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空から来た魔女の物語 -site B-  作者: 咲雲
新世界
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9 人工知能様と青い小鳥


 ARK(アーク)(スリー)が用意したのは剣だけではない。服もそうだ。

 肌にぴったりフィットする長袖の黒いインナー、七部袖の白いシャツに黒地のベスト。

 シャツの裾はズボンの中には入れず、膝上くらいの丈があり、動きを阻害しないよう両サイドにスリットを入れている。要所にダークブラウンの糸で蔓草模様の刺繍があり、シンプルでいてさりげなくお洒落なデザインだ。

 黒いズボンは思いのほか肌触りがいい。飴色のブーツはカウボーイ風だが、爪先はとがらせていない。

 しなやかで丈夫な黒い手袋は、剣がすっぽ抜けないよう、滑り止め加工が施されている。

 どれも〈スフィア〉内の縫製工場で作られた一点物だった。


 例の鉱物を繊維状に加工し、各種合成繊維と織り込んでどうとか、誰かが説明していたような気がするのは気のせいだろう。たかが〈たびびとのふく〉や〈たびびとのくつ〉の防御力は、せいぜい五から十もあれば上等だ。

 まさか初期装備の防御力が、既に各種九九九などと、そんなはずはないのだ。

 胸当て等も作成中らしいが、きっとただの〈かわのむねあて〉的なものだろう。

 そうに違いない。


《純粋な革製品は材料を調達できないため、現時点では作成不可能です。ですので、植物性の合成繊維に強度を持たせるためのア》

「あーあーあー」


 それはともかく。


 全身を鏡に映し、ARK(アーク)(スリー)の意図を理解した。

 これも魔改造の影響か、〈東谷瀬名(オリジナル)〉より背が高くなっている。記憶にある身長はぎりぎり百六十センチ程度なのに、既にその身長に達し、まだ伸びる気配があった。

 毎日運動しているからか、しなやかな筋肉がついて、全体的に骨格がしっかりしている。

 無駄な贅肉が減った分、胸も減った。以前は寄せ集めてBはあったのに、今はどう足掻いても余裕でAカップ程度。今後成長するかは未知数である。

 少しくせのある黒髪はショートカット。少なくともこの大陸の女性は皆、髪を伸ばしているのが普通だ。例外としてごくまれに、女戦士などがベリーショートにしているぐらいか。

 女性的な要素をなるべく排除している。服装のデザインからそうではないかと感じていたけれど、つまりここで生きる上では、そう振る舞ったほうが賢明ということだろう。


「首に何か巻いたほうがいい? 喉仏出てないのバレるよ」

《個人差で喉仏の目立たない成人男性もおりますので必要ありません。性別の印象は骨格や姿勢、表情、仕草、声質など、様々な要素を複合した全体の雰囲気が決定付けるものであり、あなたは容易くクリアされています。むしろ下手に首を隠そうとすれば却って注目を集めますので、堂々としていればよろしいでしょう》

「そう? よかった。言ってみたはいいけど、ハイネックとか首を覆うのって苦手なんだよね、なんか息苦しくて」


 左肩に手をやり、ちょこんとそこにとまっている〝小鳥〟を撫でた。

 駒鳥(コマドリ)の形をベースに、配色は私の好みを反映させてくれたのか、頭部から尾羽にかけて鮮やかな青、腹部は深い紺色になっている。


 ――その正体は、ARK(アーク)(スリー)の子機とも呼べる鳥型ロボットだ。


 犬型や猫型にしなかった理由は、狭い隙間から侵入したり上空から偵察できないからだそうだ。

 可愛らしい青い小鳥は愛玩用(ペット)と見せかけ、実は諜報用だったらしい。


 帰宅すれば家の中に犬猫が侵入していた。

 帰宅すれば家の中に小鳥が侵入していた。

 発見した家人が騒いで追い出したりしない可能性が高いのはいったいどちらか。

 そんなつぶらな瞳の愛くるしい小鳥の中身は、ARK(アーク)(スリー)である。


 ……これのジャンルはSFかホラーか、どちらに分類すればいいのだろう。


 しばし本気で悩むのだった。





「わっぷ! ……今日なんか肌寒くない? 妙に風も強いし」

《春も終わり頃とはいえ、エスタローザ光王国は北国ですから、年間通して気温は低めです。それにこの程度の風なら、どこででも吹いていますよ》

「気温か……。前にどっかのドームの空調が一時的に故障したかなんかで、ドームの放棄とか別のドームへの大移住とか大騒ぎになってたっけ。蓋を開けたら、年間平均気温が1℃ぽっち高くなってただけでさ……大袈裟だったよねえ……」


 万年常春のドームだったからそのぐらいで大騒ぎになったのだろうが、思えばみんな贅沢者だった……。


《いいえ、大袈裟ではありませんでしたよ》

「え、なんでさ?」

《単純な算数の問題です。当時の年間平均気温は、毎日の平均気温を足してさらに日数で割った平均値でした。例えば一ヶ月三十日として、毎日が20℃だった場合、その月の平均気温は何℃でしょうか》

「そりゃ、20℃でしょうが」

《では、毎日が21℃だった場合の平均は?》

「21℃……だから何?」

《では、二十九日間の気温が20℃であり、平均気温が21℃だった場合、三十日目は何℃でしょうか》

「そりゃ、――……」


 ……あれ?

 …………50℃?


《三十日目の気温が50℃なければ、月間平均21℃にはなりません。それは極端としても、月の前半がずっと20℃だった場合、後半で21℃、22℃、23℃……とならなければ、『先月より平均1℃高い』とはなりません。たいした違いではないと錯覚しやすい平均マジックですね》

「うああ、ほんとだ!?」


 道理で、あんなに騒いでいたはずである。

 当時は騒ぎが落ち着いた頃に平均値だけを見て、「あそこの住民ってみんな大袈裟だな~」と冷笑する人がほとんどだったけれど――そこに住んでいる者じゃなければ切実さが伝わらない、おそるべき罠があったとは。


《修理ができなければ、実際に放棄も有り得ましたよ。外部の気温が何℃あったかはご存知でしょう? 人が防護服なしで生きられる世界ではなかったのですよ。最終的に割り出された平均値のみが公表されていましたが、明らかに意図的でした。日々の気温を逐一チェックされていた方々はすぐに気付いたと思いますが》

「うおう……迂闊に『たかが』とか言っちゃイカンね……」


 やっぱり、自分の頭で考えるのはとても大事である。思い込みに惑わされないよう、今後の教訓にしておかねば。

 ところでARK(アーク)さん、もう一枚ぐらい上着はないのでしょうか? 本当に寒いのですが。


《あなたはプラスマイナス1℃の誤差もない完璧な気温に慣れ過ぎなのです。この国の住民は半袖一枚で活動できる気温ですよ。身体を動かして温まる方法を学んでください》


 文字どおり純粋培養の箱入りお嬢さんに、なんて根性論をぶちかますのか。

 寒さに慣れている国民とそうでない外国人を同列に扱うのはいかがなものか。

 そんな抗議を聞き入れてもらえるはずもなく、仕方ないのでガタガタ震えつつ〈スフィア〉周辺をランニングしてみた。

 すると身体が内側からぽかぽかしてきて、本当に震えがなくなった。認めるのは不本意だが、ARK(アーク)教授の教育方針はやっぱり正しいのである。


《何も氷点下の中をシャツ一枚で行動してくださいと申し上げてはいませんでしょう。インナーもベストも身につけておられますし、南方諸国出身の人物でもそこまで厚着はしていないのですよ。ギリギリ『寒がりだな』と思われる程度の服装にしてあるのですから、そのぐらいは慣れるようにしてください》

「へぇーい……」


 青い小鳥が男とも女ともつかない声音で、ちくちくぷすぷす耳を刺してくる。

 こんな可愛らしい見た目のくせに、中身はしっかりARK(アーク)氏だなんて詐欺だ……。


 気を取り直し、本日のメインは広々とした畑の拡張予定地で、魔導刀の性能を確かめることだ。

 私の指を落とさない魔導式を組み込んでいるらしいが、試しに「すぱっ」とやってみる勇気は今後も湧く予定はないので、それ以外で順番に試していく。

 まずは、〝念じるだけで手もとに戻る〟の実験だ。

 精神波というが、そもそもどこまで届くものなのだろう?


《魔力や精神力の強さ、その時点での環境によっても変動しますが、精神感応系の金属や魔道具を挟まない場合、平凡な人族(ヒュム)を起点として半径一メートルほどです。最も効果を及ぼすのは対面した距離、そこから離れれば離れるほど薄れていくと考えていただければよろしいかと。魔術士は本人の力量や、行使する魔術の種類によって数メートルから数十メートルと幅があります》


 では、例の精神感応金属とARK(アーク)製の魔導式を組み合わせたこの刀は、何メートルまでならば私の精神派とやらをキャッチできるのか?


《国内でしたら、端から端までおよそ二秒で到達します》

「待て。待て待て待て。半径一メートルが何故そんなことに?」

《この魔導刀とマスターの間には、例えるなら不可視の精神波ケーブルが伸びているのです。なお、通常の精神感応金属はそのままでは使用者を限定するものではありませんので、各種魔導式によってあなたの認証を行い、それ以外の精神波を遮断するようにしております。この仕組みがなければ理論上はもっと速く到達するのですが》


 光の速度へ到達させようなんて野望抱かなくていいから!

 国内二秒で充分だから!


 精神波が届く速度も距離も充分デタラメだとよくわかったので、次は物体が戻る時の速度だ。


「うわお~……ほんとに飛んで戻ってきたよ」


 最初に五十メートル、次に百メートルと開け、念じ方も変えて試してみた。


 仮に「Alpha(アルファ)君、ちょいとそこのお醤油取ってくれんかね?」程度の念じ方だと、《ハ~イ♪》ぐらいの速度で戻る。

 これが「のっ、のどがっ、みみ水、みずッッ!!」ぐらいの念じ方なら、《ハイッ!!》――しゅばっ! と戻ってくる。


 ……まあ、そんな感じだ。五十メートルも百メートルも速度に変化はなく、遠ければ反応が鈍るということもなかった。


 ちなみに、速度によって遥か手前から減速するわけではなく、いずれもだいたい二メートルほど手前で急停止し、その後柄の部分がすい、と手に収まる。これは私が容易に反応できる距離に合わせた結果だろう。カッコよく「我がもとに戻れ!」と叫んでおきながら、凄まじい勢いですっぽ抜けていく、とても気まずくて恥ずかしい事態は恐れなくていい。

 では二メートル以内だったらどうなるか? これは、鞘に収まった状態か否かで違った。前者なら柄にこだわらず、とにかくどこかが私の手の平をぱしんと鳴らす勢いで素早く収まる。減速はしない。柄を握るイメージと一緒に戻るよう命じた時だけ、柄の部分がこちらを向いて戻ったけれど、心なしか速度が落ちた。

 抜き身の状態だと、必ず柄から先に戻る。直接刃に触れても大丈夫なはずだが、反射的に手を引っ込めて取り落とす心配があるかららしい。もっともである。

 手もとに戻る際に誰かを傷付けてしまう危険があるので、それも注意しなければいけないだろう。


《念じて鞘に収めることもできますよ》

「それを早く言いなさいよ」


 この魔導刀のセットの鞘が、普通の鞘であるはずがなかった。こちらも念じれば同じように戻ってくる魔改造仕様だった。

 バラバラに手もとへ戻すこともできるし、鞘付きの状態で戻るように念じれば、自ら納刀して戻ってきた。そのぶん時間差が発生するわけだが、怪我人量産のリスクは激減している。


 強いて課題を挙げるなら、喉が詰まった際に水を求めた時の「水ッ!!」《ハイッ!!》が最高速度という点か。これは万が一盗難にでも遭い、たまたま国境あたりまで運ばれていたとしたら、精神派だけは秒で届いても、現物が帰還を果たすまでには相当な日数がかかる計算になる。

 もしその間に私がぐっすり寝こけていたらどうなるか? 途中で墜落したりしないのか?


《問題ありません。最初に『戻れ』と念じておけば、後は待つだけです》


 なるほど。ずっと精神集中なんかしなくても、コマンドを打ち込んで実行をのんびり待つ感覚でいいらしい。


「ちょうど私がお風呂とかベッドの中にいるタイミングで戻ってきたらどうなるかな」

《外で気長に待ってくれます》

「…………」


 朝まで待ちぼうけは可哀想なので、なるべくお外を気にかけていようと思った。

 しかしなるほど、そういう諸々(もろもろ)があるから『物質転移で瞬時に戻る仕組みにしたい』と――いやいや、それは忘れておこう。手放さないように気を付けるのが一番である。

 世の中、〝ほどほど〟と〝自重〟は大事なのである。


 さて、ラストの実験は高周波ブレードだ。好物は後にとっておく主義と言われても否定できない。

 私は単純明快な冒険ものファンタジーRPGをこよなく愛していたが、SF系シミュレーションRPGも大好きだった。

 人型機動兵器にミサイル等各種兵器を搭載し、残弾や補給に気を配りながら数々のミッションをこなしてゆく。

 ストーリーが進むごとに追加される新しいパーツのフォルムと性能に萌えたぎり、近未来の紛争地帯で繰り広げられるクールで無慈悲な戦闘にテンションを上げ、広大な宇宙空間を舞台にした惑星政府とレジスタンスそれぞれの思惑と衝突に手に汗握り――


 話を戻そう。


 これは刀を呼んで戻すよりも難しかった。どこかのスイッチをカチリと押せば起動してくれるわけでもない。

 全身を巡る力を徐々に刀へ込めていくイメージでは、自分に魔力がないとわかっているので失敗するかもと思い、血管を通して血液を流れ込ませるイメージで試してみた。


「おおぉっ? …………お?」


 断続的に刃文が霞んだように見えたが、少しもしないうちに「しゅん……」と残念な音を残して停止した。

 なんだか慰めたくなる切ない止まり方だが、これは成功、失敗、どちらなのか?


《成功しかけていましたが、失速して上手く発動されなかった模様です。マスターのイメージ自体は問題なかったようですが、〈人工魔導結晶〉と循環の魔導式が一部噛み合っていない箇所があり、およそ七割ほどのエネルギーが空回りしておりました。調整が必要でしょう》


 小鳥氏が首を傾げた。いかにも可愛らしい仕草だが、こやつの外見に騙されてはいけない。

 もし噛み合わないまま酷使していたらどうなったのだ。怖くて訊けなかった。


 調整が完了するまで、高周波ブレードを使用してはいけないことになった。

 好物がおあずけになってしまった……が、どこぞの回路がズレたまま無理に使い続けてドカン! となるのも嫌なので、大人しく我慢するとしよう。

 ところで、私がうっかり刃の部分に触れても怪我はしないらしいが、ドカンと爆発した時はどうなるのだろうか。

 これもやはり、試す気にはならなかった。




自重しないARK博士にビビりつつ、実は魔導刀いじるのを楽しみにしていた主人公。

活動範囲が徐々に広がるのを見越して、青い小鳥氏もとうとう起動いたしました。

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