百億分の一
これは近未来における最新の神話である。
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「レッディィィィィィイイスゥ・アェェェェェンッドォ・ジェントルルルルルルルルルメェェェェエエンン!!!!!!!!」
無駄に長く、巻き舌で、「紳士と淑女」という意味合いの言葉を紡ぐ声が響き渡った。
それは老若男女問わず、この世全ての人類の耳に届いたのだ。
「只今、21xx年1月1日をもって、この世界はサービスの終了を決定致しました」
大半の人々からすれば、唖然とする他ない淡々とした声。先程との落差もあって、それを理解するのに、数秒の時を必要とした者も珍しくはあるまい。
それはまるで、オンラインゲームのサービス終了のような雰囲気で語られたが、正しくこの世が終わる、すなわち、審判の日の到来を告げていた。
「つきましては、次なる世界の原初人類選定のため、皆様には生存競争をしてもらいます」
上に立つ存在というのは、理不尽であって当然だ。上司にしろ、上級生にしろ、国家元首にしろ、彼らは上に立つが故に力を持ち、その力に逆らう術を下に立つ存在は持っていない。そして、今、世界を好きにできるのであろう存在は、正しくこの世で最も上に立つ存在であり、故に人類に理不尽を突きつけた。
21xx年1月1日、人類総人口、約百億人。
「ルールはただ一つ、唯一生存、すなわち、最後の一人として生き残ってください」
終わる世界にすらも、安寧がないことに、宗教家たちは神を呪ったりはしなかったのだろうか。
「クッ……」
世界の終わりを知って、学者たちは自身の研究の無意味を悟ったりはしなかったのだろうか。
「ククッ……」
たとえ、この現実が我々の認識が創り上げた虚構なのだとしても、世界は残酷に終焉を迎え、声は無情に最期の運命を突きつける。
「アァァァアはははははははは!!!!!」
声の嘲笑が響き渡る。
「せいぜい、楽しましてくれやぁぁぁああ!!!!自ら破滅に突き進んだ愚か者どもがヨォォォォォォオ!!!!!!!!」
おそらく、それは事実だ。僕らは自滅した。
プツン、とまるで通信が切れるような音を演出して、それ以降、声が聞こえることはなかった。
……それから半年。生存者、一億人。
世界の破滅は実感せずにはいられなかった。あの声が響き渡り終えてすぐに、世界は天変地異に襲われた。
大地は砕け、空は唸り、煮え滾る溶岩があちこちから噴出し、雷雲が轟雷を降り注がせ、大嵐がすべてを攫っていった。
それが治まり、世界の地形が一変しても、復興などできはしなかった。今まで、幻想の中にしか生きてはいなかった化け物たちが闊歩する。ある生物学者が言うには、元々この世界にいた生き物が変質した存在らしかったが、そんなことはどうでも良かった。
鬼が、竜が、悪魔が、天使が、精霊が、まるでこの世界を破滅させた人類に復讐するが如く、ただひたすらに僕らを殺しにきた。
そして、僕ら人類もまた、変質した。ある神秘主義者が言うには、肉体の必要性が薄れ、魂の力が表面化しているらしかったが、そんなことはどうでも良かった。
その力を自覚した者から、終わった世界に適応し、そして、助け合いを始めた。食事、警戒、睡眠、性欲、会話、鍛錬、あらゆる行動は集団であるほうが効率的だ。たとえ、この地獄の終わりが最期の一人になることなのだとしても、彼らは奇跡を妄信して、生き延びた。
……さらに半年。生存者、十一人。
僕らの手に入れた力は、まるで神話の英雄が如き代物だった。だから、いつからか、その傾向によって、神話の英雄の名を称号として与えられ、もしくは、自ら名乗るようになった。
俊足の男ならば、アキレウス。俊足の女ならば、アタランテ。守護者ならば、ヘクトール。医術ならば、アスクレピオス。剛力ならば、ヘラクレス。射手ならば、オリオン。槍使いならば、クーフーリン。騎士ならば、アーサー。魔法使いならば、ソロモン。
英雄たちは、その称号にふさわしい生き方を心がけ、そして、その精神を歪ませた。一人、また、一人、そうやって、集団から脱落し、殺戮者と成り果てた。何故なら、力があったから。理不尽を強いる側にいたから。
彼らは自ら、英雄の名を捨てて、神の名を騙る偽神となった。新世界の神となる。当初、声が指示した目的に従って、すぐに生存者は偽神だけとなった。
そして、今、そんな偽神たちの中でも選りすぐりの十人が最後の殺し合いを繰り広げていた。
破壊神を騙った男が放つ重力波があらゆるモノを飲み込んだ。太陽神を騙った女の熱量があらゆるモノを蒸発させた。天空神を騙った男が空から雷霆を降り注がせ、時空神を騙った女がそれを亜空の無限に捨て去った。蜘蛛神を騙った女が死の概念で糸を紡ぎ、罠を張る。夢幻神を騙った男が幻想を従える。魔獣神を騙った女があらゆる魔眼ですべてを見た。冥王神を騙った男が大鎌の一薙であらゆるモノを刈り取った。地母神を騙った女が大地と植物を従える。魔槍神を騙った男が放つ投槍は核もかくやという威力を誇る。
それは正に、神話の争い。終わった世界だからこそできる超常戦争。やがて、一人、また、一人、その命を散らしていった。
最後に残ったのは、冥王神と魔槍神。そして、彼らは相討った。
そして、夜空に、僕の姿が顕れた。
僕が、己に当てた神の名は、怠惰神。諦観神と迷ったけれど、よく考えたらブッダは神様じゃないから、悪魔に堕とされた神であるベルフェゴールの名を貰った。
そんな僕の力は、戦うモノじゃない。隠れるモノだったり、食事が不要になったり、干渉を拒絶したり、呼吸が不要になったり、とにもかくにも、一人で生き残る力だった。
ルールはただ一つ、唯一生存。
声はそう言った。このゲームは、戦うことが目的じゃなかった。だから、僕が勝者となった。最初から、僕がこの力を持っていたその時から、この勝利は確定していたと言ってもいい。選定は始まった時に終わっていた。この力を自覚すれば、後は、ただひたすら待てば良かった。
今回、彼らが相討ちでなかったとしても、ただ、ひたすらに僕以外の最後の一人が幻想に殺されるか、精神を壊して自害するのを待てば良かった。僕の力は、心を動かさない。孤独を知らず、喜びも悲しみも怒りも楽しみもない。空虚に待つだけで良かった。
パチパチパチパチ……
拍手の音が聞こえる。
「おめでとう、君が勝者だ」
あの声だ。やはり、姿はない。たとえ、勝者となっても劣等存在の前に、姿を晒したくないのかもしれない。
「随分、卑屈な思考ダネェ?仕方ない、姿を見せてあげよう」
どうやら、頭の中を覗かれたようだ。
そして、いつの間にか、視界の中に極上の美女がいた。傾城傾国絶世すらも超えた正しく、女、といった姿だった。
「ほう!君にはそう見えるのか。なるほどなるほど?つまり、君は私を原初の胎とでも思っているのかな、うん。どちらかというと、悪性の胎ナノダガネ?」
どちらにしろ、女のイメージだと思うけど?
「うんうん、せめて声を出したまえよ!?君、ホントーにモノグサだね?」
本題、はよ。
「あっはい……いや、うん、まぁ、改めまして、おめでとう、君は勝者だ。これより、原初人類となって、次の世界を私と共に創ってもらおう」
メンド
「?……うん、なるほど、カタカナで言うから、いや、思うから一瞬わからなかったよ?まぁ、拒否権ないから、ほらとりあえず、習うより慣れろだ、いっくぞー」
そして、僕の意識は高次に昇る。