのに、それに気付かないほど国の中枢にいる人間の危機管理能力が低下しているとか?

 他国の放った間者が何やら工作していたりとか?

 魔術大国の切り崩し?

 魔術士と騎士達の不和を煽って分断し、頃合を見計らって――

 …………。


「やーめーてー、ほのぼの系スローライフがいいんだよう! 一歩踏み外したら終わりの心理戦とか避けられない戦とか、そんなシリアス要素いらないんだ……!」

《突然どうなさいました》

「何でもない。人は時々ちょっと叫んでみたくなる生き物なんだよ」


 敵が裏でネチネチ糸を引いている謀略展開は嫌いだ。敵の陰湿さにイラッとするし、腹が立って全然楽しめない。

 単純明快な勧善懲悪ものが好きなのである。

 それは自分の地頭が悪いので小難しい話には苦手意識があるからだと胸を張って言える。

 最終的に主人公やその仲間達が、敵に大どんでん返しを食らわせ、すっきり爽快感を味わえるラストならまだしも、せっかく最後の最後まで付き合ったのに、やられっぱなしで終わる鬱エンドだったら最悪だ。


「そうだ、ARK(アーク)さんならとっくに調べて知――あいや、やっぱいいわ」

《なんでしょうか》

「いえいえ。なんでもありませんよ。気にしないでくださいな」


 手をひらひらと振った。

 深入りしても確実にろくなことにはならない。自分は何も知らない、それでいいのだ。

 決して、ついうっかりで訊いてはいけない。できるだけ平穏な日々を送りたいのなら。





《マスター、例のブツがいい感じに出来上がってやすゼ》

「お、そうか」


 Beta(ベータ)が運んできた瓶を受け取り、作業台に乗せる。蓋を開けて味見してみると、甘酸っぱさと梅に似た風味が鼻を通り抜け、なかなかの出来栄えだった。

 プラメアと呼ばれる木の実で、熟すとまるで梅干そっくりな味になる。国によって緑や黄色など色合いに違いが出るらしいのだが、光王国では明るいオレンジ色だった。

 この森には稀少な植物やら珍奇な植物やらの割合が多いけれど、普通の植物がまったくないわけでもない。川に落ちた種や枝がどんぶらこ……というケースはままあるのだ。そこで周囲の環境に馴染めたら根付いて、馴染めなければ大地の栄養になる。


 梅干おにぎり、梅きゅう、梅茶漬け、どんな食べ方でも美味しかったので、水に漬けて塩抜きした果肉を煮沸消毒した瓶の中に蜂蜜・砂糖と交互に入れ、最後に蒸留酒を満たしてしばらく漬け込んでみたら、立派な梅酒になった。

 塩抜きに使った水はAlpha(アルファ)によって美味なる煮物やスープに変身し、胃と味覚を満足させてくれるのだが、ただの飲料としてもかなり優れている。濾過すればスポーツドリンクになる上、溶け込んだプラメアの成分に殺菌作用があると判明し、有用性の高い植物として、拡張した果樹区画にさっそく苗木が植えられていた。

 地球産の植物と比較すれば心配になるほど成長が遅いけれど、むしろこれがまともな育ち方なのだろう。


「ん~、んまい! 梅もいい感じにやーらかくなってる!」


 梅じゃなくてプラメアっすヨ、などとつっこんで水をさすBeta(ベータ)ではなかった。彼にはちゃんと学習能力があるのだ。

 ちなみにこの世界、飲酒は何歳以上からといった決まりはない。酒のほうが生水より保存がきき安全で、土地柄によっては水の価格のほうが高価(たか)い事情があるからだ。

 この国、とりわけこの辺りの土地では、年間降水量はさほど多くないものの、北方から流れこむ河川や高山からの湧き水が各地を潤し、綺麗な水が豊富にある。

 森の外にある町の中でも各所に井戸があり、煮炊きや飲み水に多く利用されている。それでも薄めの酒イコール日常の飲み物という認識は、国全体に広く浸透しているそうだ。

 しかし体質上、どんな低度数の酒でも受けつけない者はいる。特にこのプラメア酒は口当たりこそ甘いけれど、アルコール度数の強い蒸留酒を使っているので、弱い人には絶対に飲ませられないだろう。


《マスターはお強そうっスね》

「ん~。多分そこそこ強かったと思うよ?」


 現在はさらに強化されているので、蟒蛇(うわばみ)からザルへ進化を果たしているそうなのだが、たいした違いはないんじゃないかな。酔っ払う前にお腹が張ったら結果は同じだよね?

 などと友人に言ったらドン引きされた過去があるので、これは今後もお口にチャック案件である。

 それに体調が悪い時は酔いが回りやすかったので、油断して前後不覚になるような呑み方はすまい。


「こっちの移し替えた分、冷蔵庫に入れといてくれる?」

《了解っス》

「ふっふっふ、キンキンに冷やした梅酒……夏じゃないのが残念だけど。来年用に今からいろいろ作っておこうっと♪」


 ARK(アーク)氏はこの国の夏は空気がサラリと乾燥して過ごしやすいはずと言っていたけれど、常春の気温が保たれたドームしか知らなかった私にとって、気温三十度超えなど衝撃の体験だったのだ。

 あれを凌駕する驚きなど、そうそうお目にかかれはしないだろう。


 ――なんて思ったばかりに、次の朝には記録更新されてしまった。



「なんっっっじゃこりゃあああ!?」



 一面の銀世界である。

 昨夜、ふわりふわりと小さな白い粒が舞い降りてきて、「うわあ本物!?」と胸を高鳴らせたのが就寝前。


「まさかたった一夜で積もるとは……雪国舐めてたわ。すげー……」


 昔は想像もできなかったけれど、この国の真冬では、一晩で積雪数十センチなんて日がザラにあるそうだ。

 だからなのか、さすがのARK(アーク)氏も秋の終わり頃からは、私に外へ出ろ出ろと強要しなくなっていた。


 〈スフィア〉を中心として、畑の辺りまでは選択透過シールドで積雪を抑えられているのに、二~三センチは積もっている。

 気温も零度を下回らない程度に和らげられているというが、吐く息の白いこと。

 それに……。


「うわ……これマジで、一晩で積もったんか……」


 降雪抑制エリア外の森の奥は、見るからに極寒の世界だった。




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