神様が書いたこと
「神様、そろそろ時間ですよ。まだ仕上がりませんか?」
「待ちなさい天使君、これは丁寧に書かねばならん」
神様はそう言って、無垢な白い球体に文字を書き込んでいた。
書き込むといっても、長い文章を書いた所を見たことがない。そんなに大変なことでもないと思うのだが。
ここは天界。
神様が新しく生まれる命に、命の元を吹き込む場所。
子供達の送るべき物語が書き込まれる場所。
「神様に聞きたかったんですが、どうして子供達の運命を決めないのですか? あの世界は神様が作った世界で、新しく生まれる命の運命を自由にできるはずでしょ? 小説を書くように、物語の通りに」
私は天使で、神様のお傍にお仕えしている。神様の愛する子供達に関わる大事なことである。
「そんな風にしてはいけないよ。私が作った世界で生きる子供達。その行く先は子供達が決めるべきだと思うのだよ」
グッっと背伸びをした神様が悠長に答えた。
ごもっともな気もするのだけども、それでも引き下がらない。
「そうは言いますけど。でも不幸になる子、恵まれない子だってたくさんいます。幸福になる子、恵まれすぎている子、そんな格差も存在します。平等ではありません。神様はどの子供達も良いスタートを切らせることができるはずです」
子供達は色々な人生を送る。それはもう多種多様だ。とても幸せになる子供達だけなら良いが、そうはならない。
「仮に私が、子供達の人生を決めてしまったとしよう。詳細に、生まれてから死ぬまでを書き記した物語を書いたとしよう。子供達にとってそれに価値はないんだよ。子供達が私の手元に帰ってきたとき、子供達は私に何を持ち帰るんだい? 役者を作っているわけではないんだよ」
神様は、にこやかに佇んでいた。神様は帰ってきた子供達から、物語を聞くのだ。それが気に入られたら、棚に永久に保管される。神様はときたまそれを取り出しては、にこりと幸せそうに笑うのである。
「そうは言っても。やっぱり不公平ではありませんか? 貧しく、不幸になりそうな所から生まれるのは」
子供達は、貧しい親から貧しさを学び取る。卑しさを学び取る。生きるために盗みを始める。生きるために人を傷つける。子供達は、そうしてきたであろう親からそれを学ぶ。そして神様の元に戻ってきてはこっぴどく叱られるのだ。
「そんなことはない。公平だよ。子供達は、いつでも学びのヒントがある。まったく無関係の第三者から学び取ることもできる。学びに困ることはなく、全てが用意されている。自然、動物、人間、計り知れない程、あの世界は満ちている。何を選ぶかは、子供達の自由なのだ。それが産まれに影響されることがあっても」
叱られた子供達は、その後に魂を漂白をされる。生まれ変わり新たな物語が書けるように綺麗にされるのだ。その子供達は不幸になるために生まれたわけではない。しかし、その人生は無為なものにされる。書き込まれた物語は真っ白にされ、生きた証は残されない。
「では。例えば、神様。私はあの子供が不憫になりません。生まれの両親の心は貧しく、そして飢えています。子供は恨みをもって成長するでしょう。成長すれば、他者に不幸をまき散らし、不平不満を口にし、そして他者から幸せを盗み出すでしょう。そして神様に叱られて、生きた軌跡を意味のないものにされてしまいます」
先日、新たに生まれた命を思い出す。天使の私から見れば、あの子はここに戻ってきた時に叱れるだろう。人生だって、不平や不満を持って送るだろう。きっとつまらない、哀れな最期を見つけることだろう。
「それは判らない。どうなるかは常にわからない。確かに君の言う通り、殆どの確率でそうなることだろう。しかし絶対ではないのだ。あの子供が救われるかもしれない」
神様はそういって箱庭を覗き見た。神様が作った箱庭。耳を傾けると、酷く恨めしい声が響き渡っている。その声に負けずに褒められる子供もいるが、それは少数だ。
「救われない子供達が殆どです。子供達は、愛する私たちの子供達を傷つけて帰ってきます。神様はその子供達を罰せられるじゃないですか。それは、神様が最初に運命の物語を書いて与えれば起こらないはずです」
神様が説のように細かくすれば、そんなことにならないはずだ。神様は慈悲深く、子供達を愛している。フレーバーを書くのだって神様からしたら一手間で、子供達のためにそうしているのだ。だからこそ、そうしないことが不思議だった。
「そうだ。だが帰ってきた子供達にとって、私に聞かせる物語が重要だ。ここに帰ってきた子供達が送った人生を報告する。私はそれが楽しみで、そして努力した子供達に褒美を必ず上げるのだよ。誰にでもそうするのだ。チャンスはそこらに落ちている。だから私は傷つき間違えた子供達を抱きしめて、そして叱り上げる。彼らの物語の終着点はそれでしまいで、新たに物語を見つけてもらうのだよ」
神様は、私の頭をワシャワシャと撫で上げた。髪の毛に静電気がたまって、天使の輪っかに絡み付くから辞めてほしいのだが、私はそれが不快ではない。心地よくすら思うから、やはり神様はすごい。
「私は、もっと慈悲をあげていいと思うのです。不運で無学で不幸せ。そして帰ってきたら叱られる。哀れではありませんか」
私はそう言って、新たに生まれるであろう命を見た。無垢で何も書かれていない。無限の可能性を持つそれは、えてして言えば、不幸になる可能性だって内包している。
「だからこそ、その物語に価値があるのだよ。私から飛び切りの褒美が与えられるのだ。そして間違えれば、漂白してやり直してもらう」
神様のいうことは理解できるし、もっともだと思う。でもやっぱりと、後ろ髪をひかれてしまう。あの家に生まれるであろうあの子はきっと……。
そんな納得できない私を見た神様は、朗らかに笑って、私に隣に立つように言った。
「仕方のない子だ。だから見せてあげよう。私が最初に子供達にプレゼントする物語はこうだ。誰だってこう書くんだ。だからこそ、そんな子供達は私に叱られるのだ。きなさい、見せてあげよう」
私は神様の導きの通りに、無垢な魂の傍に寄り添った。
そして神様は私に、無垢な魂の最初の一文を見せた。
「人生を選びなさい」
丁寧な文字で、そう綴られていた。
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