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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
新世界
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10 メルヘンと容赦なきリアルの攻防

ご来訪ありがとうございます。

今夜はやけに管理画面が重い…。


※一部、お食事中は避けたほうがいい箇所があります。


 肉体年齢十三歳、夏。

 お上品な家庭菜園は、最早どの角度から見ても立派な畑と化し、植えた野菜や穀物、果樹類がほぼすべて収穫できるようになっていた。脅威の成長速度である。

 加えて、Beta(ベータ)が森の中のあちこちで採集してきた、あれこれやそんなこんなの栽培も順調に進み、それらをいろいろ調合して、怪しげな薬を作るのが最近の日課になっていた。


 補助脳(インプラント)はあくまでも脳本体の補助を行うものであり、思考速度を速めたり物事を憶えやすくさせたり、考えていることを情報化して送受信――つまりテレパシーのような〝思念通話〟を行えるが、それ自体を純粋な辞書や記録装置として使うことはない。

 脳への負荷の大きさから、言語情報以外ではインストールを行わない方針だったものの、ARK(アーク)氏は例外をもうけた。それがいわゆる薬効成分や調合、魔術などに関する知識である。


 通常そういった知識や経験は、何年もかけて徐々に蓄えていくものだが、何年もかけたくないARK(アーク)氏は潔く時間短縮を取った。大陸のあらゆる言語を限りなく近い概念で解釈し、段階的に補助脳を通じて私の頭に読み込ませたように、もともとこの世界にあった薬だけでなく、ARK(アーク)氏独自の調合法まで編み出して読み込ませたのだ。

 調合用の道具はすり鉢、天秤、土鍋その他。精密機械を一切使わず、どれも原始的なものを使うやり方だ。

 この世界のどこへ行っても簡単に手に入るような道具でなければ、もし〈スフィア〉が近くにない場所で調合が必要になった時に困るからである。


 〈スフィア〉の万能設備を一切頼らない地道な作業は、意外と性に合っていたらしく、退屈でつまらないと感じたことはない。思い返せばゲームでも、様々な素材を集めて武具やアイテムを作る〝錬金〟のシステムが結構好きだった。


「ひょっとして薬師の設定でいくつもりなのかね?」


 売るだけならばいいが、医師の真似事をやれと言われたらどうしよう。

 製薬作業は楽しいが、つくる過程が楽しいのであって、患者の診察などできるとは到底思えないし、そんな責任の重そうな仕事は勘弁である。

 せめて田舎の薬屋さんで手を打ってほしいところだ。


 ところで、ここの土地に植えた地球産の作物は、土中に含まれる魔素を吸収して成長し、見た目は完全に以前と変わらない普通の作物だが、中身が若干変質しているらしい。

 何も手を加えなければ、別段何も変わらない、普通の野菜に果物だ。が、何故か調理した後には微弱な【精神・体調補正】効果が付与されている。

 生野菜サラダにしてそのまま食べても何ら変化はないけれど、複数の食材や調味料を投入してぐつぐつ煮込んだり炒めたりする作業が、どうやら魔女の鍋よろしく、不思議な化学反応をもたらすようだ。

 どんなレシピで作っても人体に悪影響はなく、副作用も依存性もない。いいことづくめである。


 【体調補正】は、回復系の魔術に似たような性質のものがあった。睡眠不足や数日間排泄が行えない時など、体内に蓄積する悪い物質を消滅させる魔術だ。

 だからといって、永遠に不眠不休でいられるわけでもなく、短期間で何度も繰り返すたびに効果が薄れてくる。それでも万人に扱える魔術ではなく、使い手は重宝されるらしい。とりわけブラック企業に拉致監禁されそうな人材である。


「でもこの世界で一番凄いのは、やっぱトイレいらずってとこだよね! これは実に素晴らしいよ!」

《まあそうっスね。魔力とかピンとこないスけど、それはなかなかに凄いっスよね》


 そんなことで一番感動するのは如何かと思うが、感動せずにいられない。

 なんとこの世界には、体内で吸収しきれなかった不純物を完全に分解し、無駄なくエネルギーに変えてしまう薬草が存在した。

 その名も【シュネーヴェンエルティスノータス】、略して【シュネーヴェン】または【ノータス】。そこそこ魔素の高い地域でなければ生えていないらしく、採集には多少の危険を伴うので、ランクの低いハンター達にとって良い小遣い稼ぎになるそうだ。

 無駄に長い正式名称が略称に変更されない理由は、嘘か真か、学者達の間で【シュネーヴェンエルティス派】と【エルティスノータス派】の譲れぬ戦いが勃発してしまうからだとか。実にどうでもいい。

 小さい子だけが【おなかきれいのはっぱ】で許される。


 むしろ応急処置的な面の強い魔術より、こちらの方がメインだった。乾燥させて細かく潰した粉末を一日にひとつまみ、それだけでいい。

 これも副作用や依存性はなかった。


《なんでそんな進化したんスかね?》

「魔素の循環のためらしいよ? この世界は人も動物もみんな魔力を持ってるけど、容量に上限があるから、余剰分のエネルギーは自然界に発散されて魔素に戻るんだってさ。で、その魔素がさらにこういう不思議系植物の栄養になると」

《ナルホド~》


 太古から主に戦士が重宝していた歴史があり、当時は草をそのまま噛んで飲み下していたらしいが、生のままでは苦味と渋みが強すぎる上に、一時舌が麻痺するほどの刺激があるので、現代ではよほど切羽詰まった状況でもなければ直接食べたりはしないそうだ。


 ちなみに魔力の強い種族には、飲み食いしたものを完全に消化・吸収し、無駄なくエネルギーに変換できるため、そもそも排泄器官自体が存在しない便利種族もいるとのこと。

 実は某惑星から訪れた異邦人も、魔力など欠片もないにもかかわらず、とあるマッドドクターの魔改造による無駄のない肉体強化の一環で、出す必要がなくなっていた。

 これに関しては素直に溢れんばかりの感謝をドクターに捧げている某人物だったが、それはともかく、当初覚悟していたより、この国の衛生観念がまともで嬉しい誤算だった。

 町なかで汚物がそこらじゅうに撒き散らされ、どこへ行っても悪臭が鼻を突くようなおぞましい光景に直面する恐れがない。


 さすがARK(アーク)氏いわくの〝万能物質〟魔素、いい仕事をしている。

 この世界に対する好感度は鰻登りだった。





 夏の後半頃から徐々に森へ足を踏み入れるようになった。

 この森の地下の鉱物は、魔力に働きかけて生物を迷わせる。ゆえに魔力皆無の私には効かない。

 肩にとまった青いナビゲーションがいれば、どんな巨大迷路すら何のその。とはいえ一般的な遭難対策や迷子防止策は憶えておいて損はないので、人の手の入っていない森がどういう環境なのか、何が危険で何が安全なのか、例のごとく真面目に講義を聞きながら散策を続けた。

 気温の高さにびっくりし、小川の冷たさにびっくりし、ひたすらびっくりしている間に夏が終わり、泳ぐのを忘れていたなと気付いた頃には秋へ突入。ぴゅううと冷たい風が吹くようになっていた。


 北国は夏が短い。さらに万年常春のドームでは自覚がなかったけれど、どうやら私は寒さが苦手なようである。

 だんだん〈スフィア〉に籠もりがちになり、【短期決戦型魔力回復薬クイックA散剤】、【持久戦型体力回復薬ファイトB錠】、【超速再生キュアC軟膏】など、季節が深まるのも忘れて怪しげなレシピに手を出し続けた。

 使いもしない薬がどんどん増えていく。

 インドア派の趣味にはままあることである。


 インドア派の趣味に没頭するあまりヒキコモリ過ぎて、ARK(アーク)氏から心を的確にえぐるお小言を連打され、再起不能になる前にと森の散策を再開した。

 魔物や獣はもちろん、人が侵入できないような森は、余所では見られない珍しい植物や鉱物が手付かずで、いざ重い腰を上げてみれば案外楽しいものであった。

 腰を上げるまでの心理的な道のりが一番長くてつらい。お約束なのである。


 例の鉱物を発見した場所も、入り口までBeta(ベータ)に案内してもらった。想像していた丸いトンネル状の洞窟ではなく、地面を深く切り裂いた亀裂になっていた。

 雑木に隠れ、よくよく注視しなければ素通りしてしまいそうな隙間は、横幅が数メートル、高さは大人が四つんばいにならなければ通れない程度だった。

 それも真横や真下に伸びているのではなく、およそ三~四十度前後の傾斜が、立って歩ける空間に到達するまで、何百メートルも続くらしい。

 今はBeta(ベータ)によって即席の扉が取り付けられており、うっかり足を滑らせて落ちる危険はない。


《亀裂はこの一ケ所だけっスし、崩落しそうなトコも現時点ではないっスから、別の場所でうっかり、てな心配もないスよ》

「ほほう。そいつぁ朗報だ」

《ためしにちょいトのぞいてみまス? 命綱あるっスよ~》

「絶対やだ!!」


 垂直に掘られた落とし穴より、急角度の天然滑り台になっているほうが気分的に怖い。

 大概のホラーやサスペンス映画は平気だったが、狭い地下空間に閉じ込められたり生き埋めになったりする、暗くて息苦しい圧迫サバイバル系は大の苦手なのだ。

 もし身体が隙間に嵌まって身動きできなくなったり、天井が崩れてきたりしたら……?

 想像するだけでゾゾゾっとなるではないか。これはホラー映画などとは異質の怖さだ。


 それよりも、亀裂の周辺に生えているキノコの群れである。

 この森にはどこにでも生えているみたいだが、樹の根もとや落葉の積もった地面ではなく、突き出た岩からにょきにょき生えているのが興味深い。

 調合の知識が頭に詰め込まれて知ったのだが、このキノコは【夢見茸(ユメミダケ)】というらしい。字面からして幻覚作用系のやばいキノコっぽいが、実際は毒にも薬にもなるかなり希少なキノコだった。

 きらきら飛ばしている胞子のような光の粒は、実際は胞子ではなく、催眠作用のある魔力の粒が空気に反応している現象なのだそうな。

 おまけに、風がなくともこのキノコ、常にゆらゆら揺れている。

 貴婦人の日傘のように広がった部分が、色鮮やかな青や黄色やオレンジなどの縞模様で、まるで熱帯魚のように可愛い。まばらな傘のつぶつぶが、ちょこんと付いた目と鼻と口に見えて、それがあちこちで群れを成し、ふよふよぴょぴょ揺れていた。

 まさに絵本の中のファンタジー。


「か、かわええ……こんな可愛いと、可哀相で採れんよ……ってうわっ!?」


 眺めてニマニマしていたら、目の前でいきなりポロ、とキノコが根もとから自分でもげた。

 文字通り、自主的にもげた。

 ARK(アーク)氏による薬草系知識によれば、【夢見茸(ユメミダケ)】は自分を食べたり採取しようとする敵に精神攻撃を行うが、時には「自分を使ってもいいよ」とばかりに、自発的にもげてくれる個体もいるらしい。


「どーゆーキノコだと思ってたら……」

《こーゆー感じだったんスねえ》


 横たわるキノコは、安らかに動かなくなっていた。

 なんだか罪悪感を覚えつつ、ありがたく感謝の言葉を告げて回収させてもらった。

 その後、このキノコでなければ作れない非常に珍しい薬――【夢見の雫】を調合した。

 眠る前に服用すれば見たい夢を見ることができ、眠っている相手の唇に垂らせば、自分が指定した夢を見せられる不思議なお薬だった。

 ただし、起きている相手に服用させたら少々危ない作用があるみたいなので、決してこれを人に使って実験したいとか思ってはいけない。

 あれ? やっぱりこれ、やばいキノコ?

 いや、まあ、いいか。もう作っちゃったし。


 希少な材料で、また使いどころのない薬を作ってしまった……。





「でもマジ可愛かった。この世界の生き物がみんな、あんなんだったらいいのに」

《残念ながら、こんなのもおりますしね》

「はい?」


 夕食時、キノコ達のつぶらな瞳をホワホワ思い返していると、ARK(アーク)氏がおもむろに記録映像を流し始めた。とても嫌な予感がする。

 映し出されたのは、どこかの嶮しい雪山だ。しばらくはずっと白い世界の映像が続いていたのだが……。


「うおっ、なんじゃありゃ!?」

《今年の春に捉えられた希少な映像です》


 一面の銀景色だった映像の中で、いきなりドドオン! と爆発が起こり、雪と土が盛大に舞い上がった。


「ダイナマイト!? ――この世界、火薬ないんじゃなかったの!?」

《はい、火薬はありません。それっぽく見えますが別物です。ちなみにこれは魔術でもありませんよ》


 この世界には火薬が存在しない。魔術や魔石で爆発を起こせるものがあり、開発の必要性を感じてこなかったからだろう。

 爆発する性質の確認された珍しい天然魔石は、当然ながら火薬とは別物であり、扱い方もまるで違う。

 素人が触れると暴発させやすく、危険極まりないので、魔術士のいない場所での取り扱いは禁じられているそうなのだが、映像の中に人の姿はどこにも見当たらなかった。

 ならこれは噴火? いや間欠泉か?

 ――しかし。



『ヌゥ……』



 雪と土煙の中から出現したのは、蠢く蔦に絡まれた巨大なアーモンドもどきだった。

 さらに雪煙の向こうから、角の生えたピンク色の可愛らしい兎の群れが、モソモソと慌てて逃げてくる。

 だが……。



『ゴバァッ!!』


『ピギィィッ!?』



 割れたアーモンドの中にバクリ、バクン、と飲み込まれ、彼らは悲痛な叫びをあげながら、次々と消えてゆくのだった……。


 …………。



「…………アレは何かね?」

《魔性植物です。冬の間は一部を除いてほとんどの魔物が冬眠しますが、あれは(たね)の状態で冬を越します。気温が高くなってきた頃に芽吹き、冬眠明けの獣よろしく、春先は空腹でより凶暴化するようですね》

「…………肉食アーモンド…………もしやこのへんにいないだろうな?」

《おりません。生息域は遠方の魔素が濃厚な地域です》


 安心した。

 安心したが、せめて夕食後に流せよ!


 夕食はアーモンドサラダ。食後のおやつはアーモンドチョコレートである。

 これを嫌がらせでなく何と言おう……!?




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