表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の見る夢  作者: 木枯 雪
序章
7/41

04.蒸栗色に吸い込まれる声

なぜか、いつの間にか、周りが全部、砂漠色。


状況に頭がついていけず、目と一緒に口まであけてしまった。

すかさず風に舞った砂粒が目と口に滑り込み、思いきりむせてしまう。

しかしむせればむせるほど吸う息も増えるわけで、そのたび苦しい思いをすることになる。


澄蓮がその無限ループに気づくまで少しかかって、その後慌てて服の袖で口と鼻を押さえた。

砂のせいで流れる涙を拭いながら、口の中をなんとか吐き出す。

なんとなく、砂が気持ち悪いほど甘く感じた。

ザラザラと目と口の中で砂が動くのを堪えて、薄目を開けた。



「…っ(ささささ、砂漠っ!?)!」



時折風が止む合間に必死になって見たものは、テレビで見たような果てがない砂の山。

思っていたよりも小さな砂丘が、遠くで黄色い空に続いているようだった。


まさか、風呂に入っていたらいつの間にか鳥取砂丘に迷い込んだなんて、ありえないありえない。

夢じゃあるまいし。



(なんで、なんであたし砂漠にいるの?!てかここどこ!?砂めちゃくちゃ気持ち悪いよー!?)



微風が大量の砂を巻き上げながら、スカートの裾をはためかせる。

服の隙間から入り込んだ砂は、肌を舐めていく。

砂漠にしては熱くはないが、皮膚がピリピリと痛むほど乾燥していた。

薄目でいたというのに、あっという間に瞬きの回数が増えた。


なんで、どうして、どういうこと。

ごうごうと鳴り響く風と砂の音に揉まれながら、混乱を極める頭で必死に考えた。


そういえば、ついさっきまで風呂で眠気を堪えていた。

そういえば、つい昨日の夜………



(砂漠見た!見たよあたし!!!)



荊棘の砂漠、と陽斗が呼んでいたことを思い出し、澄蓮は青ざめた。

一番想像したくないことが実現している可能性が、高い。


手で目を覆って砂を避けながら、靴で足もとの砂を掘ってみた。

砂が軽いことが特徴だと言われていた通り、砂場にある砂に比べて、全く重さを感じない。

瞬く間に微風に乗って霧のように舞いあがった砂は放っておいて、澄蓮は黙々と靴で砂を掘り続けた。

そして、ごつ、と靴が何かに当たるまで、そう時間はかからなかった。


砂が舞い上がらないよう、そっとしゃがんで、恐る恐る手で砂を取り除いた。

固いものに指先が触れ、その場所の砂を重点的に取り除いた澄蓮は、最悪の事態に思わず脱力した。



(地中にトゲトゲの植物があるって…こういうこと!?)



その植物は砂漠の砂に紛れてはびこっていた。

見た目は、地面を這う薔薇の茎で、色は砂に近い白橡色というのだろうか、濃いめのミルクティーやベージュに近い色だった。

模造品のような色と、通常の植物にしては太く硬い茎が無機質のイメージを煽る。

あらかじめ陽斗に言われていなかったら、興味本位で触って、棘で手を切っていたところだっただろう。

そして流れた血は乾燥しきった砂漠に吸われて……


あとはもう考えたくもない、と澄蓮は頭を振って考えを消した。

つまり、風呂でうっかり寝てしまった澄蓮を、陽斗が無言の圧力として砂漠に送り込んだのだろう。

何者かに命を狙われている、現在砂漠放浪中の親友…森谷貴司を、澄蓮に助けさせようとしているのだ。



(そう、そうよ。これは夢なんだから、朝の時みたいにもう一回眠れば……って無理!)



こんな場所でのうのうと眠れる人がいるならぜひ会ってみたい、と澄蓮は無情な現実に震えた。


岩場に隠れて砂から逃れようにも、肝心の岩場がどこにもない。

暗に気絶しろと言われているようだった。


どうにもならない現状にやきもきしていた澄蓮の視界に、ふと何かがよぎった。

砂漠の色よりも色濃い、小さな何かだ。



(…な、なに?)



風の鳴る低い音にまぎれて、微かに金属が打ち合う独特の音も聞こえた。

しかも何度も繰り返して。


好奇心に駆られ、澄蓮は砂漠を進み始めた。

砂に何度も足を取られながら、慎重に砂丘をよじ登る。

途中から、あの植物は砂丘にははびこっていないらしいと気付いたため、快調に進むことができたのだが。


思ったよりも体力を削られながら砂丘の頂上にたどり着いた澄蓮は、砂丘の反対側に広がっていた光景を目にする。


まるで澄蓮が頂上にたどり着くのを見計らったようなタイミングで、風が止み、砂がさらさらと地に落ちた。

まったくの無風無音の状況で、澄蓮は見た。


まさに夢の世界というような、黄色い空と砂漠が遠くで繋がっているような不思議な風景。

そこに、三つの異色が、磁石のように引きあったり弾かれたりを繰り返していた。


黒いコート…フードのついたマントを羽織った人物と、こげ茶色のマントを羽織った人物が、紫紺のマントの人物と戦っている。

どう見たって、それ以外には見えなかった。



「森谷先輩…と、確か…巽、さん……?」



『巽…あ・あの小ちゃい茶色のヤツな』


そう言っていた陽斗の言葉を思い出し、澄蓮は呟いた。

確かに、黒いマントを羽織った貴司と比べれば小柄であることが分かった。

と言っても、澄蓮と同じぐらいの身長なのだが。


昨日の夢で陽斗と見た映像にはいなかった、紫紺のマントがまた砂を蹴って猛攻を始めた。

三人が三人、マントのフードをかなり深く被っているので顔は全く見えない。

学校の制服で砂漠を放浪しかけた澄蓮に比べれば、砂漠対策に天と地以上に差がある。


紫紺の人物は、黒と茶のマントの二人の、敵だ。


そのことは容易に導き出せたが、あの黒と茶のマントの人物が本当に貴司と巽であるという確証が得られなかったため、澄蓮も行動を起こすことができなかった。

否、たとえ判明したとしても、あの戦いに介入することなど不可能だった。

何か特殊な能力がある不思議人間でも、まして運動部ですらない一般女子高生の澄蓮に、あんな喧嘩に乱入する勇気も無謀さも持ち合わせているはずがなかった。


『俺の親友が危ないのはホンマなんや…!助けてやってくれ…!』


今朝、夢の最後に聞いた声が、頭の中でリフレインする。

歯を、くいしばった。



「…助けてやってくれだなんて、無理に決まってんじゃないの…!」



そういうことは、目立ちたがり屋のヒロイズムに酔った女に言え、と叫びたかった。

勝手にわけの分からない方法で夢を繋いで、自分の都合に他人を巻き込むだなんて、本当に、最低だ。

助けるなんて、到底無理だ。

ゲームでありそうな、現実離れしたすさまじい戦いに、声をかけることさえできない。

けれど。

だけど。


見捨てるだんて、できっこない。



(どうしよう…どうすればいいんだろう…)



口を押さえ、イライラと視線を動かす。

銀色の光が、陽の光を跳ね返して、キラキラと輝く。

ここはファンタジックな夢の世界だ。

あれはきっと武器、剣やナイフといった代物に違いない。

対する澄蓮は丸腰で、服装だってただの布でできた制服だけだ。

きっと斬られたり刺されたりすれば、あっという間にこの世とお別れだ。


こんなにもリアルな夢の世界で死ぬとどうなるのだろう。

現実世界でも死んでしまうなんて…想像したくはないが、ありえないとは言い切れない。

だったらなおさら、あんな戦いに介入なんてできやしない。


しかし転機はあっけなく訪れた。

何ができるだろう、と悩んでいた澄蓮に、黒いマントの人物、森谷貴司が気付いてしまったのだ。


驚いたように視線を向けた貴司に、好機とばかりに紫紺のマントを翻した自分が剣を振りかざす。

とっさに巽が小柄な体を活かして間に割って入り、二本の短刀ではじき返すも、反動で砂山に突っ込んでしまった。

ハッとして剣を構えなおした貴司に紫紺の人物は小さな爆薬を投げ、身構えた貴司を爆風と舞い上がった砂が襲いかかった。

巽と貴司、二人の動きを封じた紫紺の人物が次に何をするかは、明らかだった。


邪魔者は消す。

どの世界でも共通で、最も基本的な行動。

それが戦いだ。



「――――――!?ッく、芳村!そこから逃げろっ!!!」



一瞬で澄蓮の視界から掻き消えた紫紺に目を瞬かせ、同時に貴司の叫び声が砂漠に吸い込まれる。

澄蓮がその言葉の意味を理解するよりも、速く、早く、はやく。


澄蓮と同い年くらいの、なぜか違和感を感じる造り物めいた顔が、目を丸くした澄蓮のそばに、あった。

一瞬遅れて、非常に軽い砂漠の砂が、少年の移動による衝撃を思い出したように舞う。



「…消えろ」



外見年齢で見たよりも意外と低い声が、そっと囁いた。

ドボン、と海に沈む幻覚を見た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ